魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第一話14


   ミスティーアの旅立ち
ムーンライズ

 アドニスは悪夢にうなされていた。
 凶悪なガスターク一味が会場の人々を蹂躙し、全てを奪っていく。そして・・・アドニ
スの最愛の妹、ミスティーアが彼の眼前でガスタークに辱められる・・・
 「いやあああーっ・・・助けてえ・・・アドニスにいさぁん・・・」
 ミスティーアは叫び声をあげてアドニスに助けを求めている。
 「やめろおおおっ!!」
 絶叫するアドニスがガスタークに飛び掛ろうとした、が、周囲から現れた手下達がアド
ニス目掛けてクロスボウの矢を放った。
 「うわあっ!!」
 全身に矢を浴びたアドニスは床に転げ、群がった手下達に袋叩きにされる。
 「やめてーっ、アドニス兄さんをイジメないでぇーっ!!」
 泣き叫ぶミスティーアを、悪漢ガスタークと手下達は容赦無く陵辱する。
 「ギャハハーッ、泣けっ、もっと泣けーっ!!」
 ミスティーアを強姦しながら、ガスタークは嘲笑った。そして手下達も下劣な声で笑う。
 ボロ雑巾状態のアドニスは懸命に立ち向かおうとするが、もはや立つ事すら出来ない。
 そんなアドニスに、ガスタークの凶銃が向けられる。
 「クタバレ、ガキが。」
 ガスタークの狂った目が邪悪に光る・・・
 アドニス絶体絶命・・・その時である!!
 「うわあああーっ!!」
 ミスティーアが凄まじい声をあげる。そして、彼女の全身から紅蓮の炎が巻き起こった。
 紅蓮の炎は刃となって手下達を切り裂き、焼き尽くした。
 炎に包まれたガスタークが、火ダルマになって転がる。
 そのガスタークに、炎の化身となったミスティーアが迫った。
 「よくもーっ、よくもアドニスにいさんをーっ!!」
 紅蓮の炎は燃え上がる巨獣となり、ガスターク一味を踏み潰した。
 真っ赤な、灼熱の炎が全てを焼き尽くす・・・
 揺らめく炎の中に佇むミスティーアを、アドニスは呆然と見つめた。
 「み、ミスティーア・・・これはいったい・・・」
 呟くアドニスの前に、炎の中からミスティーアが歩み寄ってくる。一糸まとわぬその姿
は、あまりにも美しい。そして・・・その優しい微笑みは、とても穏やかである。
 「・・・アドニス兄さん・・・」
 歩み寄るミスティーアは、傷ついたアドニスの体にそっと手を触れる。アドニスの体に
刺さった矢が抜け落ち、傷は全て癒されていく。
 「ミスティーア・・・お前は・・・」
 呆然とするアドニスに、ミスティーアは微笑みながら抱きついた。
 「アドニス兄さん・・・愛してる・・・大好きよ・・・」 
 アドニスの体に、愛しい妹の温もりが伝わってくる。そして・・・アドニスは妹を抱き
しめた。
 2人はガスタークに対する怒りも憎しみも忘れ、ただ抱きあい、唇を重ねあった。
 「無事だったんだねミスティーア・・・僕もお前が一番好きだよ・・・愛してる・・・
離すもんかっ、一生離すもんかっ。」
 泣きながらアドニスは妹を抱きしめた。いつまでも一緒だ、いつまでも・・・
 だが、悲しそうな目でアドニスを見つめるミスティーアの口から、あまりにも悲しい言
葉が漏れた。
 「お別れよ・・・さようなら・・・アドニス兄さん・・・」
 呟いたミスティーアは、ゆっくりと立ち上がりアドニスから離れ始めた。
 「ミスティーア?お別れって・・・どう言うことだよ・・・」
 呆然とするアドニスの前から、愛しい妹はどんどん遠ざかっていく・・・
 「待ってくれっ、どこへ行くんだっ!?」
 叫びながら妹を追いかけるアドニスだったが、ミスティーアに追いつけない。ミスティ
ーアが向かっている先には、暗い闇があった。その中に、巨大な人影が出現する。
 その人影の正体は・・・闇の魔王だった。
 驚愕するアドニスは、魔王に引き寄せられていくミスティーアを助けようと懸命になっ
て走った。
 でも、ミスティーアに辿りつけない、助ける事が出来ない。
 「ミスティーアッ、ダメだっ、いくなあーっ!!」
 走り寄るアドニスに、ミスティーアの声が届く。
 「・・・大好きなアドニスにいさん・・・愛してるわ・・・ずっと・・・ずっと・・・」
 それがアドニスの聞いた、愛する妹ミスティーアの最後の言葉となった。
 そして、アドニスの視界からミスティーアの姿が消えた。
 「ミスティーアアアッ!!」
 暗闇に悲しい叫びが響く・・・
 
 「ミスティーアッ!!」
 城の会場に、アドニスの絶叫が響いた。叫びながらアドニスは飛び起きた。
 「う・・・ここは?」
 そこは先程までの暗闇ではなかった、晩餐会が行われた会場だ。キョロキョロと周りを
見たアドニスの周囲に、大勢の人が集まっている。
 彼の両親である領主夫妻と、アドニスの兄達、そして来賓や召使い達であった。
 「おおっ、アドニスが目を覚ましたぞっ!!」
 ミケーネル領主が、目覚めた息子を見て喜びの声を上げる。それと同時に周囲の一同も
歓喜の声を上げた。
 そしてアドニスの母親である王妃が、我が子を抱きしめた。
 「アドニス・・・よかった、もう目を覚まさないかと思ったわ・・・」
 、戸惑いの表情を見せるアドニスに、泣きながら頬をよせる母親。
 「お前はずっと眠っていたのよアドニス。私達は早くに目覚めていたけど、お前だけが
目を覚まさなくて・・・心配したのよ・・・」
 「母上・・・それに父上、兄上・・・生きておられたんですかっ!?」
 戸惑いは驚愕、そして喜びに変わった。
 みんな生きている、ガスタークに息の根を止められていた父や母、そして兄達が生きて
いるではないか。
 「よかったっ・・・よかった・・・」
 喜びたいが、うまく表現できない。
 無理もない、ガスターク一味に襲撃された父達が、皆無事なのだ。
 困惑している息子に、ミケーネル領主は事の説明をした。
 「アドニス・・・信じられんだろうが、襲撃してきた奴等が全滅してるんだ。1人残ら
ずに・・・」
 「えっ!?どういう事ですか。」
 「あれを見てみろ。」
 領主が指差す方向に、累々たるガスターク一味の亡骸が転がっていた。
 ガスターク一味の亡骸は凄惨と言えるほどの様になっており、ガスターク一味で生きて
いる者は皆無であった。
 ある者は鋭利な刃物で切り裂かれた様にバラバラになり、またある者は、巨獣に踏み潰
されたかの如くペチャンコになっている。
 晩餐会が開かれていた会場は、悪党のガスターク一味によって蹂躙されメチャクチャに
なっているが、その有様はどこか変だった。壁や床が大きく凹んだり崩れたりしているの
だ。
 (砲撃の跡とかは消されており、魔戦姫の存在を察知される証拠は一切無い。)
 それは略奪による破壊とは明らかに違っていて、激しい戦闘の末にガスターク一味は全
滅させられたのがわかる。
 「誰がガスターク達を?奴等の悪行に神様が天誅を下されたんじゃ・・・」
 「いや、神がこんな惨い事をする筈が無い。悪魔の仕業としか思えん。」
 凄惨な有様に、困惑した顔で首を振るミケーネル領主。
 それと、不思議な事がもう1つある。助かった者の傷が全て癒されている事だ。
 確か・・・領主はガスタークの凶弾を眉間に浴びせられて倒れたはずだった。致命的な
一撃を受けながら、領主は何故か生きている。
 「アドニス・・・お前もそうだが、私はガスタークとか言う悪党どもの親玉に頭を撃た
れた筈なのに、何故か傷も消えて助かっている。他の者も全員同じだ、一体何が何だかさ
っぱりわからん・・・」
 何者かがガスターク一味を殲滅し、アドニス達を助けてくれたのは事実だった。
 だが、一体誰が?
 その答えを知る者はここにいない。
 戸惑っていたアドニスは、最も大切な事を思い出した。
 ミスティーアは?愛する妹はどうしたのだ?
 「父上っ、ミスティーアはっ!?」
 アドニスの声に何故か、その場にいた一同が表情を曇らせた。
 そして、消えそうな声でミケーネル領主は答えた。
 「・・・ミスティーアはいない・・・」
 「えっ?」
 「ミスティーアはどこにもいないんだ・・・召使いや来賓の方々にも協力してもらって
城中を捜したんだが・・・どこにもいなかった・・・侍女のエルとアルと一緒にいなくな
ってしまった・・・」
 泣きそうな声で答える父に、アドニスは声を上げて反論する。
 「ミスティーアはガスタークに連れ去られたんですっ。あの悪党はどこにっ!?奴を見
つけ出してミスティーアを助けなくてはっ・・・」
 だが、父親は首を振って否定した。
 「ガスタークなら、さっき見つかったよ。桟橋で焼け焦げた姿でな、奴の持っていた銃
が近くに転がっていた。服の切れ端でも奴だという事が判明した・・・ミスティーアは奴
に連れ去られていなかった・・・」
 ミスティーアは本当に消えていたのだ、何処とも無く。
 悲しい父の言葉に目の前が真っ暗になるアドニス。
 「ウソでしょう?・・・父上・・・ウソだと言ってください・・・」
 「こんなウソが言えるものか・・・ミスティーアは・・・ミスティーアは・・・」
 アドニスの肩を掴んだ父の両目から大粒の涙が流れる。それは他の者も一緒だった。
 「ああ・・・ミスティーア・・・どこへ行ってしまったの・・・」
 泣き崩れる母、そして兄達、周囲の全ての人々・・・
 「ウソだ・・・そんなのウソだ・・・」
 激しく首を横に振るアドニス。
 「うそだあああーっ!!」
 「あ、アドニスッ!?どこへ行くんだっ。」
 走り出すアドニスの後ろから父の声が響いた。それを無視し、会場から飛び出していく
アドニス。
 走って行く彼を、誰も止める事が出来なかった。その姿は余りにも悲しすぎたから・・・
 「ミスティーア、どこにいるんだっ、僕だよっ、アドニス兄さんだっ!!」
 アドニスは探した、愛する妹を呼びながら・・・城の中を半狂乱になって探し続けた。
 ミスティーアは生きている、何処かに逃げ込み、アドニスが助けに来てくれるのを泣き
ながら待っているはずだ。
 僕が助けて見せる・・・必ず探し出して見せる・・・
 泣きじゃくるアドニスの心に、明るくて、可愛くて、優しいミスティーアの笑顔が走馬
灯の様に浮かんでは消えた。
 城の中を隅から隅まで全て探した、でも・・・ミスティーアは居なかった。
 そして、アドニスは城の最上階にまで登って来た。最上階のテラスに出て来たアドニス
は、そこから周囲を全てを見回した。
 城は静まり返り、昨夜の惨劇がウソの様であった。
 テラスから一望する海の水平線から朝日が昇っている。
 朝日に照らされた城が雄大な姿を浮かばせており、上空の空は切ない程に青く、悲しい
程に晴れていた・・・
 アドニスの心に虚空が広がった、余りにも空しい虚空が広がった・・・
 「ミスティーア・・・」
 青い空に優しく微笑むミスティーアの笑顔が浮かび、そして消えて行った・・・
 彼は、アドニスはその時始めて理解した。愛する妹は、ミスティーアはもういないのだ
と、2度と会えなくなったのだと・・・
 「そんなのウソだ・・・お前がいなくなるなんて・・・いやだ、そんなの・・・いやだ
っ、いやだあ・・・」
 ヘナヘナと膝を付き、そして・・・声を上げて泣き叫んだ。
 「うわあああーっ!!戻ってくれーっ!!ミスティーアアアーッ!!」
 アドニスの悲しき声は、何処までも広がる空に吸い込まれていった。
 
 城の上空に、人間の視界には映らない4つの人影が浮かんでいた。それは黒い翼を広げ、
空に浮かんでいる。
 黒い翼を広げる人影の前には、3人の娘が悲しそうに佇み、テラスの床に突っ伏して泣
き叫んでいるアドニスを見ていた。
 「アドニス兄さん・・・」
 その娘の1人はミスティーアだった。黒い翼の人物リーリアに連れられて城の上空に来
ていたのである。
 その彼女の両脇には、エルとアルもいる。2人も悲しそうにアドニスを見ている。2人
は、ミスティーアを振り返った。
 「姫様・・・」
 ミスティーアは流れる涙を拭おうともせず、2度と会えぬ悲しみに耐え、ただ無言でア
ドニスを見ていた。
 リーリアは、そのミスティーアの肩にそっと手を置き、寂しそうな声で尋ねた。
 「ミスティーア姫・・・あなたは、私を恨んでいますか?」
 リーリアの言葉に、ミスティーアは振り返る。
 「え・・・?」
 「貴方とアドニス殿下を引き離したのは私です、貴方を闇の世界に引き込まなければ、
貴方と彼は別れることは無かった・・・私は貴方に恨まれて当然の事をしたんですから、
どんなに恨まれても私は全て受け入れましょう。」
 静かにそう言うリーリアに、ミスティーアは首を横に振った。
 「いいえ・・・悪いのはガスターク達です、貴方のせいではありません。貴方が私を闇
に引き込まなくても、彼等に対する憎しみで私は闇に堕ちていました、アドニス兄さんと
別れる事になっていました・・・これは運命だったんです・・・恨むなんて悲しい事は言
わないで・・・」
 そう答えたミスティーアは、リーリアの胸に顔を埋めた。そんなミスティーアの顔を、
そっと手で撫でるリーリア。
 「ありがとう、ミスティーア姫・・・」
 リーリアの胸は暖かく柔らかで、心安らぐ心音が聞こえてくる。彼女が悪魔だとは信じ
られない。誰よりも人の悲しみを知る、心優しき悪魔なのだ。
 抱き合う2人に、エルとアルが近寄って来る。
 「姫様、寂しくはありませんわ。」
 「そうですの、私達が一緒にいますの。」
 エルとアルもミスティーアに抱きついた。そして、4人はもう一度アドニスに目を向け
る。
 テラスで突っ伏していたアドニスが、ゆっくりと立ち上がる。その顔は悲しみに暮れて
いたが、足取りは確かだった。
 その姿には、悲しみに打ち勝とうとする彼の強い意思が込められている。
 その姿を見ながら、リーリアは呟いた。
 「アドニス殿下は、あの方は強い方です・・・きっと、立ち直られるでしょう。」
 「はい、アドニス兄さんは・・・誰よりも強く、優しいから・・・」
 頷きながら、ミスティーアは涙を拭った。
 きっと・・・きっとアドニス兄さんは立ち直ってくれる・・・
 そう信じているミスティーアだった。
 無言で佇むミスティーア達の横から、8つの人影が出現し周囲に集まって来た。
 レシフェや天鳳姫、スノウホワイトの魔戦姫達だ。
 「ミスティーア姫、どんな時でも私達が貴方の味方ですよ。」
 「そうアルよ、ミスティーアさん守ってあげるのコトね。」
 「悲しい事があれば、いつでも慰めてあげますわ・・・」
 優しく告げる魔戦姫達の手を、ミスティーアは喜びに満ちた顔で握った。
 「ありがとう・・・私は貴方達の仲間です、これからずっと・・・」
 その声に、一同は優しく頷いた。
 そしてリーリアは朝日を見つめて呟いた。
 「私達は光の下で生きる事が許されぬ存在・・・人に知られてはならない存在・・・そ
れでも私達は戦うのです、罪なき方々を悪の手から守るために・・・」
 悲しき宿命を背負う魔戦姫達。彼女等には飽くなき戦いの日々が待ち受けている。
 だからこそ、彼女等は強く結ばれているのだ。悲しき宿命に立ち向かうために・・・
 「さあ、行きましょう、ミスティーア。」
 「はい、リーリア様。」
 頷きあうリーリアとミスティーア。
 黒き翼が翻り、魔戦姫達は朝日の中に消えて行った。
 ミスティーアの新たなる旅立ちの始まりであった。
 これから先に、様々な困難が彼女を待ち構えているだろう。でも、彼女には頼もしい仲
間がいる。優しい仲間がいる。
 新たなる魔戦姫は、仲間達と共に全ての困難に立ち向かっていくだろう。
 新たなる魔戦姫・・・
 彼女の名はミスティーア、炎の魔戦姫ミスティーア。

 魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)
             第1話 END




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