『騎士で武士な僕と皇女様003』(8)
小さい人間
「約束が違うじゃないですか!」
"マーシアの春"とまで呼ばれた美姫、ゼフィーナは黒い折の中から叫んだ。
「約束? 我々は約束どおりモローの町の民には手を出してはいない!」
精悍な顔つきをした近衛兵団団長ジェオフリーは吐き捨てるようにしてその抗議を一蹴する。
「貴殿の処遇は私に一任された。 アングリア皇国へ戦利品として連行する!」
「……この首輪は何なんです! 私は子爵令嬢…身分相応の扱いをしなさい!」
「いや……それはヨーク朝系統で与えられた身分だろう? アングリアは皇国では貴女はただの虜囚、奴隷だ」
ジェオフリーの冷たい態度にゼフィーナは悔しそうに唇を噛みしめる。
「将軍、彼女は戦場には連れて行けませんよ? どうなさるおつもりで?」
僕は一応彼女をどうするつもりなのか聞いてみる。
「後方要員に使える。 主に兵の治療や励ましだ」
確かに……モローでは損害がなるべく少なくなるような戦い方をしたが、万単位の大軍のぶつかり合いにそういった人手は一人でも多く欲しい……。
ん? 励まし?
「慰安でしたら正式に募集した娼婦がいますが……?」
同じ疑問を抱いたのか、横から副官のマックスがジェオフリーに問いかけた。
マックスは全メルカトルの戦士を集めて戦う四年に一度の世界大会のチャンピオンでその座を二度にわたって防衛して見せている超有名人だ。顔つきもさながらその声も近くにいるだけで威圧感を感じてしまいそうだった。
「あんな安娼婦で一般兵はともかく、古参の近衛兵は満足しないだろう」
確かに、ここ数年に行った軍制改革で元々アングリアに仕えていた兵たちの処遇が問題だった。 彼らの間には占領=略奪の公式が有効であり、これからマーシア軍の主力とヨークの大軍団と戦うのに彼らの願いを無視するわけにはいかなかった。
「しかし……」
マックスが食い下がろうとした時、伝令が新たな情報をもたらした。
「マーシア軍九千、前進を開始しました!」
「予定どおりだな……」
僕は小さく呟いた……うまくいきすぎる、正直それが怖かった。
だけど、今の僕には参謀長の立場がある。 恐怖を表に出すことはできなかった。
「なあに、マーシアの小童どもなどものの数でないわ!」
今まで黙っていたロビン伯爵が豪快に笑いこける。 つられてその場の何人かにも笑みが浮かぶ。
「……では諸将は予定どおりの行動を、ロビン伯爵とマックスは幕僚団と最終的な詰めを、ジェオフリー将軍は先行してバノックカーン地区を確保してください。」
参謀長として次々と指示を出す。 新参者で、皇女様のコネで出世した青二才。小柄で異質な肌の色、メルカトル東部では珍しい黒い髪を持つ僕の指令を、名誉あるアングリアの諸将が受け入れるかどうか……。
僕は謙りもせず、かといって尊大な態度も足らず、礼を持ち、結果を信用して彼らに接した。
緒将や兵たちは当初はこの若く経験の薄い小男を信用しなかったが、その言葉が一つ一つ現実となっていくにつれ、今日にいたる信頼を兵から受けるまでに至った。
「マーシア軍はどう料理なされる御積りで?」
僕とはこの世界に来て以来の親友であり、優秀な部下であるマックスが僕に尋ねた。
「マーシア軍とは、ココとココの地点でぶつかるだろう」
僕は自らの策を図上で披露する。
「その根拠は?」
ロビン伯爵が尋ねる。
「マーシア軍は我らの半数、ヨークの到着まで彼らは守りに入るだろう?」
「はい、確かにマーシアは守りに入るでしょう。 おそらく、アングリア皇国の五倍の国土を攻めては退き、奥地へといざなう……」
僕のよみでは、マーシア軍はひたすら時間稼ぎに翻弄するだろう。 かつて旧日本軍が広大な大陸の奥地に誘い込まれたように。
だが……僕はそれを利用する。
敵は諸々の拠点に敵が一つずつ対処するとみて、順次後退の作戦を練っている。 ならば、皇国軍は敵の拠点をあえて無視する。
電撃的にマーシア公王、コッリを追い詰める!
その作戦を聞かされた諸将と幕僚団はざわめいたが、ロビン伯爵とジェオフリー将軍は沈黙を守っていた。
幕僚の一人が叫ぶように参謀長を非難した。
「後方を脅かされます! 戦争の常識を無視した戦いだ……それは!」
「常識を守って……少数が倍の敵を破った事例が、この世界にありますか?」
僕は静かに諭すように、しかし熱く持論を語った。
「私のいた世界でも! 敵の拠点は一つ一つ落としていく……だが、私の生まれる二百年ほど前、その常識を破った、ヨーロッパを征服した皇帝がいた。 その二百年ほど前には、わずか二千の軍勢で二万五千の大軍を破った武将もいた……いずれも、常識を守って敗北するよりも勝利を選んだ所以だ!」
一息大きく空気を吸う。
新鮮な空気を肺から脳へ送るためだ。
思考が活発になる。
「確かに、要塞を無視することで兵站が脅かされかねない、が、我らには輜重兵がいる!彼らの運ぶ物資によって、我らは一月半の遠征が可能だ! 加えて、コッリを下せば残る対ヨーク戦にマーシアの砦を使える……三万のヨーク軍は広大なマーシアで孤立するのだ……そこを突く」
場が静まり返った、ロビン伯爵が一歩前に出る。
「諸君! 彼はその知恵をもって、アングリアに富と、世界のどの軍とも引けを取らない軍を築いてみせた! この戦争も……彼の知恵によって勝利するだろう!」
「『黒髪の騎士』よ! 皇女の騎士よ! そなたの言葉に我は従うぞ!」
ロビン伯爵に次いで、次々と声が上がる。
「皇女の騎士よ! 我らも従う!」
「我らもだ!」
アングリア皇国の軍内部はこうして統一された。
一分の隙もない……。
マーシアもヨークも、来るなら来い!
心の中でそう叫んだ。
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