『騎士で武士な僕と皇女様003』(7)

小さい人間


「たったすけてくれ!」

 少年兵は投石弾により失った右足があった場所を懸命に抑え、懇願する。
「畜生! 何でこんな田舎に大軍が攻めてくるんだ! 畜生……」

 もはやその口からは悲愴としか取れない声音以外聞き取れなかった。
「第二段が来るぞ! 総員……」

 指揮官の言葉はそこまでで途切れた。 少年兵が見上げてみると、そこにはかつて隊長と呼んでいた首のない肉塊があっただけだった。
「く……来るぞ!」

「もう駄目だ! 逃げろ!」

「お母さん〜!」

 そこは地獄としか、いい表わすことの出来ない情景……戦場だった。
 アングリア軍はこの町を落とすのに従来の梯子掛けもせず、百基もの投石器と石弾機、三千もの弓隊で徹底的に痛めつける戦術をとった。
 幾千の矢と熱した投石弾の雨……城壁に集結していた一千の守備兵はほとんど全滅しているかのように思われた。
 いや……事実上全滅していたと言っていい。 すでに城壁上の兵は戦う意思はおろか降伏すら思考できないほど混乱を極めていた。
「うう……母さん、父さん……マリー」

少年兵の頭の中には今まで暮らしてきた平和だった故郷の思い出がよぎった。
必ず生きて帰ると約束して別れた幼馴染の顔、とうとう思いも告げずじまいだった。
「マリー帰ってきたら話すことがあるんだ!」

 そう言って村を出た時、農村での自分が将来立派な手柄を立てて採りたてられて、そうすれば彼女だって幸せに出来ると信じていた……。 そのはずだった。
 ポケットから、帰ったら渡そうと考えていた……なけなしの金で買った安い指輪を取り出し、祈るように手を組む。
「……っ、死にたくないよう……畜生!」

 城壁にはロクな戦力が残ってはいなかった。一千の兵といってもほとんど形だけ整えた兵……国家が腐敗し、装備に回す少ない予算も中央の官僚に横領される始末。まともな盾の一つ買うことができずこの様だ……。
「畜生……」

 その次の瞬間、 ビュオン、と大きな音をたて、巨石の塊が少年兵のいた場所を跡形もなく消し飛ばした……。

 モローの町はいとも簡単に落ちた。
 その余りにもの呆気なさに、何も感情を抱くことが出来なかった。
「敵は戦略上の最重要拠点を全く意識してはいなかったようですね……」

 副官のマックス少佐が上司である『黒髪の騎士』に話しかける。
「どの道、マーシア公国は国家として既に末期状況だったと言っていい。 なんせ軍備の拡張を下手に唱えようものなら危険思想の持ち主として政治生命を断たれるんだから」

 僕は正直な感想を吐いた。 いつの時代でも、国防をおろそかするものはそれ自体が国家を危うくする。 平和な日本にいた自分が言えた事じゃないけど……。
 だが、都合二十年も戦争をして来なかったマーシアの官僚……貴族たちは地理的重要拠点という概念すら思いつかなかったのだろう……。

 城壁の兵たちに、そういった意味で同情を覚えた。
「『猛将』ロビン伯爵はすでにモローに入城しました、我々も急ぎましょう」

「うん、行こうか……」

 僕は幕僚たちを連れて、かつての荘厳さが見る影もなくなった城門をくぐった。

 アングリア軍は軍規が行き届いており、勝手な略奪は厳罰に処される。 そのためモローに入城する隊列は一糸の乱れもなく、町の人々を敬服させた。
「ゼフィーナ姫殿はどちらだ」

 迎えた町長に真先に聞く。
「はは〜、ぜっゼフィーナ様は……その……」

「私は此処にいます!」

 年老いた町長が慌てるのが解る、どうやら本人のようだ。
 その毅然とした態度には敬意すら覚える。
「貴方たち! この町にいったい何をしに来たのです!」

 そうはっきりと、憶さず詰め寄る姿は、降伏した町の姫君とは到底思えなかった。
とりわけ、その長いブラウンの髪に華奢な体形のどこからこの勇気が出るのか不思議でならなかった。

「この町は本日をもってアングリア皇国、皇リュール二世陛下の治世下に入る、以後アングリアの憲法と法を遵守されよ!」
 横にいたロビン伯爵が高あらかにゼフィーナ姫に町の明け渡しを迫った。
「ふざけないでいただきたい!」

 開口一番彼女は要求を否定した。 
「我々はアングリアでなく、マーシア公国に属するものです! 正式に譲渡の条約がない以上、我々はあなた方の要求をのむ権利を有しません!」

「つまり……拒否する権利もないと? では、あの黒旗は何なのです?」

 僕が割って入り町の中心の塔にある旗を指した。 黒旗はこの世界で降服ないし交渉を表す意味を有す。 この町は是が非でもアングリアに臣従させなければならない町である……。 彼女の首をいかにして縦に振らせるか。
 すでに、マーシア公の主力はここより百ゼール(百キロ)の位置に集結しつつあるという。 早いところ決着をつける必要があった。
「町の人々の自由と安全は保障しよう……町の自治権も約束する」

 予め用意していた案を提示する。正直、この提案は破格の申し出といってよかった。
「貴女の身分も保証いたしましょう……よろしいですかな?」

 静かに、しかし言葉の語彙に一切の拒否を許さない口調で迫った。
「……本当に、この町の住人の権利を保障してくれるのですか?」

「勿論です! アングリア皇国は条約を遵守いたします」

 安心したためか、ゼフィーナ姫の肩から力が抜けるのがわかった。
「ちょっと待って頂きたい! 『黒髪の騎士』殿!」
 
 割って入って来たのは近衛兵団団長ジェオフリー将軍だった。
「貴殿に町はともかく、貴族のゼフィーナ姫の処遇まで決める権利はないはずだ!」

 歴戦の勇将を思わせるその風貌、彼にはすでに少なからず働いてもらっていた。
 ……彼の言っていることは本当である。 それにアングリア軍内部に影響力を持つ彼に花を持たせる必要もあった。
「ジェオフリー将軍にゼフィーナ姫のことは一任しましょう……」
 
 僕はこの年配の騎士にこの町の姫君をゆだねることにした。
 

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