お姫様舞踏会2(第五話)
お姫様舞踏会2

 〜新世界から来た東洋の姫君〜
作:kinsisyou
   
 多少のハプニングもあったものの謁見も無事終わり、待機室となっている自室で過ごすリシャール。祖父の代から酒造で成功していたお陰でこういう場に出る機会は下級貴族ながらも非常に多く場慣れしている身であったが、日本皇国のお姫様のエスコート役を命じられてからというもの身が細る思いだった。何しろ相手は桁違いの格式と歴史を誇るお姫様たち。これまでのお姫様とは明らかに勝手が違う。彼女たちと接しているときは1分が1時間にも感じられるほどに緊張を強いられてしまう。
 次のイベントは晩餐会であるが、今度は多くの貴賓が参列するもののエスコート役のすることはそう多くない。一旦始まってしまえばあとは音楽隊を始め場を盛り上げる役は他の者に任せればいい。そう考えることで少しは気が楽になる。とはいえ、晩餐会では気の利いた会話が要求されるので別の意味で頭を悩ませるリシャールであった。
「今はまだ嵐の目の静けさか……晩餐会ではどれだけ姫君と親密になれるか、やることは少ないが勝負どころだよなあ」
 リシャールはあと少しで眼下に見下ろす幹線道が豪華絢爛な馬車で埋め尽くされるのを思い浮かべながらため息をつく。
 晩餐会は舞踏会前夜を飾るプレイベントだが、顔合わせの役目を持つという意味で重要なイベントには変わりない。恐らくはこの晩餐会で多くの者が誰と踊ろうかなどと算段するに違いない。舞踏会は集団お見合いとしての性格も持つが、エスコートしている姫君と一曲踊るのもいいし、またそれ以外の姫君と一曲踊るのも支障のない範囲なら構わないだろう。
 そして昼食。ダイニングルーム案内され、早朝に到着したオーロラ姫たちも同じ席に加わる。リシャールとピエトロもお伴することになった。
 内容はスープと前菜、メイン、後皿、デザート、フルーツ、コーヒーか紅茶にチーズとビスケットが付くが、朝食より幾分種類が増えているものの全体に軽めである。これは今日の晩餐会での食事の内容の濃さを考えてセッティングしたものであろう。
 軽めの食事に比例してか、それともまだ貴賓もそれほどいないせいだろうか、食事とともに会話も弾む。やがて話題は新世界の姫君のファッションに転じるのだった。
「そういえば……新世界の皆さんは随分身軽そうな服装をしてますよね」
 オーロラ姫が抱く偽らざる印象であった。確かに旧世界の人々と比べると新世界の人々の服装は身軽である。オーロラ姫の疑問に飛鳥姫がこたえる。
「新世界では女性も社会に出て働くのが当たり前ですのでこのように身軽になる必要があるのです。脚が見えていても慣れれば恥ずかしくありませんわ」
 新世界の服装で一番の特徴といえばやはり旧世界と比較して脚の出る短いスカートかもしれない。
 それはリシャールも思うところだった。何しろ到着直後から真っ先に目に入ったのが短いスカートなのだ。短いといっても新世界では俗に言うロングスカートであり膝下まで覆う標準的なものであったが。因みに日本皇国では既に当時としてはかなり過激な膝上10cm以上の所謂ミニスカートもあった。
 旧世界の価値観に育っているリシャールにとって僅かとはいえ彼女たちが動くたびにヒラヒラするスカートから見える脚に目のやり場に困る場面が何度もあった。脚は隠すものという刷り込みのある旧世界の価値観からすれば一体どれほどのカルチャーショックであるかがわかるだろう。
 更に気付かれないよう有璃紗姫を凝視すると、全体になだらかで自然なシルエットであり、多分コルセットは着けていないのだろう。オーロラ姫を始めこちらの姫君はまさに完全武装という言葉が似合う。それに比べると日本皇国のお姫様は身軽な反面何処か無防備な印象がする。一方、胸の形はかなり強調されていることから服の下に何らかの下着を着けていることが伺えた。
 と、不意に有璃紗姫と視線が合ってしまった。もしかして、ジロジロ見ていたことがバレたか?しかし、有璃紗姫はリシャールに向かって微笑みを返し、刹那頬を淡い桜色に染める。
「いやですわ……リシャールさま、そんなに見つめないでくださいませ」
 普段から視線を向けられることには慣れている姫君とはいえやはり殿方からの視線は恥ずかしいらしい。その様子にどっと笑い声が響き渡る。だが、その様子からして嫌われているわけではないようで内心ホッとするリシャール。
 と、ここでファミーユ姫がダイニングの空気を入れ替えるかのように唐突に話を切り出す。
「そういえば庭に馬なし馬車が停まっているのを見たんだけど、あれは飛鳥姫のですよね」
 ファミーユ姫が指差す窓の先にあるのは庭に停めてある飛鳥姫のスポーツカーである。
「ええ、私のですわ」
「実は……あれに乗せていただけないでしょうか。私、船の旅はとても退屈でしたの」
 実は退屈するのが嫌いなファミーユ姫。船に乗っている間、見えるのは海だけであるし、船内の娯楽といえば船尾に設けられている図書室で静かに読書か、或いはチェスやトランプか。当時の旧世界の娯楽といえばそのくらいで、後は甲板に出て散歩くらいか。それも当時の帆船の大きさでは散歩しても消費できる時間は知れていたし、また帆船の甲板上は操船のため多数の乗組員がいるのでそう妄りに歩き回れるものではない。他に娯楽といえば持ち込んだ当時最新の天体望遠鏡で星座を見るくらいである。後は食事が楽しみなくらいだが、当時の船旅で最上級の食事といえば茹でた羊の足やどこかかび臭いデザートが出てくるのが相場といえば帆船時代の船旅が如何に過酷で且つ退屈なものであったかがわかるだろう。なのでファミーユ姫が不満を漏らすのも無理はない。因みに今回の船旅では王族が乗船していることもあり特別にガチョウのローストや旧世界ではインスタントの粉ゼラチンが普及していないため手間暇のかかるゼリー、更に一週間の航海ということで貴重な採れたての青果物が豊富に用意されていた。ビタミン豊富な果物は水分補給と壊血病を防ぐ役目もあった。
 それでも船旅では壊血病(ビタミンCの不足に由来する病気で、当時は船乗りにとって死の病として恐れられていた)を根本的に防ぐため定期的にライムを摂取しなければならなかった。多分ファミーユ姫にとっては苦痛だったはずだ。その上樽に入れた真水はやがて藻が生えて飲めなくなるので水分補給は主にラム酒である。しかし、ラム酒はなかなかキツイので水割りにしたグロッグが主流であったが航海中酒浸りというのも苦痛を増したはずである。海上ではグロッグよりも真水のほうが明らかに貴重品であった。 推定で一週間前後の航海なので船員にとってはそれほど過酷な条件ではないだろうが、普段快適な生活に慣れている姫君にとっては色々制約が多くて退屈より苦痛のほうが上回っていたかもしれない。
 尤も、船旅を退屈だと言っていられるのはそれだけ贅沢な旅の証でもあったのだが。
 因みに一般的な船旅になると食糧は自前で持ち込むのが当たり前。また用意されているものも塩漬け肉や干した豆、ビスケットなどと決まっていた。それ以外の生鮮食品も積むのは積むが、すぐに腐るため出航後すぐに消費されてしまう。なので後はお馴染みの加工品による食事がずっと続く、というわけである。なので上陸後レストランでステーキや卵、野菜などにお金をはたくのも無理からぬことであった。船着場の周辺には大抵数件のレストランやバーが営業しているのはそんな船員や船客の心理を心得ている証拠である。
 一週間とはいえ色々と制約の多い船旅を退屈と言ってのける辺りファミーユ姫は案外図太い神経の持主なのかもしれない。
 そんなファミーユ姫と飛鳥姫は出会ったときから意気投合し、互いに退屈が嫌いという点も共通していた。また、お互い末っ子同士というのも意気投合する要因かもしれない。
 飛鳥姫は幼少期は病弱で、時として生死の境を彷徨う大病を患ったこともある。そんな具合なので3人の姉姫のように自由にはさせてもらえず豪華な屋敷で庭で遊んでいる姉たちを見ながら静かに過ごす日々が続いた。幼少期の娯楽といえばせいぜい読書とピアノ、あとは蹴鞠くらいだった。
 やがて長じて徐々に健康を取り戻しそれまでの時間を取り戻すかのようにスポーツカーに熱中した。外見は大人しそうに見えるが実は活動的なお姫様であり、時間を作ってはドライブに出かけるのが幼少期に覚えたピアノと並ぶ楽しみでもあった。
 しかし、そんな飛鳥姫も今は国防大臣として多忙な日々を送っており、とても退屈するどころではなかったが。
 自分もある意味退屈な幼少期を過ごした経験があるのでファミーユ姫の気持ちはよくわかる。
「いいですわ。そちら様に問題がなければ」
 と言って飛鳥姫はトパーズのほうを見る。その視線に気付いたトパーズも、
「本来なら姫君同士でどうかと思いますが、飛鳥姫なら……ただ、今日は晩餐会がありますのであまり遠くには行かれませぬよう」
 一応釘を刺しておく。当然気乗りするわけではないだろうが、以前飛鳥姫に会っていてしっかりしたお姫様であることを知っていたので信用がおけると認めることにした。多分船旅でかなり手こずらされたのであろう、主君であるオーロラ姫の世話に専念したかったのか?多分無意識にファミーユ姫の世話から解放されたがっていたのかもしれない。
「ご安心を。そう遠くには行きませんわ」
 それにしても何故ファミーユ姫は飛鳥姫があのスポーツカーに乗っていることを知っているのか。それは以前来日したとき飛鳥姫が乗っているのを見たからである。そのときから乗ってみたいという思いはあった。兄のオルフェ王子と一緒に馬に乗って散歩に行くのを日課にしていたこともあり、景色が速く流れていくのが何よりも好きなお姫様でもあった。
「では、私のほうは外出される旨をギネビア様にお伝えしましょう」
 そう言ってリシャールはギネビア姫の自室に向かい、そして『あの方なら多分大丈夫でしょう』との一言で許諾を取り付ける。飛鳥姫はたぶんそれだけ信用されているのであろう。それ以外に何も言わなかった。因みにこのときギネビア姫は早朝に撮ってもらった写真に夢中になっていた。相手はプロの写真家ということもあり出来は文句なかったようである。
 そして許諾を得たことを伝えに姫君たちのいる控え室のドアを開けた、そのときであった。
「!?」
 そこには何と、着替えのため下着だけとなった飛鳥姫の姿が。しかも、レースに彩られた黄色の下着は明らかに最小限度、というか旧世界の感覚から見れば隠す範囲がギリギリまでカットされているといったほうが正しいだろう。覆っていたのは乙女の絶対領域と呼ばれる部分だけ。艶やかな質感からしてお姫様下着の定番である最上級のシルクを使っているのは間違いなかった。リシャールも女性下着がどんなものか知ってはいたが、あのような下着は当然見たことなどない。それだけに飛鳥姫のきめ細かな肌に映える黄色と相俟って強烈な印象となって瞼に焼き付く。
 この間時間が止まったかのような錯覚に陥る。しかも飛鳥姫はさして気にしているでもない。多分普段から着替えを見られることが多いのだろう。そのせいで他人に見られることに慣れてしまっているのかもしれない。とはいえ、微笑みながらも明らかに激怒のオーラを漂わせる愛璃姫の登場で時間は再び動き出す。
「リシャール殿、御報告を伝えにきたのはわかりますが、せめてノックくらいはお願い致します。でもって今は着替え中ですのでお引取り願えませんでしょうか」
 あくまで丁寧な口調ではあるが当人の背後に感じる激怒のオーラを前に粛々と引き下がるリシャール。
「も、申し訳ありませんでしたああ!!」
 事もあろうに、リシャールは女の子の、それもお姫様の着替えを、そして限りなく裸に近い姿を見てしまった。心臓がバクバク高鳴る。実はこれまで女性と経験がなかったわけではない。下級貴族の身でありながら有り余る財力のおかげで上級貴族しか入れないような高級サロンで何度か高級娼婦とも寝た。それでもあれほど心臓が高鳴ったことはなかった。何というべきか、何か神聖なものを見たような感覚だ。そう、リシャールは天使の裸を見たような錯覚に陥っていた。
「し、し、新世界のお姫様は何と大胆な下着を身に着けているのか……」
 先程見た下着姿を再び思い浮かべる。普通は膝下くらいまであるドロワーズにシュミーズかキャミソール、もしくはビスチェを組み合わせ、その上からコルセットで体形を整える。しかし、あの下着はシュミーズの胸の部分だけを残して全てカットし、ドロワーズも絶対領域を覆う程度の面積だけを残して容赦なくカットしたようなデザイン。しかも彼女はコルセットを身に着けていなかった。傍目には無防備にしか見えない。
 しばらくすると、ファミーユ姫がリシャールの前に現れた。多分準備が整ったのだろう。ファミーユ姫を象徴する赤いドレスは装飾が一部外され幾分軽い印象になっている。頭を飾るティアラも外されていた。多分乗り込むのに邪魔になるから飛鳥姫に外したほうがいいと言われたのだろう。と、ここでファミーユ姫はリシャールの顔が妙に赤くなっていることに気付いた。
「リシャール様、顔が赤いようですが熱でもあるのでは……」
 リシャールの表情を心配そうに覗き込むファミーユ姫。顔が赤いのは別の理由からだがファミーユ姫は知る由もない。と、ここで背後の重厚な木製の扉が開いた。
「さあ、それでは参りましょう」
 と、颯爽と部屋から出てきた飛鳥姫。しかし、その衣装がまた目のやり場に困る代物だった。
「あ、あ、飛鳥姫、な、な、何という出で立ちで……」
 リシャールの声が裏返るのも無理はない。飛鳥姫は紺色のTシャツに膝上20cmはあろうかというプリーツの白のミニスカート。その上からノースリーブになったファスナー止めの青の薄手のジャケットを着ている。足元は黒のハイソックスと茶革のドライビングシューズ、手も黒革のドライビンググローブでバッチリ決めていた。身体の線が丸わかりな上胸の膨らみもはっきりと強調されている。腰にはななめにかけた太いベルト。そのベルトに何か変わったものを差している。何よりもスカートの下から覗く脚線美に目がいかない男はいないだろう。いや、旧世界なら女でもイヤでも目がいくに違いない。案の定、ファミーユ姫はそのスタイルを見て顔を赤くしもじもじしている。
「ふわあ、飛鳥姫って、大胆……」
 周囲が恥ずかしそうにしている中、飛鳥姫は至って平然としていた。皇国では普通に見られる女の子のファッションだったからである。因みに飛鳥姫がこのファッションに着替えたのはこのほうが運転には都合がいいからであった。そんな周囲の様子を察した飛鳥姫は一言。
「これはあの車を運転するために必要だからですわ。ひらひらドレスでは運転できませんもの」
 と、如何にもらしい理由を速攻で考え付き、周囲を納得させる。尤も、あのスポーツカーは構造上ひらひらドレスでは乗り込むのは容易ではないのも事実だが。と、リシャールはふと飛鳥姫の腰に差しているものに気付いた。
「それより飛鳥姫、腰に差しているそれは何でしょうか」
 と、飛鳥姫は黙ってまず右の腰にあるものを革のケースから引き出して見せた。所謂拳銃である。因みにリボルバーではなく自動拳銃だ。
「これは護身用の武器ですわ。私は剣術が苦手なのでこれを携行しているのです」
 リシャールにはよくわからなかったが、何か禍々しいものであることは理解できた。そして飛鳥姫は左腰に差しているものも見せた。
「これはスタンスティックですわ。このように使うのです」
 そう言って飛鳥姫は掌に収まるほどコンパクトになっているスタンスティックをリシャールに向かって振り翳した。
「!?」
 遠心力で伸びたスタンスティックが手に当たった瞬間、リシャールは経験したことのない痺れに襲われた。痛いなどという感覚じゃない。
「こ、これは確かに効きますねえ……」
 まだ左手に痺れた感覚が残っているリシャール。可愛らしい外見によらず何て恐ろしい姫君なんだと思った。隣で見ていたトパーズは少し蒼褪めている。
「飛鳥姫、随分物騒なモノをお持ちで……」
 実戦経験はないがプロの剣士としての訓練を受け武人としての嗅覚を研ぎ澄ましている彼女には拳銃が非常に凶悪な武器に見えていた。因みに皇国では警察官や郵便配達員、護衛や警護、軍人など特別に所持が許可されている者を除いて一般国民が拳銃を所持することは当然のように法律で厳しく禁じられているが、皇族は特別に拳銃の所持が認められている。
「それではファミーユ姫、参りましょう」
「姫様、私もご一緒させていただきます」
 と、花代が同行することに。あと、護衛役の女官が何人か飛鳥姫につくことになった。 

 ここでリシャールはどうするのか?


 飛鳥姫に同行させてもらう……その6へ。


 ここに残る……その7へ。  

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