魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀7
レシフェの苦悩と親愛なる侍女
ムーンライズ
ミスティーア達がバーゼクス城に潜入している頃、魔界ではレシフェがスーツのテスト
と、自身の鍛練に明け暮れていた。
先日までは、魔族の戦士を練習相手にしていたのだが、彼女の余りにも過激なシゴキに
耐えかねた魔族の戦士達が全員逃げ出してしまい、仕方なくゴーレムを相手に練習をする
事になった。生身の戦士とは違い、感情も感覚も持たないゴーレムは彼女の練習台にはも
ってこいだったのだ。
魔戦姫の修行場に、3体の土くれの巨人が立っており、その前では新しくあつらえたス
ーツに身を固めたレシフェが身構えている。
ゴーレムの身長は2、5メートル、重量500キロ以上。対するレシフェは身長1、5
メートル(体重はノーコメント)の小柄な体躯で己れの肉体のみを駆使して巨大な怪物相
手に戦いを挑んでいる。
修行場の後には、ゴーレム使いの魔導師が控えており、心配そうにレシフェに声をかけ
てきた。
「レシフェ姫、ほ、本当に手加減なしでよろしいんですね?」
魔導師の言葉に、声を大きくして返答するレシフェ。
「ええ、私に気兼ねは無用ですわっ、遠慮無くなさってっ。」
レシフェの返答に、魔導師は唾を飲んだ。いくら気兼ね無くとはいえ、魔戦姫にケガで
もさせたら大変である。第一、生身の者がゴーレム相手に戦おうと言うのが無茶であるが、
レシフェは、それを承知でゴーレムを練習相手にすると言い出したのだ。
いくら百戦錬磨のレシフェでも、体は特別丈夫というわけではない。それに彼女が着て
いるスーツが特別あつらえとはいえ、ゴーレムの攻撃をまともに食らえば、ケガどころか
五体満足ではすまない。
もしレシフェにケガをさせたら・・・その心配で胃痛を患ってしまった魔導師は、胸の
辺りを痛そうに擦ると深いため息をついた。
「わかりました・・・ケガをなされても、責任はもてませんよ。では・・・行きますっ。
」
魔導師の声と共に、3体の怪物が一斉に飛び掛かっていった。
「ヴウウウッ。」
低いうなり声を上げ、ゴーレムは剛碗を叩きつけてくる。その攻撃を紙一重で交わした
レシフェは、フワリと身体を踊らせてゴーレムの顔面に凄まじい蹴りをお見舞いした。
「てぇーいっ!!」
「ヴウッ。」
一撃を受けたゴーレムの巨体が揺らぎ、その頭に手を置いたレシフェは、傍らから迫っ
てくる2体目のゴーレム目掛けて膝蹴りを炸裂させ、さらに間髪入れず、3体目のゴーレ
ムの首を掴んで引き倒した。
だが、痛みも苦痛もないゴーレムに彼女の攻撃は通じない。少しの躊躇もなく、即時攻
撃を仕掛けてくる土くれの怪物達。
本来ゴーレムは動きが鈍重で、パワー攻撃を主体としているが、今戦っているのはパワ
ーをそのままに速攻性能を強化した特別仕様で、並みのゴーレムとは格が違う。
休みなく即時攻撃を繰り出す3体のゴーレムに、さすがのレシフェも苦戦気味であった。
僅かに油断した隙をつかれ、ゴーレムに足払いを受けたレシフェが地面に転倒する。
「くっ、不覚・・・」
素早く起き上がったレシフェは、心配そうな顔をしている魔導師に激を飛ばす。
「もっとゴーレムのスピードを上げなさいっ、こんなものでは生温いですわっ!!」
「は、はいっ。」
レシフェに促され、魔導師はゴーレムの動きを更に早めた。
だが、苦戦しているにも関わらず、レシフェの目は生き生きと輝き、その口元には笑み
すら浮かんでいる。
「これですわ・・・この感覚っ、戦いの高揚こそ最高の感覚ですわっ!!」
嬉々とした声でゴーレムと戦うレシフェ。
傍目から見れば無謀とも言えるこの行為も、レシフェにとっては最高の喜びである
その感覚は彼女にしか理解できないものだった。戦いに生きる彼女でしか・・・
自傷的なその行動を、複雑な顔で見ている者がいた。レシフェに特製のスーツをあつら
えていた魔界童子ハルメイルだった。スーツの性能を記録していた手を止め、レシフェを
止めようかどうか、迷っていた。
「レイちゃん・・・少し頑張り過ぎだよ。いくらレイちゃんが強いって言っても、限度
があるだろ?」
スーツに関するデーターは十分に取れている。だからこれ以上練習しても意味がないの
だ。でもレシフェにそう言っても意に介さないだろう。自分の身体が壊れるまで、ただひ
たすら戦闘に明け暮れるのは目に見えている。
心配そうなハルメイルの後から声をかけてくる者がいた。
「ハルメイル様、レシフェの様子はどうですか?」
声の主は、魔戦姫の長リーリアだった。
「あ、リリちゃん・・・様子も何も、見ての通りだよ。リリちゃんからも何とか言って
やってくれない?あのままほっといたら、レイちゃんは壊れちゃうよ。」
その言葉に、リーリアは呆れた声で溜め息をついた。
「やれやれ・・・身体は大事にしなさいと言っているのに、聞き分けがありませんねレ
シフェったら・・・ああなったら、いくら私が言っても無駄ですから。今日はアルカを連
れてきて正解でしたわ。」
リ−リアの言葉の中に、ハルメイルは聞き慣れない名前を耳にした。
「アルカ?誰なの、それ。」
ハルメイルの質問に答えるかのように、1人の女性がリーリアの後から姿を見せた。
「初めまして、ハルメイル様。」
現われたその女性は、歳は20前後で、レシフェより僅かに年上といった感じだ。
ストレートに下ろした髪を耳の辺りで切り揃えた髪型で、褐色の肌の顔に、印象のある
大きな目をしている。
彼女は明らかに欧米人ではなく、どちらかというと、東洋人的な雰囲気があった。
その女性は丁重に一礼をすると、ハルメイルに自己紹介をした。
「私はレシフェ姫様に仕える侍女で、アルカ・アルタパックと申します。どうか、置見
知りおきの程を。」
レシフェの侍女と名乗ったその女性、アルカに驚いた顔をするハルメイル。
「へえ、レイちゃんの侍女か、始めて見るよ。」
そのハルメイルに、リーリアはニッコリと微笑んで答えた。
「彼女とハルメイル様は、少なからず因縁がありますわ。以前、私がハルメイル様に特
注の人工心臓を頼んだのを覚えておられますか?」
「うん・・・確か、心臓を失った侍女の子に移植するんだとか言ってて・・・えっ!?
まさか、君が?」
驚いて振り向いたハルメイルに、アルカは頷いた。
「そうなんです。心臓を失って命を落とした私は、ハルメイル様に頂いた人工心臓で蘇
る事ができました。いつか御礼を致したいと思っておりましたので、この場を借りて御礼
いたします。本当にありがとうございました。」
礼儀正しく頭を下げるアルカに、ハルメイルは謙虚な顔をした。
「そんな、お礼なんていいよ。人工心臓だったら沢山作ってるしさ。」
ハルメイルが恥ずかしそうに頭を掻いた、その時であった。
ガコーンッと轟音が響き、3体のゴーレムの頭部が吹っ飛んだ。レシフェにパンチの連
打を浴びての事だった。だが、頭部を失った土くれの怪物達はコントロールを失って五体
バラバラ状態で崩れ落ちる。そして、ゴーレムの崩壊に巻き込まれたレシフェが土くれの
下敷きになってしまった。
土煙が上がる修行場を見たリーリアが声を上げる。
「れ、レシフェッ!?大変だわっ。」
それはゴーレムを操っていた魔導師も同様だった。
「うわーっ、れ、レシフェ姫〜っ!!」
慌てて駆け寄った魔導師は、血相を変えてゴーレムの残骸を掻き分け始める。
「だから言わんこっちゃない・・・レシフェ姫に万が一の事があったら・・・」
すると、突然ゴーレムの残骸が爆ぜ、レシフェが飛び出してきた。土塗れになっている
レシフェを見て腰を抜かす魔導師。
「ひゃっ!?レ、レシフェ姫っ!!」
ハアハアと荒い息を吐くレシフェは、声を上げながら身構えた。
「ゴーレムはどこっ!?さあ、かかってらっしゃいっ!!」
キョロキョロしているレシフェの様子から、彼女が視力を失っている事がわかる。土埃
が目に入っているのだった。
だが、心境は今だ戦いの途中であるレシフェは、極度の興奮状態となっている。
「どこだっ、やあっ、やああっ!!」
激しく腕を振り回すレシフェに、強い口調の声が飛んだ。
「姫様っ!!気をお静めくださいっ!!」
その声を聞いた途端、身体をピクンと震わせて声の方向に向き直るレシフェ。
「あ、アルカ?あなたなの?」
声を聞いたレシフェの顔から闘気が冷めていく。声の主は、レシフェの侍女、アルカで
あった。
そのアルカが、レシフェの腕を掴んで引っ張った。
「もう・・・リーリア様がすぐに来いと仰られるから来てみれば、ゴーレム相手に練習
だなんて・・・何を考えてらっしゃるんですかっ。」
「いや、あの・・・そんなに引っ張らないで・・・」
アルカに一喝されたレシフェが、すっかり恐縮した顔になっている。そしてレシフェを
地面に座らせたアルカが、持っていたカバンの中から目薬を取り出してレシフェの目にさ
した。
「はい・・・じっとなさってください・・・あ、動いてはなりませんっ。」
「あ、うん・・・」
回復したレシフェの視界に、アルカの顔が映った。
先程までの勇ましい闘志は何処へか、まるで借りてきたネコのように大人しくなってい
るレシフェ。
そして、最強無敵の女戦士にお説教をするアルカ。
「だいたい姫様は御自分の身を粗末にされ過ぎです、姫君としての自覚が・・・」
「あ、アルカ。もー、わかったから・・・その・・・」
「いーえ、今度こんな無茶をなされたらオシリペンペンですわよっ。」
「あはは・・・それは勘弁して・・・恥かしいから。」
その様子は、母親がヤンチャ坊主を叱る姿そのものである。
見た目には弱々しいアルカが、勇ましいレシフェを怒っている姿は余りにも滑稽であっ
た。
その様子を見ていたハルメイルが、ポカンとした顔でリーリアに向き直った。
「スゴイね、あの子・・・無敵のレイちゃんが子供扱いじゃないか。オイラはてっきり、
レイちゃんが頭が上がらないのは、リリちゃんだけだと思ってたよ。」
その問いに、リーリアは少し目を伏せて首を横に振った。
「とんでもない、レシフェが本当に頭が上がらないのは、世界中で只1人、アルカだけ
ですわ。レシフェとアルカは、小さい頃からの主従で、ほぼ毎日生傷を治してもらってい
ることから、レシフェは今でも彼女に頭が上がらないそうですの。だから・・・レシフェ
にとっては親愛する姉のような存在なんですのよ。あの子に比べたら、私なんか足元にも
及びませんもの。」
そう言いながらリーリアは、とても優しい表情で微笑んだ。
話しを聞いているハルメイルが、感心した様にレシフェとアルカを見ている。
「へーえ、親愛なるお姉さんねぇ。いいねーレイちゃんは。」
うらやましそうにそう言うハルメイルに、少しイジワルな口調でリーリアが話しかける。
「あら、ハルメイル様にも優しいお姉さんがいらっしゃるではありませんか、スノウホ
ワ・・・」
そこまで言いかけた所で、顔を真っ赤にしたハルメイルが両手をバタバタさせて騒ぎ出
した。
「わーっ!!わーっ!!リリちゃんストーップッ!!それ以上言っちゃダメ〜ッ!!」
騒いでいるハルメイルを、ニコニコしながら見るリーリア。
「ウフフ、そんなに恥かしがらなくってもいいじゃないですか。」
「もー、リリちゃんはイジワルなんだから・・・」
リーリアが笑い、ハルメイルが顔を膨らませていると、2人の横からゴーレム使いの魔
導師が泣きそうな声で話しかけてきた。
「あの〜、お取り込み中、申し訳ありませんが・・・壊れたゴーレムの修理についてち
ょっと・・・」
その言葉に、リーリアはセキ払いをして振り返る。
「あ、コホン・・・ご、ゴーレムの修理ですわね。修理代は私達の方で負担させていた
だきますわ。如何ほどになりますの?」
リーリアの言葉に、魔導師は恐る恐る請求書を差し出した。
「その、少し高いかもしれませんが、ヨロシク・・・」
その請求書を受け取った2人が、書面の額を見る。
「いち、じゅう、ひゃく・・・げっ!?」
「こ、これは・・・」
2人は目を(おっきく)開いたまま硬直した。請求額がモノスゴク高いのだ・・・
ベラボウな額に、リーリアとハルメイルは顔を引き攣らせて尋ねる。
「あ、あの〜、これ・・・ゼロが少しばかり多くありませんこと?」
「ボッタクリだよ〜。」
その問いに、魔導師は泣きながら訴えた。
「それでも御安く見積もったつもりなんですよぉ。あのゴーレムを改造するのに、ゴー
レム1ダース分の金をかけたんですから〜。まさか壊されるとは思ってなかったし・・・
お金を払って頂けないと私は破産なんです〜。」
そう言いながら、オイオイ泣いている魔導師。その哀れな様子に、2人は大きな溜息を
ついた。
「あーあ、今度からレイちゃんの練習相手にゴーレムを使うのは止めにしようね・・・」
「そ、そーですわね・・・」
涙目で再度溜息をついた2人は、破産の元凶であるレシフェを見た。
等のレシフェは、アルカに怒られてすっかりしょげており、その姿に文句を言う気力も
無くしたリーリアとハルメイルであった。
修行場を離れたレシフェは、土埃で汚れてしまった身体を洗うために浴室に向かってい
る。
その後ろから、タオルと石鹸を持ったアルカが走って来た。
「姫様、タオルお持ちしましたわ。」
「あ、ありがとう。」
タオルを受け取ったレシフェが、少し照れた顔でアルカを見た。
「ねえ、アルカ・・・その、背中流してもらえないかし、ら・・・」
その問いに、アルカは嬉しそうに答えた。
「ええ、喜んで。」
ニッコリ笑うアルカの笑顔は、愛しい妹を見るかのように優しかった。もう、先程のよ
うな表情は全く無い。
浴室に入ったレシフェは、アルカに手伝ってもらって特製のスーツのファスナーを下ろ
す。その中から・・・美しく、そして・・・余りにも悲しい傷跡を秘めたレシフェの裸体
が姿を見せた。
背中に、腹部に、豊満な乳房に・・・リンリン、ランランの傷跡を凌ぐほどの痛々しい
傷跡が走っている。
リンリンとランランは己の傷跡を誇りとしているが、レシフェはこの傷跡を他の者に見
せる事を嫌っている。
なぜなら・・・彼女の傷には、忘れられぬ陵辱と一族の全滅という、悲しき記憶が刻み
付けられているからである・・・
レシフェのスーツを脱がし、自分も服を脱ぎ終えたアルカは、手桶を持って湯船の湯を
汲み、椅子に座っているレシフェの肩から湯をかけた。
「熱くありませんか?」
「ええ、丁度いいわ。」
レシフェの髪や身体についている泥や土埃が、暖かな湯に流されて排水溝に入って行く。
アルカは、レシフェの髪の中に入っている泥を櫛でといて落とし、シャンプーで丁寧に
洗った。
汚れが払われたレシフェの長い髪は、絹の様に木目細かく、そして真珠の様に輝いてい
る。その髪を慈しむように手で撫でるアルカ。
「綺麗ですわよ姫様・・・髪は女の命。大切になさってくださいね。」
「ええ・・・」
レシフェは目を細めながら答える。身体を洗ってもらう間、レシフェは無言で椅子に座
っていた。でも、その様子は先程の興奮状態とは一変して、無口で落ちこんだ顔になって
いる。
一種の躁鬱状態になっているのだ。
ボンヤリしていたレシフェが、浴槽の横にある姿見の鏡に映った自分の姿を見るなり、
不意に表情を曇らせて顔を手で覆った。
鏡に映った自分の顔が、狂喜をはらんだ表情で笑ったように見えたのだ。
その様子を心配げに尋ねるアルカ。
「姫様?どうしましたか。」
その問いにレシフェは答えなかった。顔を覆ったまま、嗚咽を上げ始める。
「うっ、うう・・・あ、アルカ・・・私は・・・こ、怖いの・・・戦いに狂ってる・・・
私が怖いの・・・」
そう言うと、今度は傷跡深く残る自分の身体に手を当て、ガタガタと震え始めた。手で
掴んでいる腕に爪が食い込み、血が滲んだ。
彼女の心に、過去の凄惨な記憶が蘇っているのだ。
そして・・・その苦しみから逃れる為に、我を忘れるまで戦い、争いの快楽に狂った阿
修羅となっていく自分自身に恐怖しているのだ。
「私の中の、別の私が叫ぶのよ・・・アマゾネス一族が全滅したのは・・・お前のせい
だって・・・お前が弱かったからだって・・・その悔しさから逃れたかったら戦えって・・
・一族の恨みを晴らすために・・・魂が粉々になるまで戦え、永久に戦い続けろって・・・
恐ろしい悪魔になった私が狂った顔で叫ぶのよっ!!わああーっ!!」
床に突っ伏したレシフェが、声を上げて泣き叫んだ。
「姫様・・・」
呟いたアルカは、辛い表情でレシフェの肩に手を置いた。
彼女の過去の記憶・・・それは余りにも筆舌にし難い、凄惨で残酷な過去であった・・・
南米にその名を馳せた女の戦闘部族アマゾネス一族。
最強の戦闘能力を誇り、アマゾンの守護者として様々な敵と戦い続けてきたアマゾネス
一族だったが、南米の黄金伝説に欲望を抱いた侵略者と、そして侵略者達と手を組んだ敵
対部族の襲撃を受けた。
アマゾネス一族の王女であったレシフェは、幼い頃から山野を駆け巡り、戦闘部族の将
来の女王となるべく戦闘訓練も受けていた。
その能力は並外れたものであり、高い戦闘能力をもってすれば、如何なる敵でも倒せる・
・・はずだった・・・
だが、銃火器で武装した侵略者と、その走狗となった敵対部族の卑劣な策略によって、
仲間は次々倒され、最後まで戦い抜いたレシフェは敵の手に落ちてしまった・・・
捕らわれたレシフェは、身動きできない様に手足を折られ、数百人の敵兵によって陵辱
された挙句に、処刑されていたのである。
彼女の断末魔は魔界に届き、そして・・・レシフェはリーリアの手で魔戦姫に生まれ変
わった。
魔戦姫となった彼女は、その数百人をたったひとりで叩き潰し、復讐を遂げた。
それは七日七晩に及ぶ凄惨な復讐劇だったが、レシフェの気持ちは晴れなかった。彼女
があまりに強くなりすぎて、勝った喜びが得られないのだ。
やり場のない思いを、彼女は魔族にぶつけた。魔戦姫に好意的な剣豪や武闘家、淫魔界
の高位貴族らを相手に、戦と性の術に磨きをかけ続ける日々。人間相手の実戦よりも魔族
との修業の方が、敗北の恐怖、勝負の喜びを味わうことのできる、充実した日々となった・
・・
彼女が強くなかったのなら、今ある苦悩はなかったのかもしれない。復讐を遂げてもな
お、彼女は常に怒りと憎しみに苛まれ続けた。
その頃からである。彼女の心に、復讐と戦いの悦びを強要する悪魔が巣食うようになっ
たのは・・・
己自身と言う悪魔に怯え、幼子の様に泣きじゃくるレシフェを、アルカは抱き起こした。
「姫様、私の胸を見ていただけますか?」
そう言うと、アルカは自分の左乳房を手で持ち上げ・・・その下にある大きな傷跡をレ
シフェに見せた。
まるで、肉を抉ったようなその傷跡を見たレシフェは、怯えた顔で目を背ける。
「いやっ、止めてアルカ・・・あなたまで私を苦しめる気なのっ!?あの時の事を思い
出させないでっ!!」
アルカの傷跡に、何故それほどにまでレシフェが嫌がるのか・・・それは、敵対部族に
捕らわれたアルカの一家が、レシフェの眼前で処刑された時の記憶が脳裏に焼き付いてい
るからだった。
アマゾネス族の司祭であり、レシフェと懇意だったアルカの一家は、敵対部族に最後ま
で抵抗した事により、もっとも残忍な方法で処刑された。それは・・・生きたまま心臓を
抉り取られての処刑だったのだ。
その凄惨な有様を眼前で見せられてしまったレシフェの怒りと悲しみは、想像を絶する
ものであった。だからこそ、その時の記憶に触れる事は何よりも辛い事なのだ。
「もういや・・・あの時のことを思い出したくない・・・」
過去の記憶に苦しむレシフェを、そっと抱きしめるアルカ。そして、レシフェの耳を胸
の傷跡に当てた。
「聞こえますか姫様、私の心臓の音が。」
少しだけ落ちついたレシフェの耳に、シュ、シュ・・・と機械音が聞こえてくる。アル
カの胸に内蔵された人工心臓の音だ。
だが、機械的な音であるにも関わらず、その音は静かで、そして心休まるような音色を
響かせていた。
そして、アルカは説明した。人工心臓にまつわる真実を・・・
「ハルメイル様が作ったこの人工心臓に、リーリア様は・・・お父様と、お母様、そし
て私の弟のキキの魂魄を込めてくださったのです。そう、私の家族はみんな・・・私の心
臓となって生きているんですわ。」
アルカの口から述べられた衝撃の事実に、レシフェは驚愕する。
「そんな・・・そんな事・・・全然知らなかった・・・どうして話してくれなかったの
っ!?」
「・・・お父様達の事を姫様が思い出されたら悲しむと思って・・・ごめんなさいね。
でも・・・今は姫様に聞いて欲しいんです。みんなの声を・・・聞こえますでしょう?」
その声に、レシフェは再度アルカの胸に耳を当てる。人工心臓の音が、優しく、そして
慈しむようにレシフェを慰めた。レシフェの愛した、そして彼女を愛した者達の声となっ
て。
(姫様、私達は何時でも貴方様を見守っておりますぞ・・・)
(姫様の悲しみは私達が拭って差し上げますわ・・・)
(姫姉様をイジメる奴は俺がやっつけてやるよっ・・・)
懐かしき、アルカの肉親の名前を呼びながら、レシフェは涙を流した。
「トルメク殿・・・リルカ殿・・・キキ・・・みんな・・・」
本当の家族の様に自分を慈しんでくれたアルカの両親、そして、アルカの弟キキの顔を
思い浮かべて泣いているレシフェに、アルカは静かに語りかける。
「私の家族だけではありません。部族の皆様の魂が、私の心臓となって姫様を御守りし
ています。みんな過去の憎しみを捨て去って姫様を守ってくださっているのですよ。どう
か・・・御自分の怒りや憎しみに負けないでください。」
アルカの励ましに、明るく答えるレシフェ。
「ええ、負けないわ・・・ありがとうアルカ。」
その顔には憎しみや悲しみは無かった。少しずつではあるが、憎悪に狂っていた自分と
決別し始めていたのだ。
そして、少しだけ笑顔をみせたレシフェは、愛しそうな目をして、アルカの胸をそっと
撫でた。
「もう・・・こんな所に隠れてたなんて・・・ズルイわよキキ、お前はいつもそうだっ
たわね・・・私を困らせてばっかり・・・姫姉様を困らせるなんてワルイやつね。」
生意気で、良きケンカ相手だったキキ。この世でたった1人、レシフェにタメ口を(き
いてくれた)キキ。部族一番の吹き矢の名手で、自分を(姫姉様)と呼んで慕ってくれた
優しいキキ・・・
その大好きだったキキが、姉アルカの胸に生きている・・・レシフェの愛するアルカと
共に・・・
レシフェは、もう一度アルカを抱きしめた。
「キキ、そしてみんな・・・いつでも一緒よ、ずっと・・・」
「ええ、ずっと一緒ですわ、ずっと・・・」
親愛なる者達の思いと一緒に、2人は強く、そして優しく抱き合っていた。
そんなレシフェとアルカの声を、浴室の外で立ち聞きしている者がいた。自身がもたら
す憎しみの感情に苦しんでいたレシフェを心配していたリーリアだった。
「ふう・・・心配には及びませんでしたわね。ゴメンナサイね、立ち聞きなんてして・・
・」
フッと笑みを漏らしたリーリアは、足早に浴室を離れ、ハルメイルの元に戻って行った。
修行場では、ハルメイルが先程の請求書を見ながらブツブツ言っている。
「ハルメイル様、あの2人は大丈夫でしたわよ。すみませんね御心配かけて。あの、ハ
ルメイル様。」
「あのゴーレムのグレードが・・・えっ?ああ、そう。大丈夫だったの。うんよかった
ね。」
急に声をかけられて曖昧な返答をするハルメイルは、アルカが自分の作った人工心臓を
内蔵している事を思い出し、リーリアに尋ねた。
「ねえ、リリちゃん、アルカはオイラの作った人工心臓を移植してるって言ったよね、
じゃあ、アルカは・・・オーガメイド?」
ハルメイルの口から漏れた(オーガメイド)の言葉に、リーリアは頷いた。
「ええ、そうですわ、あの子はフロイライン・ギャラホルンの心臓部としての役割を担
うオーガメイドですのよ。」
その言葉を聞いたハルメイルの脳裏に、ある事が浮かんだ。
「そうか・・・アルカはオーガメイドだったんだね・・・うん、よしっ。いい事を思い
ついたぞっ。」
手をポンと叩きながら1人納得しているハルメイルを不思議そうに見ているリーリア。
「どうしたんですの?いい事とは一体?」
リーリアの質問に、指をチッチと振って笑うハルメイル。
「エヘへ、今はヒミツだよ。そのうちリリちゃんにも教えてあげるからね。」
もったいぶって答えるハルメイルに、呆れた顔で笑うリーリア。
「まあ、イジワルですわね、教えてほしいですわ。」
「ダーメ、あ・と・で・ね。」
「もう、そんな事おっしゃったら皆に言いふらしますわよ。ハルメイル様はスノウホワ
イトと・・・」
「わーんっ、それはやめて〜っ!!」
リーリアとハルメイルの(変な)やり取りを、浴室から出てきたレシフェとアルカが不
思議そうに見ている。
「何をしてるのかしら?」
「さあ、でも楽しそうですわ。」
2人がそう言い合っていると、レシフェの持っている携帯情報端末のコンパクトから軽
快な呼び出し音が響いた。
バーゼクスで潜入作戦をしている天鳳姫からだった。レシフェがコンパクトを広げると、
コンパクトの画面にニッコリ笑っている天鳳姫の顔が映し出された。
「あら、天鳳姫。どうしたの?」
レシフェの問いに、天鳳姫の能天気な声が返ってくる。
(ヤッホー、ワタシ達は、これから城に潜入するのコトね。レシフェさんの方は、どー
なってるアルか?)
「どうって・・・スーツのテストも終わったから、準備が出来次第そっちに向かいます
けど、そっちこそどうなの?ミスティーア姫も上手くやってるのかしら?」
すると、コンパクトの画面に、天鳳姫を押し退けてミスティーアが横から顔を出した。
(上手くやってますわよレシフェ姫。誘拐事件の黒幕は、やはりデスガッドでしたのよ・
・・それでですね・・・)
ミスティーアがバーゼクスでの状況を説明していると、天鳳姫が負けじと割って入る。
(だから説明はワタシがするアルよっ。ミィさんは、お退きなさいのコトよ〜。)
(もう、せっかく私が説明してましたのに〜。のーてんほーきさんは黙っててくださ〜
い。)
コンパクトの画面に、画面の取り合いをする天鳳姫とミスティーアが交互に映し出され、
レシフェは呆れて笑い出した。
「はいはい、ケンカしないで。子供ですわね、2人とも。」
レシフェが、ミスティーア達を子供みたいだと笑っていると、彼女の持っているコンパ
クトに顔を近づけたアルカがミスティーア達に、レシフェがゴーレムを相手に大暴れした
事を暴露した。
「御二方も聞いてくださいよ、レシフェ姫様がですね・・・」
「アルカ、余計な事を言わないでぇ〜。」
魔界と人間階を挟んで、さながら遠距離漫才のようなやり取りが展開していた。
だが、非情な戦いの足音は確実に迫っていた。彼女等の戦いは目前なのだ。
ほんの束の間の安らぎを満喫するかのように、魔戦姫達の笑い声が魔界に響いていた・・
・
TO BE CONTINUED
NEXT
BACK
TOP