魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀4


   バーゼクス城への潜入
ムーンライズ

 その日もバーゼクス国の民は、いつもと変わらぬ生活の営みを送っていた。
 バーゼクス城の近くにある町に、数人の若い女性の乗った馬車が到着したのは、その日
の午前中であった。
 馬車に乗っている若い女性達は、いずれも品のある美しい子女で、一見すればどこかの
お嬢様といった風貌である。
 派手な飾りのついた馬車には(お姫様歌劇団)の文字が書かれた垂れ幕がついており、
彼女等が旅芸人の一座である事を知る事が出来る。
 その(お姫様歌劇団)一行は、馬車の中から町の様子を伺っていた。
 馬車の幌の隙間から外を見ている彼女等の目に、平穏な民達の営みが映る。だが、一見
活気あるように見えるその営みには、どこか暗い影が潜んでいた。
 「なんか様子が変アルね。」
 外の様子を伺っていた1人がそう呟くと、他の仲間も同調する様に口を開く。
 「そうですね、皆さん笑ってませんわ。」
 「・・・きっと、誘拐事件を警戒してるのですね・・・」
 声を潜めて囁きあう彼女等の目には、暗い面持ちの民達が見える。先月から起きている
誘拐事件の影響が民達に暗い影を落している事は一目瞭然であった。
 民達の心労は誘拐事件のみならず、バーゼクスの国王である愚公モルレムに対する不信
感からも引き起こされている。
 日々怠惰な生活を送り、政を蔑ろにしているモルレムが国王であるゆえ、国の将来に不
安を抱かざるを得ないのである。
 暗い表情の民達に懸念を抱きながらも、旅芸人一座は先を急いだ。
 「余計な詮索は後回しのコトね、早くお城へ行くアル。」
 仲間の言葉に、他の者も無言で頷く。
 この旅芸人一座の本性は、ミスティーアを始めとした魔戦姫のメンバーと、その侍女達
であった。
 彼女等が行く先は、今やドクター・デスガッドによって伏魔殿と化しているバーゼクス
の城である。魔戦姫の長リーリアの指令を受けたミスティーア、天鳳姫、スノウホワイト
の3名が、旅芸人一座に成りすましてバーゼクス城への潜入捜査に向かっているのだ。
 バーゼクス、ライレル両国で発生した誘拐事件は、表向き犯人の手掛かりが掴めないま
まになっていたが、魔戦姫の仲介役であるアーヴァイン神父がライレルのゴードン領主か
ら受けた依頼から、バーゼクス城の来賓であるドクター・デスガッドが誘拐事件の黒幕で
あろうとの推測が成された。
 リーリアは、鉄壁の城砦に囲まれたバーゼクス城内部の仔細を調べるべく、魔戦姫達に
バーゼクス城への潜入捜査を行なう様、指示を下していたのである。
 最初はレシフェも参加する予定であったが、バトルスーツのテストが終わっていないた
め、後から合流する手筈になっている。
 馬車は町を離れ、舗装された道を進んで行った。その先には、白亜に輝くバーゼクス城
がそびえていた。
 見上げるほどの巨城に、ミスティーア達は感嘆の声を上げる。
 「わああ・・・大きいですね・・・ミケーネル城の倍以上はありますよ。」
 ミスティーアの言葉通り、バーゼクス城は規模的にミスティーアの住んでいたミケーネ
ル城の3倍はある。また、城を守るための城壁も他に類を見ないほどの規模を誇り、(城)
を見慣れている彼女等を驚かせるには十分過ぎるものがあった。
 規模のみならず美術的にも高い造りとなっており、豊富な財源を惜しげも無く支出して
造られたバーゼクス城は、建造物と言うより巨大な美術品と呼ぶに相応しかった。
 「魔王様のお城より大きいかもしれませんわね・・・でも、これだけのお城を造るのに
大変なお金が要ったでしょうね・・・」
 感心より呆れの念を抱いているスノウホワイトの言葉に、天鳳姫も同調している。
 「まったくアル、税金の無駄使いアルね。お城は大きいければいいってものじゃないの
コトよ。」
 辛口の批評を述べる天鳳姫に、他の2人もウンウンと頷いている。(でも少しは羨まし
かったりする。)
 城の評価をしている3人に、天鳳姫の家来である女キョンシーが声をかけてきた。
 彼女も今回の潜入に参加しているのだが、お姫様歌劇団の用心棒という名目で男装させ
られていた。
 着慣れない男物の服を着せられ、ブツブツ文句を言う女キョンシー。
 「あのー、姫様。どーして私達は男の格好しなきゃいけないンですかあ?しかもこの服
センス悪いし・・・」
 彼女が着ている服は、黒色の武骨な服だ。言うなれば賭博場の用心棒の格好をしている
わけである。
 「女の子だけの旅芸人一座なんて不自然アルよ。それに女の子だけだと、イヤラしい男
が声かけて来てアブナイね。あなた達が用心棒の振りしてくれればワタシ達は怪しまれな
いのコトよ。」
 天鳳姫の説明に、どうもなっとくが行かない顔をしている女キョンシー。
 「それなら魔族の男衆に頼めばいいのに・・・」
 文句を言う女キョンシーの横では、(何故か)同じ様に男装させられているエルとアル
の2人がいる。
 2人とも、黄色いセーラー服に半ズボンという男の子の格好をしており、オカッパ頭を
ブカブカのベレー帽で隠しているため、ちょっと見たぐらいでは女の子には見えない。
 だが、文句を言う女キョンシーとは対照的に、エルとアルは嬉しそうな顔をしている。
 「ウフフ、男の子の格好なんて始めてですわ、ちょっぴりハズカシイですわ・・・」
 「本当ですの。あたし達、誰が見てもカワイイ男の子ですの。」
 鏡を見ながら、美少年になった自分の姿に見惚れているエルとアルを見て、女キョンシ
ーは呆れた顔で溜息をつく。
 「あのね、2人とも何喜んでるのよ、遊びに行くんじゃないのよ。」
 怪訝な顔をする女キョンシーに、チッチッと指を振りながら詰め寄るエルとアル。
 「男言葉で喋らないとダメなのだぜ、女言葉は怪しまれるのだろ?」
 「そうなのであるのだよ、ボク達は今は男なのであるのだぞ。」
 「あ、あんたら・・・言葉が変・・・」
 妙な男言葉のエルとアルに思わずたじろぐ。
 気を取り直した女キョンシーは、馬車の前で手綱を引いている相棒に援護を求めた。
 「ちょっと、黙ってないであんたも何とか言ってよ。」
 「あ、アタイは別に男の格好でもいいズラよ。」
 声をかけられた相棒は、口をモグモグさせながら答えた。彼女の横には果物を入れた籠
があり、それを食べながら手綱を引いていたのであった。
 呑気な口調の相棒に、すっかり開き直った顔になる。
 「はあ〜、もういいわよ。こうなったら・・・男に成りきってやるぜっ!!」
 ぐっと握りこぶしを固める女キョンシーに一同は、おーっと声を上げて拍手をした。
 この握りこぶしを握っている女キョンシーの名はリンリン(凛々)といい、手綱を引い
ている大食漢の相棒はランラン(蘭々)と言う。
 リンリンはスレンダーな体躯に凛々しい美貌の女戦士で、ランランは恰幅のいい体躯に、
パンダのような愛嬌のある顔の女闘士である。性格は体躯と比例し、リンリンはせっかち
な気性で、ランランはおっとりした性格だ。
 天鳳姫と、彼女の腹心の家来であるリンリン、ランランの関係について簡単に触れてお
こう。
 中国の西南地方を支配していた皇帝の皇女であった天鳳姫は、女警備隊を率いて国の治
安を守っていた美しき女傑だった。そしてリンリンとランランは、天鳳姫が最も信頼を置
いていた女警備隊員だったのだ。
 しかし、天鳳姫を快く思わない宦官と、国政の裏で暴利を貪っていた悪徳商人達の罠に
嵌ってしまった彼女等は、悪党の手で陵辱、処刑された。
 天鳳姫はリーリアの手で復活したのだが、肉体的損傷の激しかったリンリンとランラン
は、黒竜翁の施した中国伝来の返魂の術によって(アンデット・クリーチャー)キョンシ
ーとして蘇ったのだ。
 ※(リンリンとランランは東洋の秘術で蘇ったキョンシーであるため、他の侍女とは肉
体的に若干異なっているが、扱いとしては他の侍女と同等になっている。)
 普段は普通の人間として行動しているが、戦闘モードに入ると本来の狂暴なキョンシー
に変化する。リンリンとランランは、人間だった時から凄腕の青竜刀の使い手で、キョン
シーとなった今でも、自慢の青竜刀を振るって天鳳姫と共に悪党と戦っているのである。
 やがて・・・お姫様歌劇団の一行は、バーゼクス城の外門の前にまで到着した。
 「姫様っ、着きましたズラ。」
 馬の手綱を引いていたランランが天鳳姫達に声をかけてきた。
 一同が幌を上げて前を見ると、巨大にして威圧的な外門があった。その前には門番の衛
兵が控えている。色黒で武骨な顔の若い兵隊だ。
 「止まれっ。お前達、城に何の用だっ?」
 槍を手にして、ミスティーア達に大声を上げる衛兵。すると馬車からミスティーアが静
々と出て来て衛兵に頭を下げた。
 「あのー、私達は旅芸人の者で、お姫様歌劇団と申します。お城の方々に私達の歌と踊
りを見て頂きたく参上致しました。」
 丁寧な口調で語るミスティーアに、衛兵は声を荒げて詰め寄った。
 「お姫様歌劇団だと?貧乏芸人に用は無いっ、さっさと帰れっ!!」
 貧乏芸人の言葉に、馬車の中にいる一同(スノウホワイト以外)は頭から湯気を立てて
怒りだした。
 「な〜にが貧乏芸人アルかっ、ワタシ達本物のお姫様アルよっ。」
 「そーですよ、姫君に向かって帰れとは何事よっ。」
 「あんな無礼者コテンパンにやっつけるですわっ。」
 「ピコピコハンマーで空のお星様にしてあげますのっ。」
 いきり立つ一同に、スノウホワイトは宥める様に声をかける。
 「はいはい、皆さん怒らないで・・・どーどー・・・」
 牛か馬を静めるような口調のスノウホワイト。
 その前では、衛兵と交渉しているミスティーアがいる。
 「実は・・・町でのコンサートが上手くいかず、お金が底をついた私達は明日の食事に
も事欠く有様なのです。後生ですわ、どうか私達の歌と踊りを見ては頂けませんでしょう
か?お気に召さなければ御代は結構ですから・・・」
 泣きそうな声で訴えるミスティーアだったが、衛兵はガンとして拒んだ。
 「泣き落としなんか通用しないぞ、金を稼ぎたきゃ体でも売って・・・う?」
 その時である。ミスティーアの目を見た衛兵が、急に顔の表情を変えた。
 今までの荒々しい形相が一変し、哀れむ声で泣き出したのだ。
 「あ、ああ・・・そうか・・・そうなのかっ。可哀想に、金が無くて飯も食えないほど
困ってたんだな。いいとも、城のみんなに話してくる、そこで待ってってくれ。」
 衛兵はそう言うと、外門の横にある通用口に入って行った。
 衛兵の様子を見たミスティーアが、天鳳姫達に振り帰ると指でVサインをする。
 「ミスティーアさん、チャームの術を使ったアルね。」
 「上手くやりましたわね・・・」
 感心した顔の天鳳姫とスノウホワイト。
 ミスティーアは魔戦姫の技の1つ、チャームの術を使ったのだ。これは相手の男を魅了
し、自分の意のままに操る術である。腕の立つ魔術師などには使えないが、普通の人間相
手ぐらいなら簡単に操る事が出来る。
 やがて、外門のかんぬきが外される音がして、大きな門が開かれた。
 開かれた門には、先ほどの衛兵がニコニコしながら立っている。
 「さあさ、遠慮無く入ってくれ。みんながあんた達の歌と踊りを待ちかねてるぞ。」
 衛兵の言葉に、御者のランランが手綱を叩いて馬を歩かせる。
 笑顔でミスティーア達を送る衛兵に、お姫様歌劇団の一行は、にこやかに手を振ってい
たが、衛兵が門に向き直ると天鳳姫とエル、アルが衛兵に向けてアカンベーをした。
 城の中へと入ったミスティーアは、改めてバーゼクス城の偉大さに圧倒される事となっ
た。広く美しい庭園には神話の神々を模した神々しい彫刻が並べられており、さながら神
々の集う園と言えよう。
 そして、止めど無く水を吹き上げる池の噴水は、バーゼクスの豊かなる財源を象徴する
かの様である。
 全てが美しく煌びやかなバーゼクス城に、ミスティーアはただ溜息をつくばかり。
 「はあ、本当に美しいですね・・・誘拐事件の疑いのある場所とは思えません。」
 うっとりとした目でバーゼクス城を見るミスティーアに、警戒心を露にしている天鳳姫
が諌めの言葉を投げかける。
 「ミスティーアさん、見せかけに騙されてはいけないデスヨ。綺麗な場所に住んでいる
からって、その者が良い人だとは限らないデスワ。」
 彼女の声が、いつものおどけた口調から凛とした(お姫様)の口調になっていた。
 天鳳姫が本気になっている証拠だ。彼女は、かつて女警備隊を率いて国の治安を守って
いた皇女であった時に様々な悪党を見てきた。
 民から税を絞り取り、権力を手中に収めるために策略を巡らす悪の権力者は、いつの時
代のどんな場所でも存在する。
 美しき雅の世界こそ、悪の権力者がはびこる温床になりやすいのだ。(成金国)(暴食
国家)とあだ名されるバーゼクスも例外ではない。
 民を守る事を常として来た、良き権力者であるミスティーアの一族は、そうした悪の権
力者とは無縁だった。
 それゆえ、ミスティーアは悪の権力者の恐ろしさを知らない。
 でも天鳳姫は、いや・・・魔戦姫の誰もがその恐ろしさをよく知っている。無言でバー
ゼクス城を見ているスノウホワイトも、卑劣な権力者によって全てを踏み躙られた過去を
持っていた。
 スノウホワイトの穏やかな顔に、僅かな陰りが差している。その脳裏には、愛する者達
を、そして自分自身を蹂躙した卑劣な権力者の嘲笑う顔が浮かんでいた。悲しい過去の記
憶と共に・・・
 2人の姫君の辛そうな表情から、彼女等の心理を悟ったミスティーアは、自身の過去を
思い出して呟いた。
 「そうでしたわ。いくら綺麗な所だとしても、気を許してはいけなかったですわ。」
 悔しそうに呟いているミスティーアの肩を、スノウホワイトは、そっと抱いた。
 「ミスティーア姫、今は過去に囚われている暇はありません・・・誘拐事件の解決に全
力を注ぎましょう・・・」
 「ええ、ありがとうスノウホワイトさん・・・」
 頷きあうミスティーアとスノウホワイト。
 天鳳姫とスノウホワイトは、民や弱き者を虐げる(悪しき権力者)によって地獄に蹴落
とされたが、反対にミスティーアは、民を守る(良き権力者)を妬む(闇の悪党)である
ガスタークによって奈落に叩き落された。
 弱者を虐げる悪しき権力者・・・良き権力者を妬む闇の悪党・・・
 悪党の種類は違えど、同じ様に悪党に蹂躙された彼女等の思いは同じであった。
 そんな暗い顔の3人に、エルとアルが声をかけてきた。
 「姫様、お城の人達が集まってますわ。」
 「大勢、私達を見に来てますの。」
 その声に、悲しき姫君達は我に帰る。
 エルとアルの2人の言う通り、馬車の周りには大勢の人だかりが出来ていた。衛兵の話
を聞いた城の召使いや兵隊達が集まって来たのだ。
 全員、突然現れたお姫様歌劇団を疑う様子もなく見ている。ミスティーアが衛兵にかけ
たチャームの術の威力は絶大で、術をかけた者の声を聞いた者も、その影響を受けて術中
にはまるのだ。
 衛兵の声を聞いた者は皆、チャームの影響を色濃く受けている。
 「お、大勢来てますわね。ちょっと術が強すぎたかしら?」
 予想以上の効果に戸惑っているミスティーア。衛兵とその仲間を術にかけて城に入るだ
けだったのが、大勢の野郎どもを引き寄せてしまったのだ。
 「まあ、いいアルね。結果オーライのコトよ。」
 御気楽な口調に戻っている天鳳姫がニッコリ笑って馬車から出た。そして、集まった者
達を前にして向上を述べ始める。
 「えー、御集まりの皆様方、本日は突然の来訪に関わらず歓迎してくださって真にあり
がとうのコトでーす。」
 馬車から現れた東洋の淑女に、集まった一同はワイワイと歓声をあげた。
 「おーい、早く歌を聞かせてくれーっ。」
 「お姫様の踊りが見たいよーっ。」
 歓声を上げる一同に、天鳳姫は手を振って答えた。
 「はいはーい、今すぐ準備するアルね。歌う場所に案内して欲しいのコトよ。」
 皆に歓迎されたミスティーア達は、中庭の一角にある石舞台に案内された。この石舞台
は、芸人達が劇や歌を披露する専用の舞台で、いわば野外コンサート場といった場所だ。
 石舞台の前には、チャームの術で魅了された(野郎ども)以外にも、数多くのメイドや
侍女達も集まって来ていた。
 歌劇用の煌びやかな衣装を纏い、石舞台に昇るお姫様歌劇団。
 舞台の前に立つ姫君3人組の後ろには、シンバルを持ったリンリンと、ドラムを持った
ランランが控え、両脇にヴァイオリンを持ったエルとアルが立っている。
 固唾を飲んで見守るバーゼクス城の者達を前にして、歌姫達は恭しく一礼をする。
 「それではみなさま、これよりお姫様歌劇団の歌と踊りを披露させて頂きます。」
 1番前に立っているミスティーアの声を合図に、リンリンとランランがシンバルとドラ
ムを鳴らし始めた。
 タラララ・・・シャンシャン・・・
 軽快な音が響き、それに合わせてエルとアルがヴァイオリンを奏でる。
 その演奏をバックに、3人の歌姫達が可憐な歌声を披露した。その歌声は・・・集まっ
た者達の心を静かに、そして緩やかに魅了した。
 「おお、綺麗な声だ・・・」
 「・・・まるで天使の・・・いや、女神様の歌声だ・・・」
 可憐にして優美なその歌声は、周囲の空気を揺るがし、聞き入るもの全てに爽やかな感
動をもたらした。
 皆、声を潜めて歌に聞き入り、中には感極まって泣き出す者もいた。
 美しい歌を数曲ほど歌い終えた3人の歌姫は、両手に鈴を持って踊り始める。
 シャン、シャン・・・シャシャンッ・・・
 軽やかな鈴の音が響く中、可憐な舞は、時に軽やかに、時に激しく、そして一糸乱れぬ
動きで人々の目を魅了する。
 石舞台でステップを踏む3人は、まるで一心同体となって踊るが如く、息の合った動き
を見せていた。もしここに、歌や踊りの専門家がいれば諸手を上げて彼女等を賛美したこ
とであろう・・・
 魔戦姫は魔界において、気品ある姫君に相応しい様々なレッスンを受けている。
 魔界には、音楽や舞踏など様々な分野で活躍する数多くの者がおり、魔戦姫はそれらの
者達から様々な事を学んでいるのだ。
 今ここにはいないが、魔戦姫最強の格闘術を誇るレシフェもまた、魔界の舞踏家に(最
高の舞姫たるレシフェ姫に御教え出来る事は何もありません。)と言わしめるほどの最高
の舞手であった。
 やがて・・・彼女等の可憐なる歌と舞が終わり、石舞台に集まっていた一同から、割れ
んばかりの拍手が起こった。
 一同の気持ちは1つだった。最高の歌と踊りを見る事が出来て、最高に幸せな気分にな
れたのだ。
 鳴り止まぬ拍手とアンコールのシュプレヒコールを受け、3人の歌姫はスカートの端を
軽く持ち上げて感謝の意を示した。
 「皆様、長らくのご清聴、真にありがとうございます。では皆様のアンコールにお答え
して、もう一曲ご披露致したいと思いますわ。」
 ミスティーアの声に、一同から歓喜の喝采が上がった。
 そんな喝采が響く中庭を、城の高見から見ている2人の人影があった。
 その人影は、バーゼクスを伏魔殿におとしめた張本人であるドクター・デスガッドと、
彼の協力者であるゲルグ司令官であった。
 「フン、アホどもが浮かれやがって・・・少し喝を入れんといかんな。」
 歌や踊りになど全く関心の無いゲルグは、歓声を上げている一同を怪訝な目で見ている。
 「ところで、あの小娘達は何者だ?」
 ミスティーア達に視線を移したゲルグが、手下に尋ねた。
 「はい、あの者達は、お姫様歌劇団とか名乗る旅芸人です。衛兵が勝手に奴等を城内に
引き入れた様子でして・・・あいつ等をどうします?」
 手下の言葉に即答するゲルグ。
 「決まっているだろうが、お姫様かお嬢様か知らんが、どこの誰ともわからん余所者が
城で大きな顔をして良いわけがない、即刻つまみ出せっ。」
 「は、はいっ。」
 ゲルグの命令を即時実行しようとした手下を、デスガッドが止めた。
 「待てっ、あの者どもを追い出すな。」
 「えっ?」
 手下は慌てて戻ってくる。窓の外を伺っているデスガッドを、ゲルグと手下は驚いた顔
で見た。
 「どーしたんだ、ドクター?」
 「うむ、少し気になる事があってな。」
 相変わらず窓の外を伺っているデスガッドを、疑惑の目で見るゲルグ。
 「おいおい・・・まさか、あんたもあいつ等の歌が聞きたいとか言うんじゃないだろー
な?悪い冗談はよしてくれよ。」
 困った顔のゲルグに、デスガッドは向き直った。
 「私も歌や踊りになぞ興味は無いよ。気になるのはあの小娘達だ。あの小娘ども・・・
どうやら私達の事を探りにきたネズミらしい。」
 「なにっ!?ここを探りにきた奴だってっ!?なんでそんな事が判るんだ?」
 デスガッドの言葉は酷い驚愕をもたらした。スパイが乗りこんで来たと言うのもそうだ
が、何よりも根拠もなくそう言うデスガッドの言葉が信じられないからだ。
 「勘だよ、魔道を極めた私の勘に狂いはない。」
 (魔道を極めた)と言う言葉には、無を有に変えてしまう威力があった。デスガッドの
言葉をそのまま聞き入れるゲルグ。
 「それじゃあ、なおさらじゃないかっ。今すぐ奴等を捕まえて・・・」
 いきり立つゲルグを、デスガッドは静かな口調で制した。口調は静かだが、その声には
重苦しさがあった。
 「まあ待ちたまえ。私の見たところ、あの者達はかなりの手練と見た。白昼堂々とこの
城に乗り込んでくる事も、我々を油断させる手段なのだろうよ。それなりに間者としての
訓練も受けているだろうから、今やつらを捕まえてもシラを切るか自害して果てるかだぞ。
奴等を問い詰めるだけ無駄だ。」
 デスガッドの言葉は俄かに信じ難い事だった。只の小娘でありながら、かなりの訓練を
積んだ間者だと言うのだ。それに、何処の世界に昼間から堂々と乗りこんでくるバカがい
るだろうか?そうでなければ、自身の腕にかなりの自信があるか、だ。
 ゲルグは怪訝な顔でデスガッドに聞いた。
 「あんたに文句を言うつもりは無いが、仮にあの小娘どもがスパイだったとして、奴等
をどうするつもりなんだい?あんたの賢明な御意見をお聞かせ願いたいんだがな、魔道博
士様よ。」
 その言葉に、ニヤリと笑う魔道博士。
 「判らんかねゲルグ君。あいつ等を泳がせて、もっと上の奴等を誘き出すのさ。」
 「なるほどね・・・上の奴等とくれば、属国の領主どもだな?シルバーレインかライレ
ルか、それとも・・・」
 あれこれと思考するが、それはすぐに否定された。
 「いいや、そんなチンケな奴等の間者じゃない。もっと別の奴だ。そう・・・別のな。」
 「別の・・・だって?なんだそれは。」
 意味ありげな言葉に、ゲルグも手下も困惑している。
 スパイを送りこんでくる存在が考えられる組織としては、バーゼクスを快く思っていな
い属国が一番だ。それに若い娘を誘拐した国はバーゼクスやライレルだけではないので、
誘拐事件の起きた国の者が、疑わしきを思ってここにスパイを送りこんできたとも考えら
れるが、そのどれでもないとデスガッドは言うのだ。
 しかも、属国の領主達をチンケな奴と揶揄している事から、かなりの大規模な組織と言
う事になる。
 では、そのスパイを送り込んで来た組織とは一体?
 「じゃあ、あんたは奴等の正体が判ったのか?」
 「ああ、大体だがな。」
 疑問は残るが、デスガッドは勿体つけたように、その答えを自分の胸の内に隠した。
 「いずれその答えは君も知る事になるだろう。悪いが、今の所は奴等を泳がせておいて
くれ。その代わり、奴等には監視をつけて行動の逐一を私に伝えてくれないかね。」
 ゲルグは納得のいかない顔をしていたが、やがて仕方なさそうに溜息をついて笑った。
 「わかったよ。とりあえず、あんたの仰せに従っておこう。小娘達には俺の部下を監視
につけて、小娘が何をしているかは全てあんたに言うよう命令しておく。それでいいんだ
な?」
 その問いに、デスガッドは満足した顔になる。
 「フフ、それでいい。頼んだよゲルグ君。」
 「では早速、部下に言ってくる。」
 そう言うと、部屋にいた手下を引き連れ、足早に部屋を出て行った。
 後に残ったデスガッドは、再び窓の外に視線を移した。
 窓から中庭を見れば、お姫様歌劇団のメンバーが、大勢の城の者達に囲まれて祝福を受
けている。
 その姿を、薄笑いを浮べて見るデスガッド。
 「ククク・・・間違い無い、奴等の正体は・・・」
 そう呟きながら、彼は懐から石のような物を取り出す。それは・・・巨大な宝石であっ
た。大きさにすれば直径10cmはあろう代物で、青く透き通った宝石からは鈍い光が放たれ
ていた。
 デスガッドは宝石を窓側にかざし、透き通った宝石を通してお姫様歌劇団のメンバーを
1人1人見ている。
 「やはり、私の目に狂いは無かった・・・いつか必ず来るとは思っていたが、随分と早
いお出ましではないか・・・魔戦姫ども・・・」
 彼の口から、魔戦姫の言葉が漏れた。彼は知っていたのだ・・・彼女等の存在を、闇の
者しか知り得ないその名を・・・
 
 その頃、ミスティーア達は城の者から沢山の食料やお金を贈ってもらっていた。ミステ
ィーアが衛兵に(私達は明日の食事にも事欠く有様なのです。)などと言ってしまった為、
それを真に受けた城の者達が同情して持ってきてくれたのだ。
 「さあ、遠慮無く受け取ってくれっ。これだけあれば当分は路銀に困らないだろう。」
 「毛布を持ってきたよ、寒空の下で寝るのは大変だろうからね。」
 手に手に贈り物を抱えて詰め掛ける人々に、嬉しいやら迷惑やらゴチャ混ぜになった顔
で笑っているミスティーア達。
 「あはは、あ、ありがとうございますね・・・。」
 人々は皆、美しき歌姫に限りない賛美を贈っている。その中でも、感涙に咽びながら一
番の賛美贈っているのは、先程ミスティーアにチャームの術をかけられていた、色黒の衛
兵であった。
 「あんな素晴らしい歌と踊りは始めてだっ、あんた達は最高の歌姫様だっ、感動した〜
っ!!」(○泉首相の口調で)
 一抱えもあるバラの花束を持って来た衛兵は、目を潤ませながら歌姫達に駆け寄ってき
た。
 喜んだ顔で花束を受け取るスノウホワイト。
 「まあ、綺麗なお花・・・これを私達に?」
 「そうだよ、町の花屋まで走って買ってきたんだっ。是非とも、あんた達に受け取って
もらいたくてさっ。」
 先ほど、ミスティーアを追い返そうと怒鳴っていた態度はどこへやら、すっかりチャー
ムの毒気(?)の虜になっている。
 「ほら、あんたにも。そこの男の子も。それと、いかつい兄さん達も・・・」
 顔をニコニコさせながら、天鳳姫とエル、アル、そしてリンリン、ランラン達にバラを
手渡した。無論、彼は4人が実は女だと言う事に全く気がついていない。
 さっき衛兵にアカンベーをしていた天鳳姫は、複雑な顔でバラを受け取った。
 「なーんか素直に喜べないアルね。」
 「姫様、気にしなくていいズラ。このバラ、とっても良い匂いズラ〜。」
 「あんたね、その格好で悶えないでくれる?気持ち悪いからさ。」
 いかつい用心棒の格好で喜んでいるランランを見て、思わず顔をしかめるリンリン。
 天鳳姫達にバラを渡し終えた衛兵は、最後に残ったミスティーアにバラを渡した。その
顔は、少し申し訳なさそうになっている。
 「そ、その・・・さっきは悪かったよ。あんたに帰れとか、金を稼ぎたいなら体を売れ
とか酷い事言って・・・本当にゴメン。仲直りしたいんだ、握手してくれないか?」
 オズオズと差し出しだされたごっつい手に、ミスティーアは思わずたじろいだ。
 「あ、あの・・・」
 「ダメかな?俺の手、汚いかなあ・・・」
 「い、いいえっ。そんな事は無いんですけど・・・」
 愛想笑いをするミスティーアは、衛兵と手を触れる事を恐れていた。
 闇の者である彼女の闇の波動の影響で、衛兵の心が闇に堕ちないかと心配していたのだ。
 魔戦姫になったばかりの頃の彼女は、闇の波動を制御する術を持っていなかったのだが、
今は厳しい修練によって闇の波動を制御する能力を身につけたので、普通の人間と肌を合
わせても大丈夫である。しかも闇の魔王からもらった、力を制御する指輪もつけているか
ら全く心配はないのだが、それでも不安なのだ。
 なにしろ・・・彼女の兄、アドニスの体に触れてから以来、普通の人間に触れた事が無
かったから・・・
 固唾を飲み、恐る恐る衛兵の手を握るミスティーア。
 「だ、大丈夫だわ。」
 安堵の溜息をつく、衛兵は少し照れた顔でミスティーアを見ている。全く問題は無かっ
た。
 手を握っている衛兵は、急にモジモジしながらミスティーアに尋ねてきた。
 「あの・・・よかったら、その・・・あんたの名前を教えてもらえないか?」
 「えっ?」
 名前を尋ねられ目が点になった。まさか、名前まで尋ねてくるとは・・・
 「わ、私はその・・・ミィです。」
 「ミィさん?良い名前だね、覚えとくよ。俺はボビーって言うんだ。」
 「ボビーさんですね、覚えておきますわ。」
 名前を覚えてもらった衛兵ボビーは、色黒の顔を綻ばせて頷いた。
 「ありがとう、ミィさん。じゃあね。」
 手を振りながら去って行くボビー。その後姿を無言で見ているミスティーア。
 その後ろから、天鳳姫が声をかけてきた。
 「何、ボーっとしてるアルか?ミィさん。」
 「わっ!?、あのその・・・ビックリするじゃないですか。」
 嫌味な口調で(ミィさん)と呼ばれ、驚いた顔をしている。そして、(ミィさん)の名
前を聞いたスノウホワイトは、ハルメイルがミスティーアを(ミーちゃん)と呼んでいる
事を思い出した。
 「ミィさんって・・・確かハルメイル様がミスティーア姫につけた愛称でしたわね・・・
」
 「ええ、そうなの。本名を言う訳にいかなかったから、つい・・・」
 魔戦姫である彼女は、自身の本名を明かすわけにはいかないのだ。困ったミスティーア
は、とっさにハルメイルが使っている愛称を名乗ったのであった。
 「それにしてもあのアンポンタン、ワタシ達の事(貧乏芸人)と言ったのすっかり忘れ
てるアルね。」
 衛兵の任務の為に、外門に戻って行くボビーに文句を言う天鳳姫。
 そして、城の者達が去って行った後、彼女等に大変な問題が起きてしまった。なんと・・
・城の者達がくれた贈り物が、彼女等の前に山積みになっているのだ。
 「あーあ、これどうするんですの姫様。」
 「こんなに沢山もらっても仕方ないですわ。」
 やれやれといった表情で、沢山のプレゼントに溜息をつくエルとアル。
 「あんなウソつくんじゃなかったですね。どうしましょうか、これ。」
 「城の人達も、限度ってものを知らないアルね。」
 困っている顔のミスティーアと天鳳姫だったが、スノウホワイトだけは(とっても)喜
んでいた。
 「何を言うのですか。これほどの贈り物をしてくださった皆さんは、きっと良い人達で
すわっ・・・ああ・・・この贈り物を貧しい方々に差し上げれば・・・きっと喜んでくだ
さいますわっ。皆さん・・・本当にありがとう・・・」
 両手を組み、涙を流して喜んでいるスノウホワイト。
 彼女は人間界に身を置いていた頃、孤児の面倒を見たり、貧しい者や身寄りの無い者に
施しを行なうなどしていた心優しい姫君だった。
 魔戦姫となった今でも、貧しい人々へ密かに金品や食料などを送り届けており、それに
よって多くの人々が救われているのである。
 しかし現段階では、お姫様歌劇団ご一行に救いの手が必要だった。
 「あのー、スノウホワイトさん。喜ぶ以前にこの大量の贈り物を、どーやって運べばい
いか考えて欲しいのコトよ。モシモシ?聞いてるアルですかー?」
 「ダメですよ姫様。スノウホワイト様、すっかりあっちの世界に飛んでますから。」
 リンリンに言われて、渋々納得する天鳳姫。
 「はあ〜、結局ワタシ達が運ぶのアルか、まったく・・・」
 魔法で荷物を運ぶわけにも行かず、とりあえず全員で直接運ぶ事になった。
 だが、彼女等は全く気がついていなかった、知る事は出来なかった。
 彼女等を邪悪な目で見ている存在に、そしてこれから降り掛かって来る恐ろしい策略と
陵辱の恐怖に・・・



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