『魔戦姫伝説』
魔戦姫伝説 ふぶき〜初陣編〜9.「生き骸の伝助」
恋思川 幹
「不動……金縛りの術」
お冬の目の前にいつの間にか立っていた男がニタリと笑いながら言った。
この男、生き骸の伝助である。
「ひっ……!!」
貧相な面立ち、ボサボサの総髪、それでいてギラギラとした鋭い目つきばかりが目立つ、
容貌怪異な男の唐突な出現に榧姫は悲鳴をあげようとした。
「むぐ……!?」
だが、悲鳴は上がらなかった。背後から何者かが榧姫の口を塞いだのである。
「あらあら、ほんにかわいいお姫さまだこと。こんなかわいい顔して、あんな恐ろしいこと
を命じるなんてさ、さすがに高貴なお方の考えることは違うさね」
豊満で美しい、だが野卑な感じのぬぐえない女。淫渦のお道である。
「むぐっ! むぐぅ!」
口を塞がれた榧姫は懸命にもがくが、豊満な体つきの下に隠された、鍛え抜かれた忍びの
筋力に敵うべくもない。
「さて、榧姫さま。あなたさまにはご自分の命じられた事の酬いを受けてもらわねばなりま
せぬ。なにか申し開きはございますかな?」
伝助が榧姫に問いかける。
「大きな声を出されては困りますよ」
そう言いながら、お道は榧姫の口を押さえていた手をゆっくりと離す。だが、同時にもう
一方の手で首筋に忍び刀を押し当てている。
「……はぁっ……はぁっ…………わ、わたくしが命じたこと……?」
恐怖で呼吸が定まらない。だが、気力を振り絞って榧姫は問い返す。
「とぼけられても無駄にございます。榧姫さま、あなたさまがお父上の頼基さまに働きかけ
てふぶきさまへの援軍を出させなかったこと。それによって、どれだけの兵たちが犠牲にな
ったとお思いか?」
伝助がそのギラギラした目で、榧姫の瞳をじっと見ながら話をする。
「し、知りませぬ……。わたくしはそのようなことは……そ、それにふぶき叔母さまには撤
退の命令がでていたと……父上が………」
榧姫は首を横に振って否定する。
「あくまでシラをきるつもりですかな? ですが、あなたさまに見殺しにされた将兵たちの
怨霊は騙せませぬぞ」
伝助は懐から糸に吊るした銅銭を取り出し、榧姫の目の前で規則正しく揺らし始める。
「よーくご覧ならせ。これは三途の川の渡し賃にございます」
「三途の……川の……六文銭?」
榧姫は思わず規則正しく左右に揺れる銅銭を見入ってしまう。
徐々に頭の中に靄がかかっていくような感覚になり、思考が散漫になってまとまりがつか
なくなっていく。
「左様。この一文がここにあるために六文に足らず、あなたさまに見殺しにされた将兵は未
だに三途の川を渡れずに、この世を彷徨っておるのです……ほれ、聞こえてまいりましょう」
伝助は空いているほうの掌を耳元にあてて、耳を澄ます仕草をしてみせる。
「……な、なにが……聞こえてくるのですか?」
榧姫も周囲の音に意識を向けるが、何も聞こえてはこない。
「聞こえてきますぞ。この一文を求めて、あなたさまに見殺しにされた将兵の怨霊たちがこ
ちらへ向かっている音が……。鎧の触れ合う音、武具の音、馬蹄の音……そして、あなたさ
まに対する呪いの言葉の数々が……」
途端に榧姫の耳にも、それらの音が聞こえてきた。
「ひっ! こ、これは……?」
「怨霊たちがあなたさまを見つけたら、どうなりましょうな? 彼等はひとしくあなたさま
を恨んでおりまするぞ」
「わたくしは……わたくしは何もやっておりません! 何も知りません!! 本当です、信
じて下さい!」
恐怖におののく榧姫が泣きそうな声で訴える。
「言い訳は怨霊たちに直接、訴えるのですな。さあ、怨霊たちがここに辿り着きましたぞ」
パチンッ
伝助はそう言って、指を鳴らした。
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