魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫17)
第77話 戦女神アンジェラの涙
原作者えのきさん
間一髪火炎を止めたアンジェラは、その人影に向って走った。炎が消え、鎧兜の形も元
に戻る。憎悪に狂った心が、人影を見た途端に正気を取り戻したのだ。
そしてアンジェラは叫んだ。
『・・・は・・・ははうえーっ!!』
その声と共に、マリーも憎悪から解放された。そして鎧兜がアンジェラから外れ、マリ
ーは元の姿に戻る。
全裸で元に戻ったマリーは、素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び跳ねた。
「あ゙ーっ!!熱い熱いっ、あーつーいーっ!!」
裸体が熱で真っ赤になっており、ドタバタ走ったマリーは、近くの大きな水槽に飛び込
んだ。
---ジュウウウ〜ッ。
物凄い水蒸気があがり、瞬く間に水槽の水が沸騰する。ようやく熱気も収まった水槽か
ら、ユデダコ状態のマリーが顔を出した。
「ぷはっ・・・はああ〜、し、死ぬかと思うた〜っ。(大汗)」
湯気をあげて溜め息をつくマリーは、自分の身体の頑丈さを改めて知るのであった。
普通の人間なら生きていられない高温でも、マリーは耐える事ができる。なぜなら、彼
女は魔界の改造人間(オーガメイド)だからだ。
人間体型の通常モードでも高温に耐えられるが、鎧モードでなら、数千度の超高熱でも
平気だ。
ゆえに、あの憎悪の業火に身を委ねても大丈夫だったのである。ただし、変身を解いた
ら即時冷却が必要になるのは否めないのだが。
ようやく身体が冷えたマリーだったが、今度は頭が激怒で熱くなった。アンジェラの暴
走に堪忍袋の尾が切れたのだ。
いくら憎しみ深いグリードル相手とはいえ、キレて怪物になり果ててしまった事は許し
難い。
友としてきつく忠言せねばと、頭から湯気をたててアンジェラに言い寄るマリー。
「姫さまっ、もうえぇ加減にしてくださいっ。人の話しも聞かんとキレまくって・・・
え?」
マリーの怒った顔が静まる。彼女が眼を向けた場所、そこには、手を取り合って涙の再
開を果たした母娘の姿があった。
「母上・・・無事だったのですね・・・」
「あ、ああ・・・アリエル・・・わたしの・・・むすめ・・・」
「ええ、アリエルです。あなたの娘、アリエルですわっ。」
ひしと抱き合う母娘・・・
先程現れた人影は、ノクターンの王妃マリシアだったのだ。
王妃マリシアの存命を知って、マリーも喜ぶ。だが王妃は、グリードルの連日による陵
辱と、麻薬による責め苦で痛手をおっており、足元もおぼつかない状態だった。
全身をブルブル痙攣させながらも、彼女は王妃として、そして母としての誇りを保って
いた。
愛する娘の手を取りながら、マリシアは気丈に尋ねた。
「あ、アリエル・・・あ、あなたは・・・わたし達を助けに来てくれたのですね?ま、
マリー・・・あなたも・・・」
マリシアの視線がマリーにも向けられた。速やかに跪き、マリシアに一礼するマリー。
「王妃様、ご無事でなによりですっ。」
「え、ええ・・・無事とは・・・いかないけど・・・」
微笑むマリシアを見たアンジェラは、母親が(わたし達)と言っていた事を思い出す。
その言葉に喜びと希望を見出した。
「わたし達とは・・・もしかして、もしかしてっ。」
母は頷いた。そして娘を手招き、喜びの事実を伝える。
「さあ・・・こ、こちらへ。」
マリシアが向った先は、狭い物置小屋だった。そこに、誰かが匿われていたのだ。
そして・・・匿われていた人物を見て、アンジェラとマリーは感嘆の声をあげた。
「ち、父上・・・父上っ!!」
「国王様っ!!」
そう、床に横たわっていた人物は・・・紛れもなくアルタクス王であった。
グリードルに拉致され、連日連夜の拷問を受けたうえに、鉄籠に閉じ込められて幽閉さ
れていたアルタクス王だったが、逃走を図ったグリードルに見捨てられていた所を、同じ
く見捨てられたマリシア王妃に助けられていたのだ。
ボロボロの父の傍らに駆け寄ったアンジェラは、手を取り、父を呼んだ。
「父上・・・私です。アリエルです。」
すると、アルタクス王の目が、静かに開いたのだった。
「・・・う・・・アリエル?そうか、アリエルか・・・」
穏やかな笑顔が浮かび、それを見たアンジェラとマリーは歓喜の声を上げた。
「あ、ああっ。父上・・・生きてましたのねっ。」
「国王様が・・・よかったです〜っ!!」
歓喜は感涙となって流れる。父に縋り付いたアンジェラは、溢れる涙も拭わずに喜んだ。
父も母も生きていた。諦めの絶望が希望に変り、アンジェラは・・・自分の今の状況も
忘れ、喜びの声をあげた。
「これで・・・これでまた、父上や母上や、マリエルとまた過ごせるのですね・・・」
それこそが、最大の喜び。失った全てが蘇るとアンジェラは思った・・・が。
だが、現実が冷たくアンジェラを打ちのめす。
父アルタクスは、厳しい顔で娘を見る。そして、尋ねた。
「・・・アリエル、それにマリー。先程から城で暴れていた炎の怪物は、お前達だな?」
アルタクス王の言葉に、2人は顔面蒼白になった。
決して知られたくない事実を、父と母に知られてしまったのだ。
「ち、父上・・・わ、わたしは・・・」
思わず目を背けてしまったアンジェラを庇うように、マリーが弁護する。
「す、すみまへん国王様っ。これには深い訳があるんですっ。あ、あの怪物は・・・姫
様のじゃなくて・・・私が・・・その・・・」
「マリー、お前は黙っていなさい。アリエル、私の目を見るんだ。そして・・・全てを
話せ。」
父の言葉に観念したアンジェラは、震える声で全てを語った。
自分が魔界に召され、悪と戦う無敵の魔戦姫になり二代目アンジェラを受け継いだ事。
マリーも不死身の戦士に生まれ変わった事。全ての民を救うため、そしてグリードルを倒
すためにガルダーンの軍勢を撃破し、ゴーレム軍団を指揮して首都に乗り込んだ事・・・
全部を話した。
静かに聞いていたアルタクス王とマリシア王妃は、娘と侍女の数奇な運命を受け入れた。
そして、深い溜め息と共に、辛い呟きを漏らした。
「・・・そうか、そんな事が・・・あの時、お前がグリードルの手下達によって辱めら
れた時、私は命と引き換えにしても、お前を助けるべきだったか・・・いや・・・これは
運命なのかもしれん。実に、呪わしい運命だがな・・・」
運命・・・それは余りにも重く悲しい事実だ。アルタクスの言葉に、皆は黙した。
そして、母マリシアは、娘の手を取って語りかける。
「あ、アリエル・・・あなたがアンジェラとなるのが・・・運命・・・だったとしても・
・・あなたは私の・・・娘です・・・愛しい娘です・・・」
「母上・・・」
その優しい言葉に、アンジェラは母の胸に顔を埋めて泣いた。
正義の戦女神になっても、憎悪に狂って怪物に成り果てても、父と母は優しく受け入れ
てくれる。
そしてアルタクス王は、グリードルの事を思い出して告げた。
「アリエル、もうここにグリードルはいない。すでに西地区へ逃亡しているぞ。」
「えっ、では・・・私達は無駄足を踏んでしまったのでは。」
その言葉に愕然とするアンジェラ。そして、やっぱりという顔をするマリー。
「ハゲ魔道師の言うてた事は間違いやなかったんですね。」
「なんですって!?マリー、あなた知ってたなら、何ですぐに言ってくれないの!?」
するとマリーは、とっても怪訝な顔で反論する。
「うちは姫様に、この事を何っ度も言うてたんですよ。せやけど、姫様がブチ切れて暴
れまくって、全っ然聞いてくれへんかったんですからね、ほんまに。」
度重なる失態を知り、アンジェラは気力を失ってしまう。
「そんな・・・私はなんてバカな事を・・・一生の不覚ですわ。」
深く反省をするアンジェラを、父は優しく慰める。
「過ぎた事は仕方ない。今ならグリードル一味に追いつくかもしれん、急ぎなさいアリ
エル、マリー。」
その言葉を受け、グリードル追撃へ向おうとするが、そうなれば傷を負った父と母を置
いて行かねばならない。
だが、アンジェラなら解決の方法がある。そして父と母の手を取った。
「私は瞬間移動の魔術を使えます。ノクターンへ父上と母上を送りますわ。きっと、マ
リエルも喜びます。」
しかし、アルタクス王とマリシア王妃は首を横に振った。絶望的な事態があったのだ。
「お前の気持ちは嬉しい。だが、マリエルに私達の無残な姿を見られたくはないのだ。」
アルタクス王を覆うシーツが捲れ、衝撃の事実が露になる。
凄まじい拷問で、アルタクス王の身体は余りにも悲惨な姿と成り果てていた。そしてマ
リシア王妃も、外見は美しさを失っていないが、身体の内側は深刻に蝕まれている。
無残な姿となった両親の姿を、幼いマリエル王子が見れば、どれだけ嘆き悲しむか・・・
もはや手の施しようがない自分と妻の状況を嘆き、寂しそうに呟く。
「グリードルめ、とことん私達を痛めつけてくれたよ。私の身体の半分はズタズタだ。
それにマリシアも、麻薬で神経をボロボロにされている。もう・・・マリエルを抱いてや
る事もできん。でもまあ、私達は生きているだけましかもしれないがね。」
アルタクス王の視線の先には、シーツにくるまれたリスカー国王の亡骸があった。同じ
ように凄惨な拷問を受けての末路だった。
先に黄泉へと旅立った友を見ながら、アルタクス王はこう言った。
「アリエルが瞬間移動の術とやらを使えるなら、それで私達をフォルテ城まで運んでは
もらえないか。」
父の言葉に驚くアンジェラ。
ガルダーン軍の猛攻で、ノクターンの首都フォルテも、その城も、全て崩壊してしまっ
ている。人の住めぬ場所へ傷ついた2人をおくるなど、絶対にできない事だ。そして強い
口調で拒否した。
「なりません父上っ。崩壊したフォルテ城へ父上と母上を送るなんて・・・助かる命も
助かりませんわっ。」
それを母マリシアは笑って答えた。
「・・・いいんです。ど、どの道助からないのなら・・・思い出の場所で・・・静かに
過ごした、い・・・た、たとえそれが、踏みにじられた場所であっても・・・わ、私達の・
・・我が侭を聞いて・・・ほしいの、アリエル。」
両親の願いを前に、アンジェラは黙ったままうつむく。そして、顔を上げて両親の手を
取った。
「・・・わかりました。フォルテ城へ、父上と母上を送ります。」
それが最後の別れとなるを、アンジェラは知った。
胸に、愛すべきフォルテ城を思い浮かべ、そして口を開く。
「父上、母上。マリエルは私が護って見せますわ。」
「頼んだぞ、我が娘アリエル。」
「あ、愛してますわ・・・アリエル。」
そして、瞬間移動でアルタクス王とマリシア王妃は、フォルテ城へと送られた。
「ち、父上・・・は、母上・・・わああーっ!!」
涙を流すアンジェラ。それを静かに慰めるマリー。
「うちも・・・辛いです。国王様とお妃様は、うちにとってほんまの親同然やった・・・
優しくしてもろて・・・」
抱き合う2人は、悲しき心を慰め合う。
暫くの沈黙があって、アンジェラ達は顔を上げた。時間がないのだ、逃亡したグリード
ルを追わねばならない。
床に横たわるリスカー国王の亡骸に歩み寄ったアンジェラは、目を伏せて呟いた。
「リスカー国王、ローネット姫はお助けしました。ご安心なさってくださいませ。」
瞬間移動で、リスカー国王も安全な場所まで転送する。
全ての悪を滅するため、全てを終わらせるため、2人は立ち上がった。もう迷いも心の
乱れもない。
「行きますわよ、マリー。」
「ええ、姫様。」
強い決意で最後の戦いに挑む2人であった・・・
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