*A week・第2日目(5)

T.MIYAKAWA


 夜が深くなり、辺りは静まりかえった。
 食事を終えた王子は消灯時間が来るまで何もせず部屋の中でくつろいでいた。
 コン、コン
 王子がベッドの上で寝転んでいたとき、誰かがドアをノックする音がした。
 「天海ですけど、王子様いますか?」
 ドアの向こうから天海の声がした。
 ドアをノックした客の正体は天海だった。
 「どうぞ。」
 王子がそう言ってドアを開けると、目の前には昼間と同じ着物姿をした天海が
風呂敷を手に立っていた。

 「何か御用ですか?」
 「王子様、お風呂はまだですよね?
 よろしかったら一緒に入りませんか。」
 天海は王子を風呂に誘おうと部屋へやって来たのだ。
 「で、でも僕はちょっと…。」
 突然の誘いに王子は戸惑っていると、天海はいきなり王子の手をつかむとそのまま
部屋の外へと連れ出していった。
 「さあ、行きましょ。」
 手を引っ張られて慌てる王子に、天海は耳元で声をかけた。
 天海は王子の慌てるしぐさを楽しんでいたのだ。
 部屋を出て行く姿をメイドは黙って見送っていった。

 天海と王子の二人は夜の庭を歩いていた。
 王宮の外にある庭は二人の足音が聞えないくらい静まりかえっていた。
 「もう少しで着きますからね。」
 天海は王子の振り向いて声をかけたが、王子はうつむいたまま彼女の顔を
見ようとしなかった。
 王子の足取りは重く、二人の距離は少しずつだが離れ始めていた。
 「王子様、空を見てください。
 星がこんなにきれいに見えますよ。」
 天海が空を見上げたまま、王子に声をかけてきた。
 その声に反応したのか、王子は視線だけを空の方へと向けた。
 (!!)
 王子が視線を戻したとき、天海が何も立ち止まらずにそのまま歩いている事に
気が付いた。
 天海は王子が立ち止まったままだということにはまだ気付いていなかったのだ。
 (もう少し待てば…。)
 そう思った王子は立ち止まって天海がそのまま歩いていく様子を見つめていると、
天海の後ろ姿が小さくなるのを待っていたのだ。
 天海の姿がある程度小さくなったとき、王子は振り向いて反対側へと走り出した。
 天海とはかなり離れてたため、仮に気付かれても追いつけないと思ったからだ。
 王子が走り出してそれほど時間が経ってない頃だった。
 背後から何かが飛んでくる音がしてきた。

 「!!」
 王子の背中に何かが当たり、転倒してしまった。
 「…痛、何だ今のは?」
 背中に手を当てながら、辺りを見ると王子の足元に石が落ちていた。
 この石が後ろから飛んできて、王子の背中にぶつかってきたのだ。
 王子が顔を上げると、そこには天海が険しい表情で見下ろしていた。
 バチンッ!!
 天海は王子の方に近づくと、いきなり王子の頬に平手打ちをしてきた。
 その大きな音と共に、王子は再び体を地面に叩きつけられた。
 「あなた、自分の立場を分かっているの?
 私から逃げられると本気で思っているのかしら。
 今度同じような事をしたら、本当に殺すわよ。」
 「………。」
 平手打ちで赤く腫れた左の頬に手を当てながら王子は何も言えないでいた。
 天海に「殺す」と言われ、身体が硬直していたからだ。
 この時、王子はもうここから逃げられないという現実を改めて思い知らされた。
 浴場に着いた時、天海は王子がまた逃げる事のないように手を強く握っていた。


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