王女戴姦 第2話・2
隠者
「ガザン王はこの扉の向こうで…」 回廊の突き当たりの扉の前で立ち止まったネスビルの言葉が終わらぬうちに、ルデロは乱 暴に扉を開け放つ。そして、扉の奥、謁見の間に鎮座するガザン王の姿を認めると、猛然 と走り出した。 「ルデロ公、な、なにを!?」 衛兵があわてて制止しようとルデロにすがり付くが、戦場で磨き抜かれた動きには適わな い。衛兵は簡単に蹴散らされ、悶絶の声を上げた。ガザンまで一刀の距離に近付くとルデ ロは長剣を抜き、頭上に構えると、一気に宙へ飛んだ。 「斬る!!」 ルデロの肉体は後方に反り返ったかと思うと、しなやかに前屈し、長剣に凄まじい加速度 を与える。振り下ろされた長剣は空を真っ二つに切り裂きながら、ガザンへ食らいつこう とする。 だが─。宙を舞い、剣を放つ。この僅かな時間であったが、ルデロはしっかりとガザン と眼が合った。斬撃が飛んでこようとしているのに、ガザンの眼はまるで動じていない。 ルデロが思わず眼を背けたくなるほどの眼光を放っているのに、ガザンの顔は余裕の笑み すら浮かべていたのだ。 ガザンの余裕。その謎はすぐに解けた。ルデロの狂剣がガザンを捉えようとしたその刹 那、ガザンが座る玉座の後方から、別の剣が出現し、ルデロの剣を止めたのである。ガザ ンの手は玉座の肘掛けから動いてはいない。玉座の裏に相当の剣術者が潜んでいるのだ。 二つの剣は火花を散らせ、ぎしぎしという鈍い音を立てながら、ガザンの眼の前で止ま った。 「フフフ。ルデロ公。貴公の妹の夫としては合格かの」 ガザンが微笑む。ルデロは「気に入らない」といった顔をしながらも、長剣を鞘に納め、 「…大変失礼な事を致しました。お許し下さい」 と詫びた。 「いやいや。戦績輝かしい貴公を軽々しく呼びつけたのが、わしの一の罪。そし て、貴公の妹を、貴公に無断で妃に迎えたのが二の罪。いきなり斬りかかられても仕方あ るまい」 ガザンの顔からは笑みが耐えない。彼はルデロと面会を喜んでいるのではない。かつての 武人として、あらかじめ剣術者を配置し、今、絶頂期にある武人ルデロの上手をいったこ とを楽しんでいるのだ。 「そうじゃ。紹介しよう。アリゾン国親衛隊長ファーレンハイトじゃ」 玉座の後からは剣の主が音もなく現れた。流れるような銀髪を肩まで垂らし、涼やかな顔 立ちをした青年だ。背丈はルデロと同じ位だが、横幅は半分ほどしかない。目元から指先 まで流麗なフォルムしており、筋肉の鎧をまとうルデロとは全くといっていいほど対照的 だった。 「はじめまして。ルデロ・メルビレン殿」 滑らかな動きでファーレンハイトが握手を求める。もう一方の手に握られた刀を見て、ル デロの顔はみるみる怒りに満ち溢れていく。先程、ルデロは宙を舞い、全体重を掛け、両 手で剣を振り下ろした。にもかかわらず、このファーレンハイトはこのほっそりとした右 腕のみで斬撃をぴたりと制止したのである。ランデルバルト大陸最高の傭兵と称されるル デロに取ってはこの上ない屈辱だった。 「…握手は好まぬ」 ルデロの不愛想な態度に、ファーレンハイトはくすりと笑うと「では、また後程」と述べ、 謁見の間を辞した。「斬れるなら斬ってみろ」と云わんばかりに、ファーレンハイトはル デロに向けわざと背を晒しながら、扉に向かって歩いていく。ルデロは歯ぎしりをしなが ら憎々しげな顔を浮かべていた。 「フフフ。ま、ま。ルデロ公。座興は終わりじゃ。ほれ、妹も見えたぞ」 ファーレンハイトと入れ替わる形で、王妃デルフィナと王女リリアが現れた。 「兄様…」 デルフィナは喜色を浮かべ、ルデロに駆け寄った。だが、彼女は一定の距離を保ったまま、 決して兄に近付こうとはしない。喜んではいるのだ。だが、心の底から彼女を歓喜へと走 らせないブレーキが同時に働いているのも事実のようだ。ガザンはファーレンハイトにか らかわれたルデロの怒りに満ちた殺気に、デルフィナが圧倒されていると思ったが、その 様子を見ていたリリアは女の勘で二人の間に何かあることを確信した。 「…久しぶりだな…」 「兄様こそ…」 これが、3年ぶりに会う兄と妹の会話だろうか。しかも兄は戦場から戦場へと渡り歩く傭 兵である。3年も生きていたことは肉親であれば、無上の喜びなはずである。 ─どこかよそよそしげな二人。雰囲気を読み取ったリリアは、わざと間に割って入る。 「ルデロ様。はじめまして!リリアです」 水色のドレスの両端をかるく持ち上げ、ちょんと頭を下げた。継母デルフィナから「狼」 と教えられたルデロに対し、少なからず恐怖はある。だがこの怪しげな雰囲気を打開しよ うというリリアの精一杯の努力だった。 「ルデロ・メルビレンだ。妹が世話になっている」 可愛らしいリリアの姿に、怒りも解けたのか。幾分かルデロの殺気は薄らいでいた。 「よしよし。では歓迎の晩餐じゃ!」 ガザンはパンパンと手を叩き、侍女たちを呼んだ。
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