『騎士で武士な僕と皇女様003』(9)
小さい人間
「馬鹿な正気か?」
ヨーク軍総司令官、カトリーヌ=ヨークは図上に並べられた針の位置に愕然としていた。
「敵は、我らとマーシアの連絡線上に布陣しました」
ヨーク軍の幕僚の一人が情報を伝える。
「その全軍は二万、大量の投石器と石弾機を用いる模様」
「我らのど真中だぞ! 敵がいるのは! 敵の指揮官は?」
「総指揮官はアングリアの皇都ルーアンにいるクリステーナ皇女、戦場にはかの猛将ロビンと皇女の騎士がいます」
「皇女の騎士?」
その不明瞭な単語に、思わずカトリーヌは眉をひそめる。
「ああ……確か異邦人の騎士か……」
そう言って再び地図に目を戻す。
アングリア軍はヨークとマーシア軍のど真ん中に突っ込んできた。 正気の定じゃない。
下手をすれば包囲殲滅されかねないのに。 あえて飛び込んできた。
「敵の将はよっぽどの馬鹿か、それとも度胸の持ち主か……」
「モローは山間に位置します。 三万の軍でも突破は難しいでしょう」
「つまり、大きく迂回するしかないと?」
「そうなります」
なるほど……。
「してやられたな……」
ポツリ……と漏らす。
「マーシアは落ちた、我々はヨーク国内に防衛線を張る!」
ヨークの幕僚たちの顔が青ざめた。
「味方を見捨てると?」
「ヨークは伝統的に守りではなく攻めを基調とする軍で……」
「黙れ!」
参謀たちを一括すると一息間をあけ口を開いた。
「マーシアは……最重要拠点を損失した! すでに勝負は見えている。 敵は我らをマーシアに引きずり込むつもりだ……」
だから逆手を取る!
そう言おうとした矢先だった。
「王からの伝令です!」
王宮より、一人の使いが陣幕内に飛び込んできた。
「何だ、申せ!」
急使は直立し、書面を広げた。 隅に王の署名が見えた。
「王は、『名誉あるヨーク軍は味方を見捨てず、前進し、王と神々の敵をせん滅すべし』と」
血の気が引くのを感じた……。
心なしか、悪寒を感じる。
後に聞くところによると、宮中の貴族派がマーシアの危急を何処からか嗅ぎつけ、軍が進まないことに王の責任を説いたのだ……。
そうとは知らないカトリーヌは王の命令に抗う権限を有してはいなかった。
「そうか……」
一言そう呟くと幕僚たちが声を上げるのが聞こえた。
「我らの王、万歳!」
「万歳!」
やれるだけのことをやるしかないな……。
カトリーヌの心は一人だった。
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