魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 白い少女 第10話 
Simon



…

……

…?――っ!! 綿布上から口の中男!?

――――敵!!

「お、わぁっ!?」

覚醒した次の瞬間、ユウナは全身のバネを振り絞った
だが、覆いかぶさった厚手の布が動きを阻み、男を跳ね飛ばすことはできなかっ
た

「くそっ 大人しく…しやがれっ!」

布越しに大きな手がユウナの口を塞いでいる
これではまともに叫べないし、含まされた綿を吐き出すことができない

――ジュ…ジュク

綿から染み出した粘液が喉を焼く
独特の苦味が教えるのは、百墺虫とデラリアの汁――睡魔香か
そのほかにも混ぜものがしてある
それも相当悪質なもの
しかし

――わたしに毒は効かない!



ラムズは信じられない思いで少女を押さえ込んでいだ
自分の半分もない華奢な少女に、危うく跳ね飛ばされそうになっている
しかもこれはただ暴れているだけではない
ラムズの体重移動を先読みして、その隙を突こうとしている

――なにが『護衛はいない』だ! とんでもねぇのが付いてるじゃねぇかっ

気を抜くと、この体勢からでも下から強烈に突き上げてくる
まるで羊の皮を被った狼だ

――くそったれっ まだ効かねぇのか!?

熟練の技で確かに睡魔香を口に含ませたはずだが、こうも暴れられると不安がも
たげてくる

その上――

「く…て、てめぇ!」

たとえ急所でなくても、こうも正確に同じ箇所に打撃を集中されては、ラムズと
て堪ったものではない

だがその時――

「主がどうなってもいいのかっ!」

苦し紛れの一言だった――が、その瞬間、少女の抵抗がピタリと止まった
ラムズはあまりの落差に、さっき自分が何を言ったのか、本気で考えてしまった
緊張を残したまま横目を使うと、手下が頷いた
その腕の中には、ぐったりとした小さな包が抱かれている

「へへっ そうやっていい子にしてりゃあ、悪いようにはしねぇよ――分かった
ら手足をまっすぐに伸ばしな」

布の下でもぞもぞと動く少女――気味が悪いほどに従順だ
ラムズは布で覆った上から、少女を縄で縛り上げた
そのまま抱えあげようとしたとき、足先の布がまくれ上がり、小さな素足が覗い
た

形のよい爪と柔らかな踵に、思わず目が吸い寄せられる
顔を寄せると、吐息がくすぐったのか指先がきゅっと縮こまる

――畜生! 可愛いじゃねえか!

ラムズは舌を大きく伸ばして――ベロリと足の裏を舐め上げた

――きゅぅん!

身を捩じり、喉を震わせる少女
ラムズはニタニタと哂いながら少女を抱き上げ、その耳元に囁きかけた

「――もうすぐ、思いっきり啼かせてやるからな 楽しみにしてろよ」

外に控えていた手下に、部屋の片付けと少女たちの荷物の回収を任せると、ラム
ズたちは足音を殺して出て行った





朝の光に照らされて、早出の客たちとそれに応対する小者の声が聞こえる

「――ありがとうございましたぁ!」
「朝飯はもらえるかね」
「食堂のほうにご用意してあります」
「――なんだ、あのきれいな姉ちゃんたちはもう行っちまったのか」
「え〜お前、声かけるつもりだったのか?」
「ばっかだなぁ 相手にされるわけないだろ?」
「そんなことばっかり考えてるから、逃げちゃったんだって」

爽やかな――何の変哲もない、一日の始まりだった


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