魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜
白い少女 第3話 パート1
Simon
にじり寄るヴィンに押されて、震えながら後ずさろうとして――
――ドン
すぐに壁際まで追い詰められてしまう
「いいんだぜ 壁ぶち破っても……俺をぶち殺して逃げてもよ」
――できるもんならな!
これは虚勢だ
イヤな汗でシャツがべたべたと張り付く
舐める端から、口の中が渇いていく
ヒトは素手で化け物に立ち向かえるほど強くはない
人に混じるようにして生きる化け物
時折肌で感じるその気配
かすめるだけの……ほんの残り香にすら肌が粟立つ
こうして裏の仕事に関わっていると、ヤバイ話を聞くことも多い
――コイツも正真正銘のバケモノだ 俺の手に負えるわけがねぇ
――だけどよ……
――だけど、俺はこの眼を知っている
――ほれ……俺が歯を剥きだして哂ってやると――
「ぁ……ぅ……」
眼にいっぱい涙を浮かべ、ふるふると首を振る
――よ〜く知ってるぜ
足がすくんで、前にも後ろにも下がれねぇんだろ?
心臓が耳元にあるみたいに煩くて、どんどん頭ん中が白くなってなぁ
怖くて、でももしかすると許してくれるかもしれない……そう思うと目をそらす
こともできねぇってか?
――そうだろう?
――分かってるさ なぜならそれは負け犬の眼なんだからな!
――化け物のくせに、負け犬だってよ
――はははは! 笑っちまうぜ
――なんで一目でそこまで分かるかって?
――当たり前じゃねぇか
――だってその眼はよぉ……
――俺の目なんだからな ははは
――俺の……負け犬の……おれの……まけ…………う……お……おおおおおおお
お!
「その眼で俺を見るなぁぁぁぁっ!」
突然胸倉がつかまれ、そのまま吊り上げられた
痛さよりも息苦しさよりも、ショックでポロポロと涙が零れる
すぐ近くに男の人の顔
すごくくさい息が吐きかけられる
謝ろうとしたけど
謝ろうとしたのに
喉が引きつっちゃって声が出ない
男の人の顔が、不意に緩んだ
信じられないくらい大きく口が開く
ムアッと押し寄せる臭い
――ヤダッ
押しのけようとしたけれど、体勢のせいで力が入らない
汚いネバネバがからみついた舌が、別のいきものみたいに――
――うそ……なに?……ぁ……ゃ……まさか?
眼が離せない
がちがちに凍りついた私の視界一杯に――
きたない
ハァハァハァ
舌
テラテラ
やだ!
どんどん
近づい
息
しか見えな
逃げ……!
――――――――――――――――――――――――――――ぴちゃあ……
!!!!!!!!!!!!!!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ−−−−−−−−−−−−っ!!!
!!」
舐め
舐められた
くさい舌で
テラテラ光る舌で
この人はくさい舌でテラテラ光る舌で
『ワタシノ眼ヲナメタ』
舐メ回シタ
舐メシャブッタァァァ
息が切れても、わたしは叫びつづけていた
それ以外何もできなかった
眼を閉じることさえも!
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