『騎士で武士な僕と皇女様005』(18)
小さい人間
約四時間にわたる戦闘は、最初の一時間半はヨーク勢が有利に見えたが、騎兵隊がヨーク軍の後方を突くや様相が一変してしまった。
戦闘は殺りくに変わり、勝利を確信したヨーク重兵の歓声は一瞬にして悲鳴に変わった。
「カトリーヌ様、ここは我らが! 離脱してください!」
アレクサンダー中佐は悲愴な叫び声で馬上で茫然としていたカトリーヌを叱咤した。
「負けた……のか……私が……アリスはどうなる……」
呟かれる声からは同情さえ覚えてしまうほど虚ろであった。
「だめだ〜囲まれた!」
「た……助け……ぎゃぁぁ!」
周辺で行われる殺戮、鉄の重なる音に、カトリーヌはようやく我に返った。
「中佐! いるか!?」
「ここに!」
アレクサンダーは即座に答えた。
「状況は?」
「最悪です……四方を囲まれました。主力の重兵隊は全滅。残るは若干の騎兵と軽歩のみです」
「薄い中央からの突破を試みよう。隊を二つに割る。片方はお前が指揮をとれ!」
「は! ……姫様、もうお具合はよろしいのですか?」
アレキサンダーは答えた後、心配そうにカトリーヌに質問した。
「大丈夫だ! 二人で別れて逃げればどらかは脱出出来るだろう。反アングリアの芽を残しておくことができる。 このまま降伏することだけはならん! たとえ……何があってもだ!」
「かしこまりました……ご武運を!」
そう言うと隻眼の将校は剣を抜き、カトリーヌから離れた。片方しかない目には涙が伝っていた。
「我に続け!」
カトリーヌは周辺の部隊を従えてまっすぐ正面へ駆けた。同時にアレキサンダーが指揮する部隊も突撃を開始する。
当然、第一王女の指揮する部隊の方へ攻撃が集中し、一人、また一人と白銀の戦姫に従う兵が倒れ、カトリーヌは追い詰められていった。
「うおおおおおお!」
アレキサンダーは虚しい雄たけびを虚空に残しながら馬を操った。
頭のいい、そして冷静な彼には解っていた。
カトリーヌは、自分を逃がすために犠牲になったのだと……。目立つ己の髪を隠さずに、剣を取って前線へ、全ては、妹姫アリスをアレキサンダーに守らせる為であった。
後に史家の言う、トレビンバーンの会戦は、この世界で並ぶもののない戦術の傑作とされ、『黒髪の騎士』の名は永遠にこの世界に残ることになった。
ヨーク軍の被害は、三万の軍勢中戦死ニ万一千、捕虜になったものが八千名、残存兵も散り散りになった。
アングリア軍は二万二千中死傷ニ千。完勝であった。
捕虜として、ヨークの第一王女にしてヨーク軍総司令官であるカトリーヌ・ヨークが名を連ねることになり。ほぼ同時に起きたヨーク内での貴族たちのクーデターで軍を失った王は倒され、親アングリア政権が築かれ、戦争はアングリアの勝利の内に終わった。
一説では、このクーデターには『黒髪の騎士』が関わっていたとも言われているが、定かではない。
ヨークの無条件降伏の条件であった、第二王女アリス・ヨークの身柄は護送最中に隻眼の男と黒髪の謎の少年がさらっていったと言うが、その後の消息は知れなった。
…………。
…………………。
………。
「『黒髪の騎士』、そなたの英知と、皇国への貢献に褒章を授ける」
厳粛な空気のなか、僕はアングリア皇国の首都にある「カーン城」の儀式の間にいた。
漆黒の鎧に身を包んだ僕に、リュール二世陛下と、隣にいるクリステーナ皇女が僕を見下ろし、周りを廷臣たちが囲んでいた。
「一つ、そなたに、この新たな名として、祖父皇アントンを名乗ることを許す。」
まず最初に、僕がこの世界で生きるための名前を送られた。聖皇として名高い先々代皇王の名と同じ名であった。
「一つ、そなたをマーシア公に封じ、旧マーシア公領を統治せよ。同時に、その重大な役を全うするため、またそなたが皇家とアングリアに忠誠を尽くす礼として、我が妹、我が国宰相でもあるクリステーナ・アングリアをそなたの妻とし、我が義弟として赴任せよ」
一瞬、儀式の間がざわついたのが解った。
皇女様がさっと立ちあがり、つかつかと僕の前に歩み寄られる。
「皆もモノ! 聞け! 私はこれより、『黒髪の騎士』アントン・バァン・カトゥセの妻となる! 彼の言葉は私の言葉、ひいては、アングリア皇国そのものである」
そう言って左手を僕に差し出す。渡された指輪を僕が左薬指にはめると、皇女クリスは手を僕の口元にやり、「早くしろ」と小声で促す。
変わらないな……皇女様は。と内心で苦笑しつつ、僕はその手を手にとり、指輪に軽い口づけをした。
儀式の間は拍手で包まれ、外の群衆にそのことが公布されるやいなや歓声は国中に広がった。
「大丈夫じゃ……」
皇女様が……いや、僕の妻となったクリスが僕にそっと耳打ちをする。
「お主と私、二人で組めば、何でもできる」
「……ですね」
僕が首肯すると、クリスは今までで一番の笑顔を僕に見せてくれた。
いつもこうならイイのに……。とは言わないでおこう。
確かなのは、たとえこの先何があろうとも、僕は彼女とともにいるということだ。
それが、騎士であり、武士であり、彼女の夫である僕の使命なのだから。
対ヨーク戦役編・完
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