淫虐の罠(第3話)1
「また、お兄さま一人でお行きになるの?」 「ここだけは・・・。僕たち夫婦の部屋だから」 「・・・・・・」 夕暮れ、オルフェとファミーユの乗った馬車が町外れに建った王族の墓の入り口に止まっ た。 墓とはいっても、小さな屋敷ほどの大きさがある、地下には歴代の王族が眠り、その中に 一室がオーロラ姫の部屋になっているのだ。その部屋はオーロラ姫の生きていた時の部屋 がそのまま再現されて、オーロラの棺を囲んでいる。 ともに命を失った二人の侍女の棺も、寄り添うようにおかれている。 オルフェはオーロラ姫の墓参を毎日欠かさない。そして、オーロラの亡骸の眠る部屋には 決して自分以外には入れようとしない。そこは、生きている内にはかなわなかった、夫婦 の部屋だと考えているからだ。 「お兄さま、私だって一度お会いしたいのに」 「・・・時がきたら、お前にもあわせるよ」 「わかりました・・・でも今日は舞踏会のある日。お早くお戻り下さいね」 「ああ、わかっている、馬車の中で待っていなさい」 いつもは遠乗りの軽装な二人が今日は馬車できているのは、夕刻からの舞踏会のためだっ た。ファミーユは、戻って着替えていては間に合わないと考え、優雅な花のように広がっ た舞踏会用のドレスを着込んでいる。 夕暮れの遠乗りに必ずここに寄るのは知っている。そして、一人でオーロラ姫の墓を参る のも・・・。しかし、ファミーユとて現在はオランの王室の人間なのだ。一度は兄がそこ まで愛したオーロラ姫の人となりを見てみたかったのだ。 オルフェは、いつもの通り一人ほこらに入っていく。入った一番奥の部屋がオーロラ姫の 墓室だ。部屋には鍵がかかっており、オルフェだけがその鍵を持っている。オルフェは鍵 を手に持って、部屋の前に立った。 「・・・鍵が!・・・開いている・・・」 部屋を閉ざす南京錠ははずれ、部屋の入り口が少し開いている。オルフェは不安になって 部屋の中に飛び込んだ。 「・・・来たかい!オルフェ王子さんよお」 部屋にはいると奥から聞いたこともない声が聞こえた。 「だれだっ!神聖な部屋を!何のつもりだ!」 オルフェは見えない相手に大声で怒鳴りつける。すると真っ暗な部屋の奥から大柄な男が 片足を引き吊りながら出てくる。 「だれだ!おまえは!だれだ!」 王子がヒステリックなまでの大声で相手をがなりつける。しかし、それは自分自身の不安 を増長させるだけだった。 ぱあっと部屋に明かりがともる。部屋のなかには棺がない。部屋の調度品や、オーロラ姫 の衣類、身につけていた宝石類を入れた棚など、全てのものが消えていた。 そして、部屋の真ん中には、忘れたくとも忘れようのないあの男が立っていた。 「バラクーダ!まさか!そんな!何故お前が!」 そうそれは死んだはずの海賊バラクーダだった。 「何でお前が!迷って出たのか!」 オルフェはバラクーダが迷って出たとしか考えられなかった。たしかに海賊船もろとも木 っ端みじんになって海中に沈んだはずのバラクーダが生きているわけはない。オーロラ姫 達は甲板にいたから死体を回収できたのだ。 あのときバラクーダは船の中にいたはずだ。 「ところがどっこい生きていたって訳だ!お前に復讐するためにな!」 「なにっ!」 オルフェはとっさに腰の剣に手をやろうとする。しかし、そこに剣はない。寝室に入るの に剣は持たない。そういって、ファミーユに剣を預けてきたからだ。 「おのれ!」 オルフェはバラクーダに飛びかかろうとする。その時、後ろからなにか硬いものでなぐか かられた。 「ぐっ!・・・・おのれ・・・」 オルフェは失っていく記憶の中で、ファミーユの悲鳴を聞いていた。