ネイロスの3戦姫


第9話その.3 2人のルナ  

 救出隊が活動している頃、ネルソンは別館の屋上を見ている兵士に声をかけた。
 「ルナ姫の状況はどうだ?」
 「はい。それが、屋上の松明と床の炎が消えたのでルナ姫の様子がわからなくなりまし
た。」
 「そうか・・・救出隊が無事だといいが。」
 エリアス達の安否を気遣いながら、突撃の準備をする兵士達に指示を出している。
 砲撃はいったん小康状態になっているが、ブルーザーの仕掛けた罠を回避するため、連
合軍は全軍待機状態である。
 「あとどれぐらいで突撃しますか?」
 「もう少し待て、救出隊が爆弾の処理の準備を終えてからだ。」
 この作戦には突入時のタイミングが不可欠となっている。もしタイミングを見誤れば、
ルナの命はおろか、エリアス達や連合軍全体に被害が及ぶのだ。
 「エリアス姫・・・」
 ネルソンは焦っていた。
 彼はエリアスの心の内にある心情の変化に薄々ではあるが気付いていた。それゆえか、
彼自身の心にも並々ならぬ不安が過った。
 いつも冷静沈着なネルソンだが、万が一エリアスの身に何かあったら・・・そんな気持
ちが彼を不安に駆りたてていた。
 
 「ハアハア・・・やっと屋上だ・・・」
 松明の火が消え、暗闇になっている屋上にダルゴネオス一行が到着した。
 暗がりの屋上の中央にはボンヤリとではあるがルナを磔にしているX型の拘束台が見え
る。
 足音を忍ばせ、彼等はルナの元に歩み寄った。
 「・・・だれ?」
 背後から人の気配を感じたルナは、重い頭を上げて周囲を伺った。
 「姉様?」
 もしかしたらエリアスとエスメラルダが助けに来てくれたのでは・・・ルナの心に期待
が過る。
 だが、彼女の一縷の望みはいとも簡単に打ち砕かれる事になった。
 「ふふ、助けに来てやったぞルナ。」
 暗闇から声をかけてきたのはルナが最も会いたくない相手、ダルゴネオスだったのだ。
 「あ、あんたは・・・何しに来たのよっ!!」
 「助けに来たに決まっておろうが。もっと嬉しそうな顔はできんのか?助けられて文句
をぬかすな。」
 「バカ言わないでっ、あんたに助けられるぐらいなら爆弾で吹っ飛ばされたほうがマシ
よっ!!」
 大声で叫ぶルナに、ダルゴネオスは目を吊り上げた。
 「ふん、口だけは達者だな。お前は余の大切なオモチャだ、誰にも渡すものか。」
 ダルゴネオスはそう言いながら、身動きの取れないルナのお尻を撫でた。
 「いやっ・・・汚い手で触らないでっ!!このバカーっ!!」
 「誰がバカだ無礼者めっ。おい、時間がない。さっさとルナを下ろせ。」
 家来に命じるダルゴネオス。家来達はルナの足を縛っているロープを外し始める。
 「あ、あの子はなに?」
 屋上の床に、自分と同じ格好をした裸の娘が横たわっている事に気付き声を上げた。
 「ああ、あの娘か。あいつはお前の身代わりだ。ブルーザーの手下や連合軍どもの目を
ごまかす目的で連れてきたのだ。ネイロスの奴等がお前を助けに来た時のためにと用意し
ていたが、こうも早く役に立つとはな。」
 ダルゴネオスの言葉に、ルナは声を失った。
 意識のないその娘は、哀れルナの身代わりとして別館もろとも葬り去られる運命にあっ
た。
 「な、何てことを・・・ひどい・・・あんたそれでも人間!?まともじゃないわ!!」
 両腕でぶら下がった状態のルナはダルゴネオスを睨んで叫んだ。そんなルナを軽蔑の目
で見ているダルゴネオス。
 「ふん、たかが小娘1人に情けをかけるとは。とことんお人好しなお姫様よ、姉達とい
っしょだ。」
 「バカにしないでよっ、あんたが人でなしなだけじゃないのっ。」
 「好きなだけほざいていろ。せっかく助かった命だ、せいぜい大切にするがいい。余の
オモチャとしてな。」
 そう言うダルゴネオスの背後に、白い影が歩み寄ってきた。
 「グルル・・・」
 白い影から唸り声が響き、ハッとしたダルゴネオスと家来が後ろを振り返った。
 その瞬間、白い影が跳躍しダルゴネオス達に襲いかかった。
 「ぬうわっ!?」
 「グワオオーンッ!!」
 鋭い牙が暗闇にきらめき、ダルゴネオスのハゲ頭に噛みつく。
 「ぎゃあーっ!!なんだこいつはぁ!?」
 悲鳴を上げて転がるダルゴネオス。その頭に噛みついている白い獣を見て、ルナが歓喜
の声を上げた。
 「あ、アルバートッ!!」
 白い獣はルナの愛狼、アルバートだった。
 「グルッルウウウーッ!!ガウウッ!!」
 よくもご主人様をーっ!!そう言いながら、アルバートは憎きダルゴネオスの頭を何度
も噛んだ。
 「ひいええ〜っ、たすけて・・・ひいいっ。」
 ダルゴネオスは血塗れになりながら家来達に助けを求めた。
 「この犬めっ。」
 家来達はダルゴネオスの頭に噛み付いているアルバートを引き離そうとした。
 「グル?ガウウッ!!」
 やる気かお前等っ・・・鋭い目で家来達を睨むアルバート。
 「う、うわ・・・」
 凄む白い狼に、家来達は恐れを成して逃げ出した。その後をダルゴネオスも逃げて行く。
 「グオンッ、グオンッ!!」
 「待ってアルバート、戻ってきなさいっ。」
 逃げるダルゴネオス達を追いかけようとしたアルバートをルナが呼び止める。
 「縄を外してっ、早くっ。」
 ルナの声に反応したアルバートは、体を反転させてルナを拘束している拘束台に飛び乗
った。そしてルナの手首を縛っている紐を牙で噛み切った。
 「ありがとうアルバート・・・助けに来てくれたのね!?」
 「グウウ・・・」
 ようやく自由の身になったルナは、尾を振って喜ぶアルバートを抱きしめた。
 「?・・・これは・・・あたしの拳銃っ。」
 ルナは、アルバートの背中に括り付けられている皮袋を見て喜んだ。中身はルナ愛用の
リボルバー拳銃2丁だ。
 「持ってきてくれたの、さすがはアルバートよっ。」
 「ウオン。」
 「あン、もう。くすぐったいってば・・・」
 嬉しそうにルナの顔を舐めるアルバート。だが、喜んでいる暇はない。早く逃げなけれ
ば別館が爆弾で破壊されるのだ。
 「そうだ・・・あの子を助けなきゃ・・・」
 ルナはそう言いながら、拳銃を持って替え玉にされていた娘に駆け寄った。
 「しっかりして、目を・・・あ?」
 娘を抱き起こしたルナは目を丸くした。そこには、自分とそっくりな顔があったのだ。
いや顔だけではない、一糸纏わぬ裸体の輪郭、乳房の形に至るまで全て一緒だ。おまけに
背中には天使の白い羽根があり、頭には同じ柄の可愛いリボンまである。
 目を丸くしているのはルナだけではない。アルバートも驚きの目で2人を見つめている。
 「うそお・・・鏡を見ているみたい・・・」
 驚くルナの声に目を覚ました娘が、ゆっくりと目を開けた。
 「う、う・・・ん。」
 「気が付いたのね。大丈夫?」
 目を覚ました娘の視界に、自分自身が心配そうに見ている姿が映った。
 「あう?お、オラだべ・・・オラがオラを見てるだ。うーん・・・」
 娘は目を回して引っくり返った。
 「あ?ちょっとっ、しっかりしてー!!」
 気絶した娘を抱き起こして揺さぶるルナ。
 
 「よし・・・全軍突撃開始っ。」
 ネルソンの声が連合軍の兵士達に行き届いた。そして連合軍全兵士が一斉に進軍を開始
した。
 その動きを、いち早く見届けたブルーザーは、別館に残っている兵に撤収を命じた。
 別館に爆弾をセットしていた兵が、時限装置を起動させて次々別館から出てくる。
 そして、兵達が撤収するのを待っていたエリアス達も動いた。ルナを助けにいくエスメ
ラルダ達と、爆弾を処理するライオネット達に分かれた救出隊は、兵のいなくなった別館
を駆けて行く。
 戦場に緊張感が走った。そして連合軍と黒獣兵団の戦いが再開されたのであった。
 
 「兵が全員撤収したわ、今よ。」
 「わかりましたっ。」
 エリアスの声に、ライオネットはすぐさま近くの爆弾から処理を始める。
 「これをこうして、こうなって・・・よしっ。」
 手際よく時限装置を解体し、爆弾を沈黙させるライオネット。  処理に有した時間は
僅か20秒だった。その動きはすばらしいの一言に尽きた。
 だが、爆弾はあと9つある。爆弾を全て処理するために、ライオネットは他の爆弾の所
に急いだ。
 「姫様、他の爆弾の在り処はどこですかっ!?」
 「すぐ上の部屋にあるわ。」
 エリアスのナビゲートで、ライオネットと兵士達は次の爆弾の元へと走っていく。
 
 「ところで、あなたの名前は?」
 「えっ、オラだべか?名前はラナっていうだ。」
 名前を告げる娘を見て、ルナは絶句した。名前までそっくりなのだ。
 「ルナにラナ・・・ああっ、ややこしいっ。」
 だが文句を言っている暇はない。彼女等には危機的状況が迫っている
 「兵達がみんな逃げていくわ。爆弾を爆発させるつもりね・・・」
 屋上から兵達の動きを見ていたルナが、まもなく別館が爆破される事を察した。
 「あの・・・オラ達はどうなるべか?」
 後ろにいるラナが、心配そうに声をかけてきた。
 「大変よ、この別館は直に大爆発するの。早く逃げましょう。」
 大爆発・・・ルナの言葉にラナは真っ青になる。
 「爆発っ!?そっただことになったら・・・オラ達あの世行きだべさ!!」
 変な田舎訛りで喋りながらオロオロするラナ。
 「落ち着いて。すぐには爆発しないわ、こっちよ。」
 ラナの手を引き、ダルゴネオスが上って来た非常階段に走っていくルナ。
 「ねえ、ラナ。拳銃を1つ貸してあげる。ダルゴネオスはまだ別館にいるはずだから、
襲ってきたらこれでやっつけるのよ、いい?」
 そう言いながら拳銃を一丁手渡した。
 「オラ鉄砲なんか使った事ねえべ。それに・・・皇帝様をやっつけるなんてご無礼な事、
オラには出来ねえべさ。」
 「何言ってるのっ、あんな奴にご無礼もタコもないわよ。コテンパンにやっつけていい
わ、あたしが許す。」
 怯えるラナを励ます(?)ルナ。
 「こうやって檄鉄を引いて、後は狙いを定めて撃つの。簡単でしょ?」
 「う、うん・・・」
 手短に拳銃の扱いを教えるルナの説明に聞き入っているラナ。
 時間のない彼女等は、大急ぎで非常階段を降りていく。
 「!!、やっぱり待ってたのね・・・」
 ルナは非常階段の踊り場の手前で足を止めた。踊り場には手に棍棒などを持ったダルゴ
ネオス一行が待ち構えていたのだ。
 「ぬふふ〜待っておったぞ。さっきは不覚を取ったが今度はそうはいか・・・む?そ、
それは・・・」
 ルナの手に構えられた拳銃を見て怯むダルゴネオス。
 「形成逆転ね、ケガしたくなかったらさっさと降りていきなさ・・・うっ!?」
 トリガーを引こうとしたルナが苦悶の表情を見せた。縄で縛られていた手首が痺れてい
るのだ。
 「脅かしおってっ、大人しくせいっ!!」
 よろけるルナに、ダルゴネオスが迫った。ルナの後ろにいたラナがガタガタ震えながら
拳銃を構えた。
 「それでどうするつもりだ?お前に拳銃なぞ使えるわけなかろうが。」
 「きゃ〜っ!!こねえで〜っ!!」
 突如、ラナの持っている拳銃が火を吹いた。
 「のおっ!?」
 ゴムの弾丸が見事ダルゴネオスの頭に命中した。
 「いやいやいや〜っ!!きちゃダメだべさーっ!!」
 目をつぶったまま銃を乱射するラナ。目をつぶっている筈なのに、全ての弾丸がダルゴ
ネオスの腹や尻に命中する。
 「のわ〜。」
 肥え太った巨体がゴロゴロと階段を転げていった。そしてすぐ後ろにいた家来達を巻き
込み、全員下の階まで転げ落ちていく。
 「ラナってば・・・本当は凄腕の銃使いじゃないの?」
 唖然とラナを見ているルナだった。
 
 「9個目解体完了しましたっ。」
 別館の一室からライオネットの声が響く。爆弾を解体し始めてから17分が経過してい
た。
 「残り1つね。ええっと・・・最後は・・・」
 見取り図を見ながらエリアスは少し顔を曇らせた。最後の1つは最上階に設置されてい
るのだ。
 「急いで、ルナのいる真下よっ。」
 「わかりました。」
 急ぎ立ちあがるライオネット。
 「我々が爆弾を運んできますっ。」
 足の速い兵士が3人、速攻で別館の最上階へと走って行った。そして最上階から速やか
に運びこまれた爆弾がライオネットの前に置かれた。
 「よし、これで最後だ。」
 早速解体に着手する。だが、時限装置を外そうとした途端、ライオネットは声を失った。
 「こ、これは・・・」
 「どうしたの!?」
 「時限装置が壊れてます。解体が出来ません・・・」
 爆弾の時限装置に欠陥があったのだ。もはや時間がない。万事休すであった。
 「逃げましょう姫様っ。」
 声を上げる兵士達。だが、エリアスは怯まなかった。
 「時限装置と爆弾を切り離せばいいのね?」
 そう言いながら太陽の牙を抜くエリアス。それを見たライオネット達はうろたえた。
 「まさか、いけませんっ。下手をすれば爆発しますっ。」
 下手にいじれば爆弾が爆発する。だが、ためらう暇はない。
 「一かバチかよ・・・みんな下がってっ!!」
 太陽の牙を時限装置に向ける。そして・・・
 「やああーっ!!」
 一閃、きらめく刃が時限装置と爆弾を真っ二つにした。
 乾いた音を立て、時限装置が床に転がった。
 「う・・・爆弾は・・・やったっ!!」
 恐る恐る目を開けたライオネットは、歓喜の声を上げる。
 
 砲撃の止んだ宮殿に向けて突撃してくる連合軍。その行く手には、ルナの囚われている
別館がある。
 別館の周囲には多数の兵士が集結し、ルナを助けるべく別館に突入して行く。
 黒獣兵団の陣地からその状況を見ていたブルーザーは、ニヤリと笑った。彼の脳裏に崩
れ落ちる別館の下敷きになる連合軍の姿が浮かぶ。
 もう間もなく別館に設置された爆弾が爆発する時間だ。
 「さあ、連合軍の最後だ。」
 手にした懐中時計を見てカウントダウンする。
 「・・・3、2、1・・・」
 そして時計の針が爆破時刻に達した。
 「ゼロだっ、クタバレくそども・・・!?・・・どうしたんだ!?」
 驚愕するブルーザー。いくら待っても別館に爆発が起きない。
 時限装置が壊れているのか?そう考えたブルーザーだったが、その思惑は直に否定され
る結果となった。
 1つか2つなら時間がずれていてもおかしくはない。だが10個ある爆弾がどれ1つ爆
発しないのだ。
 ワナワナと全身を震わせたブルーザーが、爆弾を設置した兵達に目を向ける。
 「てめえら・・・これは一体どう言う事だーっ!!」
 獣のごとき凄まじい咆哮が兵達に浴びせられた。
 「い、いえ・・・わかりません・・・自分達は間違いなくセットいたしましたが、ぎゃ
っ!!」
 先頭にいた兵がブルーザーの蹴りを食らって吹っ飛んだ。
 「わかりませんですむかぁ!!爆発しなかったじゃねーかっ!!」
 声を荒げ、ブルーザーは吠えた。そのブルーザーの目に別館から連合軍向けて手を振る
人物の姿が映った。
 それは爆弾の処理を終えた事を連合軍に伝えているライオネットの姿であった。
 「や、野郎・・・ふざけやがってっ!!」
 怒り狂うブルーザーは、砲撃隊に檄を飛ばした。
 「砲撃隊、別館目掛けて全弾ぶち込めっ、奴等を全員地獄に叩き落せーっ!!」
 ブルーザーの命令は即座に伝達され、砲撃隊は別館に向けて攻撃を開始した。






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