『騎士で武士な僕と皇女様005』(17)

小さい人間


「壮観じゃの〜」
皇女様が馬上から目の前の軍勢をさして言った。
「皇女様……危ないので後方へお下がりください!」
幕僚の一人が皇女様に下がるように促す。僕も出来れば皇女様に危険な前線へ出ては欲しくない。
しかし……皇女様が僕と居る事を望んでくれたのだ。
騎士として、男としてそれを無碍にはできない。僕は皇女様を何があっても守らなければならないのだ。
「時に……会議でお主が披露したアノ作戦……もう一度説明してくれ」
皇女様に促されて、僕は作戦の概要を説明し始めることにする。
目の前はすでに両軍がにらみ合い、陣形を組んで衝突をしようとしていた。前線指揮官はロビン伯爵で、鍵を握る騎兵隊はジェオフリー将軍が率いる。僕は若干の伴と幕僚たちと共に皇女様の周りを固め、前線を見下ろせる小高い丘の上にいた。
「まず、この作戦は敵に自らが有利だと錯覚させ、乱して撃破する。『利を持って誘い、乱してこれを捕る』という孫子の思想を応用したものです。」
あまり小難しくしても軍事の専門家ではない皇女様には理解していただけない。僕はまず作戦の思想から入った。
「敵からすれば、我が軍はこの戦場におびき寄せられたことになります。また、南に川、北に森がある狭い地形では我々の騎兵力が生かせそうにない。敵はしめたと考えるでしょう」
「ふむ……つまり、あえて敵の手の上で踊った……ということか?」
皇女様がスコープを覗き込みながら尋ねた。
「はい、これなら敵は迷わず攻撃を仕掛けてくるでしょう。我が軍は歩兵を弓なりにしてそれを迎え討ちます。弓兵隊は投石隊、クロスボウ隊とともに敵の両翼を中心に攻撃、中央はあえてマーシアで募集した軽歩兵のみで固めます。」
「……敵は中央へ殺到するだろうな」
皇女様がなるほど……と肯く。弱点をさりげなく曝せば、敵は食いつく。
「両翼に展開した騎兵隊は敵と同数ずつになるようにしてあります。残りは伏兵として森に配置、敵騎兵団を最初に駆逐します」
「敵の両翼が空くな」
「ええ……しかし、騎兵は側面攻撃には廻しません」
「なに?」
皇女様は怪訝な表情を作った。常識で考えるならば、守勢に回っている味方の救援に騎兵を回すべきなのだ。
「中央へ敵の重兵隊が殺到するだけさせます。その機会を待って、両翼の味方の重兵隊を前進させます。これで敵の重兵は両翼を挟まれ、進撃は止まります」
「……そうか!」
皇女様は肘を打ち、パッと表情を明るくした。
「残る敵の退路、後方に騎兵を投入するのだな! 四方を囲まれた敵はなすすべもなく全滅だ!」
皇女様が嬉しそうに回答するのを見て、僕は首肯だけした。
まったく、丘の下では地獄絵図もさながらの光景が繰り広げられているのにもかかわらず、僕の視線は終始、彼女の笑顔に向いていた。
我ながら恥ずかしくなる。だけど……しょうがないよね。
皇女様が女の子ならば、僕は男なのだから。かわいい子の笑顔が目の前にあったら見入ってしまう……うん、しょうがないよね。

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