テッサリアの女王 5

悪しき女王の戴冠

ムーンライズ


テッサリアの首都には、多くの民が駆けつけていた。新しい女王レイディアの即位を
見るためである。白亜の宮殿の前には、朝早くから多くの民が集まり、レイディアの即
位を心待ちに待っていた。
 正午を過ぎたころ、宮殿の中で執り行われた戴冠式を終えたレイディアが、宮殿のテラ
スに姿を見せた。
 「皆の者、良くぞ私の、新しい女王の戴冠式に参った。これよりは、この私が、女王
である。そして、そなたらの太陽である。」
 美しいドレスとマントを身にまとい、黄金に輝く王冠を被ったレイディアが、右手を
翳して新女王となった事を民たちに宣言した。
 「新しき女王、そして我等が太陽のレイディア様!!」
 盛大なる喚声を持って、レイディアを迎える多くの民達。
 元老院議員議会の満場一致の可決により、レイディアは、女王に選出された。その議
会で、アルタイアとメネリス、そしてリネアの罪を問いただし、レイディアの女王選出
を強く押したのは、他ならぬリネアの後援者だった元老院議員レジウス卿だった。
 レイディアに身も心も売り渡したレジウス卿の手により、リネアの地位も尊厳も、全
て失われていたのだ。誰もその事実を知る者はいなかった。華やかな戴冠式の裏で起きた
、悪烈なる策略劇はこうして闇に葬り去られたのである。
 「元老院議会の可決により、テッサリアの全ての領土をひとつに統合し、王国全土を
この私が統括する事になった。これは神聖なる神のご意志である。大いなる神のご加護
の元、そなたらに永遠なる富と至福をもたらす事を約束しようぞ。」
 「我等に富を、我等に至福を!!」
 高らかに宣言するレイディアに、民達の間から再び喚声が沸き起こった。
 「この私に背きしは神に仇なすに等しい。見よ、この私に逆らった者の末路を!!」
 レイディアはそう言うと、宮殿の向いにある高台を指差した。
 高台の中央へ、レイディアの下僕達によって十字架が掲げられた。そしてその十字架
には、全裸のリネアが磔にされていたのである。
 「おお・・あれはエルクスのリネア・・」
 リネアの両手足は荒縄によって十字架に縛り付けられ、手のひらと足の甲には、黄金
の針が突き立てられていた。そして、頭には罪人の証である、イバラの冠が被せられて
いる。冠の周りを、長く艶やかな金髪がたなびいていた。
 拷問で受けた傷跡も半ば癒え、真昼の太陽に照らされた裸身は、神々しいまでに美し
かった。だが、凄惨な拷問と考えうる限りの辱めを受けたリネアの精神は完全に壊れて
いた。
 「・・わたしは・・まじょです・・おゆるしを・・わたしは・・まじょです・・おゆ
るしを・・」
 生気の失せた虚ろな目をしたリネアは、掠れたような声で同じ言葉を呟いていた。
 「エルクスのリネアは、己の私利私欲の為に、私の女王選出を妨害しただけではなく
、前女王陛下に毒を盛り暗殺したのだ。すべての罪状は元老院議員会直轄の特捜部がす
でに検察ずみである。レジウス卿。」
 「はっ」
 レイディアに呼ばれたレジウス卿は、テラスに歩み寄ると、民達に事の次第を全て話
した。
 「この私は、かつてエルクスのリネアの後援者でありました。それまでは、太陽神の
巫女と民達から慕われていた彼女を信じ、私の才力を注いでまいりました。しかし、リ
ネアの犯した罪の全てを知り、リネアに裏切られた痛烈なる嘆きと共に、事の次第を元
老院議員の方々に訴えました。そして、我が親愛なるレイディア女王陛下の支援を受け
、ついに公の場でリネアに裁きを下したのであります。」
 レジウス卿の言葉に、民達は半信半疑のまま、ザワザワと、ざわめきあった。
 「皆の者、静粛にっ!!太陽神の巫女と称して民を誑かしたエルクスのリネアを信じ
るか!?それとも、この私を信じるか否か!?今すぐ述べよ!!」
 レイディアの声に、一瞬静まり返る民達。
 「そうだ・・レイディア女王陛下のお言葉に偽りはない・・」
 ふいに民達の中から、そんな声が聞こえてきた。
 「リネアは俺達を誑かしていたのだ・・」
 「あの女は、悪魔に魂を売った魔女だ・・」
 最初の声がきっかけとなり、民達の間にリネアに対する怒りが波紋のように広がった。
 「魔女に裁きをッ、魔女を地獄に蹴落とせ!!」
 罵声が怒涛の如くリネアに浴びせられた。全裸のまま十字架に磔られていたリネアは
、魔女と言う言葉に反応して、頭をピクッと動かした。
 「まじょ・・」
 民達の罵声が、繰り返し、繰り返しリネアの耳に響いた。
 「りねあはまじょ・・わたしはまじょ・・まじょにさばきを・・まじょにさばきを・
・ウフ・・ウフフフ・・」
 リネアは、罵声を浴びせ掛けられながら、虚ろな表情のまま、クスクス笑っていた。
 レイディアは、リネアを魔女に仕立て上げる事に成功すると、満足げな表情を見せて
レジウス卿に向き直った。
 「レジウス卿、これで私の女王としての地位は安泰・・全てはそなたのおかげです。
感謝していますよ。」
 「いえ、私の行った事など些細な事、今日の良き日は、女王陛下のお力があってこそ
であります。陛下がこの国を支配する事こそ神の思召しでございましょう。陛下は今や
テッサリアの女神であります。」
 「お上手だこと・・例の物は奥の部屋に用意しています。他の者に悟られぬようご注
意を。この事が知れたら、私達が磔になる番ですからね。」
 「心得ておりますとも、私は陛下に変わらぬ忠誠を誓っております。陛下の御身を危
うくする事などいたしませぬ。」
 レジウス卿は、頭を下げ、レイディアの手を取ってキスをした。
 「それでは・・」
 人目を憚りながら去るレジウス卿を見送ったレイディアは、ニヤリと意味ありげな薄
笑いを浮かべた。
 テラスを去ったレジウス卿は、辺りをキョロキョロ伺いながら奥の部屋へと急いだ。
 「リネアには悪い事をしたが、あの小娘ではテッサリアを支配する事はできん。アル
タイアやメネリスでも同じことだ。わしが手を汚さずとも、いずれあの3人を蹴落とし
てレイディアがテッサリアを支配する事になったはずだ・・遅かれ早かれな・・」
 自分の罪を正当化するように、1人ブツブツと呟きながら足早に歩いていった。
 レジウス卿は、人気のない奥の部屋に入ると後ろ手でドアを閉め、部屋の中を見た。
部屋には、黒いローブを纏った男が立っている。レイディアの手下だ。
 「レジウス卿、他の者に見つからなかったでしょうね?」
 「あぁ、心配は無用だ。テラスを出てから誰にも会ってはおらん。それより、早く渡
してくれ・・」
 「そうですか、では。」
 手下は懐に手を入れると、1枚の折りたたんだ紙を取り出した。レジウス卿は、無言
で紙を受け取ると、紙を広げて目を通した。
 「ふむ・・本物だな・・」
 紙は、エルクスの実質的な統治者をレジウス卿に任命する旨を認めた任命書であった
。任命書には、レイディアの捺印があり、これさえあれば近く行われる各領地の総督を
決定する選挙を有利に運ぶ事が出来る。
 「これでエルクスはわしの物だ。あの小娘を見限って正解だったな。」
 レジウス卿は、始めからエルクスを我が物にするために奸計を巡らせていたのだった
。父親を失ったリネアに近づき、リネアでは役不足と知るや、手のひらを返したように
レイディアに取り入ったのである。
 「これは口止め料だ。」
 数枚の金貨をポケットから取り出すと、手下に渡した。
 「このようなお気使いをされなくとも、私はしゃべったりしませんよ。」
 「まあ、とっておけ。わしは用心深い方なんでね。」
 手下に背を向け、再び任命書を見ているレジウス卿。その背後に手下が近づいている
のをレジウス卿は気付いていない。
 「では、ありがたく頂戴します。レジウス卿、いえ、レジウス総督閣下。」
 手下のお世辞に思わずほくそえむレジウス卿。
 「エルクス領総督レジウス閣下か・・いい響きだ。」
 そう口にした瞬間である。
 「・・うっ!?・・」
 レジウス卿の胸から、サーベルの白刃が飛び出し、任命書に突き刺さった。レジウス
卿の背後に立ったレイディアの手下が、サーベルでレジウス卿を串刺しにしたのだ。サ
ーベルが背中から抜き取られると、胸から鮮血が飛び散り、任命書を赤く染めた。
 「こ・・これは、いったい・・」
 胸を押さえて倒れこんだレジウス卿は、酷く困惑した表情で手下を見た。
 「まだ判らないのか?あんたも利用されてたんだよ。レイディア様にね。」
 急に粗暴な口調になった手下は、レジウス卿の手に握られた任命書をひったくった
 「まて・・それはわしの・・」
 「フン、こんな紙切れ1枚でリネアを裏切るとはな。リネアも浮かばれないぜ。まあ
、世間知らずの小娘を騙すぐらい、屁でもなかったろうけどよ。」
 手下は、ライターを取り出すと、任命書に火をつけた。
 「レイディア様はな、あんたみたいな狡賢い小悪党が1番嫌いなんだよ。レイディア
様は始めからエルクス総督の役職を餌に、あんたを利用しておられたのだ。それに気付
かなかったとは、間抜けもいいとこだ。」
 「そんな・・あぁ・・わしの夢が・・総督の夢が・・」
 目の前で燃えさかる任命書を見たレジウス卿は、顔をクシャクシャにして泣いた。
 「てめえみたいなドブネズミ野郎に似合いの死に様だな。恨むんなら自分のバカさ加
減を恨みな。」
 侮蔑の目でレジウス卿に一瞥をくれた手下は、レジウス卿に背を向けて部屋を出てい
った。
 (・・わしは・・わしは一体何をやっていたのだ?・・)
 レジウス卿は、薄れゆく意識の中で、己の愚かさと犯した罪の重大さに苛まれた。私
利私欲の為にリネアを裏切り、レイディアという悪魔に利用されるだけされた後、口封
じに殺される。自業自得とはいえ、あまりにも惨めな末路だ。
 (・・テッサリアは悪魔に滅ぼされる・・おわりだ・・なにもかも・・)
 静かに燃えていた任命書が燃え尽きるのと同時に、レジウス卿の命の炎も燃え尽きた。

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