魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜
白い少女 第8話
Simon
宿屋から少し離れて停車させた馬車の中で、男たちの密談は続く
「――宿の者には話がつけてある 血の跡さえ残さなきゃ余計な手配はかからね
ぇ筈だ」
金は掛かるが、今度ばかりは時間が足りない
組織力があればこその力技だが、宿屋の小者が普段手にできる金など高が知れて
いる
一度手に握らせてしまえば、それでもうそいつは共犯者だ
次々と出される要求を、ただ呑むことしかできなかった若者の脂汗にまみれた顔
暴力の臭いをちらつかせる度に、青褪め震えていた
今は自分の寝床で、全てが終わるのを震えながら待っているはずだ
所詮は逃亡する術も気力も持たない素人
仮に追っ手が掛かったとしても、そいつを密告することで時間を稼ぐつもりでい
るし
そうなれば地方都市の衛士ごときが、ラムズたちの足取りを追えるはずもない
唯一の気がかりは獲物の身柄――場合によっては噂に聞く王都の騎士団が動くか
もしれない
本来ならそんな場合は手を引くのがこの道の掟なのだが
それでもラムズに手を引くつもりは毛頭なかった
自分でも信じられないほど血が騒ぐのだ
「突っ込むのは俺とお前、手前らは後詰 お前は馬車を回しておけ」
こうなれば後は早い
睡魔香をたっぷり染み込ませた綿と猿轡、獲物に余計な傷をつけないための絹の
ロープ
獲物を包むシートは、柔らかいが厚手でずっしりと重い 悲鳴を上げても囁き程
度しか洩らさない優れものだ
慣れ親しんだ手触りに、僅かに蟠っていた恐れが自信へと変わっていく
意識して浮かべた獰猛な笑みに、男たちが追従する
少女たちの部屋の明かりが消えて、もう1刻半
他の部屋の灯も落ちて、道行く人影も既に絶えた
「――行くぞ」
「「へいっ」」
獣たちが動いた
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