魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫16)


  第73話 ローネット姫の、マリエル王子への想い
原作者えのきさん

 歓喜の騒乱が続くガルダーン帝国の首都。
 一目につかぬ建物の屋上に、黒い光と共に出現したのは、ローネット姫を抱えたアンジ
ェラだった。
 彼女の見つめる先には、黒い壁に囲まれた悪夢の屋敷、姫君楼が見える。アンジェラは
手を翳し、姫君楼を握り潰すかのように手をギュッと握った。
 すると、連呼するかのように黒い壁は、忌ま忌ましい建物を粉砕した。
 一つの復讐を終え、ローネット姫を見るアンジェラ。
 ローネット姫の顔には、恨みに支配されていた時の陰りが消えていた。
 穏やかに目を伏せているローネット姫を見て、アンジェラは複雑な顔をする。
 邪悪なズィルクを倒すため、自分はローネット姫の怨念を利用したのである。ニシキヘ
ビに宿ったローネット姫の怨念は、まさに悪鬼の如しであった。
 ズィルクがニシキヘビに飲み込まれた時、ローネット姫や女の子達の怨念は、笑って消
えた。
 その笑いが、愚かなズィルクを嘲笑うものでなく、謝罪してくれた事への喜びであって
欲しいとアンジェラは願う。
 アンジェラの知るローネット姫は、慈悲深く優しい姫君であったから、復讐などで優し
さを失ってほしくなかった。
 「みんなの恨みは、私が全部背負いますわ。だから・・・」
 無残な手術痕の残る額に手を当て、脳の損傷を調べるアンジェラ。
 自我を司る神経を切断され、外部からの命令しか反応できなくされている。つまり、自
分で自分を動かせない状態なのだ。
 そんな状況でも、魂の根源たる記憶を奪われていなければ、魔界での治療で元に戻す事
が可能だ。
 魔力で精神を探ると、様々な記憶が流れ過ぎる。グリードルによって拉致され、ここガ
ルダーンで辱められた苦悶の記憶・・・
 辛い顔をするも、アンジェラは記憶を辿って過去の全てが奪われていない事を確かめた。
 幸せな時の記憶に障害はなく、これならローネット姫を元に戻せると安心したアンジェ
ラ。だが、彼女はふと、気になる記憶がローネット姫にあるのを知った。
 記憶の最深部・・・そこには、可愛い男の子の人形を、大事そうに抱いた幼いローネッ
ト姫の姿があった。
 それだけなら気にも止めない事だったろうが、問題は、お人形がマリエル王子そっくり
であった事だった。
 「ローネット姫・・・なぜあなたはマリエルを?」
 アンジェラの弟マリエルを、赤の他人であるローネット姫がどうして?
 些細な事ではあったが、どうも気になる。
 思い悩んでいる時、身につけている兜から掠れた声がするのに気がつく。鎧に変身して
いたマリーの声だった。
 (・・・ひめさ・・・ひめ・・・さまっ・・・きこえますか・・・うちのこえ・・・)
 マリーの声にハッとしたアンジェラは、兜に手を当てる。
 「マリー、どうしましたの?」
 (・・・どないもこないもありまへんて・・・姫さまがキレ過ぎてたから、うちは声を
出されへんかったんです。姫様が落ち着いたからええですけど。)
 鎧に変身していたマリーは、アンジェラの感情に支配されてしまっていたのだ。ようや
く声が出るようになったマリーは、何か戸惑っているらしい主君に尋ねた。
 (何か気になる事でもありますの?)
 「いえ、別に・・・ズィルクへの復讐も終わりましたし、最後の宿敵、グリードルを倒
しに行きますわよっ!!」
 思い悩みも些細な事だとして、アンジェラは強引に鉄仮面をかぶった。
 フツフツと沸き上がる宿敵への憎悪・・・前にも増して強くなる憎しみの感情に、マリ
ーは再び翻弄されてしまう。
 (このままやったら姫様は・・・ああ、どないしよう・・・)
 そんなマリーの声も、アンジェラには聞こえない。
 自身のみならず、ローネット姫やノクターンの民達。そして虐げられた人々全ての恨み
を背負い、アンジェラは復讐に向う。最後の宿敵を倒すために・・・
 グリードルの城に向おうとするアンジェラの前に、首都で奴隷として囚われている人々
の救出を行っていた魔界の救出隊達が現れる。
 「アンジェラ殿、奴隷達の救出が全て完了しました。そちらはどうなっておりますか?」
 「ありがとう。こっちも順調ですわ、後はグリードルを始末して首都を破壊するのみで
す。」
 救出隊と話し合っていると、1人の女の子がローネット姫に駆け寄ってきた。
 「姫さまっ!!大丈夫ですか!?」
 姫君を抱く少女は、ローネット姫の侍女レティーだった。
 アンジェラはローネット姫とレティーの身柄を救出隊に預ける。
 「この子達をお願いするわね、では行ってきますわ。」
 速やかに背を向け、アンジェラはグリードルの城に向った・・・
 
 そして救出隊に助けられ、安全な場所まで連れて行ってもらう事になったローネット姫
とレティー。
 横たわるローネット姫の目が、ほんの少しだけ開けられる。その瞳に、レティーの心配
そうな顔が映った。
 「・・・れ、てぃ・・・」
 「姫さま、気がつかれましたか?」
 「・・・うん・・・わたし・・・マリエル・・・おうじの・・・ゆめを・・・みてまし
たわ・・・」
 身体を自由に動かせないローネット姫の口から、か細い声が漏れる。レティーも何か知
っているのだろう、それを静かに受け入れる。
 「まあ、それは良かったです。まもなく私達は助かりますわ、今は眠っていてください
ませ姫様。」
 「・・・わかったわ・・・ああ、あいたい・・・マリエルくん・・・わたしの・・・お
とうと・・・」
 何故か、ローネット姫はマリエル王子を(おとうと)と言っていた。
 それの子細を知るのはレティーのみ・・・
 
 再び眠りについたローネット姫は、幼い時の夢を見た。
 数年前。まだ彼女が小さかった頃の事・・・
 ローネット姫は、父リスカー国王に連れられてノクターンの首都フォルテを訪れていた。
 ノクターンでは、時期国王となる皇太子の誕生祝賀パーティーが行われており、お披露
目の席で、アルタクス王に抱かれたマリエル王子の姿を見たローネット姫は、マリエル王
子のような弟が欲しいと父にせがんだ。
 しかしローネット姫の母はすでに、この世にはおらず・・・彼女の願いは叶えられない
事となる。
 一人っ子だったローネット姫を可哀そうに思ったのか、父リスカー国王は、マリエル王
子そっくりの人形を娘に与えた。
 お人形とはいえ、(弟)ができたローネット姫の喜びようは言葉で言い尽くせない。
 母親のいない寂しさもあってか、本当の弟以上に(マリエル君)を大切にしたローネッ
ト姫・・・その溺愛ぶりは、父リスカー国王や、専属の侍女レティーまでも嫉妬するほど
だった。
 幼いゆえに、真面目なゆえに、そして余りにも純朴であったゆえに・・・知らず知らず
にローネット姫は、本物の(マリエル君)にも特別な愛情を芽生えさせるに至っていた・・
・
 ローネット姫が大切にしたマリエル君人形は、拉致された時に心無いガルダーン兵によ
って踏み潰されていた。
 マリエル君を想う彼女の夢は、そこで途切れる。そして初めてマリエル王子を見た時に
まで夢は巻き戻される。
 こうして・・・ローネット姫は何度も何度も、幸せだった時の思い出を夢に見るのであ
った・・・
 
 マリエル王子が幼い今はまだ、それは実現に至らない。だが王子が逞しく成長し、ロー
ネット姫の(マリエル君)に対する愛情が恋愛に変わる時、断絶していたノクターンとバ
ーンハルドが一つに結ばれる事になる。
 だが、それに至るまでには、2人は多くの困難を乗り越えねばならない。
 全ての困難が報われ、強い愛で2人が結ばれし時、それが大いなる平和への始まりとな
る。
 2人を祝し、平和を讃える鐘の音が響くのは、そう遠い未来ではないのだった・・・



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