アルセイク神伝


第6話(最終話)その2.神王の光

 暗雲に閉ざされていた空から太陽の光が挿し込んでいる。柔らかな光が、傷付いたアル セイクの大地を優しく照らしている。  「おお、日の光だ・・・1年ぶりの太陽の光だっ。」  ラスによって閉ざされていた光が、1年ぶりにもたらされたのだ。そして、カルロス達 の頭上にも、雲の切れ間から眩い光が挿し込んできた。  「この光は・・・?」  カルロスは、戦いで傷付いた身体の傷が癒されているのに気が付いた。この光はルクレ ティアの癒しの力と同じ力があった。  「これは・・・ああ、神王の・・・お父様の・・・」  光を受けたルクレティアが、空を見上げ呟いた。  ルクレティアの父、神王の光であった。  「あう、あ?」  光を浴びたフィオーネが急に意識を失って倒れた。  「おいっ、どうしたんだフィオーネっ、あっ?」  倒れたフィオーネの顔のケロイドがスウッと消えていった。それだけではない。リザー ドマン3兄弟に傷つけられた身体中の傷跡がウソの様に消えているのだ。  光は汚されたフィオーネの身体を全て復元させた。  「フィオーネ・・・」  光に包まれたフィオーネの身体は、ラスに汚される前の清純で美しい身体に戻っていた。  フィオーネだけではないボーエンの身体を蝕んでいた猛毒も消え、どす黒く変色してい たボーエンの身体も元に戻った。  「ルクレティア殿、これはいったい、はっ・・・?」  ルクレティアを振りかえったカルロスは、声を詰まらせた。彼女の身体が、いや、抱か れているボーエンの身体も、金色の光を発しているのだ。  その姿は神々しいまでに輝いていた。長い髪がフワッと浮かび、一糸纏わぬルクレティ アの全身から眩い光が煌いた。  「あ、あ・・・」  カルロス達のいる場所が、金色の光に包まれ、カルロス達は宙に浮いた。  そして足元の魔城が、まるで塵芥の様にサラサラと崩れ、消えていった。魔城だけでは ない。周囲に築かれた魔族の建造物が、同様に消え果てた。  「アルセイクが・・・元に戻って行く・・・」  空中に浮かぶカルロスの目に、魔族達に破壊される以前の町並みが広がった。  元に戻ったのは町だけではなかった。魔城の地下牢や死体置き場があった場所から、大 勢の人々が手を取り合って喜び合う姿があった。  魔族達によって命を落した人々が甦り、町に向かって駆け出して行った。そして離れ離 れになった家族達と感動の再会を果たした。  「あれは・・・」  カルロスは、喜び合う人々の中に、自分に向かって手を振っている人影を見た。  それは以前、カルロスが魔族の手から助けた母娘と父親であった。  父親に抱き上げられた女の子は、母親と供に大きく手を振り、カルロスに父親を助けて くれた事を感謝している。  「よかった・・・」  カルロスは、女の子との約束を果たせた事を喜んだ。  地平線の向うを見れば、アルセイクの町以外にも光が挿しているのが見えた。アルセイ クの周辺諸国も、そしてフィル王国も、同様に復活しているであろう。  やがて、カルロス達を包んでいた光がゆっくりと降下して行き、かつてルクレティアの 宮殿があった場所に降り立った。  「カルロス王。」  ルクレティアに呼ばれたカルロスは、ルクレティアの指差す方向を見て驚いた。  「あいつ・・・」  そこには、あのヒルカスが立っていたのだ。身構えようとしたカルロスは、ふと、ヒル カスの着ている服を見て警戒心を解いた。  ヒルカスは魔導師の黒服ではなく、アルセイクの神官の服を着ているのだ。しかもその 顔には、以前の邪悪な表情が消えている。  「・・・ヒルカス、おまえ・・・」  カルロスの声に反応するかのように、ヒルカスは少しだけ照れたような笑みを浮かべ、 そのまま陽炎の様に消えた。  「あいつも罪を許されたんだな。」  「ええ。」  微笑むルクレティアは、カルロスの膝の上で眠っているフィオーネの額に手をあてた。  手からパアッと光が漏れ、フィオーネの顔を包んだ。  「ルクレティア殿・・・」  「私はボーエンと共に神王の元へ帰ります。本当にありがとう・・・そして、さような ら・・・カルロス王、フィオーネ姫。」  ルクレティアがそう言うと、彼女とボーエンの身体が金色の輝きを放ち、一筋の光とな って天空高く消えて行った。  「さようなら・・・ルクレティア殿、ボーエン。」  空へと消えて行った2人を見送ったカルロスは、フィオーネの顔を見た。すると、  「う、うん・・・」  微かに声を上げてフィオーネが目を覚ました。  「ここは・・・どこ?」  目を覚ましたフィオーネは、キョロキョロと辺りをうかがった。そしてカルロスの顔を 見て戸惑った。  「あ、陛下・・・私は一体?確か・・・結婚式に恐ろしい竜巻が起きて、私達はそれに 巻き込まれて・・・あっ・・・なんでこんな格好・・・」  全裸のフィオーネは、慌てて胸を隠した。  「フィオーネ・・・君は。」  驚きの声を上げるカルロス。  「よかったっ!!元に戻ったんだねっ!?」  歓喜の声を上げてフィオーネを抱きしめるカルロス。  そう、メチャクチャにされたフィオーネの心が元に戻り、正気を取り戻していた。しか も、今までに起きた惨劇の全ての記憶が消えていたのだ。  「一体何があったんです!?私は・・・私達は一体・・・」  戸惑うフィオーネの口に手をあてたカルロスは、静かに首を横に振った。  「何も思い出さなくてもいいんだよ。もう終わったんだ。何もかも。」  「陛下・・・」  フィオーネはそれ以上聞かなかった。カルロスの優しい笑みが悪夢が終わった事を語っ ていたから・・・  「陛下ーっ、カルロス王様ー!!」  不意に、カルロスを呼ぶ大勢の声が聞こえ、2人は声の方向に視線を移した。  「みんな・・・無事だったのか!!」  それはカルロスの家臣や、フィル王国の民達であった。  「陛下っ・・・見事でした・・・よくぞラスを倒されました・・・」  「ご無事で何よりです。」  声をかけてきた男達は、ブタ男に倒されていた護衛の2人であった。  「ハンス、ガーロック。お前達も生き帰ったのか・・・よかった・・・」  涙ながらに手を取り合って再開を喜ぶカルロスと護衛の2人。  「姫様ーっ。」  今度は、フィオーネに1人の少女が抱き付いてきた。  「メリー。」  「ああーん、姫様っ、もう・・・えっく、2度と会えないと、ひっく、思ってました・・ ・わあーん、姫様ーっ。」  涙に咽びながらフィオーネの胸に顔をうずめるその少女は、フィオーネと一緒にラスに 強姦されていた侍女のメリーだ。  「もう、メリーったら・・・泣き虫なんだから・・・」  「エルダ・・・」  メリーの後ろで泣いているのは同じく侍女のエルダであった。  駆け寄ってきた家臣や民達は、カルロスとフィオーネの生還を涙を流して喜びあった。  「あ、悪いが、フィオーネに服を持ってきてくれ、何も着ていないんだ。それと・・・ 私の分も。」  「これは気が付きませんでした。おい、誰か姫様・・・いえ、御后様と陛下に御召し物 を用意してくれないか。」  護衛のハンスがそう言うと、民達が次々と上着を脱いでカルロスとフィオーネに手渡し た。  「ありがとう、みんな。」  服を手にした2人は皆に感謝の言葉を述べた。  「さあ、行こうかみんな。」  民達を前にカルロスはそう言った。  「えっ、どこへですか?」  「決まってるじゃないか、帰るんだよ、僕達の故郷へ、フィルへ。」  集まった人々から、わあっと歓声が上がった。  甦ったアルセイクの空は青くどこまでも晴れ渡っていた。  全ての人々の未来を指し示すかのように。

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