魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀5
潜入作戦開始
ムーンライズ
お姫様歌劇団のコンサートが終わってから数時間後、空を赤く染める西日が慌しい1日
の終わりを告げていた。
城でのコンサートが大好評(?)だったお姫様歌劇団一行は、城の者達の好意で一晩の
宿を提供してもらえる事となった。
とは言っても、いきなり押しかけてきた彼女等に来賓用の部屋を使わせてもらう訳には
いかなかったので、かわりにメイドと召使い達の宿坊を借りる事となった。
大量の贈り物も、城の召使い達の手助けでなんとか馬車へと運び終え、お姫様歌劇団一
行は束の間の休息に浸る事が出来た。
召使いの宿坊と言っても、その辺の安宿よりもずっとマシなので、居心地に問題は無か
った。
部屋のベッドに寝転がった天鳳姫は、両手を伸ばして寛いでいる。
「みんな親切な人達ばかりで助かったアルねー。」
「本当ですね。まあ、ちょっと予想外の展開はありましたけど、なんとかお城に潜入で
きましたし。」
「とりあえず、第1段階は成功ですわね・・・」
隣のベッドに腰掛けているミスティーアとスノウホワイトも、御満悦の様子だ。
だが、いつまでも寛いでいる暇は無い。彼女等のするべき事は城の内部状況を探る事だ。
「では、ミスティーアさん、スノウホワイトさん。潜入の手筈を考えるのコトよ。」
「はい、これだけ広いお城ですから、3手に分かれて調べましょう。」
ミスティーアの提案に頷く天鳳姫とスノウホワイトだったが、潜入に際しての大事な事
があった。
「でも、お城の内部がどうなってるか判らないアルね。」
そう、天鳳姫の言う通り、バーゼクスの詳細がわからいのだ。だが、その心配はすぐに
解決する事になる。
「それなら・・・心配要りませんわ。」
スノウホワイトは、そう言いうと懐から折り畳んだ紙を取り出した。それはバーゼクス
城の見取り図であった。
「これは、いったいどうしたんですの?」
見取り図を見たミスティーアが、不思議そうに尋ねる。
「実は、ドワーフ達に、お城の見取り図を取って来るよう言いつけていたんですの・・・
ドロボウするのは悪いと思ったんですが・・・まあ、この際大目に見てやってくださいな。
」
そう言うスノウホワイトの後ろから、彼女の忠臣である7人のドワーフ人形達がヒョコ
ッと顔を出した。
「ボクタチ、イイコ、ボクタチ、イイコ。」
手足をカタカタ揺らしながら、嬉しそうにスノウホワイトに抱きつくドワーフ達。
「はいはい、みんな良い子ね・・・ごくろうさま。」
愛しそうにドワーフ達を抱きしめるスノウホワイトを、感心したような目で見るミステ
ィーアと天鳳姫。
「あいやー、抜け目が無いアルね。」
「さすがはスノウホワイトさん。」
ドワーフ達の持って来た(と言うか盗んできた)見取り図を広げて作戦会議を続行しよ
うとした時である。
3人のいる部屋に、城のメイドが入って来た。
「あの、皆さんシャワーは使われますか?」
突然入って来たメイドに、天鳳姫は慌てて見取り図をお尻の下に隠した。
「し、シャワーのコトですかっ?あ、後で使わせてもらいますアルね。」
「そ、そうしますわ、皆さんにご迷惑になってはいけませんから、アハハ。」
笑ってごまかしている3人を、メイドは不思議そうに見ている。
「はあ、別に迷惑ではありませんから、いつでもご自由にお使いくださ・・・」
メイドが急に言葉を止めた。そして彼女の視線が床に向けられる。その視線の先には、
7人のドワーフの一体が転がっているのだ。どうやら天鳳姫が見取り図を隠した際に、床
に投げ出されたらしい。
「こ、これは・・・」
床に転がっているドワーフ人形は、固まった様に動かない。
驚きの目でドワーフ人形を見ているメイドに、3人は緊張した。
ドワーフを見られた・・・このままでは自分達の正体を知られてしまう・・・
だが、その緊張はすぐに解けた。
「やーん、このお人形すごく可愛いーっ。」
黄色い声を上げてドワーフ人形を抱き上げるメイド。
「このお人形どこで売ってるんですかぁ?可愛いわあ。あたしも欲しい。」
メイドに頬擦りされて、迷惑そうな顔をしているドワーフ人形。
「あの・・・買ったんじゃないんですの・・・その、私のおじい様が作った物なんです
わ・・・」
スノウホワイトの苦しい説明を、メイドは疑う事無く受け入れた。
「まあ、そうですか。でも良く出来てますね、もしかして・・・」
メイドの言葉に、再度緊張する3人。
「あなたのおじいさんは腕の良い人形職人なのですか?」
「え、ええ・・・おじい様は人形職人でしたの・・・オホホ・・・」
手を口に当てて愛想笑いするスノウホワイトに、抱いていたドワーフ人形を手渡したメ
イドが、急に窓の外に視線を移した。
「あれは・・・」
窓に歩み寄ったメイドが、3人を手招きしている。
「こ、今度は何アルか?」
恐る恐るメイドの横に歩いて行くミスティーア達。彼女等のスカートが何やらモコモコ
動いている。
「あれを見てください。」
メイドの指差す方向には、10数人の兵隊達が腕を後ろに組んだまま、直立不動の姿勢
で整列していた。
ミスティーア達は、その兵隊達に見覚えがある。先程のコンサートで声援を送ってくれ
た兵達達だ。
全員、酷く緊張しており、彼等の前には、片目にチョビヒゲの軍服男が硬質の短い鞭を
持って歩いている。
軍服男は、右手に持った鞭で自分の左手の平を軽く叩きながら、兵隊達を1人1人鋭い
目で睨んでいた。
「どうしたんですか?あの人達は・・・」
ミスティーアに尋ねられてメイドは口を開いた。
「あの人達はバーゼクス軍のセカンドチームの人達です。またゲルグ司令官にイジメら
れてるんですよ。」
メイドの言葉に、ミスティーア達3人は顔を見合わせる。
「セカンドチーム?なんですかそれ。」
「ええ、バーゼクスの軍隊はファーストチームとセカンドチームの2つに分かれていま
して、能力の高い者や功績のあった者はファーストチームに選ばれて、それ以外の人は挌
下のセカンドチームに配属されています。前に立っている軍服の人はバーゼクス軍のゲル
グ司令官で、凄く恐ろしい人です・・・」
メイドの目には、恐怖の色が浮かんでいる。そしてメイドとミスティーア達の視線は、
並んでいる兵隊達とゲルグ司令官に向けられた。
兵隊達を睨んでいるゲルグは、戦闘の訓練をサボってお姫様歌劇団のコンサートを見て
いたセカンドチームの兵隊達を叱咤しているのだ。
「訓練をサボって歌に踊りを見学とは・・・貴様等の腑抜け加減には呆れてものが言え
んぞっ!!そんな事だから貴様等は万年セカンドなのだっ。少しはファーストの連中を見
習ったらどうだっ?ああんっ。」
ゲルグを前に、兵達達は瞬きもせずに硬直している。鋭い叱責を飛ばすゲルグは、兵隊
達の末尾に立っている1人の兵隊の前で歩みを止めた。
「おい貴様、1歩前に出ろっ。」
「い、イエッサー。」
恐る恐る前に出たその男は、ミスティーア達を城内に招き入れた衛兵のボビーだった。
冷汗を流すボビーの顔に、硬質の鞭が突き付けられる。
「あの小娘どもを城に入れたのはお前だな・・・誰が余所者を城に入れていいと言った?
これは完全なる命令違反だっ、奴等を入れた理由を言えっ!!」
全身を貫くような罵声に、ボビーは搾り出すような声で答える。
「は、はい・・・あの者達が・・・金に困っていると言っていたので・・・つい・・・
その・・・」
ボビーの弁解に、ゲルグは凄まじい形相になる。
「ほう・・・それでは何か?貴様は敵兵が金を恵んでくれと言えば城に入れるのか?ど
うなんだっ!?」
「いえ・・・そのような・・・でも、相手は女でしたし・・・敵じゃないから・・・」
「このマヌケがっ!!」
鋭い鞭が顔面を強打し、鮮血が芝生に飛んだ。
「うあ・・・」
引っくり返ったボビーに、容赦無い蹴りが浴びせられる。
「女だろうが何だろうが関係あるかあっ!!門に立つぐらいならカカシにでも出来るわ
っ!!貴様はカカシ以下だっ、このクソめがーっ!!」
問答無用で虐待されるボビーの姿を、仲間達が顔面蒼白になって見ている。誰も助け様
とはしない、いやできないのだ。助けに行こうなら、自分も同じ目に遭わされるからであ
る。
血反吐を吐きながら呻いているボビーの顔を、軍靴で踏みつけるゲルグ。
「今日はこの辺で勘弁してやる。だが、今度勝手なマネをしたら貴様の首を切り落とし
て門の前に晒してやるからなっ、覚えておけっ!!」
「は、はい・・・」
土下座して謝るボビーを一瞥したゲルグは、クルリと身を返して他の兵隊達を睨み、非
情の戒告を下した。
「いいか貴様等、相手が何者だろうと情けをかけるなっ。たとえ女子供だろうとだっ!!
それが兵たる者の心得だっ。肝に命じておけっ、判ったなっ!!」
「い、イエッサーッ!!」
飛び上がる様に敬礼をするセカンドチームのメンバー。
「よーし、では罰として今すぐ城外10周してこいっ、駆け足っ!!」
ゲルグの命令に、セカンドチームのメンバー全員が一斉に駆けて行く。その後を、よろ
けながらボビーもついていく。
走っていくセカンドチームを見ながら、ゲルグは怪訝な顔で唾を吐いた。
「ふんっ、役立たずどもが・・・」
踵を返したゲルグは、手下を引き連れて城の中へと戻って行く。
その一部始終を無言で見ていたミスティーアは、唇を振るわせて呟いた。
「・・・酷い・・・あんな事しなくても・・・」
恐怖と怒りに震えているのは、ミスティーアだけではなかった。天鳳姫やスノウホワイ
トも同様だ。
二の句が告げなくなっている3人に、メイドが声をかけてきた。
「あんなの序の口ですよ、殴られるぐらいで済んだらマシです。この前なんか命令に逆
らった兵隊さんが、ゲルグ指令に手足の骨を折られて、お城の外に放り出されてましたか
ら。なにしろ、失敗したり命令違反したした人は問答無用で処罰されます。」
その言葉に、天鳳姫はゲルグの後姿を睨みながら口を開いた。
「あのチョビヒゲ男は鬼アルねっ、人間じゃないのコトよっ。」
天鳳姫の言葉に賛同するメイド。
「そうですよ、ゲルグ指令は鬼です、人でなしですよ。」
メイドの顔には、恐怖と畏怖の念が色濃く出ている。恐怖の権化たるゲルグが、バーゼ
クスの人々からどれだけ恐れられているかを知る事が出来る。
声を潜めていたミスティーアは、傷だらけでヨロヨロ走るボビーを悔悟の思いで見てい
た。
私が術を使ったばかりに、ボビーさんは酷い目に遭わされた・・・私のせいだ・・・
ボビーに謝る事も出来ず、ただ自分を責めるミスティーア。
そんな彼女の肩に手を置いたスノウホワイトが、目を伏せて首を横に振った。
「ミスティーア姫のせいではありませんわ・・・あなたは何も悪く無いんですから、自
分を責めてはいけませんよ・・・本当に責めなければいけないのは、あのゲルグとか言う
司令官です・・・」
スノウホワイトの目にも、ゲルグに対する怒りがある。いつもは温厚なスノウホワイト
ですら、非情な司令官に怒りを露にしているのだ。ゲルグの無頼ぶりには、筆舌にし難い
ものがあると言えよう。
そして間も無く、メイドは仕事に戻る事となった。
「それじゃあ、私は失礼しますね。何かあったら何でも言ってください。あ、シャワー
室は離れにありますから。」
「ええ、ありがとうございます。」
メイドに礼を言ったミスティーア達は、彼女が部屋を出て行くのを見計らうと、ふう、
と溜息をつきスカートを捲りあげる。
そこには、なんと・・・3人の太ももに、2体ずつドワーフ人形達がしがみ付いている
ではないか。
メイドが部屋に入って来た時に、慌ててスカートに隠れたのであった。
「ほらっ、いつまで足に引っ付いてるアルかっ。早く下りるよろしっ。」
天鳳姫の声に、ドワーフ達は足から離れてスノウホワイトの元へと走って行く。
「テンホーキ、コワーイ。」
「テンホーキ、イジメッコダー。」
口々に言いながら、スノウホワイトの後ろに隠れるドワーフ達を、眉間にシワを寄せて
見ている天鳳姫。
「あー、はいはい。どーせワタシはイジメっ子アルよ。」
そんな彼女に、まあまあ・・・と笑いながら手を振るスノウホワイト。
一息ついたミスティーアは、城の見取り図をベッドの上に広げて2人に向き直る。
「じゃあ、引き続き潜入の手筈を考えましょう。」
その言葉に、天鳳姫とスノウホワイトは頷く。
3人の話し合いは、日が傾き、辺りが薄暗がりになるまで続いた。
同じ頃、召使いの男性側宿坊に泊まる事になっていたエル、アル、リンリン、ランラン
は、4人まとまって狭いシャワー室に入っていた。
4人は表向き男と言う事になっていたので、女である事がバレない様に大急ぎでシャワ
ーを浴びているのだ。
シャワーを浴びているリンリン、ランランの裸体を見たアルが、彼女等の体中にあるツ
ギハギのような傷跡を見て尋ねた。
「あの、その傷跡はなんですの?刀で切られたみたいな傷ですの。」
その言葉に、2人は傷跡を手でなぞりながら答える。
「ああ、これ?人間だった時に付いた傷よ。」
「姫様を守るために戦った時の勲章ズラ。」
感慨深げにそう言う2人。
体に刻まれている傷跡は、彼女等が人間だった頃、女警備隊員として天鳳姫と共に悪党
と戦ってきた歴戦の勲章であり、我が君である天鳳姫への忠誠心の証でもあった。
2人の傷跡を、感心した様に見ていたアルが、ランランのお腹の傷を手で触ってみる。
「スゴイ傷跡ですわ。」
「うひゃひゃっ、くすぐったいズラ。」
大きなお腹を触られたランランが、甲高い声を上げて笑った。太った体を狭いシャワー
室で揺らすランランに、迷惑そうな顔をしているリンリン。
「ちょっとランランッ、そのデカイ図体揺らさないでよ、うっとおしいっ。」
リンリンが文句を言った、その時である。
「誰か入ってるのか?」
シャワー室の扉が開いて、股間をタオルで隠した召使いが入って来たのだ。無論、4人
が女である事を、召使いは全く知らない。
突然の事態に、シャワー室で騒いでいた4人は硬直した。
「あっ・・・」
声を失う4人。それは召使いも同様だった。彼の目に、可愛い女の子達とスレンダー美
女、そして恰幅の良い太っちょ女の裸体が飛び込んできた。
「お・・・お、おおお、おんなぁ〜っ!?」
「見ちゃダメですのーっ!!」
パコーンッ!!
素っ頓狂な声を上げる召使いの脳天に、アルの武器(ピコピコハンマー)の一撃が炸裂
した。
「きゅう・・・」
頭にでっかいタンコブを作った召使いは、目玉をグルグル回して伸びてしまった。
「ふう、間一髪でしたの。」
「あの〜、アルちゃん。もう遅いんですけど・・・」
安堵の溜息をつくアルに、一同は呆れた顔をする。
「とりあえず、どうしようかな?」
「とりあえず、ソッコーで逃げるズラ。」
リンリン、ランランの言葉に、一同は(とりあえず)速攻で逃げる事にした。
シャワー室から逃げ出した4人は、あてがわれた宿坊の部屋に戻っていた。
先程気絶させた召使いには、シャワー室で転んで頭を打ったという偽の記憶を魔術でイ
ンプットさせたので、彼が目を覚ましても4人が女だった事がバレる心配は無い。
(魔戦姫程ではないが、彼女等も人間の記憶を操作する魔術を持っており、正体を見ら
れた時などに記憶操作の魔術を使っている。)
「はあ、一時はどうなるかと思ったですわ。」
やれやれと言った顔のエルは、ベッドの上にペタンと腰を下ろした。
「やっぱり私達が男装するのは無理だったんじゃない?これじゃあ先が思いやられるわ
よ・・・」
リンリンが頭を掻いていると、窓からコンコンと叩く音が響いた。一同は何事かと窓を
見る。
すると、窓が急に開かれ、そこからスノウホワイトのドワーフ人形の一体が姿を見せた。
「デンゴン、ヒメサマカラ、デンゴン。」
カタカタと口を鳴らしてドワーフは部屋に入って来た。
「スノウホワイト様のドワーフ君ですわ。」
「ドワーフ君、伝言ってなんですの?」
エルとアルがドワーフ人形に尋ねると、(彼)は部屋の中央に歩み寄って顔を軽く上に
向け、目からライトを発射した。
その光の中に、佇む姿のスノウホワイトが映し出される。
ドワーフ人形の目には立体映像を映し出す機能があり、スノウホワイトが画像情報を相
手に見せたい時などに使用している。
そのスノウホワイトの立体映像が、4人に語り掛ける。
(お城の見取り図が手に入りました・・・至急、お城の立体映像に記している矢印の場
所に来て下さい・・・)
立体映像のスノウホワイトが消えると、代わりにワイヤーフレーム画像のバーゼクス城
が映し出された。その画像の端、庭の一角に矢印が見える。どうやら、そこを集合場所と
指定しているらしい。
「ドワーフ君、ここに行けばいいズラか?」
ランランの質問にドワーフはコクリと頷く。とにかく、至急の収集なので、4人は早急
に支度をする。
「いよいよ潜入だわね、腕が鳴るわよっ。お城の悪党をブッ飛ばしてやるからっ。」
「リンリン、今は潜入だから悪党をブッ飛ばすのは後ズラよ。」
ランランに言われて、思わず固まるリンリン。
「あ〜、そ、そうだわね・・・あ、後だわね。」
リンリンの横では、エルとアル、ドワーフ君がうんうんと頷いている。
NEXT
BACK
TOP