『騎士で武士な僕と皇女様002』（6）
小さい人間
鳥の鳴き声で何時ものように目を覚ます。
横にある鈴を無造作に鳴らす……何時ものように……。
しかし……いつも自分を慰めてくれる騎士は今いない……。
彼を作戦参謀に指名したのは余に違いないが……。
あの時、馬車に乗って国内の視察に赴き、帰路に就いた時だった。
賊に襲われ護衛とも離れた。 共にいたのは侍従頭のエリザだけだった。
此処までかと……志半ばで果てる悔しさに、不覚にも涙ぐんだ……。
一面の森の中、助けは期待できなかった。 が……
――彼と出会った……。
モクモクと煙が上がっていた。 賊どもが余とエリザに襲いかかってきた時、どこからか声がした。
「火事だ〜！」
その日は空気が乾燥していて風も強い。 森の中で火事に遭遇することがいかに危険か、賊たちは一目散に逃げた。 賊のリーダーと思しき男はおかしいと気づいたのだろう、一人残った。
初めて見た彼は不思議な格好をしていた。 スカートのようなものをはき、竹を纏めた棒に白い柄のついた不思議な剣だった。 剣術も、初めて見たものだった。
「おい坊主！ あの煙どうやった？」
賊のリーダーが彼に尋ねる。
「あれはただの狼煙だ……」
彼は剣の先を男の首の高さに構えたまま、じりじりと近づく。 男は油断していなかったはずだが……男は彼の放った突きに一撃で気を失った。
しばらくすると、護衛の衛兵たちが追い付く。 彼は同時に気を失い城に運ばれた。
あんな衝撃は、おそらく一生に一度だろう。
その日以来、騎士となった彼と毎晩毎朝……庭でも執務室でも、そこが神殿であっても"行為"をしてきた。
国中を彼と旅もした。 皇女としての仕事も、しんどかった外周も、彼とならさびしくなかった。
「早く帰ってこいよ……」
誰もいない執務室で一人、ポツリとつぶやく。
窓の外を見る、季節はすでに彼と出会った季節……秋だった。
「見事なものだな〜」
自らの君主の心根など知る由のない、『黒髪の騎士』、こと片瀬 総司は馬上で訪れた土地の見事な石像に興奮していた。
メルカトル暦一一〇六年九月、アングリア皇国はマーシア公国並びヨークに対して宣戦布告をした。 と同時にマーシア国境に待機されていたアングリア軍が一斉にマーシア領を侵した。 後に史家がマーシア戦争と呼ぶ戦いの始まりであった。
僕はロビン伯爵と共に、合流した全軍で最重要拠点、モロー攻略に向かっていた。 モローの街は山間にあり、その見事な石像はメルカトル東部でも図一であった。
この町はマーシア＝ヨークの連絡線の中央に位置し、ここを捕れば連合軍に対し内包囲作戦が可能になる、つまり各個撃破に持ち込めるのである。
地形上、攻めづらそうにも見えるが。マーシア軍主力はまだ召集すら終わっておらず。町を守っているのはわずか一千の寄せ集めの傭兵集団、その上最重要拠点にもかかわらず水の出が悪く、食糧も少ない。 弓も百以下。
アングリア軍は総勢二万、打ち分けは騎兵四千、弓兵三千、重兵（歩兵）一万一千、輜重兵一千、工兵一千。
この世界では戦闘の主戦力、決定戦力は歩兵であった。 鐙（アブミ）という馬具（足を乗せる場所）が開発されておらず。騎手が馬の上で踏ん張りが利かないため、騎兵は幼少から馬に乗る貴族か、専門の騎馬民族以外は存在せず、主戦力としてカウントされていなかった。
が……平成日本に生きていた黒髪の騎士は鐙どころか騎兵の戦術がどのように運用されてきたかすら知っていた。
さらに、この世界において補給＝他国からの略奪であり、ちゃんとした輜重というものが概念外であった。酷いとき傭兵たちは自国の村でさえ襲った。
工兵、という兵種も目新しいものだった。 投石器などや陣地構築をやる兵はいても、それを専門にするのは奴隷の仕事とされてきた。
町の城壁が見えてくる。慣れない馬上に何時間もいると、流石に尻が痛くなる。
すでに工兵隊と弓兵隊が展開し、ロビン伯爵の部隊は町を包囲していた。
「道中の石像はどうだったかね参謀長？」
少ししわれてはいるが、はっきりと力強い声に呼び止められる。
「馬の上で眠りこける余裕も無かったろう！」
「……確かに、見事なものでした」
この一見するとやさしい近所のオジサンのようで、立派な顎鬚を蓄えた人物、バトル＝ロビン伯爵その人であった。 最高司令官の皇女様はカーン城に待機し、代わりに現場に来る副司令官を務める人物で、皇女様の筆頭侍従の父でもある。
伯爵は挨拶をすませると戦況の話に話題を移す。
「モローの町の領主はすでに逃亡したようだ」
「……では、砦に残っているのは例の姫君で？」
モローの町の領主は既に逃げおおせ、その娘であるゼフィーナ姫は"マーシアの春"と呼ばれる程の絶世の美女と噂されていた。
そのゼフィーナ姫が一人、領民や兵士たちを励まし、抵抗を続けているという。
「ジェオフリー将軍の近衛軍も到着しました！」
伝令の声と同時に、伯爵と顔を見合わせる。
「やるか！」
幕僚たちもその一言で顔を引き締めた。
僕の初陣だった。
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