大和古伝、桜花姫ヨシノの物語

ムーンライズ


 
< (1) 春に咲く麗しの花・・・その名は桜花姫

 遥か昔より人々の心を魅了する春の花、それは桜花・・・
 華やかなる季節に咲き誇る、汚れなき桜の花は、まさに春を司る姫君と言えよう。
 春を司りし姫君・・・人はそれを桜花姫と呼ぶ・・・

 時は神代の昔、大和の国に神々が住まう聖地、高天ヶ原があった。
 高天ヶ原は、最高神である太陽の女神アマテラスによって平和に統治されており、女神の愛溢れる光によって、生きとし生ける者全てが幸せに暮らしていた・・・
 しかし・・・光に背きし者どもが、悪の牙を研いでいる事を・・・平和の園に住まう者は、気付いていない。
 悪は常に、民の平和と、麗しき姫君を餌食にしようと企んでいるのだ・・・


 神々が住まう聖地にも、麗しい若葉が萌える春の季節がやってくる。
 永き冬が終わり、春が目前となったこの日、華やかなる季節を祝う祝宴が、ここ高天ヶ原にて開催される。
 神々しい光が輝く神宮の前に八百万の神々が集い、最高神アマテラスの御名を讃えた。
 「我らが美しき王、アマテラス様は我らの偉大なる女神様!!」
 歓声が響く中、神宮より静々と現れたるは・・・永遠の美貌が輝く太陽の女神であった。
 「高天ヶ原に集いし全ての者よ、麗しき春の宴を、わらわと共に祝いましょうぞ。」
 春を祝す女神の御言葉は、穏やかな日の光となって人々に至福の喜びをもたらす。
 アマテラスは、にこやかな笑顔を浮かべ神宮に集う者たちを見た。
 「方々の至福こそがわらわの喜び・・・この良き日がいつまでも続くよう、最高神としての勤めを果たさねばなりませんね。」
 静かに呟くアマテラスの傍らから、恭しく礼をする老爺が声をかけてきた。
 「我らの至福はアマテラス様の御蔭に他なりませぬ。その恩恵を神々も人も皆、心より感謝致しておりまするぞ。」
 老爺の名はオモイカネと言い、豊富な知識と老練なる頭脳をもってアマテラスを補佐する知恵の神であった。
 オモイカネの言葉に頷いたアマテラスは、まだ花の咲いていない桜の木が林立する場所に目を向けた。
 そこには美しく飾られた祭壇があり、数人の巫女たちが清めの祈りを捧げていた。
 「此度の春の宴には、新たなる桜花の姫君が参ずると聖桜母に聞いていますが、どのような姫君かオモイカネは存じておりますか?」
 その言葉に、オモイカネは顔を赤らめて応えた。
 「は〜い〜♪、それはもう超カワイイお姫様がお越しになりまする。なんでも桜の女神、聖桜母の直弟子だそーで、今回の宴が初舞台になるとか・・・その麗しき姿にアマテラス様も萌えられることは間違いなしであります〜♪」
 目をキラキラ輝かせているオモイカネを見て、呆れた顔をするアマテラス。
 「萌えているのはあなたでしょう、崇高なる知恵の神が鼻の下を伸ばしてたらみっともないですわよ。」
 窘められたオモイカネは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
 「のっほっほ、これは失礼をば致しました。年甲斐もなくお姫様に心奪われましてな。」
 高位神たるオモイカネを萌えさせる姫君とは如何なる者か・・・
 常に冷静なるアマテラスも、宴に参ずる姫君への興味に心動かされていた。
 「まあ・・・どんな姫君か楽しみですわね。」
 再び祭壇に目を向けたアマテラスは、かしずく神々の前を歩み祭壇に向う。
 そして神々の視線が注目する中、太陽の女神は両手を広げて姫君の召還を行った。
 「太陽神アマテラスの名において命じます。春を司りし桜花の姫君よ、この地に来れ。」
 アマテラスの声と共に、桜色の光が祭壇に発せられた・・・
 その汚れなき光の中より、可憐な衣装に身を包んだ麗しい姫君が姿を現したのだ!!

 ーーーシャン・・・シャン・・・シャン・・・

 両脇に雅楽を奏でる侍女を従え、現れたのは・・・まさに春を司る姫君であった。
 その美しさは言葉では言い表せない・・・
 咲き誇る桜花の化身・・・そうしか言いようがなかった・・・
 可憐な桜の花がお姫様に生まれ変わった・・・その一言に尽きる存在だった。
 絹のような白い頬は仄かな桜色に染まっており、長い髪は舞い散る花びらのように風になびいていた。
 その初々しい姫君は、若年なるぎこちない仕種で一礼し、神々に名を告げた。
 「・・・初めまして高天ヶ原の神々の皆さま・・・私は桜帝の皇女、桜花姫のヨシノと申します。春の宴に召して頂けたる事、身に余る光栄にございます。」
 僅かの沈黙の後・・・神々の間から大いなる歓声が上った。
 「麗しきかなっ、桜花の姫君、ヨシノ姫!!」
 おおっと言う歓声に驚きながらも、桜花姫ヨシノは再び一礼する。
 ヨシノ姫はとても緊張していた。これほど多くの人々の前に出たのは初めてだったのだ。ドキドキ早鳴る胸を押さえ、戸惑った呟きをもらす。
 「ど・・・どうしましょう・・・こんなに大勢の神様が見ていらっしゃるなんて・・・ちゃんと踊れなかったら・・・聖桜母さまに申し訳ありませんわ・・・」
 不安げなヨシノ姫に、傍らに座する年配の侍女が声をかける。
 「御心配に及びません、姫様は最高の舞い手だと聖桜母さまも仰ったではありませんか。そうですわよね、ハルカ。」
 ハルカと呼ばれた年少の侍女も頷いて言う。
 「カレン姐さまの言う通りですぅ。姫さまならぜーったい大丈夫ですぅ。こーゆー時は掌に人と書いて飲んじゃえば良いですぅ。」
 年少の侍女ハルカは、陽気な声で励ますが・・・ヨシノ姫は緊張でモジモジしている。
 「あ、ありがとうカレン、ハルカ・・・ええっと・・・人と書いて飲めば・・・」
 そんなヨシノ姫の前に、にこやかに笑う太陽の女神が現れた。
 「どうしましたのヨシノ姫。みんながそなたの舞を楽しみにしておりますわよ。」
 最高神たるアマテラスを眼前にし、大慌てで頭を下げるヨシノ姫。
 「こ、こ、これはアマテラスさまっ!!も、も、申し訳ありません。少し緊張致しまして・・・あの、あの・・・」
 ペコペコしてる桜花の姫君を見て、クスッと微笑んだアマテラスはヨシノ姫の頬に手を当てる。
 「初めて人前で舞うのでドキドキしているのですね。でも緊張などする事はありませんよ、そなたは心のままに舞えば良いのです。」
 アマテラスは、ヨシノ姫をそっと抱きしめた。女神の優しい抱擁に、初々しい桜花姫は頬を赤く染める・・・
 緊張のドキドキが、美しい女神に見つめられるドキドキに変わり・・・やがて固くなっていた身体が解きほぐされた。
 落ち着きを取り戻したヨシノ姫は、改めて祭壇に立つ。
 「皆さま、大変長らくお待たせしました。これより桜花の舞を踊らせて頂きます。」
 シャラン・・・と、侍女ハルカの鳴らす鈴の音が響き、侍女カレンも美しい笛の音を奏でる。

 ・・・シャン・・・トゥルル・・・シャン、シャン、シャン・・・トゥルルル・・・

 そして雅楽に合わせて、ヨシノ姫は桜花の舞を踊り始めた。
 両手に扇を持ち、床を軽やかに踏み鳴らして舞うヨシノ姫・・・

 ・・・タン、タタン、タタタン、タン・・・♪

 その舞い踊る手から、可憐な桜色の光が迸った。
 輝く桜花の光が祭壇を中心にして広がり、光を浴びた桜の木に満開の桜花が咲き誇ったのだ。
 桜花の光は瞬く間に高天ヶ原全土を覆い尽くし、やがて・・・大和の国全ての桜を開花させたのだった。
 これぞ桜花姫の誇る能力・・・桜花の舞にて花を咲かせ、世の全てに春をもたらす力である。
 桜花姫の舞により、永き冬は終わりを告げ、春の若葉萌える季節が訪れるのであった・・・

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