バラステア戦記
第三十一話
009
「将軍!しっかりしてくれ!」
自分たちの誇りであったはずのアリアが晒す痴態を、リュウはまともに見ていることが出
来なかった。要塞の外では、このバラステアを倒すために多くの男達が立ち上がっている
のだ。副長であったレイラも、アリアのことをリュウに託して壮絶な死を遂げていったの
だ。
(リュウ・・・・)
刹那、リュウの呼びかけにアリアがわずかな理性を取り戻す。・・・・バラステアと戦い
続けた血の記憶。全身に刻まれたバラステアと戦う自分の宿命を、アリアはリュウの声に
よって一瞬取り戻した。
「リュウ!」
アリアがおかれた現場の状況を把握するのに時間は不要だった。考えるより先に、アリア
の体は動いていた。今にもリュウに向かって黒い大剣を振り下ろそうとするクレファー。
そのクレファーの体をアリアは後ろから締め付けた。
「・・・・!アリア!」
「将軍!」
我に返るリュウ。そして危険を察知すると後方へ飛び退いた。
「リュウ!あたしの体ごとこいつを串刺しにするんだ!」
「将軍・・・・!」
クレファーは必死にもがいている。だが鍛えられたアリアの体は、決してその腕を緩める
ことは無かった。
「アリア将軍!!」
「リュウ!あたしに残された道はこれしか無い。今ならクレファーを殺すことができる。
さっさとするんだ!」
「アリア・・・・正気か!」
流石のクレファーも動揺を隠せない。
「くっ・・・・」
リュウには出来なかった。カルノアは死に、あとはこの場でクレファーを倒せばバラステ
アは事実上崩壊する。要塞の外の戦況も一変するに違いない。しかし・・・・
「リュウ!頼む!あたしはアリア=レンハルトだ!」
リュウは目を見開いた。
「うおおおおおおおおおお−−−−−!!」
リュウは、頭の中が真っ白のまま、剣を構えるとクレファーに向かって突進した。剣が二
人の体を突き刺すと、血しぶきがあがり、その瞬間はリュウにとって永遠に続くかに思わ
れた。
「ぐっ・・・ば・・・ばかな・・・・」
「それで・・・いい・・・・」
(終わった)
貫かれたクレファーとアリアは、ふらふら部屋の外へ直接つがなる大窓の方へと後ずさっ
た。死を悟ったクレファーは、最後に微笑を浮かべた。
「ぐっ・・・あ・・・愛した妻に抱かれて死んでいくか・・・・それも悪くないかもしれ
ぬ」
「リュウ・・・最後だ!」
「将軍・・・・!カルノアは死んだぞ!バラステアはこれでお終いだ!」
「・・・そうか」
アリアは最後に安堵の表情を浮かべると、クレファーと共に大窓から要塞の下部へ落ちて
いった。リュウは涙を流しながらその最後を見守った。
墜ちていくさなか、アリアとクレファーは夫婦として最後の会話を交わしていた。
「あんたとは違う世界で会いたかったよ」
「私もだ」
恐怖の咆哮を発していたブラック・ドラゴンは、クレファーの死によって突然煙のように
消えていった。クレファーの部隊の兵士達には動揺が隠せなかった。
「まさか・・・・マスターが!?」
「クレファー様・・・・・」
「皇帝陛下は・・・・カルノア様はどうしたのだ」
動揺したクレファー軍の背後に攻撃をかけてきた部隊があった。ガルサンの率いる山賊部
隊だった。
「リュウ!助太刀にきたぜ!」
駿馬にまたがって敵を倒すメイの姿もあった。
ガルサンの部隊に不意打ちされたクレファー軍は、統率機能を失い、脆くも討たれていく。
(好機)
レッドは、正に作戦を実行する好機が訪れたことを感じていた。
「みんな!作戦通りに所定の位置について爆薬を仕掛けるぞ!そして一斉に待避だ!!」
「・・・!待ってくれ!」
スーチェンがレッドを止めた。
「まだリュウが中にいるんだ!きっとクレファーを倒したに違いない。」
レッドはスーチェンの腕を振り払った。
「今を逃して作戦を実行するチャンスはないぞ!敵は動揺している。部隊を立て直される
前にやってしまうんだ!たしかにクレファーの気配は無くなった。だから今がチャンスだ。
この要塞を吹き飛ばしてやる」
(リュウ)
作戦は実行されようとしていた。一時はくずれかけた奴隷部隊も攻勢にまわり始めていた。
カディス・ジークのメンバー達は予定の場所へと散って行った。
(リュウは何をしている・・・・?早く降りてこい)
アリアとクレファーの最後を見届けたリュウは、要塞内部で必死にリンスの姿を探して
いた。
「リンス−−−−−−!姫−−−−−−−!」
しかし要塞はあまりにも広く、また出くわす守備兵と戦いながらだったのでなかなかリン
スの姿を探すことはできない。
リュウは逃げていく侍女をつかまえると、リンスの居る場所を問いつめた。
「アイルランガのリンス姫はどこにいる!」
「ひいっ・・・居住区の・・・・エリアBのあたりに・・・・」
リュウは必死に走り続けた。
(もうすぐ爆破作戦も始まるに違いない。その前になんとしても助けなければ)
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