魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第一話13


   アドニスとの別れ
ムーンライズ

 魔城の前にあるゲートを潜ったリーリアとミスティーアは、人間界へと戻るべく先を急
いだ。
 どこまでも続く暗黒のトンネルを進みながら、ミスティーアは無言のリーリアの後姿を
見ていた。
 「あの・・・」
 口篭もった声でリーリアに声をかけると、リーリアは視線をミスティーアに向けた。
 「何ですか?」
 「もしかして・・・私とアドニス兄さんを助けたために、あなたは危ない立場に立たさ
れたのでは・・・」
 ミスティーアの言葉に、リーリアは僅かに沈黙した。
 リーリアがヴァルゼアとガロンと対立してしまったのは、自分のせいではないかとミス
ティーアは心配していたのだ。
 その心情を察したリーリアは、優しく微笑んで答える。
 「あの2人とは以前から対立していましたの、貴方のせいではありませんよ。貴方とア
ドニス殿下を助けたのは私の意思です。むしろ私が、貴方達を無用な抗争に巻き込んでし
まった事を謝らねばなりません。」
 その言葉には、ミスティーアに心配をかけまいとするリーリアの優しさが込められてい
た。
 これからリーリアに降り掛かって来る火の粉は、今まで以上に熾烈な事になるのは目に
見えている。リーリアはそうなる事をわかっていながら、あえてミスティーアとアドニス
を助けたのだった。
 ミスティーアは重い口を開く。
 「本当に・・・ごめんなさい・・・」
 リーリアの気遣いはミスティーアに痛いほど伝わっている。感謝の言葉を言いたいが、
感謝よりも陳謝の言葉が先に出てしまうミスティーアだった。
 そんなミスティーアを、リーリアは愛しそうな目で見ている。
 そして、暗闇のトンネルは終点に近付いた。
 間も無く・・・人間界へと彼女等は到着する。
 
 同じ頃、ミケーネル城の会場では、レシフェを始め、魔戦姫のメンバーがリーリア達の
帰還を今か今かと待っていた。
 「遅いですね・・・」
 ソワソワした表情のレシフェが、リーリア達の入って行った魔界のゲートをじっと見て
いる。ゲートは今だ開く様子はなく、リーリア達の安否も定かではない。
 暗黒と恐怖を統括する闇の魔王に(人間の命を救ってくれ)と嘆願するなど、無謀以外
何物でもない。
 魔戦姫達は心配していた。2人が魔王の怒りに触れてしまい、酷い目にあわされている
のではないかと。
 不安を隠せないレシフェの横では、相変わらず能天気な表情の天鳳姫と、のん気な顔の
スノウホワイトが立っている。
 「心配ないのコトよ、リーリア様じきに帰ってくるアルね。心配ばかりしてたらお肌が
荒れるアルよ。」
 その言葉に、のんびりした性格のスノウホワイトは、ニコニコ笑いながら同意する。
 「そうですわよ、レシフェ姫。心配しても始まりませんから。」
 「もう・・・2人ともお気楽なんだから。」
 レシフェは、苦笑いしながら天鳳姫とスノウホワイトを見た。
 「何事もお気楽に構えるのが1番のコトね、果報は寝て待てってお師匠様も言ってたの・
・・んきゃ!?」
 急に天鳳姫が声を上げて転倒した。能天気に口上をのたまわっていた天鳳姫は、足元に
横たわっている召使いの体に蹴つまづいてしまったのだ。
 「だ、大丈夫なの?」
 「オホホ・・・ダイジョウブ、大丈夫・・・ワタシは何も心配ないの・・・あら?」
 ヘラヘラ笑っていた天鳳姫は、召使いが目を覚ましそうになっているのを見て飛び跳ね
た。
 「アイヤ〜ッ、目を覚ましたらダメのコトよっ!!早く寝るアルよーっ!!」
 大騒ぎしながら召使いを眠らせる天鳳姫。
 その姿を見ながら、レシフェとスノウホワイトは呆れた顔になる。
 「何だかんだ言って、天鳳姫が1番焦ってませんか?」
 「ええ、まったくですわねー。」
 ウンウンと頷きあうレシフェとスノウホワイト。
 でも、天鳳姫の一連の行動でレシフェ達の心配が和らいでいる事は事実だ。魔戦姫達の
ムードメーカーでもある天鳳姫が、わざとお間抜けな行動をとって仲間達の気持ちを和ら
げているわけである。
 やがて、魔界のゲートが揺らぎ、中からリーリアとミスティーア、そして眠っているア
ドニスが現れた。
 帰ってきたリーリアに慌てて駆け寄る魔戦姫と侍女達。
 「お、御帰りなさいませっ。」
 真っ先にリーリアに歩み寄ったレシフェが、リーリアの安否を確認する。
 「り、リーリア様っ・・・ご無事でありましたかっ!?」
 レシフェの問いにニッコリと笑って答えるリーリア。
 「ええ、無事ですわよ。アドニス殿下は魔王様の御力で復活いたしました。ミスティー
ア姫が魔王様に嘆願して、その願いを叶えてもらったのです。何もかも、滞り無く済みま
したわ。」
 「よかったっ!!魔王様が御慈悲をくだされたのですねっ。」
 待ちわびていたリーリアの帰還を喜ぶ一同。リーリアもミスティーアも変わり無く、出
発する前は幽鬼のような有様だったアドニスも無事復活を遂げている。
 嘆願が成功したのだ、魔王がリーリアとミスティーアの願いを聞き届けてくれたのだ。
 無事を喜んでいるのはレシフェだけではない。
 ミスティーアの無事を、エルとアルの2人も喜んでいる。
 「ひめさまーっ。」
 「エルッ、アルッ。」
 走り寄ったエルとアルが、ミスティーアの顔に頬を摺り寄せて泣きじゃくった。
 「あーん・・・姫様が魔王に苛められるんじゃないかと思ってましたわーっ。」
 「えーん・・・姫様が魔王に食べられるんじゃないかと思ってましたのーっ。」
 「ごめんなさい・・・心配かけて・・・」
 2人の頭を撫でるミスティーア。
 そんな3人を、リーリアと魔戦姫達が安堵の顔で見ている。
 ミスティーア達を見ていたレシフェは、リーリアとミスティーアがどうやって魔王から
嘆願を取りつけたか疑問に思って尋ねた。
 「魔王様がそう簡単に御慈悲を下さるとは思えませんから、魔王様への嘆願はかなりの
困難があったのでは?」
 レシフェの問いに、リーリアは笑って答えた。
 「心配性ですわねレシフェは・・・何も困難などはありませんでしたよ。魔王様は快く
願いを聞いて下されました。魔王様は、ね。」
 本当は危機的な事の連続であったが、魔戦姫の長は、それらを感じさせる様子は一切な
く笑顔を浮べている。
 「そうですか・・・」
 胸を撫で下ろすレシフェだったが、彼女は何と無く悟っていた。リーリアが自分達に心
配かけまいとしている事に。
 それにリーリアの言葉の最後(魔王様は、ね。)には、魔王以外の存在がリーリア達の
妨げをしていた事の意味が込められている事も理解していた。
 「また・・・あの2人が邪魔したのですね・・・」
 小さな声で呟くレシフェ。
 「何か言いましたか?」
 「あ、いえ。何でもありません、何でも・・・」
 慌てて口を閉じるレシフェ。
 ガロンとヴァルゼアが難癖をつけてきた事を女の直感で察したレシフェだったが、リー
リアの心情を考慮したレシフェは自分達の長に、それ以上何も聞こうとはしなかった。
 ただ、今は・・・リーリア達が無事に帰ってきた事を無条件で喜びたかった。
 それは他の魔戦姫も同様である。皆、諸手を上げて喜び合っている。
 喜んでいる魔戦姫達の声を聞きながら、会場の様子を伺うリーリア。
 会場に横たわっている領主夫婦や子息、そして来賓の貴族も、城で働いていた者達も皆、
何事も無かったかのように眠っている。
 海賊船の砲撃で壊された壁も応急処置が施されており、フロイライン・ギャラホルンを
使用しての砲撃戦を展開した痕跡は全て消されていた。
 リーリアが魔界に行った後に、魔戦姫と侍女が自分達の戦闘の痕跡を処理していたので
ある。城を完全修復する事は出来ないが、自分達の存在を察知されるような痕跡は一切残
していない。
 魔戦姫と侍女達の働きに、感謝の言葉をもって労う魔戦姫の長。
 「証拠隠滅は済みましたね、ご苦労様でした。貴方達の働きには感謝しますよ。」
 「はい、勿体無いお言葉であります。」
 深く頭を下げる一同。
 そしてスノウホワイトが、運ばれてきたアドニスの様態を確認する。全く問題は無い、
傷も癒されスヤスヤと寝息を立てて眠っている。
 「・・・これで皆さん全員無事に元へと戻られましたね・・・」
 安堵の溜息をつくスノウホワイトだったが、ミスティーアの悲しそうな呟き声を聞いて
ハッと振り返った。
 「アドニス兄さん・・・お父様・・・お母様・・・」
 ミスティーアは悲しんでいる・・・
 いくら最愛のアドニスが復活しても彼女は喜べない。アドニスや両親と無事を分かち合
う事が出来ないのだ。
 今すぐにアドニスや両親を起こし、抱き合って喜びたかった。無事な自分を抱きしめて
欲しかった。でも・・・出来ないのだ。
 闇に肉体を支配されているミスティーアの体に触れた者は、闇の波動によって精神を破
壊されてしまう。
 それに・・・魔戦姫となったミスティーアは、(表の者)である肉親に姿を見せる事は
出来ない。
 悪魔に成り果てた彼女を見れば、肉親がどれだけ悲しむ事か・・・
 悲しみに沈むミスティーアの肩を、スノウホワイトはそっと抱いた。
 「ミスティーア姫・・・貴方の悲しみはわかりますわ・・・とても愛していたんですね、
ご家族の事・・・」
 スノウホワイトの声に、ミスティーアはコクンと頷く。
 「せめて・・・みんなの体に触れることが出来れば・・・」
 悲しく呟くミスティーアに、リーリアが歩み寄って来た。そして、彼女に手を差し出す。
 「ミスティーア姫、これを御覧なさい。」
 広げられたリーリアの手の平には、黄金に輝く指輪が乗せられている。それを見たミス
ティーアは、困惑した顔でリーリアに尋ねる。
 「これは・・・なんですか?」
 「この指輪は魔力の強すぎる者が、魔力を制御するために使用する魔界でも数少ないア
イテムの1つです。実は・・・貴方の心情を理解された魔王様が、せめてミスティーア姫
が御両親の体に触れる事が出来る様にと私に預けてくれたのです。」
 驚きの表情を見せるミスティーア。
 先程、魔王が去り際にリーリアに投げてよこした物が、この指輪であった。魔力を制御
するこの指輪なら、ミスティーアの体から発せられる闇の波動を抑える事が出来るのだ。
 闇の魔王は、悲しむミスティーアに対して、せめてもの情けをと思い、リーリアに託し
たのであった。
 あの恐ろしい魔王が、そんな優しい心配りをしていたとは・・・
 驚いているミスティーアに、リーリアは優しく声をかけた。
 「さあ、受け取りなさい。そして・・・御両親を、そしてアドニス殿下を抱きしめてお
あげなさい。今だけですよ、御両親に触れることが出来るのは・・・」
 そう、ミスティーアが肉親に触れることが出来るのは、彼等が眠っている今だけだ・・・
 黄金の指輪を受け取ったミスティーアは、それを指に嵌めて両親と、兄達、そしてアド
ニスを見た。
 「お父様・・・」
 恐る恐る父親に歩み寄り、その手を握った。父の手から暖かい温もりが伝わってくる。
無事だ・・・父は生きている・・・
 ガスタークに脳天を銃で撃たれていたはずだが、その額には傷1つ無い。
 それは母や兄達も同様だった。
 「よかった・・・お父様、お母様、お兄様・・・」
 泣きながら肉親の手を順番に握っていくミスティーア。そして・・・最後にアドニスの
手を握る。
 「アドニス兄さん・・・」
 泣き虫で弱虫のくせに、いつも自分を庇ってくれた優しいアドニス・・・誰よりも自分
を愛してくれた愛しいアドニス・・・
 感極まったミスティーアは、アドニスを強く抱きしめた。
 「あ・・・アドニスにいさーんっ!!」
 ミスティーアの叫びが会場に響き渡る。
 その声に、魔戦姫達や侍女達も振り返り見た。
 一同何も言えなかった。それがミスティーアにとって、アドニス達への最後の別れにな
る事を知っていたから・・・
 泣きながらアドニスを抱くミスティーアの背中に、エルとアルの手が置かれる。
 「姫様・・・もう時間がありませんわ・・・」
 「もう・・・お別れですの・・・姫様・・・」
 2人の両目から大粒の涙が流れている。
 間も無くアドニス達が目覚める時間、そう・・・別れの時が迫っているのだ・・・
 魔戦姫は(表の者)に(闇の者)としての姿を見られてはいけない、その存在を決して
知られてはならない。それが魔戦姫に課せられた、悲しき闇の掟である。新たなる魔戦姫
となったミスティーアも、その掟に従わねばならない。
 「いや・・・もう少しだけ・・・」
 切なく訴えるミスティーアだったが、その場にいる一同の暗黙が、それを拒否した。叶
える事は出来ないのだ。
 「うう・・・お父様、お母様、お兄様・・・お別れです・・・」
 ミスティーアはもう一度、両親の手を握り、そしてアドニスを抱きしめる。
 「さようなら・・・アドニスにいさん・・・」
 目を閉じたミスティーアは、アドニスの唇にキスをして最後の別れを告げた。
 アドニスは何も気付かぬまま、深い眠りについている。
 ミスティーアの美しい涙がアドニスの頬に落ちる。アドニスを床に寝かせたミスティー
アは、よろけながら立ち上がり、ゆっくりと後退した。
 「さようなら・・・さようなら・・・」
 何度も何度も別れの言葉を口にし、リーリアの傍らに歩み寄る。
 後ろ髪を引かれる思いのミスティーアに、リーリアは決断を促す言葉を告げた。
 「もう・・・いいですね?」
 「はい・・・」
 頷くミスティーア。その後ろでは、魔戦姫達と侍女達が次々魔界のゲートへと入って行
くのが見える。
 そして、後にはリーリアとミスティーア、エルとアルが残された。
 「さようなら・・・」
 ミスティーアの最後の言葉が響き、リーリアの黒い翼がミスティーア達を覆った。
 黒い翼で3人を包み込んだリーリアは、魔界のゲートの中へと入って行った。それと同
時に魔界のゲートは跡形も無く消滅した。
 その後には床に寝かされた人々だけが残された。その人々が目覚めても、魔戦姫達の存
在に気付くことは無い。
 闇は、全てを消し去ったのであった。





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