ネイロスの3戦姫


第5話その3.宮殿への潜入  

 同時刻、ダルゴネオスの居城近くに設営された黒獣兵団のキャンプ地に、酒樽を積載した
一台の馬車が到着した。
 「あのー、御注文の酒を持ってきました。」
 馬車から降りた酒屋の声に、数人の兵が寄って来た。
 「おう、やっと来たか。遅かったじゃねーか。」
 「遅れてすみません。色々手間取ったもので・・・」
 ビン底メガネをかけた酒屋は、申し訳なさそうに頭を下げる。
 「おい、お前いつもの酒屋じゃねえな。」
 兵の言葉に、酒屋は一瞬ビクッとする。
 「いや、あのその・・・親方が風邪引いたもんで・・・私が代わりに来ました。」
 酒屋は、しどろもどろに答えながら馬車の荷台に上った。
 「こいつを全部運んだらいいのか?」
 馬車の荷台に積まれた酒樽を見ながら兵が酒屋に尋ねる。
 「あの・・・親方から、このお酒は黒獣兵団の一番偉い人の所に持っていけって言われ
てまして・・・これは私が運びます。」
 奥の酒樽を一つ背負ってヨロヨロ歩く酒屋。
 「偉い人?ブルーザー団長の事か。」
 「あ、その人です。どこに居られますか?」
 「団長ならダルゴネオス閣下の城にいるぞ。お前そんな事も知らねーのか。」
 「私は新入りなもんで・・・後はよろしく。」
 酒屋はそう言い残してその場を去っていった。
 「変な奴だな、あいつ。」
 「ほっとけ、それより酒だ、酒。」
 兵達は荷台の酒樽を抱えてテントに運んだ。
 「ふう・・・第一段階成功・・・」
 振りかえった酒屋は、安堵の溜息をついて城に向かっていった。
 「ワォンッ。」
 不意に樽の中から犬と思しき鳴き声が聞こえてきた。
 「あ、コラ、もう少し辛抱しろっ。今バレたら大変な事になるんだ、いいな!?」
 「クーン・・・」
 再び樽の中から鳴き声が響く。
 「ネルソンさんの話では、エリアス姫様は黒獣兵団に囚われてる筈だから、この辺にい
ると思うんだけど・・・」
 独り言を言いながら、キョロキョロと辺りを伺う酒屋。
 この男の正体は、酒屋に成りすましたライオネットであった。そして酒樽の中身は、ル
ナの愛狼アルバートである。
 黒獣兵団に酒を運んでいた酒屋を買収したライオネットは、兵達に見つからない様にと、
アルバートを酒樽に押し込んで兵団のキャンプ地に潜入したのであった。
 「おい、お前はエリアスとやったのか?」
 「ああ、すっげー気持ちよかったぜ。」
 周囲にいる兵達の中から、エリアスの名前が聞こえてくる。その声を聞いたライオネッ
トは、耳を大きくして聞き入った。
 「アソコの締まりがいいんだ。あんなの始めてだぜ、おまけに良い女とくるからなぁ。」
 「本当かっ!?で、どこにいるんだよネイロスの女神様は。」
 「端の小屋にいるよ。もっとも、順番待ち状態だからな、すぐにはできねえぞ。」
 「ちぇ、順番待ちかよ。女神様と早くやりてえぜ。」
 下卑た兵達の話に唇を噛むライオネット。
 ネルソンの言っていた通り、エリアスは兵達の玩具にされている。早く助けに行かねば・
・・
 「エリアス姫様・・・今、お助けいたします。」
 兵達の雑談を聞き終えたライオネットは、足早にその場を移動した。
 「端の小屋か、あれの事かな。」
 途中何人かの兵と擦れ違ったが、怪しまれる事無く、ライオネットはキャンプ地の端に
ある小屋へと進んで行った。
 その小屋は、強姦目的でデトレイド国内から連れ去ってきた女を囲っている小屋であっ
た。小屋と言っても掘建ての簡素な物だ。
 エリアスの身柄からすると、それなりに警備の施された小屋に違いないと考えたライオ
ネットは、一番大きい小屋に歩み寄っていった。
 小屋の前には数人の兵達がたむろしており、雑談にふけっている。兵達に見つからぬ様、
小屋の影に隠れるライオネット。そして小屋の小窓から中をうかがった。
 「え、エリアス姫様っ・・・」
 そこにはライオネットの予想通り、エリアスが囚われていた。
 全裸にされ、手錠をはめられたエリアスは、逃げられない様に鉄球付きの足枷で自由を
奪われていた。
 その傍らでは、エリアスを陵辱し終えたばかりの雑兵がズボンを履きながら小屋を後に
しようとしていた。
 「気持ちよかったぜエリアスちゃん。また遊んでくれよな、ひゃははっ。」
 下品な笑いを残して雑兵達は去っていった。
 エリアスを救出にくる輩はいないと思っているのであろう。ライオネットが予想したよ
りも警備の状況は手薄だった。
 「エリアス姫様っ、助けに来ましたよ。姫様っ。」
 誰もいなくなった小屋の中へ声をかけるライオネット。
 「う・・・その声は・・・」
 うつ伏せで横たわっていたエリアスが声の方に目を向ける。そこには心配げに見つめる
ライオネットの顔があった。
 「ライオネット・・・無事だったのね!?」
 小窓の外にいるライオネットに鉄球を引きずって近寄るエリアス。
 「姫様・・・なんてお姿に・・・」
 エリアスの惨めな有様に、思わず涙ぐんだ。
 「すみません・・・私が非力なばかりに・・・この様な事に・・・それにルナ姫様をお
守りできませんでした・・・全ては私の不徳の致す所・・・お詫びのしようもありません・
・・」
 泣きながら謝罪するライオネットに、複雑な表情をするエリアスだった。
 「自分を責めないで、あなたに落ち度は無いわ。ルナはヒムロとか言う薄気味悪い目を
した黒装束の男に拉致されたのね?」
 「ご存知だったのですか。」
 「ダルゴネオスのバカ息子に聞いたわ。私達も黒装束の男に倒されてここに連行された
のよ。よく聞いて頂戴、全ては義母様の・・・マグネアの陰謀だったのよ。」
 エリアスは今までの経過をライオネットに話した。
 「まさかマグネア様が・・・」
 マグネアの裏切りによってネイロス軍が敗退し、エリアス達が囚われた事を知り、愕然
とするライオネット。
 「それで、エスメラルダ姫様とルナ姫様はダルゴネオスの宮殿に囚われているのですか?
」
 「ええ・・・ルナはダルゴネオス自身の手で監禁されていると思うわ。でも・・・エス
メラルダは・・・」
 不意にエリアスの顔が曇った。その表情を見たライオネットの心に嫌な予感が走った。
 「教えてください、姫様の身に何があったんですっ。」
 「・・・エスメラルダは、バカ息子のセルドックと手下の女狂戦士達によって酷い拷問
を受けたわ。そして、催眠術をかけられて正気を失っているのよ、私の顔すら判らない状
態なの・・・」
 「そ、そんな・・・」
 エスメラルダの絶望的な状況を聞かされたライオネットは、声を震わせて座り込んだ。
 「あの子は最後まで抵抗したわ、どんな拷問にも屈しなかった。でも、それが逆に仇に
なってしまったの。あのバカ息子は・・・催眠術でエスメラルダの心に絶対的な恐怖をう
えつけて無理やり奴隷にしてしまったのよっ。もう・・・あの子は元に戻らないかもしれ
ない・・・」
 エリアスの目から涙が流れた。
 「そんな事はありませんっ。姫様にかけられた催眠術を解く方法が判れば姫様を元に戻
せるはずです。私が、その方法を見つけてみせますっ。」
 力強く答えるライオネットに、エリアスの表情に明るさが戻った。
 「そうね、諦めちゃいけないわね。ごめんなさい、私が弱気になったらいけないのに・・
・」
 「でも・・・正直言って怖いです・・・もし失敗したらと思うと・・・」
 弱腰のライオネットを元気付けるかのように、エリアスは口を開いた。
 「自信を持ちなさいライオネット。あなたはエスメラルダの事が好きなんでしょう?」
 エリアスの突然の言葉に、顔を赤くしてうろたえるライオネット。
 「い、いえっ、滅相も無いっ。私は一家臣として姫様をお慕いしているのであって、あ
の、その・・・」
 「今更隠す事じゃないわ、みんな知ってるわよ。エスメラルダを愛しているあなたなら、
きっとあの子を助ける事が出来るわ。あなたは私達の最後の希望なのよ。」
 「姫様・・・」
 あなたは最後の希望・・・その言葉がライオネットの心に勇気をもたらした。
 「は、はいっ。お任せください、必ずや・・・姫様をお助けいたしますっ。」
 「ウォンッ!!」
 力強く起ちあがるライオネット。そして背中の酒樽から顔を出したアルバートがエリア
スを見て吠えた。
 「まあ、アルバートも・・・」
 微笑むエリアス。
 「私達はダルゴネオスにクーデターを決起しようとしているデトレイド軍司令官のネル
ソンと言う男に助けられました。彼等は黒獣兵団を撃破した後、ここを襲撃する予定だと
言ってました。」
 「えっ、デトレイド軍がっ!?」
 詳しい事情を説明するライオネットにエリアスは驚いた。
 「信じられないかもしれませんが、今は彼等に懸けるしかありません。もし彼等が襲撃
に成功したら我々にも助かる道が開けます。」
 「わかったわ・・・」
 半信半疑ながら、エリアスはライオネットの言葉を胸の奥に閉まった。
 「私にかまわず早く行きなさい、もうじき兵達が入ってくるわ。」
 「姫様・・・」
 エリアスの言葉に戸惑うライオネットだったが、意を決した表情を見せると、懐から細
長い鉄の棒を取り出した。
 「これを受け取ってください。こんな事もあろうかと用意致しました。」
 エリアスに差し出した物は、鉄製のヤスリであった。
 「これなら鎖を断ち切る事が出来ると思います。これでここから脱出なさってください。
姫様を直接お救い出来ない事をお許しください。」
 「ありがとうライオネット・・・あなたの無事を祈ってるわ。」
 ヤスリを受け取ったエリアスは、ニッコリと微笑んだ。
 「必ず・・・必ずエスメラルダ姫様とルナ姫様をお救い致しますっ。」
 立ち上がったライオネットは、アルバートを入れた酒樽を背に宮殿へと駆け出していっ
た。
 「ウォン、ウォーンッ。」
 ご主人様は必ず助けます・・・アルバートの鳴き声はそう言っていた。
 「頼んだわよ・・・ライオネット、アルバート・・・」
 走っていく2人の後姿を見送りながら、エリアスはそう呟いた。



第6話に続く

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