ネイロスの3戦姫


第6話その.1 見えざる二重の策略  

 デトレイド軍に救出されたライオネットは、ルナの愛狼アルバートは、囚われに身にな
っている3姉妹を救出するべくダルゴネオスの宮殿に潜入を図った。
 黒獣兵団のキャンプ地でエリアスを見つけたライオネットだが、エリアスに危機的状況
にある2人の妹達を救出するよう指示され、エリアスの見を案じつつエスメラルダとルナ
の元に向かった。
 そのころ、ダルゴネオスの宮殿内部では不穏な動きが進行しつつあった。

 「マグネア殿、貴殿の支援により我々は劇的な勝利を収めましたぞ。謹んで御礼いたし
ましょう。」
 「まあ、私の助力など微々たるもの。強者が生き残る自然の摂理に従ったまでですわ。
そう、真の強者はダルゴネオス陛下と無敵の黒獣兵団を率いるブルーザー団長ですわ。」
 「恐悦ですな、武勇に長けたネイロスを撃破した事で、我が黒獣兵団の名に一層、箔が
つきましたぜ。」
 ダルゴネオスの応接間で、ダルゴネオスとブルーザー、そしてネイロスの反逆者である
マグネアが酒を酌み交わしながら語り合っていた。
 「ところで、敗走したネイロス軍の状況をお教え願いませんかブルーザー団長。」
 マグネアの言葉に、ブルーザーはグラスをテーブルに置いた。
 「奴等はネイロスの城に立て篭もって抵抗を続けてます。さすがに強固な城を落すのは
我が軍の火器をもってしても困難ですが、落ちるのは時間の問題ですぜ。もちろん、マグ
ネア殿がネイロスの支配者として君臨できる程度の余力は残しておきますがね。」
 「フフ、ご配慮痛み入りますわ。」
 ブルーザーの言葉に、マグネアは満足げな表情を見せた。
 ダルゴネオスとブルーザーに情報を流していたマグネアは、その引き換えに己の保身を
願い出ていた。
 それは主を失い、心の拠り所である3人の戦姫がいなくなったネイロスを我が物にする
ための企みの一環であった。
 「マグネア殿がネイロスに君臨するためのシナリオは最終局面になりましたぞ。後はあ
なたが命がけで余にネイロスの民どもを助けるように交渉したとの情報を送れば、必然的
に民どもは貴殿をネイロスの救世主と称えるでしょうな。ネイロスの女神と称えられたエ
リアスを退け、マグネア殿が新たなる女神となると言う悲願が達成されるのですぞ。」
 「私が・・・新たなるネイロスの女神・・・」
 ダルゴネオスの甘いささやきに、マグネアは思わずほくそ笑んだ。
 「ああ・・・この時をどれほど待ち望んだでしょう・・・エドワード国王の後妻として
輿入れした時から、あの老いぼれの慰み者としての屈辱を強いられてきました。その苦労
が今、報われるのです。」
 至極の微笑みを浮かべるマグネア。
 心の拠り所を失ったネイロスの民達に付け入り、ネイロスの新たなる支配者として君臨
するマグネアの陰謀が成就しようとしていたのであった。
 マグネアの動向は、表向きは戦闘が始まって以降ダルゴネオスの元に直接おもむき、ネ
イロスの侵略を思い止まる様に交渉を続けている事になっていた。
 ネイロス軍が危機的状況になっている今、交渉が成立してデトレイドとネイロスの和平
をマグネアが取り付けたと知れば、ネイロスの民達は必然的にマグネアを指示することに
なる。
 無論、事実を知っている3姉妹の口から、マグネアの陰謀がネイロスの民達に伝えられ
る事はない。
 全てはマグネアの策略通りに進行していたのである。
 「交渉の仔細を伝達する役目を、貴殿の部下であるヒムロに任せたいと思います。ご了
承願いますかな?」
 「ええ、お任せください。」
 ダルゴネオスの言葉に、マグネアは即答した。
 「ネイロスの城を攻めている我が軍のスタン副団長には、交渉の旨が伝えられ次第、即
時撤退するよう指示しておりますよ。我が軍が撤退すれば、ネイロスの奴等はそれを貴殿
の手柄と思い込むでしょうな。武勇に長けた単純な奴等ほど、こう言った心理作戦に引っ
かかりやすい、フハハ・・・」
 「まったくですわ、オホホ。」
 マグネアは笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。
 「では交渉の旨を伝える様、ヒムロに言ってきますわ。それでは・・・」
 そう言いながら応接室を出て行くマグネア。
 その後姿を見ていたダルゴネオスとブルーザーは、嘲りとも取れる笑いを浮かべた。
 「のう、ブルーザー。お前はいつ副団長に撤退する様な命令をしたのだ?」
 「さあ、そんな事言った覚えはありませんなぁ〜。ネイロス軍を1人残らず徹底的に叩
き潰せとは命令したのですがねぇ。」
 ブルーザーはそう言いながら、ダルゴネオスのグラスに酒を注いだ。ニヤリと笑うダル
ゴネオス。
 「バカな女よ、騙されておるとも知らずに・・・」
 「そう言う事ですな。ネイロスを制する支配者は只1人、ダルゴネオス陛下だと言うこ
とを理解できない愚かな奴です。まあ、我等にとってマグネアは、別の意味で勝利の女神
だ。あの女の権力に対する執着心が、我等に勝利をもたらしたという事ですな。」
 手酌で酒を注ぎ、マグネアを中傷するブルーザー。
 「ところでブルーザー、お前は支配者になると言う欲はないのか?強大な権力を持つ事
こそ、男の誉れであろうに。」
 ダルゴネオスの質問に、ブルーザーは軽く溜息を付きながら目を伏せた。
 「権力など眼中にありませんな。私が欲するものは金ですよ、金。我が軍が最強たるの
も金の力があってこそ。金があれば権力も、兵力も、そして女も・・・全て思いのまま・・
・金の魔力には、いかなる者でも屈するのですからな。私は金の力で黒獣兵団をまとめ、
全てを掌握してきました。」
 ブルーザーの言う通り、黒獣兵団の誇る重火器類は全て膨大な資金力によって得たもの
であり、金を使ってならず者どもを掌握しているのである。
 自身げに語るブルーザーに、満足な表情で頷くダルゴネオス。
 「余の財力は無限と言っても過言ではない。お前が余の力になりうるなら、金など幾ら
でも都合してやろう。そして・・・ネイロスのみならず、全ての国を撃破するがよいっ。」
 「仰せのままに。」
 ダルゴネオスとブルーザーは、互いのグラスをチーンとあわせ、酒を飲み干した。
 
 マグネアは逗留している部屋に入ると、ソファーに腰掛け、静かに目を伏せた。
 「ついに私がエリアスを制してネイロスの女王になる時がきたわ・・・」
 野望達成を目前にして喜びに浸るマグネア。しばらくして、天井から3姉妹の陵辱に手
を貸していたヒムロが姿を見せた。
 「ただいま戻りました。」
 床に降り立ったヒムロは、恭しくマグネアに頭を下げる。
 「3姉妹の様子は?」
 「はっ、もはや奴等に抵抗する術はございません。三者三様、地に堕ちましてございま
す。」
 ヒムロの言葉に、マグネアは嬉しそうに頷いた。
 「そう・・・もはや私に歯向かう者はいなくなったわけね。所詮は非力な小娘ども、あ
の3人は支配者の器ではなかったのよ・・・それよりも喜んでヒムロ。ダルゴネオス陛下
とブルーザー団長の計らいで私の交渉がうまく運ぶ事になったわ。勿論ニセの交渉だけど
ね。」
 その言葉に、ヒムロの目が輝いた。
 「おおっ・・・ついに・・・我が君の悲願が成就するのでござりますか。」
 「そうよ。そして、私はネイロスの民達の指示を受け、女王になるのよ。」
 そう言うと、ひざまずくヒムロに歩み寄り、そっと抱きしめた。
 「・・・私達はずっと闇に身を置き耐えてきた・・・長かったわ・・・これで全てが報
われるのよ。これでやっと日の当たる場所に行ける・・・」
 「我が君・・・」
 そしてヒムロの黒頭巾を外す。その下には幾多の戦いで傷だらけになった顔があった。
その顔を愛しげに手で包みキスをするマグネア。
 「愛しいヒムロ・・・全てはお前のおかげよ・・・お前がいてくれなかったら私は一生、
日陰者として暮らさねばならなかった。お前が私を光の世界に導いてくれたのよ、感謝す
るわ。」
 「あ、ありがとうございます、我が君・・・東方の島国を追われ、放浪していた拙者を
拾っていただいた恩義に報いる事ができました。これ以上の喜びはございません。」
 ヒムロの目に喜びの涙があふれ頬を伝う。そして愛する我が君に深々と頭を下げた。
 「善は急げよ。すぐにネイロスの城を攻めている副団長に連絡をしてちょうだい。手筈
は全て整っているわ。そしてネイロス軍に私の交渉が成功したとの旨を伝達するのよ。」
 「ははっ、承知致しました。」
 黒頭巾をかぶったヒムロは、足早にその場を去り、ネイロスの城を攻めている黒獣兵団
の元へと向かった。
 「これでネイロスは私の、いえ、私達のものに・・・」
 窓を開け、喜びに浸りながらヒムロが向かっていった方向を見続けるマグネア。
 だが、狡猾なマグネアも、凄腕のヒムロも、喜びの余りダルゴネオスとブルーザーの策
略を見ぬけずにいた。
 時刻は既に夕刻で、美しい夕日が陰謀渦巻く宮殿を赤く照らしている。




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