第一機動部隊(3)

kinshisho


 オーロラ姫が結婚を控え幸せの絶頂にあるその頃、シアン湾には忙しい空気が漂っていた。海賊どもが、オーロラ姫強奪の準備に追われていたのである。シアン湾は大変美しい場所であったが、その名前の美しさとは裏腹に、人が住むには過酷な環境であった。岩肌が露出し、ジャングルには風土病が蔓延る。このため、約百年前から様々な理由で流れ着いた者たちが住み着き、やがて略奪などで暮らしていくようになった。それが、秩序ができて、組織として整備されていったのがここの海賊の原型といわれる。ここの統治者は海賊王と呼ばれ、現在は6代目、バラクーダがここの統治者である。
 バラクーダは流れ者ではなく、海賊の有力幹部の息子として、ここで生まれ育った。ここは別名修羅の島とも呼ばれ、3歳になる頃から殺し合いを含む激しい生存競争が始まる。流れ者も幹部の子供も例外なくこの競争を勝ち抜かなくてはならず、15歳までに生き残れる確立は20%に満たないという。ヒラの海賊ですらこれだけ激しい競争に勝ち残った猛者ばかりなのである。言わばエリートばかり。その中で頂点に立つ海賊王がどれ程のものか知れよう。余談だが、海賊になれなかった者はここで下働きとして一生を終えるか、僅かな手切れ金を貰って去っていくかのどちらかしかないのだが、後者を選択した者に希望などあるはずもなく、かつて海賊に身を窶していた者に対する国々の反応は冷淡であることは言うまでもない。結局山賊に鞍替えして糊口を凌ぐ一生を送ることになると相場は決まっていた。
 修羅の島は、今や海賊の一大拠点として賑わっていた。ここには海賊船の建造、修理も行なえるドックがあり、更には他の海賊との商業取引まで行なえる交易センターまであった。この他には水産加工場、食品工場まであり、まさに一大拠点。規模としてはハワウイには及ばないにしても、ブレフテン王国のスカパフローには匹敵していた。
 湾には大型のガレオン型を筆頭に様々な海賊船が錨を降ろしている。その中で一際目立つ海賊船がいた。
 豪華な装飾が船体に施され、横には大砲が備え付けられ、最早海賊船というより軍艦である。この船こそが海賊王バラクーダの座乗する旗艦、『ソヴリン・オブ・ザ・シーズ』であった。この船はこの周辺では最も恐れられていた。というのも、海賊船の割に斬新な設計で、これ程までに大砲を積んだ船は大国の軍艦といえどそう多くない。このため、これが出てくると商船などは白旗を上げるしかなかった。また、これに撃沈されてしまった軍艦もいた。
 自分の船を誇らしげに見るバラクーダ。決行日は、この船でオーロラ姫を襲うのだ。
「フヘヘヘへ。オーロラ姫、この私が必ずモノにしてやる。そして、我が海賊王の子孫を残すのだ。誰がオルフェとかいう青ビョウタンなどにくれてやるものか」
 オーロラ姫との光景を頭に浮かべ、高笑うバラクーダ。決行日は明日。しかし、その日はバラクーダにとって人生最良の日となるどころか最悪の日になるなど、ましてやこの海賊の一大拠点の最後の日になるなど思いもよらなかったであろう。しかし、災厄は確実に近付きつつあった……。

 決行日前夜、シアン湾の南東約300キロの海域に、第一機動部隊が展開していた。空母では艦載機が慌しく飛行甲板に上げられ、トーイングトラクターが大急ぎで甲板後方に艦載機を運ぶ。その間待機室では最終打ち合わせが行なわれ、搭乗員は士気を高めている。そう、いくら弾が飛んでこないといってもこれは演習ではないのだ。ここで、初めて今回の作戦目的が知らされたのである。
 間もなくオレンジの飛行服(空軍はグリーン)を纏った航空機搭乗員が飛行甲板に上がってきた。大急ぎで甲板にコの字を作って整列する。その中心には、いつもの純白ミニスカセーラー服ではなく第二種軍装を纏った瑞穂姫がいた。その御姿に、搭乗員の士気は嫌が上にも高まる。そう、最早遊びではないのだ。
「皆さん、この一年半、よく猛訓練についてきてくれました。思う存分暴れなさい。私からこれ以上言うことはありません。搭乗開始!!」
 瑞穂姫の号令一下、搭乗員は一斉に愛機に向かう。
『第一波攻撃隊、発動機始動、第一波攻撃隊、発動機始動』
 刹那、雷鳴だけで60機に及ぶ航空機が発動機を始動させ、二重反転プロペラから猛烈な風が吹き上げる。60機もの発動機が奏でる耳を劈くオーケストラが甲板に響き渡る。
 空母が風上に向かって全速航行を始めると、帽振れをしている瑞穂姫のスカートが舞い上がる。
「きゃあ、いやーん、まいっちんぐ!!」
 慌ててスカートを押さえる瑞穂姫であったが、時既に遅く、第二種軍装に合わせた純白のシルクパンティーは搭乗員の目に焼き付いていた。
『瑞穂姫様、萌ええええーーーーー!!』
 瑞穂姫のパンチラにすっかり萌え萌え状態の兵士たち。
 空母の甲板の先端に描かれている放射線の中心と噴出す蒸気の方向が一致したとき、発進命令が下った。
『発艦始め、発艦始め!!』
 その瞬間、蒸気カタパルトに固定された空中指揮管制機『双雲』が押し出されるように甲板を飛び立った(形としては一式陸攻に円盤を載せたものを思い浮かべてください)。それを皮切りに、艦載機が次々飛び立ち、夜闇に吸い込まれていく。他の空母からも次々と艦載機が飛び立っている。
 左右では、総勢で帽振れの見送り、周囲には直掩の戦闘機、万が一の時の救助用のヘリ。
 夜明け前とはいえ、まだ真夜中。この困難な中を、雷鳴だけで60機の艦載機が事故もなく発艦していった。この間僅か20分という早業である。しかし、安堵の溜息を吐くにはまだ早かった。その下では第二波攻撃隊が発艦準備を行っている。間もなく飛行甲板に上がってくる筈である。
「この悪条件の中、皆よくやってくれました」
 瑞穂姫は双眼鏡を片手に呟く。
「我が海軍には、攻撃を支援する機体が大勢います。必ずや攻撃は成功するでしょう」
 航空参謀の言葉に瑞穂姫は無言で肯くと、飛行甲板に上がってくる第二波攻撃隊の様子を見つめていた。その秩序だった動きに満足する。あの新米が、よくこれだけやってくれるものだと。
 
 発艦から一時間後、第一波攻撃隊は目標に到着した。かねてからの手筈どおり、各々の攻撃目標に向かう。そして、攻撃開始時刻になったことを確認すると、攻撃隊の総指揮官が信号弾を、次いで、彩雲、東海から照明弾が投下され、修羅の島を白く照らし出す。
 刹那、烈風改の制空隊が機銃掃射を行い、流星改が逆落としの急降下爆撃と雷撃を仕掛ける。放たれた爆弾と魚雷が吸い込まれるように大型帆船を捉え、命中、巨大な火柱が上がった。
 突然の事態に、海賊どもが一斉に飛び出す。

「な、何だ」
 突然周囲が照明弾で眩しいほどに照らし出され、狼狽する海賊たち。次の瞬間、大型帆船から火柱が上がったと思うと、木端微塵になり爆発した。爆弾は徹甲弾だったらしく、貫通後に火薬庫で爆発したものだった。後には先程まで帆船だった物の残骸が浮かんでいた。
呆然としている者、銃で必死に応戦している者など、海賊たちの動きはバラバラであった。自分たちにとって近代海軍。ましてや空母機動部隊からの攻撃など完全に知識の範囲外だった。未知の相手に組織だった動きを要求するのは酷に過ぎるであろう。
「何だ。この騒ぎは。おい、俺が寝ているときくらい静かにしろ」
 決行日を間もなくに控え、前祝とばかりにしこたま酒を飲んで上機嫌で寝ていたバラクーダであったが、この騒ぎで目が覚め、次いで酔いも完全に醒めてしまった。当然機嫌は悪く、きっと作戦決行前夜で興奮して眠れない奴らが騒ぎ出したのだろうと考えていた。
「しょうがねえ奴らだな。士気が高まっているのはわかるが少しは静かにしろってんだ」
 船長服に着替えて説教をしに出ようとしたら、突然寝室のドアが乱暴に開けられた。彼の側近である赤鼻であった。赤鼻はかなり急いでいたらしく、顔が上気している。息も荒い。赤鼻らしくない行動に、バラクーダは何か尋常でない事態を感じ取った。
「た、大変です。バラクーダ様。敵の来襲です」
「グランディアからか」
「いえ、敵は空から攻撃してきています。我々はまったく手出しできません」
「何だと!?」
 息も絶え絶えに話す赤鼻の報告に、バラクーダは鈍器で頭を殴られたような気がした。今の報告で完全に目が覚めてしまった。
「とにかく、外に出るぞ」
 バラクーダは赤鼻とともに外へ駆け出した。そして、見た物は地獄であった。
「な、何だこれは!?」
 バラクーダの視界に拡がる光景。それは、惨憺たる有様だった。つい数時間前までの大型帆船が並んでいた威容はそこにはない。あるのは帆船だった残骸と、燃え上がる帆船である。海賊たちが必死で水をかけ消火しようとしているが、これだけ火の手が上がったら火薬庫に引火するのも時間の問題である。そして、バラクーダがそう思った刹那、その帆船は大爆発を起こし、周りの人間は吹き飛んだ。人の形をした火柱が、バラクーダの近くに落ちてきた。
 だが、最悪の光景はそれだけで終わらなかった。
「何だあれは」
 突如鉄の鳥が、海面スレスレまで降りてきたのだ。その鉄の鳥の腹には、何か長細い物を抱えている。バラクーダは、それが本能的に武器だと直感した。鉄の鳥は、ある方向に向かっていた。
「あの方向は、俺の船じゃねえか。奴ら、俺の船を沈める気だ」
 バラクーダは狂ったように愛用の銃を鉄の鳥に向けて撃つが、当たるはずもない。そして、鉄の鳥こと流星改は、必殺の魚雷を放った。それから数秒後、バラクーダ座乗の旗艦、ソヴリン・オブ・ザ・シーズの右側面に合計五本もの水柱が上がった。火の手が上がり、マストが倒れたかと思うと、大爆発を起こした。後には残骸が浮かぶのみであった。
「あ……ああ……」
 この周辺の海賊のなかでもとりわけ凶悪なことで知られるバラクーダは呆然自失となった。無理からぬことであろう。周辺の大国ですら手出しができないほどの戦力を誇っていた海賊艦隊が呆気なく壊滅してしまったのだ。だが、災厄はそれだけでは終わらなかった。
 第一波攻撃隊と入れ替わるように、今度は第二波攻撃隊が襲い掛かってきたのである。第二波の目的は主に周辺施設の破壊だった。

 猛禽類の如く海賊島に襲い掛かる第二波攻撃隊。海賊たちも必死で応戦するが、所詮は蟷螂の斧。魔法も初級攻撃魔法くらいしか使えない彼らに近代海軍を相手にして勝ち目はなかった。
 第一波の攻撃があまりにも完璧だったせいか、破壊すべき艦船は殆ど残っておらず、予定通り指揮官は全てを施設の破壊に向けた。攻撃は1500kg爆弾と100kg爆弾2発による急降下ピンポイント攻撃と500kg爆弾6発と100kg爆弾2発による水平爆撃が主体である。 
 結果は今更いうまでもないだろう。第二波攻撃隊が去った後には明々と燃え上がる施設が残された。
 だが、攻撃はこれで終わりではなかった。海賊どもにこれまでの悪行の清算を行なわせるが如き攻撃が待ち構えていたのである。

「全機、間もなくシアン湾に到達する。レーダー爆撃準備用意!!」
 高度13000m。高等魔法を使える魔術師でも到達すら叶わない神の空域と呼ばれる成層圏を悠々と飛行する巨大な怪鳥の一団。日本空軍が誇る富嶽であった。60機の富嶽は爆弾倉扉を開き、爆弾投下準備に入った。 
 総指揮を執るのは空軍を統べる最高司令官、有璃紗姫。将臣陛下は海軍力だけではシアン湾の完全無力化は無理と考えて瑞穂姫が去った後に有璃紗姫を呼び、シアン湾を焼き尽くすよう命じていたのだ。施設や艦船を破壊しただけではまた復興しないとも限らなかったからである。 
 目標到達5分前。ここからは爆撃手に全てを委ね、有璃紗姫は操縦桿から手を放し自動操縦に切り替える。敵が襲ってくることはないとはいえ緊張の数分間だ。
 有璃紗姫はコックピット側面の窓から地上を見下ろす。新世界の都市とは違い、この時間帯に灯りが殆ど見られない。
「旧世界の皆様はこの時間帯は完全に寝静まっていらっしゃるようですね」
 高高度を飛行しているため地上に音は聞こえない。しかし、有璃紗姫は轟々と響く六発の発動機の音を想像して申し訳なさそうに呟くのであった。
「爆弾投下30秒前」
 機首に位置する爆撃手が照準器に目標を捕捉し、ど真ん中に目標が入るように照準器を動かし続ける。爆撃照準器は航法レーダー、気象レーダー、対地レーダー、赤外線暗視装置、自動操縦航法装置と密接に連動しておりこれまでよりも格段の命中精度を誇り、尚且つ天候や時間帯に左右されない爆撃を可能とした。 
 余談を承知で言うと、富嶽は全長78.00m、全幅102.10m、全高18.90m、重量280トン、最大出力23600馬力を誇る世界初のターボプロップエンジンを6基搭載。直径6.2m4翅電動式定速コントロール二重反転プロペラで駆動。最大速度790km/h、最大航続距離42000km(爆弾12t搭載時)、最大作戦高度17000m、爆弾最大70t。
 武装は20mm機関砲4連装4門、2連装4門、1門辺り600発、電気点火式による交互射撃方式。対空レーダー、射撃レーダー、赤外線レーダー、火器管制装置の組み合わせにより夜間、天候問わず敵戦闘機を正確に迎撃可能。遠隔射撃方式。乗員は前方区画に操縦士、副操縦士、爆撃手、機関士、航法士、通信士、レーダー手。後方区画に火器管制手、偵察員と呼ばれる対空砲手2名の10名が標準。
 機体は完全気密室で、高高度でも高度2400m前後と同じ状態に保つことができ快適に過ごせる。機内にはオーブンと調理施設(機内では火気厳禁のため電気式)と冷蔵庫が後方区画に備え付けられ簡単な料理が可能。機内は二階建構造なので広々としている。B-29などのようにトンネルを這っていく必要はなく、歩いていける。
 機体には軽オリハルコンが吹き付けられており、これによって通常の20倍もの防御力を誇る。オリハルコンは超々ジュラルミンやマグネシウムと接触すると化学反応して表面に極めて硬く粘りのある層を作り出す。即ち1mmの厚さならオリハルコンを吹き付けることにより20mm相当の装甲と同等の防御力を持つことになる。
 透明部はコックピット正面を除きアクリルが使われている。高高度を飛行するため断熱力の高い二重構造とされ、紫外線をカットする金が吹き付けられている。コックピット正面のガラスは三重となっていて、間には暖められた空気が流れ曇りを防止している。ワイパーのゴムが接触する部分には電熱線が埋め込まれる。掻き取り能力の高いダブルゴム。
 対レーダー用アルミ箔散布装置、電子妨害装置、敵妨害電波除去装置、更に有璃紗姫搭乗の機体には暗号送受信装置、記録装置とそのための乗員4名が搭乗している。
「爆弾投下10秒前」
 投下のカウントダウンが始まった。地獄絵図ができあがるまで後10秒。
「5秒前、3、2、1、投下!!」
 瞬間、爆撃手は投下スイッチを点火。爆弾倉から爆弾が不気味な金切音を立てて落下していく。その様子を見て後続の機体も次々と爆弾を投下した。

 地上の海賊は、何かを感じ取ったのであろう、漆黒の空を見上げる。そして、災厄が彼らに襲い掛かる。何と、突如として広範囲に赤い炎が出現し、辺りを覆いつくす。周囲は一瞬にして火の海と化した。
 全身火達磨にされる者、焔から逃げ惑い、海に飛び込んで溺死する者、或いは外傷もないのに次々と斃れる者。富嶽が投下したのは後に非人道兵器としてその残酷性が問題視されることになるナパーム弾であった。
 ナパーム弾は実に10分間に渡って燃え続け、加えて周囲から大量の酸素を奪うため酸欠死する者も少なくない。外傷もないのに次々倒れた海賊は所謂酸欠死である。
 シアン湾は燃え盛り、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
 有璃紗姫は、コックピットの窓から明々と燃え盛るシアン湾を見下ろした。地上は阿鼻叫喚の地獄だろう。それを想像できない有璃紗姫ではない。
「まさに悪魔の所業ですわね。しかし、これまで周囲が被った被害を考えれば当然の報いですわ」
 確かに有璃紗姫の言うとおりである。海賊どもはこれまでの所業を考えれば受けるべくして受けた報いであり、一歩間違えればオーロラ姫が海賊どもの犠牲になるところだったのである。だが、高高度からナパーム弾を投下して海賊を島ごと焼き尽くす行為は正義の所業でないことも確かだった。有璃紗姫の独白にはそんな自身の作戦の残忍性を隠蔽する意味もあった。
 
 一部の海賊は洞窟から船に乗って脱出しようとしていた。だが、そんな彼らを逃がすほど日本海軍は甘くはなかった。シアン湾がどのような構造になっているか、瑞穂姫は知り尽くしていた。この攻撃から逃れて洞窟に隠した船で脱出する者がいることくらい計算していない瑞穂姫ではなかった。
 哀れな残党に、海中から襲い掛かる。
 突如船の側面に3本もの水柱が上がり、大爆発を起こして沈没する。弾薬庫に引火したのだろう。攻撃を仕掛けたのは、攻撃型潜水艦であった。瑞穂姫率いる第一機動部隊に先行すること海南島に集結していた10隻の潜水艦がこの作戦のためにシアン湾に派遣されたのである。
 潜水艦から発射された魚雷によって餌食となった船は7隻。更に留めとばかりに洞窟に向け魚雷を発射して破壊、洞窟も使い物にならなくなった。やる時は徹底してやる。それが日本軍のやり方であった。
 一連の攻撃が終了した後、有璃紗姫搭乗の富嶽が島の周囲を旋回して轟々と燃え上がる様子を撮影し、目標は全て達成したとの無電を打って帰還した。60機の富嶽から投下された合計1500t余りのナパーム弾によって島は一晩中に渡って燃え続けたという。  
 
 夜が明けると、そこは地獄絵図であった。昨日まで誇らしげに威容を讃えていた海賊の一大拠点の姿はそこにはなかった。建物は破壊し尽され、船は無惨な姿となり、周囲にはまだ小さな火や煙が燻っていた。灰と化した死体、黒焦げとなった死体、この他には窒息死した者、海には溺死した者も浮かんでいる。あれほど手を焼いた海賊たちは、近代海軍の前には一たまりもなく壊滅させられ、第一機動部隊はその威力を見せ付ける格好となった。
 しかし、たった一つだけミスを犯していた。
 シアン湾から脱出する一艘の小船。この周囲でよく見かける漁船に見えるが、何か雰囲気が違う。
「お、おのれ……何処の連中かは知らんが、我々にこんな嘗めたマネをしやがって。必ず復讐してやる……」
 そう、バラクーダである。これ程の攻撃にも関わらず彼は生き延びていたのだ。その後、彼は僅かな生き残りとともにマラッカ海峡を拠点にすることになるのだが、それはまた別の話……。
 後に周辺国による合同調査団が派遣され、その徹底した破壊振りにただ驚かざるをえなかった。しかし、どうしてこんなことになったのか、真相は謎のままとなった。真相は、ただ独り、オルフェ王太子のみが知っている。とはいえ、彼もまたその破壊振りにはただ驚かざるを得なかった。これが近代兵器の実力なのかと。
 六隻の空母から発進した攻撃隊は二波合計730機。作戦は僅か二時間余りで予定通り終了した。
 この戦いで生じた損失は、艦載機5機が着艦に失敗して海に不時着したのだが、搭乗員の損失は皆無で、それが全てであった。ほぼ完全勝利といってもいいだろう。同時に瑞穂姫にとってはその後の戦いに於ける有益なデータを集めることができた。

「ふう、作戦が終わった後のお風呂はまた格別ですわね」
 全てが一段落して、それまで寝る間も惜しんで動き回っていた瑞穂姫はお風呂を堪能していた。機関から生じる廃熱を利用した循環システムが開発されたことで24時間いつでも風呂に入ることができるようになった。ガスタービン機関はコンパクトなので、余剰スペースに詰め込むことができたのである。
 瑞穂姫は朝と深夜の二度入るのだが、これは別の意味があった。それによる恩恵を受ける者たちがいたのである。言い方を変えれば単なる不届きな連中であるが。
「どうだ。素晴らしい光景だろ」
「は、はい。自分は今日ほど海軍に入ってよかったと思ったことはないであります」
 雷鳴の機械室の一室。そこに、かなりの数の野郎どもが屯していた。士官から水兵まで、階級はバラバラのようである。その機械室には小さな窓のようなものがいくつもある。ただの換気口なのだが、何と、ここからお風呂が一望できるのである。ここでは階級は一切関係ない。ただ風呂を覗くという目的を持った同志の集まりである。
 瑞穂姫は今、シャワーを浴びて悦に入っていた。何もかも脱ぎ捨てて緊張を解くことのできる数少ない時間。エメラルドグリーンの瞳が安心感に潤む。シャワーがそれまでの緊張を一気に流しさってくれるかのようだ。ここでは連合艦隊司令長官の肩書もいらない。産まれたままの姿の時間を思う存分堪能する場なのである。
 身長175cm、上から88(E)・59・87というスーパーモデル並の均整のとれた見事なプロポーション。日本皇国の女性の身長はだいたい150cm代なので、如何に日本人離れしたプロポーションの持主であるかがわかる。
 身体には染み一つなく、何処までも透き通るような木目細かい白い肌。胸も形がよく、かなり大きめにも関わらず筋肉で支えられているかのように垂れない美乳。乳輪も乳首もピンク色で丁度いい大きさである。野郎どもが一度は夢見る理想を凝縮した姿が、そこにはあった。言っては悪いが、他の女性兵士とは比べることすら憚られるのは言うまでもないだろう。女性兵士たちも瑞穂姫の見事なプロポーションは認めざるをえなかった。
 ただ、こんな瑞穂姫でも皇族では下位にランクされるほうで、この上にはまだ閑令徳院宮家の姉姫三人衆、そして皇帝陛下二人組がおられるのだ。
「はふうぅー」
 瑞穂姫は緊張の糸が切れたように床に崩れ落ちる。その姿は艶かしいことこの上ない。そのあられもない姿から、一体誰が、彼女が日本皇国の姫君であり日本海軍の連合艦隊司令長官であるなどと想像できるだろうか。
「も、もう堪りませんーーー。じ、自分はもう鼻血大噴出で死にそうでありますーーー」
 覗いている野郎どももヒートアップし、興奮はMAXに達していた。
 こうして、瑞穂姫の入浴劇は過ぎていくのであった……。

                                      (4) 

 全てが終わって……。
 グランディアの港では、多くの民衆が、歴史的瞬間を待ち構えていた。そう、今日オーロラ姫は嫁ぐのである。
 結局、黎明の攻撃だったとはいえあれ程の大規模な攻撃が人目につかない筈もなく、シアン湾が燃え上がる光景は多くの人が目撃するところとなった。このために細密な立ち入り調査が必要となり、安全が確認されるまでにオーロラ姫の出航は二週間延期されることとなった。
 この時、オルフェは瑞穂姫にある依頼をしていた。彼女の艦隊でオーロラ姫一行を護衛してほしいというのである。また、結婚式にも出席を頼まれた。本来なら任務を終えてさっさと人知れず去ることにしていたので、この申し出に瑞穂姫はキョトンとなった。それに、結婚式には将臣陛下が出席なさることになっている。だが、オルフェの頼みを断りきれず、結局はこうしてオーロラ姫一行を護衛しているのであった。
「何とも妙な取り合わせですわね」
 雷鳴の艦橋からオーロラ姫を乗せた帆船を見つめながら瑞穂姫は呟く。上空には直掩戦闘機もいる。
「でも、まあいいか。別に悪いことではないし」
 瑞穂姫は港に着いたら全乗組員にローテーションで一週間の特別休暇を与えると命じていた。そのため皆士気は高い。

「それにしても、凄い船ですね」
 一方、オーロラ姫もまた空母の威容に圧倒されていた。富嶽は何度か見たことのあるオーロラ姫であるが、12万トンに達しようかという空母を見たことなど当然ない。
「新世界にはこんな巨大な軍艦がいるのか」
 トパーズもまたその威容に圧倒される。何度かグランディアに向かうスーパータンカーは見たことのある彼女だが、巨大空母となるとまた違った趣がある。それを見ていると何とも複雑な気分になる。
 しかし、トパーズは別の意味で複雑な心境であった。そう、これが仕えるべき主を護衛する最後の日なのだから。彼女はこの日を境に騎士を引退し、かねてより約束していた相手と結婚するのである。姫君の結婚と比べればささやかではあるけれど、それでも幸せな日々が待っていた。
 
 港が見えてきた。オーロラ姫を乗せた船が横付けされると、民衆の熱狂は最高潮に達した。
 そして、港の見える丘に建てられた大聖堂にて、結婚式が行なわれた。
 それを見守る正装姿の将臣陛下と瑞穂姫。即位の礼の返礼として、皇国の姫君も勢揃いしていた。その他にも二人を見守る大勢のVIP。純白のウエディングドレスに身を包んだオーロラ姫と、軍の正装に身を包んだ、オルフェ王太子。二人とも幸せそのものといった表情である。
「キレイ……」
 それが瑞穂姫の率直な感想であった。やはり瑞穂姫にとっても純白のウエディングドレスは憧れであった。自分にも、果たして立派な伴侶は現れるだろうか。ふとそんなことを思ってしまう。実は、瑞穂姫はまだ結婚相手が決まっていないのだ。
「うむ、やはり幸せの絶頂にある夫婦を見るのはいいものだ。こちらまで幸せな気分になってくる。今回の作戦の最大の成果は、この幸せな光景を見られたことだけで十分だ」 
 それは将臣陛下の偽りの無い感想であった。
(お幸せに……二人とも)
 瑞穂姫は思う。こうした幸せを守ることができて本当によかったと。もし自分たちがここにいなかったら、オーロラ姫は今頃どうなっていただろうか。人々の幸せを守るためにこそ、自分たちはいるのだ。それが自分の使命なのだと、瑞穂姫は改めて自分に言い聞かせるのだった。

 (終)

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