ネイロスの3戦姫


第9話その.2 ルナ救出大作戦  

 それから半時間後、エリアス達の元にルナの救出隊が集った。皆、潜入作戦に長けた精
鋭ぞろいだ。
 「よく来てくれました、これよりルナの救出に向かいます。救出作戦には私とエスメラ
ルダ、そしてライオネット男爵が参加致します。よろしいですね?」
 「はい。」
 救出隊は跪いて返答した。エリアスを前にして作戦の仔細を話し合う救出隊。
 やがて、一丸となった救出隊員達が一斉に立ちあがった
 「では、いきましょう。」
 ルナの囚われている別館に向かおうとするエリアスとエスメラルダに、カーネルが声を
かけた。
 「姫様、鎧をお持ち致しました、これに。」
 カーネルの後ろから、彼の部下がエリアス達専用の鎧とハーフヘルメットを手渡した。
 「まあ。」
 「持ってきてくれたんだっ、サンキュー。」
 喜ぶエリアスとエスメラルダ。そして物陰で鎧を着た2人が皆の前に出てくる。
 「えへへ・・・これがないと締まらないもんね。」
 久々に着る鎧に、エスメラルダは喜んでいる。
 「カーネル司令、後の事はお願いします。」
 「お任せを。ネルソン司令と共に、姫様方が潜入をしている間、奴等の注意を引き付け
ておきます。」
 答えるカーネル。その後ろには、心配そうな目でエリアスを見ているネルソンがいる。
 「エリアス姫、どうしても行かれるのですか?」
 ネルソンの声を聞いたエリアスの胸がキュッと痛んだ。とても悲しく、そして切ない思
いに駆られたのだ。
 「ええ、それが私の使命ですから。」
 「でも、あなたはネイロスの君主なんです。君主自ら敵の真っ只中に飛び込むなど無謀
でしょう。あなたに万が一の事があればどうなされるのですか?」
 「・・・」
 エリアスは何も言えなかった。その肩が僅かに震えている。
 「どうか考え直してください。ルナ姫の救出には私が向かいます。どうか・・・」
 ネルソンの言葉に、エリアスは重い口を開いた。
 「ネルソン司令、あなたにも大切な使命がある筈です。デトレイドの民を守る使命が・・
・あなたには生きていてもらいたいの・・・優しいあなたには・・・」
 エリアスは震える声でそう告げた。
 「姉様・・・」
 エスメラルダは、姉の目に涙が溢れているのを見た。ネルソンに助けられた時から、エ
リアスの心に、彼に対する特別な感情が芽生えつつあった。
 共に戦う同士の信頼でもなく、助けてもらった事への誠意でもない。切羽詰った状況で
なければ、ネルソンに胸の内を素直に伝える事が出来たであろうが、今はそんな状況では
なかった。
 「エリアス姫。」
 歩み寄ろうとするネルソンを制したカーネルが、静かに首を振った。
 「姫様の御心情をお察しください。我々は・・・我々の使命を果たしましょう。」
 無論、カーネルもエリアスとエスメラルダを窮地に立たせる事はしたくなかった。でも、
ルナを思う2人の決意を変えることが出来ない事を誰よりも理解している。彼が身を切ら
れる思いである事を、そしてエリアスが自分の事を案じているのをネルソンは察した。
 「わかりました・・・どうか・・・ご無事で・・・」
 「ネルソン・・・」
 思わず開いた口を閉じ、後ろ髪の引かれる思いを振り切って歩き出すエリアス。
 姉の心の内を思い、涙を拭うエリアスに変わって救出隊の前に立つエスメラルダ。
 「さあ、行くよみんなっ、ルナを助けるんだーっ!!」
 威勢よくドラゴン・ツイスターを翳すエスメラルダに救出隊は、おおっ!!と掛け声を
上げた。
 そしてエリアス始め、救出隊全員が黒いフード付きのマントをまとう。暗闇に紛れて潜
入するためだ。
 そして、黒獣兵団に悟られぬ様、別館に繋がっている地下排水溝の入り口に向かって進
んで行った。
 
 そのころ、宮殿の本館で連合軍の様子を伺っていたブルーザーが、手下から状況の報告
を受けていた。
 「団長、奴等は撤退の気配を見せてはおりません。どうやら砲撃が収まるのを待ってル
ナのいる別館に乗り込む様子です。」
 「フフ、そうか。こっちの思惑どおりだな。」
 狂気の暴獣は、邪悪な笑いを浮かべ、窓の外を見ている。
 「別館に残っている兵に伝えろ。時限装置の時間設定は20分後にしろとな、奴等が動
くと同時に時限装置をセット。即座に撤収するんだ、いいな。」
 「はい、了解致しました。」
 命令を受けた手下は、別館へと向かって行った。
 全て手配どおりであった。後は連合軍が罠に嵌るのを待つのみである。
 「来るがいいネルソン、地獄が待ってるぜ。」
 そう呟きながら、ブルーザーは窓から離れた。
 「失礼しますっ。」
 先程の手下と入れ替わりに、ダルゴネオスの家来が血相を変えて飛び込んできた。
 「何の用だ?」
 「あ、あのブルーザー団長、陛下がこちらに来られませんでしたか?」
 「いや、陛下がどうかしたのか。」
 「それが・・・先程から御姿が見えないのです。宮殿内のどこにもおられないのですよ。
こちらに来られていないかと思ったんですが。」
 「知らんぞ。こっちは忙しいんだ、用が済んだらさっさと出ていけっ。」
 オロオロしている家来を鬱陶しそうに見ていたブルーザーは、家来に罵声を浴びせて追
い出した。
 「は、はいっ、失礼しましたーっ。」
 逃げるように部屋から飛び出していく家来。
 「まったく・・・まてよ?もしかしてダルゴネオスは・・・」
 ブルーザーの頭に、嫌な予感が過った。
 「あのバカ皇帝・・・おかしな真似をしていなければいいが。」
 怪訝な目で別館の方向を見た。
 
 そのころ、別館の入り口付近で、3人の男達が黒獣兵団の兵達の目を盗んで別館内に入
ろうとしている姿があった。
 それはダルゴネオスと、その家来だった。
 「あのー、陛下。ブルーザー団長に言わなくていいんですか?こんな勝手な事して・・・
」
 「知った事かっ、勝手な真似をしたのはブルーザーの方だっ。あの野獣に余の大事なル
ナを好きにさせてたまるか!!」
 「でも・・・」
 「文句を言うなっ、ここでの権限は全て余が握っておるのだ、お前達は余に従っておれ
ばよいっ!!」
 怒鳴り声を上げるダルゴネオス。
 家来達は2人とも心配そうな顔をしている。彼等は肩に、ルナと同じ年恰好で同じ天使
の翼とリボンをつけた全裸の娘を担いでいた。
 娘は途中で暴れない様に睡眠薬で眠らされている。
 ブルーザーの予感は的中していた。ルナに未練を持っているダルゴネオスは、身代わり
の娘をルナと入れ替えようとしていたのだった。
 「知りませんよ、どうなっても。」
 小声でボヤきながら、家来達は渋々ダルゴネオスに付き従って別館に入っていった。
 そんな彼等の動きを、物陰から見ている白い影があった。
 「グルル・・・」
 それは低い唸り声をあげ、彼等に見つからぬ様そっと後を追っていった。
 
 「別館はこの上ね?」
 「はい、間違いありません。」
 暗闇に、そんな会話が反響する。
 ランプの灯りだけが辺りを照らす地下排水溝に、ルナ救出隊が集結していた。
 排水溝はレンガで組まれた直径2メートルほどの横穴で、救出隊の頭上には、別館内部
に入るための縦穴がある。
 「まず私が行きます。」
 救出隊員の1人が、鉄製のはしごを上り排水溝のふたを開けて辺りを伺う。
 そこは別館の厨房で、薄暗い厨房には誰もいない。
 「大丈夫です、来て下さい。」
 救出隊員の声に、全員はしごを上ってくる。
 厨房の内窓から薄明かりが漏れており、そこから人の気配がしてくる。
 「まだ準備中かな?」
 エスメラルダが声を潜めてそう言った。
 「連合軍が突入してくるのを待っているんでしょう。突入と同時に時限装置をセットし
て撤退するのだと思います。」
 隣のライオネットが返答した。
 「じゃあ、あいつ等が撤退してすぐに爆弾を処理してルナを助ければいいんだね。」
 「はい。でも問題は時限装置がどれくらいで作動するかです。その間に爆弾を全て処理
しなければいけませんから・・・わっ!?」
 突然ライオネットが悲鳴を上げた。足元にネズミが走ったのだ。
 「あ、バカッ。」
 慌ててライオネットの口を塞ぐエスメラルダ。
 「誰だっ!?」
 厨房の外から声がして、見張りの兵が厨房に入ってきた。
 「確かに声が聞こえたんだが、うげっ。」
 厨房に入ってきた途端、兵は呻き声を上げて倒れた。エスメラルダが兵をブン殴ったの
だ。
 「ふう、危なかった・・・」
 額の汗を拭うと、伸びている兵の胸倉を掴んで引き起こした。
 「うぐぐ・・・おまえ、エスメ・・・」
 「痛い目にあいたくなかったら答えてよ。時限装置はセットしてからどれぐらいで爆発
するの?」
 「あぐ、に、20分後・・・」
 「20分ね、ありがとさん。」
 そう言ってトドメの一撃を加えた。
 エスメラルダは、気絶している兵を引きずって排水溝まで運び、縦穴の中に放りこんだ。
 「しばらくネンネしててねー。」
 そう言って排水溝のふたを閉める。
 「ねえ、そんな事して大丈夫?」
 「心配性だなー、姉様は。1人ぐらい消えたってダイジョーブ。と、言うわけで、早く
行こう。」
 平然とした顔で皆を促すエスメラルダ。一同は、その有様を唖然と見ている。
 「もう、あなたって子は・・・」
 行き当たりばったりの妹に、呆れて溜息を付くエリアス。
 「でもよかったです。エスメラルダ姫様は、いつもと全くお変わりない。」
 「少しは進歩して欲しいわよ。いつもいつも考え無しなんだから。」
 愚痴を言いながらも、その顔は笑っていた。
 厨房を出た一行は、人影の無くなった廊下を進んで行った。
 
 「陛下っ、早くこちらへ!!兵達に見つかりますっ。」
 「ハアハア・・・わ、わかっておるわっ。」
 同じ頃、別館の脇にある非常階段を、ダルゴネオスとその家来が屋上に向かって進んで
いた。
 デブで動きの鈍いダルゴネオスは、運動不足の体を揺らしながら荒い息を吐いている。
 「何で陛下までついて来るんだ・・・」
 小声で文句を言う家来。
 ルナを横取りされる事を恐れたダルゴネオスが、家来達に入れ替え作業を任せておけず
自ら別館に乗り込むと言い出したのであった。
 家来達はルナの身代わりの娘を担いでいるため、思う様に階段を上がっていけない。そ
の上、足手まといのダルゴネオスまでついて来るので、迷惑この上ないのだ。
 「ん?あれは・・・なんだ爆弾のセット中か・・・」
 家来の1人が窓から漏れる光を見て呟いた。
 
 「良いタイミングですよ、爆弾のセットしている所を見ることが出来て・・・」
 ダルゴネオス達が進んでいる非常階段のすぐ内側では、ライオネットがセット作業をし
ている兵の動きを物陰から見て、作業の手順を盗み見ている。
 「あれがこうなって・・・なるほど、あのネジを外してから・・・」
 作業の手順を全て紙に書き写し、地図の裏に記された爆弾の撤去方法と照らし合わせる。
 後はセットする作業の手順とは逆に爆弾を撤去すればよい。
 「撤去するのにどれぐらいかかるの?」
 「あれなら30秒でできます。爆弾は全部で10個ですから、移動する時間を含めて・・
・ギリギリですね。」
 「そうか。じゃあボク達は、兵がいなくなったらすぐルナの所へ言ったほうがいいね。」
 「ええ、それがいいです・・・」
 作業を見ながら返答するライオネット。それを見ながら、エスメラルダが鼻を擦ってい
る。
 「鼻がムズムズするなあ。風邪引いたかな?セルドックのバカにずっと裸にされてたか
ら・・・ふぁ・・・」
 くしゃみが出そうになるエスメラルダ。
 「むむ、鼻に何か入った・・・ふぉ・・・」
 同じくくしゃみしそうになるダルゴネオス。
 「あ、鼻水が出る・・・ふぇ・・・」
 同じタイミングで、作業中の兵まで。
 「フェックションッ!!」
 3人は全く同時にくしゃみをした。
 「わわ・・・姫様っ。」
 「あう、しまった・・・」
 慌てて口を閉じるエスメラルダ。
 「陛下っ、お静かにっ。」
 「ああ、し、仕方ないじゃろーがっ。」
 家来に睨まれているダルゴネオス。
 「グスッ・・・気のせいかな?他にくしゃみが聞こえたような・・・ま、いいか。」
 鼻水をすすりながら作業を続行する兵。
 「ふう・・・よかった・・・」
 兵は周りの状況に気が付いていない。エスメラルダとダルゴネオスは同時に胸をなでお
ろす。
 そして何事も無かった様に各自の行動に戻っていった。




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