ネイロスの3戦姫 3姉妹、愛の休息
最終話その.5 ネイロスの女神、童心に帰る
その日はルナとエスメラルダにとって、最高の日であった。 「鬼さんこちらー、手のなる方へー、キャハハッ。」 「コラ待てルナーっ、イジメてやるぞーっ。」 庭で鬼ごっこをして遊んでいるルナとエスメラルダ。 ダルゴネオスに対する汚らわしい記憶が消え、セルドックの悪夢から解放されたルナと エスメラルダは、童心に帰って戯れている。 2人は幼い頃、この庭でよく鬼ごっこをしたものだった。お転婆が過ぎて両親に怒られ た事もあった。 そんな昔の記憶に浸るかのように、無邪気に遊ぶ妹達をボンヤリ見ているエリアス。 「・・・いいわね2人とも・・・子供に帰る事が出来て・・・」 3姉妹の長女であり王位継承者であるエリアスは、子供の頃から妹達のように無邪気に 振舞う事はしなかった。 しっかりした姉である事を示さねばならなかったエリアスは、常に自分を押さえて生き てきた。 でも本当は妹達と悪ふざけをして遊びたかった・・・思う存分両親に甘えたかった・・・ でも出来なかった。 自分はしっかりした姉でなければいけないから、王位を継ぐ者だから。そんな思いが、 知らず知らずのうちに彼女の心に枷をつくり、子供心を閉ざしてしまったのだった。 物心ついてから良い子を演じてきたエリアスは、どうやって童心に帰っていいのか判ら ないのである。 「ふう。」 寂しげに溜息をつく彼女の元に妹達が駆けて来た。 「どーしたの姉様、元気ないじゃん。」 「お腹が痛くなったとか?わかった、あの日だ。」 ルナの言葉に、2人の姉はコケる。 「あ・・・あの日は先週来たわよ。お腹も痛くないし、どこも悪くないわ。うん、なん でもないわよ。」 妹達に心配かけまいと笑顔を見せるエリアス。だが、曖昧な返事をする時に限って、姉 は深刻な悩みを抱えている事を妹達は知っている。 「・・・それならいいの。」 ルナとエスメラルダは、愛想笑いをしながらエリアスの元を離れる。無理に問い詰めて も姉は何も答えてくれない事も知っているからだ。 「ねー、姉様スッゴク悩んでるわよ。どーしたのかしら。」 「う〜ん・・・姉様はボク達の事で色々悩んでたから、それで疲れてるンじゃないかな。 」 「そっかあ・・・」 妹達は腕組みをしながら考え込んだ。 「そ−だ、ボク達でお昼ご飯作ってあげようよ。おいしいご飯食べたら姉様元気になる かもね。」 「もー、エスメラルダ姉様は食べ物の事ばっかり。」 食事でエリアスの機嫌を直そうと単純に考えるエスメラルダに、ルナは呆れた顔でそう 言った。 「それってボクが食欲魔人だって事かな〜。」 「ニャハハ・・・よくご存知で・・・」 エスメラルダに睨まれてヘラヘラ笑うルナ。そんな2人は、善は急げと昼食の準備に取 りかかった。 何を食べてもらえばいいか判らなかったので、2人は思い思いの料理を作っている。 「よーし、出来たよー。ルナーッ、見て見てーっ。」 鍋を持ちながら、エスメラルダがルナの元に走ってきた。 「のおっ!?こ。これは・・・」 顔を引きつらせるルナ。エスメラルダの持っている鍋には湯気を立てる(怪しげな)料 理が入っていた。 「適当に作ってみたんだけど、姉様の口にあうかなーと思ったんだ。ルナ、食べてみて よ。」 「あ、あの〜、あたしに毒見させる気?」 「イヤなの?」 「た、食べるわよぉ、食べればいーんでしょう。」 嫌な顔をしながら渋々、鍋の料理を口にするルナ。 「うげっ・・・」 ルナの顔が見る見る青くなった。マズイのだ、驚異的なほどに・・・ 「そんな顔しなくても・・・んげっ。」 自分の作った料理を口にして、顔面を硬直させるエスメラルダ。 「姉様に食べてもらわなくてよかったね・・・」 「それ以前に自分で味見するのが普通でしょう?」 「そ、そりもそーだね。ゲホゲホ・・・」 すっかり自身喪失したエスメラルダは、マズイ鍋料理を持って退散した。 「料理はあたしが作るから、エスメラルダ姉様はデザートの用意でもしてよ。」 「あーい。」 「まったく・・・ライオネットに作ってもらえばよかった。」 ブツブツ文句を言っているルナ。 スゴスゴと退散するエスメラルダは、貯蔵庫に保存されている、婆やの作ったヨーグル トの入った壷を見た。 「そうだ、姉様はヨーグルトが大好きだったんだ、これなら喜んでくれるかも。」 甘党のエリアスは、フルーツとハチミツのたっぷり入ったヨーグルトが大好きだった。 それを思い出したエスメラルダは、料理ナイフでフルーツを刻んでヨーグルトに入れ、ハ チミツをいっぱい混ぜた。 「ん、これなら大丈夫。」 試食しながら満足そうに頷くエスメラルダ。(それぐらいなら不器量なエスメラルダに も出来る。) 「姉様ーっ。お昼ご飯できたわよーっ。」 「お昼ご飯?ああ、もうそんな時間だったのね。」 ダイニングルームからルナの声が響き、ボンヤリ考え事をしていたエリアスは重い腰を あげて妹達の元に向かった。 「ジャーン、ルナちゃん特製のスペシャルメニューでぇ〜す。」 テーブルには、ステーキやらサラダやらが所狭しと並べられている。見た目は悪いが、 エスメラルダの(超マズイ)鍋料理と比べればマシな方だ。 「まあ、あなた達が作ってくれたの?ありがとう。」 「て、言うか・・・ルナがほとんどだけど。」 頭を掻きながら笑っているエスメラルダ。 「せっかく作ってくれたんだから冷めないうちに食べましょう。」 「はーい。」 3姉妹はテーブルを囲んで昼食を食べ始めた。 「うん、いけるわよ。これならジョージも喜ぶわ。」 「ほんとう?エヘへ、うれしいなー。」 姉の誉め言葉に、顔を赤らめるルナ。 「どーせボクは女の子なのに料理が苦手ですよーだ。」 そして1人スネているエスメラルダだった。 昼食は楽しく、そして賑やかにすぎた。 エスメラルダもルナも、これで姉の機嫌が直るものだと思っていたが、そう簡単にはエ リアスの心を和ませる事は出来なかったのだった・・・ ルナの作った手料理を食べ終えるエリアスを見たエスメラルダは、デザートのヨーグル トを姉に差し出した。 「ねえ、姉様はフルーツとハチミツがいっぱい入ったヨーグルトが大好きだったよね? たくさん作ったんだ、食べてよ。」 陶器製のボールには色とりどりのフルーツに満たされたヨーグルトが入っている。子供 の頃からエリアスの大好物だったものだ。その筈だった・・・ 「ヨーグ・・・うっ!?・・・うう・・・」 突然、ヨーグルトを見たエリアスが、口に手を当ててテーブルから立ち上がった。 「う、うぐっ・・・」 嘔吐しそうになるエリアスは、何かを険悪しているかのようにヨーグルトを拒絶してい る。 「う・・・ごめんなさい。せっかく作ってくれたけど・・・ヨーグルトは食べられない わ。」 「姉様?もしかして。」 妹達は唖然とした顔でエリアスを見ている。そして・・・姉が黒獣兵団の兵達に何をさ れていたかを思い出した。 単に陵辱されただけではない。ケダモノ達が吐き出したおぞましい液体を強制的に飲ま されていた姉が、そのおぞましい液体と同じような色のヨーグルトを険悪している事実を 妹達は察した。 「姉様・・・」 姉に嫌な事を思い出させてしまった妹達は、複雑な表情でエリアスを見た。 「これ、ただのヨーグルトよ。エスメラルダ姉様がハチミツいっぱい入れてるの、おい しいよ。」 ヨーグルトを入れたボールを片手に、ルナはエリアスの前に立った。 「ルナ・・・やっぱりダメ。私・・・」 「じゃあ、これなら食べられる?」 そう言ったルナは、何を思ったかヨーグルトをスプーンですくって口に含み、エリアス に口移しで飲ませたのだった。 「んんっ!?う・・・」 可愛いルナの口から、ハチミツいっぱいの甘いヨーグルトがエリアスの口へと流し込ま れた。 「わ、わあお、ルナってば何て過激な〜。」 赤面して驚いているエスメラルダ。 「どう、おいしい?」 「あ、あの・・・お、おいしい・・・」 突然の事に、しどろもどろしながら答えるエリアス。その姉にルナは再び口移しでヨー グルトを飲ませた。 「姉様はあたしの潔癖症治してくれたじゃない。だから今度はあたし達が姉様を治して あげる。ねっ、エスメラルダ姉様。」 ルナはそう言ってエスメラルダにウインクする。 「あの、それってボクもやれってワケ?」 戸惑うエスメラルダにルナは笑って頷いた。 「ん、もう・・・仕方ないなー。」 少しだけ照れるエスメラルダは、ルナと同じ様にヨーグルトを口に含み、柔らかい唇を エリアスの口に重ねた。 「ん、んん、ふう・・・もっと、もっとちょうだい。」 エスメラルダの肩を掴んだエリアスは、おねだりする様な目で妹を見た。 「いいよ、好きなだけ飲ませてあげる。」 ニッコリ微笑むエスメラルダ。 そして再びエスメラルダに口移しでヨーグルトを飲ませてもらうエリアス。それによっ て彼女の心に篭っていた険悪感が晴れ、解放感がもたらされた。 「あは、アハハ・・・こんなにおいしいのに・・・私ってば何を嫌ってたのかしら・・・ 」 エリアスの眼からポロポロと涙がこぼれ、自分を縛っていた険悪感から解放される喜び に浸った。それは陵辱された記憶のみならず、子供の頃から彼女を抑制していた感情から の解放でもあった。 父に甘えたい感情をネルソンに満たしてもらい、そして今、母に甘えたい感情を妹達に 満たしてもらったエリアスの心に、封印されていた子供心が蘇りつつあった。 「うん、やっぱりボクが味付けしただけあって最高にオイシイのだ。」 頷きながらヨーグルトを食べているエスメラルダを、嫌味な眼で見ているルナ。 「あのね、それぐらい誰だってできるでしょ?そー言う事は料理が出来るようになって から言ってよね。あ、エスメラルダ姉様はライオネットに作ってもらえるからダイジョー ブか。」 「そこまで言うか、この〜。」 嫌味を言われたエスメラルダは、指でヨーグルトをすくってルナの頬っぺたに塗りつけ た。 「あ〜、なにするのよ。お返しっ。」 今度はルナがエスメラルダの鼻にヨーグルトを塗りつける。 「やったな〜、お返しのお返しっ。」 「なんのっ、お返しのお返しのお返しっ。」 子供の様にヨーグルトを塗りつけ合う2人。その妹達を呆れた眼で見るエリアス。 「ほらほら、ケンカはやめなさいって・・・ぶっ!?」 2人を止めようとしたエリアスの顔に、ヨーグルトが飛んできて顔中ヨーグルトだらけ になった。 「あら〜。ご、ごめんなしゃい・・・」 「い、今のはルナが悪いのであってボクは何も悪くないのら・・・って、姉様?」 顔を引きつらせてエリアスの顔をみる2人。そのエリアスの頭から(プチッ)と切れる 音が・・・ 「あ、あの〜ルナちゃん・・・今、プチッて聞こえませんでした?」 「き、聞こえましたですわ〜。エリアス姉様の切れる音ですわ〜。」 エリアスの眉間に血管が浮き上がっている。そして無言でヨーグルトの入ったボールを 掴んだ。 「あなたたち・・・」 「は、はひっ!?」 ユラリと立ち上がる姉に、エスメラルダ達は思わず抱合って硬直する。 「あは、アハハ・・・ね、ねえ、姉様〜。ちょっと落ち着いて。」 「落ち着けですって・・・これが落ち着いていられるわけないでしょ?ウフッ、ウフフ・ ・・」 「ほえ?」 急にエリアスが薄笑いを浮かべて笑い始めた。姉の豹変に、目が点になるエスメラルダ とルナ。 「あなた達だけで楽しもうったって、そーはいかないわよっ、私も混ぜなさーいっ!!」 ボールを片手に、妹達目掛けてヨーグルトを投げつけるエリアス。 「きゃーっ、姉様が壊れた〜っ!!」 「コラまてーっ!!」 脱兎の如く逃げるエスメラルダとルナを、エリアスは凄い勢いで追い駆けた。 3姉妹がバカ騒ぎをしている頃、別荘の外では衛兵の女兵士達が暇を持て余していた。 「平和だわねー。この前まで戦争があったなんて信じられない・・・」 「本当、あれは全部悪い夢だったんだね。」 地面に座りながら雑談にふけっている2人の女兵士は、暖かな日差しを浴びながら平和 を満喫している。 「姫様方は今何をしておられるのかしら?」 「うん・・・あれだけの酷い目にあわされたのよ、きっと塞ぎこんでおられるわね。」 3姉妹の受けた陵辱の辛さは、女である彼女等には痛いぐらい理解できる。3姉妹が悲 しみに暮れているであろうと思い、辛い表情で別荘に目を向けた。 「大丈夫かな姫様・・・ん?」 女兵士達の耳に、扉の向こうから黄色い歓声が聞こえてきた。それを聞いた1人の女兵 士が何気なく扉の鍵穴から中を覗いた。 「ちょっとダメよ、そんな事したら怒られるわ。」 「いいじゃない、少しだけだから。」 同僚に窘められながら鍵穴を覗きこんだ女兵士が、ポカンとした顔で同僚に向き直った。 「どうしたの?」 「見てこれ・・・」 鍵穴を覗いた同僚も信じられないと言った顔になる。なんと、扉の向こうでは3姉妹が ヨーグルト塗れになって悪ふざけをしているのだ。 民達や家臣の前で絶対見せた事のない3姉妹の姿を目の当たりにし、開いた口が塞がら なくなっている女兵士達。 「コラッ、お前達何をしているの!?」 扉を覗いている彼女等の後ろに、恰幅のいい生真面目な顔をした女隊長が姿を見せた。 「あ、隊長・・・」 「誰が覗きをしていいと言った?姫様方のプライベートを覗くとは・・・無礼にも程が、 おい、聞いてるのかっ?」 叱咤の声を上げた女隊長は、鍵穴を覗きこんだままの部下に手招きされて扉の前に立っ た。 「どうしたと言うの一体。」 「実は・・・」 怪訝な顔をしながら部下の声に耳を傾ける女隊長。 「子供みたいに悪ふざけをしているですって?まさか、あの姫様方が。」 部下の言葉が信用できない女隊長は、無礼を承知で鍵穴を覗いた。 「はあ?」 鍵穴の向こうの様子を見て目を丸くする女隊長。 「言った通りでしょう。姫様方は一体どうなされたのでしょうか。」 そんな部下の言葉に、女隊長はフッと笑いをもらした。 「たぶん、姫様方は童心に帰って自分自身を取り戻されておられるのだ。私達の前では、 かなり気を使われておられたから・・・」 「そうですか・・・」 3姉妹が自分達の為に随分と気を使っていたことを思いだし、思わず頷く女兵士達。 「だからと言って覗きをしていい訳ではない。わかっているな?」 「は、はーい。」 「まあ私も覗いたから文句は言えないが・・・それより交代の時間だよ。お前達、昼飯 はまだなんだろう。後は私が見張っているから早く行きなさい。」 「では、失礼します。」 休憩所に戻る部下を見送った女隊長は、別荘に目を向けて少しだけ微笑んだ。 「どうやら、余計な心配は要らないようですね姫様。」 その顔には安堵の表情が浮かんでいた。 もう心配しなくていいのだ・・・エリアス達は必ず立ち直る。そう思った女隊長であっ た。