ネイロスの3戦姫


第6話その.2 エスメラルダの居場所を探れ  

 宮殿内で闇の陰謀が交錯しているその頃、ブルーザーに酒を持っていくと言う口実を利
用し、宮殿へ潜入する事に成功したライオネットは、どうやってエスメラルダを探し出そ
うか思案していた。
 エリアスの話では、エスメラルダはセルドックに囚われていると言う事だったので、セ
ルドックの居場所を突き止めれば、そこにエスメラルダがいる筈だ。
 だが宮殿は広く、囚われている場所はおろか、自分の現代位置すら把握できない状態で
あった。
 「アルバートの鼻で探すわけにもいかないし・・・しかたないな、迷った振りして探す
ことにしよう・・・」
 そう言いながら、ライオネットは建物の内部を進んだ。
 キョロキョロしながら歩くライオネットだったが、その姿は余りにも怪し過ぎる。
 「ウロウロしてんじゃねえっ、邪魔だっ!!」
 「す、すみませ〜ん・・・」
 宮殿の警備兵に怒鳴られたライオネットは、頭を下げながら廊下を走り去っていく。
 いつ自分の正体がバレるかもしれないと怯えながら、廊下を走るライオネットは、すが
る想いで胸元の両親の形見である首飾りを握り締めた。
 「父さん・・・母さん・・・どうか、僕を守ってください・・・」
 呟きながら、ひたすら走り続けた。
 そして宮殿内部まで進んでいった時である。
 「ゆ、許してくださいっ、ご、ごめんなさい・・・」
 「ごめんで済むかっ、俺の服を汚しやがってっ。この落とし前どーしてくれんだよ、え
えっ!?」
 廊下の向こうで、黒獣兵団の兵が罵声を上げながら床にうずくまっている1人の召使い
を蹴り飛ばしていた。
 兵の胸元にはソースがベットリついており、床には召使いが運んでいたのであろう食事
が散乱していた。
 廊下の隅に隠れながら様子を見ているライオネット。
 どうやら兵と鉢合わせした召使いが、運んでいた食事を兵にぶつけてしまったのだろう。
兵は平謝りする召使いを苦々しく見ている。
 「クリーニング代を出してもらえるんだろうな?こいつは俺様のお気に入りなんだよ!!
ええっ、何とか言って見ろ!!」
 喚く兵の前に、酒樽を背負ったライオネットが現れた。
 「あのお・・・クリーニング代は私が払いますから、彼を許してやってくれませんか。」
 「なんだてめえは・・・」
 「い、いえ、私は只の通りすがりの酒屋です。」
 トボけた声で兵をなだめるライオネット。
 「酒屋が何の用だ?お前がクリーニング代を払ってくれるってのか?」
 「はい、これでどうでしょうか。」
 そう言いながら、金貨を兵に見せた。その額はクリーニング代としては多すぎる額であ
り、それを見た兵は目を丸くした。
 「これは・・・いいのかよ。」
 「かまいませんよ、どうぞ受け取ってください。」
 差し出された金貨を受け取った兵は、怒りの表情を和らげた。
 「まあ、いいだろう。遠慮なく貰っとくぜ。」
 そう言うと、兵は金貨をポケットに入れてその場を後にした。
 「大丈夫かい?」
 床にうずくまっていた召使いに手を差し伸べるライオネット。
 「どうもありがとうございます・・・助かりました・・・」
 声を震わせ顔を上げる召使い。その顔をみれば、まだ10代半ばの若者だ。
 「ああ、どうしよう・・・また親方に叱られるわ・・・」
 召使いは、泣きながら床に散らばった食事を片付ける。
 「叱られるわ?君は女の子か。」
 召使いは男物の服を着ているが、喋り方に不信を抱いたライオネットが召使いに尋ねた。
 「ち、違いますっ。あたし、じゃなかった・・・僕は男ですっ。」
 「・・・やっぱりそうか。」
 慌てて訂正する召使い。しかしその口調から自分が女の子である事をライオネットに暴
露してしまった。
 「女の子なのにどうして男の格好なんか、むぐ・・・」
 「シッ・・・大声を出さないでっ。」
 召使いは、うろたえながらライオネットの口を手で塞いだ。
 「この事は誰にも言わないでください・・・もし、あたしが女の子だと知れれば・・・
ダルゴネオス陛下に苛められますからっ。」
 血相を変えて答える召使いに、ライオネットは声を潜めて尋ねた。
 「陛下に苛められるって、どう言う事なんだ。」
 「あなた何も知らないんですか?陛下は男を知らない娘を苛めるのが大好きなんです。
あたしは陛下やセルドック殿下に苛められたくないから男に化けてたんですよっ。」
 「そうか・・・それは悪かったよ。」
 必死の形相になっている召使いの女の子、に謝罪するライオネット。
 食事を片付け、床を拭いている召使いの姿を見ながらライオネットは、ふと思った。
 「この子ならエスメラルダ姫様の居場所を知ってるかも・・・」
 闇雲に宮殿を歩き回るのは危ないので、召使いの女の子に道案内してもらおうと考えた。
 「ねえ、君はセルドック殿下の部屋を知っているかい?知っていたら案内して欲しいん
だけど。」
 すると召使いの女の子は、セルドックの名前を聞いた途端ひどく驚き、手に持っていた
トレイを落した。
 「せ、セルドック殿下の所ですって!?い、嫌ですっ!!誰があんなサディストの所に
なんか・・・」
 真っ青になっている召使いは、首をブルブル振ってライオネットの申し出を拒絶した。
 余りの怯え様に唖然とするライオネット。召使いの怯え方から察してセルドックと言う
人物が、どれほどの危険人物であるか理解できる。
 「助けてくれた事には感謝します。でも、セルドック殿下の所には絶対行きませんから
ねっ。」
 キッパリと言い放つ召使いの女の子。だが、彼女の助けがなければライオネットはエス
メラルダの居場所を突き止められない。
 「そうか・・・じゃあ仕方ないな。」
 呟いたライオネットは、非情な言葉を召使いに投げかけた。
 「君を助けたのは、この宮殿の道案内をしてもらいたいたかったからなんだ。もし、君
が私の言う事を拒めば君が女の子だって言うのを皆にバラすよ。いいか?」
 「え・・・そんな・・・」
 召使いの顔から血の気が引いた。ライオネットの顔は真剣だ。もし拒めば本当に喋るか
もしれない。
 「どうなんだ、道案内してくれるのか、答えて。」
 「わ、わかりました・・・今すぐですか。」
 ライオネットは、しばらく考えた。すぐに道案内させればいいが、そうすれば召使いの
女の子は親方に仕事をサボったと叱られるであろう。
 「そうだな・・・今から2時間後、この場所にくるんだ。案内はそれからでいい。でも、
もし来なかったら・・・」
 ビン底メガネがキラリと光る。
 脅し文句で迫るライオネットに、召使いの女の子は声を詰まらせた。
 「に、2時間後ですね。用事を済ませたら必ず来ますから・・・」
 そう言いながら、グチャグチャになった食事をトレイに乗せてその場を去っていく召使
いの女の子。
 「ゴメンね・・・」
 女の子の後姿を見ながら、ライオネットは複雑な表情を見せた。
 「ウォン。」
 酒樽からアルバートの鳴き声が聞こえてくる。
 「わかってるよ、仕方ないんだ・・・姫様をお助けする為には、あの子に一肌脱いでも
らうしかないんだ。」
 辛い事とは判っている。しかし今のライオネットにはそうするしかなかった。
 
 それからきっかり2時間後、同じ場所に召使いの女の子が姿を見せた。
 ライオネットは内心ほっとした。もし来てくれなかったらどうしようと心配していたか
らだ。
 「やあ、来てくれたね。さっそく道案内をしてもらうよ。」
 「は、はい・・・」
 あからさまに嫌そうな顔をしている召使い。
 「どうしても案内しなきゃいけませんか?」
 泣きそうな顔にライオネットは一緒ためらったが、少し顔を背けるような仕草をして口
を開いた。
 「嫌ならいいんだよ、君が女の子だって事を・・・」
 「わーっ、ダメダメッ、案内します、だから・・・」
 「案内してくれる?」
 「はい・・・」
 召使いは観念した様に頷いた。
 心を鬼にして召使いの女の子に道案内を強要するライオネット。実際、子供のときから
意地悪をした事など一度もなかったライオネットは、自分のしている事に少なからず良心
の呵責を感じていた。
 「あぁ、胸が痛いな・・・」
 辛そうに呟くライオネットを見た召使いは、不思議そうにライオネットを見た。
 「どうかしましたか。」
 「いや、なんでもないよ。ところで、君の名前は?」
 「マリオンです。」
 召使いの女の子マリオンは、そう言いながらライオネットの前に進んでセルドックの部
屋へと案内を始める。
 無言で歩くマリオンに、ライオネットは何気なく尋ねた。
 「それにしても、どうして君みたいな女の子が男装してまでこんなところで働いてるん
だ。」
 ムスッとした顔のマリオンは、目を少し吊り上げて質問に答えた。
 「あなた本当にデトレイドの人ですか?デトレイドでは税金を払えなかった者は税金の
代わりに城で働く事になってるんですよ。でもあたしはおばあちゃんと2人暮しだったか
ら、働けないおばあちゃんの代わりにあたしが男の子に化けて働いてるんです。」
 「そうだったのか・・・」
 ダルゴネオスの圧制に苦しむデトレイドの民の悲しみが、マリオンの言葉に濃縮されて
いた。
 だが、ライオネットには感傷に浸っている暇はなかった。一刻も早くセルドックに囚わ
れているエスメラルダの・・・愛するエスメラルダの元に急がねばならない。
 「早くしてくれ、急がないといけないんだ。」
 急かすライオネットに、不振の目を向けて立ち止まるマリオン。
 「・・・あなたは只の酒屋さんじゃありませんね。一体何者ですかっ?」
 突然のマリオンの問いに、ギクッとするライオネット。
 「いや・・・だから私は・・・」
 「どうなんですか、セルドック殿下の所にお酒を持っていくなんて下手な嘘は言わない
でくださいよ。」
 マリオンはそう言いながらライオネットを睨んだ。
 今まで自分が女の子だと言う事をばらされる恐怖に怯え、ライオネットに従っていたが、
挙動不審な態度といい、どうして自分のような召使いにわざわざ脅し文句を使ってまでセ
ルドックの部屋に案内させようとしているのか疑問を感じたのだ。
 「今度はあなたが私の質問に答える番ですよ。あなたの正体を言わないと殿下の部屋に
は案内しませんからね。言わなかったら怪しい人がいるって大声で言いますよ。」
 「ま、まってっ、それはやめてっ。」
 詰め寄るマリオンに、いとも簡単に立場を逆転されたライオネットはうろたえた。
 「答えてくれるんでしょうね。」
 「わかったよ、全部話すから騒がないで。」
 ライオネットは周りに人がいないのを確かめ、マリオンの耳元に口を近づけて洗いざら
い全てを話した。
 「お姫様を助けにきたですって?」
 「ああ、そうなんだ。僕はネイロスの軍事参謀で、囚われているエスメラルダ姫様とル
ナ姫様を助ける為に宮殿に潜入してるんだ。」
 「ぐんじさんぼうぉ?あなたがぁ?うそぉ。」
 ビン底メガネの、毒にも薬にもなりそうに無い頼りなさそうなライオネットを見て呆れ
るマリオン。
 「信じてませんね、その顔は・・・いいんですよ僕はどうせ頼り無いんだから・・・」
 ムッとするライオネットに、マリオンは少しだけ笑った。
 「その顔見てたら少しだけ信じる気になったわ。でも、案内するのは殿下の部屋にまで
ですからね。あたしにネイロスのお姫様を助ける義理はありませんから。」
 敵国のお姫様を助けた所で何の利益も無いマリオンには、ライオネットの使命など、ど
うでもいいことだった。
 「それでいいよ。」
 マリオンの返答にライオネットは笑顔を返した。
 「ウォン。」
 そして信じてくれてありがとうと言いながら酒樽から顔を出すアルバート。
 「し、白い狼?」
 アルバートを見て驚くマリオン。
 「こいつは僕の、いや姫様の守護神だ。」
 「そうみたいね。あなたより頼りになりそう・・・」
 「え?」
 「な、なんでも無いわよ。」
 マリオンはクルリと後ろを向いて歩き出し、その後を酒樽に入っているアルバートを背
負ったライオネットがついて行く。
 時刻は既に夜の時間となっており、廊下に並ぶ照明を頼りに2人と1頭はセルドックの
部屋を目指した。




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