『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説 ふぶき〜初陣編〜7.「駅衆」
恋思川 幹

「馬屋 小三郎にございます」
 閉められたままの障子の向こうから返事がくる。
「おお、馬屋殿か。……して、ことの真相、詳らかになり申したか?」
 年配の家臣は緊張を解いて、小三郎に問いかける。
「はい。あの寺へ行き、確認してまいりました。ふぶきさまの件、間違いなく頼基さまの
お指図にございまする」
 相変わらず閉じられた障子の向こうから、小三郎が報告する。
 小三郎は北大路の家臣にその姿を見せることはない。
 いや、小三郎の姿は館に長くいる者であれば、一度ならず見ているのには違いないのだ
が、誰が小三郎であるのか特定できないのである。あるいは小者であるかも知れず、ある
いは家臣のふりをしているかも知れず、あるいは女の姿でいるのかもしれないのである。
 館にいながら、館のどこにもいない。それによって忍び働きが円滑に行えるのである。
「それは頼基さまの独断によるものか? それとも誰ぞ操り人が?」
「頼基さまの独断ではございませぬ。操り人がおり申した。表沙汰に殺すことできぬお方
ゆえ、お命はとらずに正気を失っていただくことに致しました。今宵よりそのお方を襲う
ように、部下に命令を下しました」
 小三郎は淡々と報告する。
「我らに相談もなく、そのような勝手なことをされては……」
 若い家臣が難色を示す。だが、その言葉は途中で遮られた。
「我が娘たちの仇にござる!」
 それまで淡々と話していた小三郎が、初めて感情を露にした。
「ふぶきさまも、我が二人の娘も激しい陵辱の末に殺されたのでござる。しかも、それは
直接の下手人の暴走ではなく、念入りに犯しぬけという、あのお方の厳命であったと!」
「なっ……」
 小三郎のまくし立てる様な言葉に、家臣たちは思わず言葉を失った。
「そ、それは本当か? 一体、何者だ! そのようなことをわざわざ厳命するお方とは!」
「此度のことの黒幕。それは……」

 その夜。
 四つの影が北大路の館の屋根の上を走り抜けていく。
一つは駅衆きっての拷問の達人である、生骸(いきむくろ)の伝助。
 一つは閨房術の達人であるくの一、淫渦(いんか)のお道。
 後の二つは若い男の下忍である。
 彼らに与えられた任務は、紅葉と若葉、およびふぶきを陵辱の上に殺させた黒幕に対す
る報復である。
 しかし、政治的理由からその黒幕を殺すことはできないという制限があった。
 それ故、拷問と閨房術の達人がこの任務に呼ばれたのである。
 その黒幕を生きたまま、苦しめ抜き、人形同然の廃人とするために。
 むろん、それは頼基に対する見せしめでもあった。
 彼らが狙うべき黒幕とは……………………………ザザ………………………………………
………ジジ……………………………………………………………ザザザ………………………
………………………………………頼基の娘、榧姫である。





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