魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫17)


  第76話 怒り狂う炎のドラゴン
原作者えのきさん

 グリードルがゴーレム軍団を突破しようとしている頃、ズィルクに復讐を遂げたアンジ
ェラもガルダーンの城に現れていた。
 首都の全域に渡って、ゴーレムや悪霊の変化したモンスター達が大暴れしているのだが、
この城だけは一切の干渉を受けていなかった。まるで、そこだけが安全地帯であるかのよ
うに、モンスターも悪霊も寄りつかない。
 だが、それは猶予が与えられての事ではない。
 この、忌まわしき記憶の生々しい悪の居城たる場所だけは、そして諸悪の権化にして、
最大の怨敵だけは、自分の手で始末をつけねば気が済まない。その痕跡も存在も、カケラ
も残さず消滅させねば怒りは収まらない。
 そんなアンジェラの気持ちから、城を怪物どもに襲わせなかった。城の周囲を怪物達で
取り囲み、逃げられなくしてから憎き暴君をジワジワ追い詰める気なのだ。
 彼女が(アリエル姫)であった頃なら、敵を追い詰めて責めるなど、絶対にしなかった。
 だが、今の彼女は戦女神・・・弱き人々の、怒りと憎しみと悲しみを背負った魔戦姫・・
・
 復讐をもって敵を倒し、その恨みを晴らすのが彼女の使命だ。
 ただ、アンジェラは些か感情的になっていた。自分個人の怨念を晴らす事に心が傾き、
他の事が見えなくなっていた。
 それ故に、(今の自分は戦女神アンジェラ)である事まで、忘れそうになっているのだ
った・・・
 
 城の周囲を守る城壁、その一角に、アンジェラは佇んでいた。
 静かに城を見る目には、激しい憎しみの炎が燃えていた。あの陵辱と絶望の日々は、こ
こから始まったのだ。
 彼女の心には、忌まわしき城を微塵にまで粉砕したい怒りと、城で贅沢の限りを尽くし
弱者を虐げた者を地獄へ叩き落とす憎しみだけがあった。
 そんな彼女の耳に、先程から侍女マリーの声が、ひっきりなしに響いている。
 (姫さまっ、グリードル一味が西地区に逃げてるそうですっ。姫さまっ、聞いてはるん
ですかっ!?)
 だが、アンジェラは答えない。
 全く聞いていないのだ。彼女の心が復讐で満たされているため、直に響くマリーの声す
ら届かない。
 そして、アンジェラは確信していた。逃げ場を失い、恐ろしい怪物達に囲まれたグリー
ドルが、恐怖に怯え震えているであろうと。
 「・・・うふふ、グリードル。今あなたは怯えてるかしら?そうですわよね、今まで人
を陥れていたあなたが、今度は陥れられているのですものね・・・追い詰められる恐怖は
如何かしら?ネズミみたいにガタガタ震える気分はどうかしら?」
 アンジェラの目に、情け無く泣いている哀れなグリードルの姿が浮かんでいた。
 だが、これはアンジェラの確信ではなく、過信であった。暴君グリードルのしぶとさを、
そして勝利への執念を、アンジェラは忘れていた。
 絶対的な魔力を身につけ、強くなった事が仇となり、さらには憎悪で自制が効かなくな
った事もあって、彼女はグリードルを過小評価してしまったのだ。
 すでにグリードルは城を出て、西地区からの脱出を目論んでいる。
 それに気がついていないアンジェラは、暴君を追い詰めるべく憎悪を増大させた。
 「もっと怯えさせてあげる・・・もっと苦しめてあげますわっ!!」
 アンジェラの全身から、凄まじい烈火が吹き上がった。頂点に達した彼女の憎悪が実体
化し、炎となって燃え上がったのだ。
 それはまさにヴァーニング・インフェルノ!!
 そして炎獄の火の玉と化したアンジェラは、砲弾の如く城に突進した。
 凌辱像の並ぶ庭を駆け、全てを薙ぎ倒して突き進む。陵辱像は砕け、木々は燃え、岩が
溶けて地面が抉れる!!
 地獄の破壊神となり、目につく全てを叩き壊す。もう・・・手がつけられなかった・・・
 もはや、マリーにも止める術はない。
 逆に、アンジェラの憎悪に支配されてしまい、変身した鎧まで超高温を発する。
 それだけでない、容姿までも、極限の憎悪に燃える形となる。アントニウス達に見せた
魔神の容姿よりも、遥かに禍々しく、そして狂おしく凶暴に変化する・・・
 兜と鎧がメキメキと隆起し、獣の如く獰猛になる、ザックリ割れた口からギラギラと牙
が生える。
 炎の咆哮をあげ、眼から怒りの熱線を発射する姿は・・・そう、獄炎のドラゴンであっ
た!!
 城を守る衛兵が、猛り狂う怪物めがけ砲弾を飛ばす。しかし怪物の口から放たれた火炎
弾が砲弾を跳ね返し、衛兵もろとも砲台を吹っ飛ばした。
 怪物は・・・獄炎のドラゴンは怒りと憎悪のままに、破壊を続けた。
 破壊された場所は、まるで溶岩流でも直撃したかのようになっている。壊し、砕き、熱
で溶かす・・・城が全て消え去るまで、この破壊活動は収まらないかに見えた・・・
 
 怪物となって城を破壊するアンジェラは、憎きグリードルの姿を求めて傍若無人に歩む。
 『・・・グリィードォルゥゥゥ・・・ドォコニイルゥゥゥ・・・ヤツザキニシテヤルゥ
ゥゥ〜ッ!!』
 人の言葉とも獣の唸り声ともつかない咆哮を轟かせ、炎を吹いて進む怪物に近寄る者な
どいない。
 逃げまどう兵士達を睨むアンジェラは、肝心な事に気付いていなかった。兵士の数が極
端に少ないのだ。
 実は、ここにいる兵士達は、グリードルが逃げる時間稼ぎのために居残りをさせられた
連中であった。
 数少ない兵士達に、アンジェラは疑問を全く懐いていなかった。城の破壊とグリードル
への復讐しか頭になくなっているためだ。
 城の内と外を隔てる鉄壁を前に、アンジェラは呟く。
 『・・・カクレテモムダデスワヨォォォ・・・オニゴッコハオワリヨッ!!』
 
 ---グオオオ〜ッ!! 
 
 凄まじい火炎放射で鉄壁を熱する。如何なる敵も跳ね返す分厚い鉄板も、憎悪の炎を防
げない。
 城の内側では、真っ赤に溶ける鉄壁を見た兵士達が、武器を投げ出して遁走する。
 轟音と共に鉄壁は溶け崩れ、床を焼き尽くす溶鉱を踏みしめたアンジェラが、怨敵の姿
を探した。
 呪詛を呟き、火炎放射で城の内部を焼き尽くす。
 だが、いくら探してもグリードルはいない。ただ虚しく城を破壊するだけであった。
 そんなとき、アンジェラの目に1人の人影が映った。その人物は誰かを護ろうと両手を
広げている。
 破壊本能のまま、動くもの全てを焼くアンジェラの炎が人影に向って放たれようとした、
その時であった。
 『・・・ア、アレハ・・・』
 獄炎ドラゴンの動きが硬直した・・・



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