魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 白い少女 第9話 
Simon


――故国にいた頃、ユウナはリンスの将来の筆頭侍従として、またいざと言うと
きの最後の楯となることを求められ、喜びとともにそれを受け入れた

リンスの全てを守るために――まだ10歳にも満たなかったユウナが己に課した
狂気に彩られた苦行は、生涯消えることのない無数の傷跡をユウナの肢体に刻み
込み
それでも共にいることの多い主には一片の不安も抱かせまいと、顔と手足には一
筋の傷をつけることも己に許さなかった

顔を庇って肩を刺突剣で貫かれたときも、さらしを巻いて強引に血を止めただけ
で主と共に司祭の座学を受けた

何かの拍子で触れることもあるかもしれない
そう言って血豆ができれば迷わずそぎ落とし、掌が硬くなれば、迷わず皮を剥い
だ

毒による暗殺の存在を知ってからは、夜毎毒を煽るようになった
高熱と幻覚に侵されながら、主の前では顔色も呼吸も、発汗ですら完全に制御し
た

足りない時間を密度で補う――どれほどの狂気がそれを可能とするのか

ユウナはリンスがこの世に存在する奇跡を全ての神々に感謝していた

だからこそ、平凡な――偶然リンス様の傍に仕えることを許されただけのつまら
ない小娘が、畏れ多くも筆頭侍従として侍ろうというのであれば、このぐらいの
痛みを乗り越えられないでどうする、と――



――ふ、と まどろみの中でユウナは、柔らかく暖かいものが己に寄り添うのを
感じた

狂気と苦痛と罪悪感に溺れかけていた自分が、優しい光に包まれていく

――もっとそばにいて欲しい

すがるように抱きしめると、甘い香りが胸いっぱいに広がった

――リンス様

侍女として許されることではないが、本当はいつでもこうやって抱きしめたいの
だ
せめて夢の中だけでは

――ァン ユウナぁ 大好き

私もです リンス様



とろけるような寝顔で腕の中の至宝を抱きしめる少女には、かつての狂気の影は
微塵も見出せない





そんな聖天使のような二人の少女を








2対の血走った邪眼が覗き込んでいた


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