『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説 ふぶき〜初陣編〜8.「榧姫」
恋思川 幹

「榧姫さま。そろそろ、お休みの時間でございます」
 蝋燭の灯火の下で絵物語を眺めていた榧姫に、侍女のお冬がそう声をかけた。
「えっ? もうそんな時間?」
 榧姫が絵物語から顔をあげて、お冬のほうにふり向く。
 まだ、幼さを残す可憐な姫は、都の公家の娘である頼基の正妻、つまり母の面影を継いで
いた。
「随分、夢中になっていらっしゃったようでございますね。何を見ておいでだったのです
か?」
 お冬が榧姫の眺めていた絵物語を覗き込む。
 そこには壮麗な鎧武者たちの合戦の様子が描かれていたが、ただ美しいばかりのものでは
なかった。燃え上がる都の様子、雑兵に追い回される公家や女官たちなどが生々しく描かれ
ており、戦乱の非情さを感じさせた。
「古い軍記物よ。これを眺めながら、ふぶき叔母さまのことを思い返していましたの」
 そう言いながら、榧姫は絵物語の巻物を巻き閉じると立ち上がる。
「ふぶきさまを……でございますか?」
 立ち上がった榧姫の打ち掛けを脱がせながら、お冬は榧姫に問い返した。
「あんなに強かったふぶき叔母さまでさえ討たれてしまいました……。いつかこの北大路の
家が滅び、わたくしもこの絵巻物にあるような恐ろしい目にあうのではないかと思うと……
不安でたまりません……」
 榧姫の顔が暗く沈む。
「大丈夫でございますよ。まだ、北大路の御家には頼基さまもいらっしゃりますし、譜代の
家臣たちの固い結束もございます。榧姫さまが恐ろしい目にあうことなぞございませぬ」
 お冬は榧姫の打ち掛けをしまいながら答える。
「それでも、もしも万が一……、これは万が一の話でございますが……」
 お冬は声を潜める。
「……お冬?」
 榧姫はふり向こうとしたが、お冬はそれを制して小袖を脱がせにかかる。そして、そっと
口を榧姫の耳元によせる。
「万が一、御家に一大事がありましょうとも、姫様だけは私が守りきってみせまする。山の
奥であろうと、海の果ての島までであろうと、私が姫様をお連れして落ちのびさせて差し上
げます」
「なれば、我らは魯櫂のおよぶかぎり、どこまでも追いかけてみせよう」
 不意に聞き慣れぬ男の声が部屋に響いた。
「何者っ!?」
 お冬はすかさず懐に隠し持っていた短刀を抜くと、声のしたほうにその刃を向けた。
 キラッ キラッ
「きえええぇぇっ!!」
 お冬の視界の中に二度、光が瞬き、奇声がその耳をつんざいた。
「……!!」
 あっという間もなく、お冬の体はカチコチに硬直してしまった。




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