王女戴姦 第2話・1
隠者
燦燦と輝く太陽の下、アリゾン王国デルクローゼ城の巨大な城門がゆっくりと開く。門
の向こう、陽光を背にぼうっと浮かび上がる30ほどの騎兵のシルエット─。ルデロ・メ
ルビレン率いる私設傭兵隊「ウロボロス」であった。
─無言の威圧。愛想などない。シルエットはいずれも腰の剣に手を掛け、臨戦体制であ
る。領地を持たぬ流浪の軍隊であるから、当然の用心なのだが、妹が妃として嫁いでいる
国を訪れる時であろうと、気を許すことは決してないのはやや過剰だ。
王妃の兄を迎えようと拍手と歓声を用意していた民衆は、ウロボロスの異様さの前に、
歓迎の気持ちをごくりと呑み込んでしまう。黒い。とにかく黒い。兜から鎧、その騎馬、
マント、すべてが黒い。放たれる迫力はまるで戦場から今着いたばかりの剣気、殺気、闘
気であった。びりびりとし、張り詰めた空気が民衆たちから生気を奪う。なんだか生きた
心地がしないのである。とんでもない連中をアリゾンに招いてしまった感じだ。
ウロボロスの一行は、一糸乱れず、無言のまま馬を進めていく。先頭で一際大きい体に、
長剣を佩いた騎士がルデロである。ルデロはその漆黒の甲冑の奥から鋭い眼光を放ち、徹
底的に民衆をねめつけながら、ウロボロスを率いる。民衆はまるで敗戦国の奴隷になって
しまったような錯覚すら覚えた。
「よ、ようこそ。アリゾンへ。内大臣のネスビルと申す」
王宮の前でルデロの半分くらいの背丈しかない小男がルデロを迎える。内大臣という職に
ある文人ネスビルは頭は回るが、力がない。武人ルデロの強烈な覇気に喉元を締め付けら
れる思いだった。呼吸すら苦しい。
「…わざわざのお出迎え、痛み入る」
真っ暗な洞窟の中から響いてくるようなルデロの太い声。言葉づかいは丁寧だが、不遜に
も馬上からネスビルを見下ろすような格好のままだ。
「ガ、ガザン王は中で御待ちになっておられる…」
「……」
返事もなく、ルデロは馬を下りる。ルデロが降り立った瞬間、地面にはもうっという砂埃
が舞い上がった。
「こ、こちらへ…」
おびえるネスビルを無視しながら、ルデロはさっと手を翳し、ウロボロスの行進を止めた。
私設傭兵隊ウロボロスはまるで一匹の犬のように忠実だ。ルデロはウロボロスに待機を命
じ、自分は王宮正面から謁見の間へと続く真っ直ぐな回廊をネスビルの後についていく。
デルクローゼ城の王宮内は金や銀、珊瑚などをふんだんに散りばめ、美しく装飾されて
いた。床にも大理石を贅沢に敷き詰め、「アリゾンの鷹」ガザン国王の権勢をうかがわせ
る。その豪奢な王宮内に、不似合いな黒騎士が無遠慮に突き進む。ルデロのブーツは大理
石を悲鳴をあげんばかりに踏み付け、甲冑がこすれる度に鈍く響く金属音は、アーチ状に
なった天井で反響し、王宮の隅々までを蹂躪していった。
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