魔戦姫伝説(アンジェラ外伝) 初代アンジェラ編・ノクターンの伝説(5


  第11話 悪の種がガルダーンに宿る時・・・
原作者えのきさん

 人は皆、どうしようもない絶望に苛まれた時、(・・・自分は悪い夢を見ているのだ・・・夢から
覚めれば、元の安らかな現実に戻れる・・・)と言う逃避を心に宿すものです。
 卑劣な悪漢達の罠に嵌まり、大陵辱の責め苦を受けた私は・・・この苦しみは悪い夢だと思い続け
ました。
 極限の絶望からの逃避・・・
 現実から逃れる事だけが、今の私を慰める唯一の手段でありました・・・


 激しい陵辱の果てに気を失った私は、永遠のように続く闇の中を漂いながら呟きました。
 (・・・ワタシハ・・・悪イ夢ヲ見テタノ・・・目ガ覚メレバ・・・苦シミハ終ワルノ・・・)
 闇の果てに灯る仄かな光。
 灯明に引き寄せられる儚いカゲロウのように、私は僅かな希望に向って行きました。
 あの光に辿り着けば、悪夢は終わる・・・そう信じて・・・

 目覚めて最初に感じたのは、全身を包む暖かな感触でした。
 それがお湯の温もりであるとわかり、やがてお湯と石鹸の心地よい香りが胸に広がりました。
 どうやら、私は湯船に浸かっているようです。温もりは私の苦しみを和らげてくれました。
 (・・・やっぱり、私は悪い夢を見てたのね・・・お風呂でうたた寝でもしちゃったかしら?・・・
お寝坊さん、早く起きないとオバケに食べられちゃうわよ・・・♪)
 我が子を起こす優しい母親のように、私は自分に言い聞かせて目を覚まそうとしました・・・が・・

 突如響いた悲鳴によって、柔らかな目覚めは妨げられました。
 「た、たすけてえええーっ!!お願いゆるしてえええーっ!!」
 切り裂かれるような絶叫を耳にし、私は目を大きく見開きました。
 「はっ・・・今のは・・・」
 辺りを伺うと、湯船に浸かった私の周りに大勢の女の子が立っています。
 タオルを手にした女の子達は、ノクターン城の侍女達でした。
 「あの・・・戦女神さま、大丈夫ですか?」
 心配そうに私の顔を覗く女の子達。私は事の次第を徐々に把握しました。
 大陵辱で汚された私の裸体を、彼女達が洗ってくれていたのです。
 目覚めた私を見て、女の子達は悲しく涙を流しました。
 「・・・戦女神さま・・・私達のために・・・こんな酷い目にあわされて・・・ごめんなさい・・・

 彼女達の首には、奴隷の証である首輪がはめられていました。
 その瞳から流れる悲しみの涙・・・
 女の子達の後ろには・・・絶望の光景が広がっています。
 悪しき魔族達によって、大勢の娘達が餌食にされており、邪悪の首魁バール・ダイモンが下劣な高
笑いをあげていました。
 「うわはは〜っ、もっと楽しめ、もっと犯るのだ〜っ!!天界侵略の前祝いだ、盛大に盛り上がれ
〜っ!!」
 それはまさに悪魔の祝宴・・・弱者の上に胡座をかいた悪漢どもの大宴会だったのです。
 魔族の邪笑いと、辱められる女の子達の悲鳴・・・
 私は愕然としました。そう・・・悪夢は終わっていない・・・目覚めれば地獄の現実が待っていた
のでした。

 そんな地獄の中で、絶望に喘ぎ苦しむ者がもう1人。
 高貴な位を有するであろうと思われる雅な衣装の男が、バール・ダイモンの足元に屈していました。
 「ば・・・バール・ダイモン・・・どうか我が領地の民を・・・ガルダーンの民を見逃してはくれ
まいか・・・」
 高位を有するであろう者が、頭を地面に擦りつけてまで懇願するには余程の決意がいるでしょう。
 それほど追い詰められた理由は如何なる事か・・・
 彼は人質をとられていたのです。大勢の乙女達が、悪しき魔族達に囲まれて危機的状態にありまし
た。
 小指で鼻の穴をほじっているバール・ダイモンは、屈する男性を見下しながら言いました。
 「ふん、自分の所は助かって、ノクターンの連中はどーでもいいってか?卑屈な奴だわい。」
 「そんな事は言ってない!!た、ただ・・・その・・・が、ガルダーンの民を・・・私はガルダー
ンの領主だ・・・民を守る義務がある・・・」
 懸命に抗議しながらも、どこか頼りないその男・・・
 私は身体を洗ってくれている女の子に尋ねました。
 「あの方は何者ですの?」
 「はい、あの方はガルダーン領のアブラハム領主様です。ガルダーン領からも大勢の人が魔族達に
捕らえられました。アブラハム領主様は領民の救済を願い出ておられるのですわ。」
 女の子から、詳しい事を聞くに至りました。

 バール・ダイモンに頭を下げている人物は、ノクターンの領地であるガルダーン領の領主であると
の事です。
 2代目アンジェラであるアリエル姫の時代には、ノクターン王国を脅かす存在となっていたガルダ
ーン帝国ですが、100年以上前のこの時代ではガルダーンはノクターンの属国に過ぎなかったので
す。
 ノクターンの加護を受けて平和に統治されていたはずのガルダーンが、なぜノクターンと袂を別ち、
恐ろしい悪の帝国に変貌してしまったのか・・・その発端がここにありました・・・

 アブラハム領主の願いを嘲笑ったバール・ダイモンは、小指の先についた鼻の穴の異物(下品に言
えば鼻クソですが・・・)を弾いて領主の顔に付けたのです。
 「アホ領主が〜、貴様はわしに文句の言える立場にあると思っておるのか?民を助けたければわし
の足を舐めろ。」
 異物を付けられるだけでなく、臭い足を押しつけられても、ただ耐えるだけのアブラハム領主。
 元々臆病な性格だったのでしょう。その顔は恐怖で萎縮し、全身は可哀そうなほど震えています。
民を助けるためと言うより、恐怖から逃れるためにアブラハム領主はバール・ダイモンの命令に従い
ました。
 「わかった・・・それで済むなら・・・」
 声を震わせながら、汚い足を舐める領主・・・しかし、その労は報われませんでした。
 バール・ダイモンは怯える領主の頭を床に踏みつけたのですっ。
 「このウジムシめがっ、わしの足が汚れるわいっ!!」
 「ぐがああ・・・やめてくれ・・・あがが・・・」
 グリグリと足蹴にされ、動く事すらできぬ状態・・・領主たる者がこのような仕打ちをされて、ど
れだけ悔しいか・・・
 それでも人質の領民が助かれば良かったでしょうが、卑劣なバール・ダイモンは容赦などしません。
 連行されたガルダーン領の乙女達を、非情にも地獄に堕としたのです!!
 「ガルダーンの娘どもを犯ってしまえ〜っ!!」
 か弱き乙女達は・・・狂った獣どもの餌食にされてしまいました・・・
 「いやああーっ!!助けてください領主さまーっ!!」
 乙女の悲鳴を聞いたアブラハム領主は、絶叫をあげて抗議します。
 「な、なにをするんだっ!?約束が違うじゃないかーっ!!」
 「たわけ〜、わしが約束など守るとでも思ったか愚か者っ。このわしが全ての法律だ、わかったか
〜っ!!」
 怒声をあげたバール・ダイモンは、アブラハム領主の足元に強烈な闇の波動を叩き込みました。
 ザックリと抉られた床の傍らで、腰を抜かしているアブラハム領主。不覚にも失禁し、立ち上がる
事すらできない有様です。
 「あ、あ・・・あひ・・・あひひ・・・」
 「臭いのお〜、小便どころか糞まで漏らしておるわ。ガルダーンの民どももマヌケだわい、こんな
弱くさい領主に忠誠を誓っておったとは。うわ〜っはっはっ☆」
 卑劣極まりないとはこの事でしょう。その悪しき所業に弄ばれたアブラハム領主は、怒りと悔しさ
で突っ伏して叫びました。
 「うわああ〜っ!!私にもっと力があればっ。もっと強ければこんな奴にはっ!!ちくしょう・・・
ちっくしょおおおーっ!!」
 もっと力があれば・・・その気持ち、わかります・・・私も仲間を眼前で失ったのですから。
 しかし・・・この事はアブラハム領主の心に、一生消える事のないトラウマを刻んでしまったので
す。魔神への怒りと、己の非力さを呪う悔しさは憎悪と化し、やがて・・・恐ろしい負の力へと変貌
して行き・・・ガルダーンを悪の道に導く発端となったのです。
 それは小さな悪の種でした。芥子粒ほどの悪の種は臆病な領主の魂に根を下ろし、やがて永き年月
を経て、悪の帝国と言う巨木に成長するに至りました・・・




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