魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜

――なんだ、その目は……俺にそんな目を向けていいと思ってんのか！

「……あぁ、　痛かったか？　悪かったなぁ」
「ぅ……うん……ぃぃ」

苛立ちを隠して、握る力を緩めてやる
ほっとしたように少女の肩から力が抜け、傷めた手首を庇いながらヴィンの手を
解こうとする

――弱過ぎんだよ、おめぇはよ！

「待てよ　どんだけ腫れたか見てやるからさ！」
「――っ！」
「どれどれ――ひでぇな　真っ赤じゃないか」

強引に引き寄せながら、軽くひねり上げてやる

このままへし折ってやったら……どれほど気持ちいいだろう
自分の股間が、ミキミキと膨れ上がっていくのが分かる

「ぁ……あぁっ！」
「さ、来いよ　あそこに薬があるからな」

そのまま引きずっていこうとして

「ぃ……やぁぁ！」

――カリッ

少女の小さな爪が、ヴィンの二の腕に薄い線を引く
血すら出ないその非力さに――

「うわあ　いてえ！　なにするんだ、いきなり！」

ヴィンはわざとらしく悲鳴を上げて仰け反った
叫びながら、横目で少女を伺う

逃げるでも自分の手を庇うでもなく、ただオロオロするばかり
自分が何をしたのか……何をされようとしているのか

こいつは、何も分かってない

獰猛な笑みを噛み殺す

押し切っちまえば、こっちのもんだ

ヴィンは叫びながら少女に背を向け――


――ガリィッ!!

自分の腕に思いきり爪を立てた

どくどくと、脈動に併せて噴出す鮮血

萎えるどころか股間は更に膨れ上がり
布地が突っ張って痛いぐらいだ

――もっともっともっと切り裂きたい

ヴィンは血まみれの腕を少女の目の前に突きつけた

「分かってんのか！　てめぇがヤッたんだよ」
「ご……めんなさ……ぃ」
「謝って済むわけねぇだろ！　どうしてくれんだ、こいつをよぉ！」
「え……あ、ぁぅ」

弱いモノをなぶる快感――堪らない　ゾクゾクする！

恐る恐る、少女の指が傷口をなぞる
細い指が俺の血に濡れて……

――まだだ――まだ食いつくのは早い……もう少し

荒い息は自分か、少女か

――フ……ゥ

吐息が肌をくすぐる……小さく開いた唇が――まさかコイツ！



――ペロ

――舐めた……舐めやがった！　ハハッ！　ハハハハハ

俺の腕――汚れた腕に　薄桃色の舌が……赤く染まって……

――あぁ……こんなに柔らかい

――ペロ……ペロ……ピチャ……は……ぁ……

「ぐ……うぅっ！」

――ドピュッ……ピュッ……

生暖かいものが広がっていく

――あぁ――でもまだぜんぜん足りないよ

――もっと『俺』を飲んでくれ！


――はふぅっ

汗ばむ額に張り付く緩やかな巻き毛
吸い込まれるような微笑を俺に向けて

「……なおった」


――は？

少女の唾液に濡れて光る腕
微かにこびり付いた血と、まだピンク色の肉が盛り上がって――え？

背中を冷たい汗が流れ落ちた
傷が……治ってる

「あ……ぁ……ば」

　　　　　　　　　　　　　　――化け物！　化け物！　化け物！

　　――やっぱりそうよ！　こいつが化け物なのよ！

　　　　　――……ロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル

――助けて　もう痛いのはイヤァァ

ガンガンと頭に響く絶叫

「？」

きょとんとした表情
この皮の下にあるのは……化け物!?

　　　　　　　　　　　　　――化け物は……滅ぼされるべきなのよ

　　――大丈夫よ　ヴィン……貴方の方が強いから

　　　――そして……その後は、あなたたちも…………クスクスクス……




――は

――ははっ　そうさ！

たとえコイツが化け物でも……俺のほうが強い！

「てめぇが化け物だってんなら、それなりのやり様があるってもんだよなぁ？」

少女の身体は未だ思うように動かず
にじり寄るヴィンに、なすすべなく壁際まで追い詰められてしまう

「ばけもの？　なに？　ちゃんとなおしたのに、どうして？」

いやいやと首を振るが、赤く濁ったヴィンの眼が怖くて目を逸らすことができな
い

「なんだよ、そのツラは？　化け物なら化け物らしく、俺に喰らいついてみたら
どうだ？」

もう一度腕を突きつける

「俺の血は旨かったか？　化け物！」

「ちがう……あたし、ばけものじゃ――」
「うるせえっ！　俺は知ってるんだ！　ばけものはほろぼさなきゃいけないんだ
ぁ」

「「「キャハハハハハハハハハハァ！！」」」

ヴィンの喉から迸ったけたたましい哄笑が、広間の空気をビリビリと振るわせる

「……やだ……どうしてぇ？」

――こわい……はやくきて……『……ナ』

カチカチと奥歯を震わせ、小さな身体を更に小さくして耐える少女
ギュッと瞑った目に涙が滲んだ

「どうした化け物　具合が悪そうだなぁ」

顔を上げると、引きつったような笑みを浮かべたヴィンが自分を覗き込んでいた