アルセイク神伝


第6話(最終話)その1.本当の勇者

 ラスの断末魔が魔城に響き渡り、それに呼応するかのように、ラスと供に民達を苦しめ ていた魔族が次々と消滅していった。  「うおおぉぉっ・・・」  「おああぁぁっ・・・」  魔族達は叫び声をあげ、光にかき消されるように消滅する。魔族と戦っていた民達から 歓声が上がった。  「ラスが、倒れた・・・やったんだっ!!」  「カルロス王が・・・ラスを倒したんだっ!!」  うおーっと言う歓声が、辺りを揺るがした。  未来は永遠に来ないものと思っていた民達は、胸に秘めた微かな希望が奇跡をもたらし た事を知り、改めてカルロスへの敬愛の念を深めた。  だがその頃、民達の思いとは裏腹に、カルロスは悲しい現実と向き合う事となっていた。  「ボーエンっ!!」  ラスに全身の骨を砕かれ、毒矢をうけていたボーエンは、虫の息で床に転がっていた。  「しっかりしろっ、。」  ボーエンの元に駆け寄ったカルロスは、悲痛な顔でボーエンの全身に刺さった毒矢を抜 いた。ボーエンのダメージは致命的なものだった。1本の毒矢ですら恐ろしい存在なのに、 それを身体中に突き刺されているのだ。  「ルクレティア殿に怪我を治してもらうからな、いいかっ!?気をしっかり持てっ!!」  必死に声をかけるカルロス。その声を聞いてボーエンは力なく目を開けた。  「あ、う・・・カ・・・ルロス・・・王・・・もう、だめだべ・・・オラ・・・助から ね・・・えべ。」  「ばかやろうっ!!お前はラスを倒した英雄なんだぞ!?助からないなんて言うなっ、 死んだらゆるさないからなっ!?」  ボーエンの弱気な言葉に、カルロスはボーエンの体を揺すって叫んだ。  「あいてて・・・いたいべ・・・オラ、怪我して・・・るべ・・・もそっと・・・やさ しく・・・して・・・うう・・・」  苦しげに目を閉じてしまうボーエン。  「おいっ、目を開けろーッ、起きろったらーっ!!」  声を張り上げるカルロスの傍に、ルクレティアとフィオーネが駆け寄ってきた。  「カルロス王っ、ボーエンはっ!?」  「それが・・・」  カルロスに促されてボーエンを見るルクレティア。彼女に目に写ったのは、余りにも絶 望的な現状であった。  「あ・・・ああ・・・ぼ、ボーエンっ!!」  瀕死のボーエンを抱き起こし、身体を見た。すでに全身至る所が猛毒によって侵され、 どす黒く変色している。それが確実にボーエンに死をもたらそうとしていた。  「すぐに治してあげるわ、うっ!?」  ボーエンの腕を掴んだルクレティアは、グニャリと折れ曲がった腕を見て絶句した。骨 がバラバラにされているのだ。腕だけではない。足も、アバラも、至る所の骨が折れてい るのだ。  普通の人間なら確実に即死状態なのだが、ヒルカスの呪いで魔族と化しているボーエン は、辛うじて命を永らえていた。  傷だらけのボーエンの手から首飾りがポロリと落ちた。  床の上に落ちた首飾りが、カラカラと音を立てて床に転がった。慌てて首飾りを拾うル クレティア。  「これでなんとか・・・」  首飾りをボーエンの胸に置いたルクレティアは、癒しの力の全てを注いだ。  ルクレティアの癒しの力を受けて首飾りが光を放つ。何倍にも増幅された癒しの力がボ ーエンの身体を包んだ。 「・・・がんばってボーエンっ、必ず助けるからっ・・・」  だが、ルクレティアの思いも空しく、先程の様に猛毒を中和する事が出来なかった。余 りにも猛毒の量が多いのだ。いくらルクレティアが力を注ごうとも、全て無力化されてし まう。  さらに癒しの力を注ぐルクレティア。しかし、猛毒の進行は止められない。ついに力を 増幅しきれなくなった首飾りが粉々に砕けてしまう。  「ああ・・・死なせはしないわボーエンっ、絶対にっ。」  ボーエンを抱きしめたルクレティアは、自分の力の全てをボーエンに注ぎ込んだ。  「目を覚ましてーっ!!」  泣きじゃくりながらボーエンを助け様とするルクレティア。  その姿を見ていたフィオーネが、たまらずカルロスに向き直った。  「あう、うー・・・ボーエン・・・うーうー・・・」  助けられないのか?そう訴えるフィオーネに、カルロスは悲しそうに目を閉じて首を横 に振った。  「死なないで・・・お願い・・・私を置いて行かないで・・・」  ルクレティアの瞳から流れる涙がボーエンの頬に落ちた。それに答えるかのように、ボ ーエンの目が開いた。  「ん・・・ひめ・・・さま?・・・泣いてるだか?・・・オラのために・・・ないてく れて・・・るだ・・・か・・・?」  「ボーエンっ、目を覚ましてくれた・・・しっかりしてっ、必ず助けてあげるからっ。」  ボーエンの頭を胸に抱いたルクレティアは、再び癒しの力をボーエンに送った。それが 無駄な事ではあると知りながらも、そうせずにはいられなかった。  「ひめさま・・・もう・・・いいだ・・・オラなんかのために・・・力をつかったら・・ ・もったいねえだ・・・」  「バカな事言わないでっ。あなたがいなくなったら・・・誰が私を守ってくれると言う の!?・・・おねがい・・・死なないで・・・」  そう言ったルクレティアは、命の炎が消えかけているボーエンの顔に変化が起きている のに気がついた。  魔族の、ゴブリンの顔だったボーエンの顔が、元の人間の顔に戻っているのだ。  ヒルカスの呪いが解け、身体も元の姿になっていた。  「エヘ・・・気持ちいいだ・・・オラ・・・しあわせもん・・・だべ・・・」  ボーエンは再び目を閉じた。そして・・・その目が再び開けられる事はなかった。ルク レティアの胸に抱かれ、まるで、眠るように息を引き取った。  「ボーエン?ぼ・・・ボーエーンンンっ!!わああーっ!!」  ルクレティアの泣き叫ぶ声が響いた。  「あ、う・・・ボーエン・・・」  ボーエンの手を取ったフィオーネは、自分の頬に手を当て、泣いた。傍らのカルロスの 目にも大粒の涙が光っていた。  「ボーエン・・・お前は本当の勇者だ・・・本当の忠臣だ・・・」  カルロス達が悲しみに暮れている時、魔城の外で歓声を上げていた民達たちの歓声が不 意に途絶えた。  「?・・・どうしたんだ。」  涙を拭ったカルロスが、周囲を見渡した。すると、辺りが急に明るくなってきたのに気 が付いた。  「・・・空が。」

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