『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説 ふぶき〜初陣編〜1.「不安」
恋思川 幹

「この少女を魔戦姫とするのは、正直なところ抵抗がありますね」
「左様、この者は武将として戦場を駆け巡り、権謀術数の世界で生き抜いてきたのじゃ。
力の使い方を、他人との争うということを知りすぎておる」
 どこからともなく、声が聞こえる。
「魔戦姫擁護派のおぬしらから、そのような言葉を聞くとは意外なことよ。この娘の声が
わしのところにまで届いたのは事実。陵辱されることによって生じた激しい負の感情がな。
魔戦姫になる条件は揃っておるだろうに」
「魔戦姫の多くは、何不自由なく育てられた純粋無垢な姫君達じゃ。力の使い方も他人と
争うという事も知らぬ……な。それ故に彼女達は、魔戦姫という強大な力を託すに値する
のじゃ。
 その力の矛先は悪党達にのみ向けられ、力を行使する動機は弱者の救済にある」
 何の話をしているのだろうか?
 ふぶきの意識は朦朧としていて、声は聞こえても会話の内容が認識できない。
「だから、この娘は魔戦姫にするには危険なんです。力の使い方を知り、他人と争うこと
を知りすぎていると、魔戦姫の強大な力の誘惑に対する抵抗力が弱くなります」
「加えて、この少女は男性同然の生活していましたしね。魔戦姫のお姫様達は皆、戦うこ
と以外に、女として、姫として、楽しいことを知っているからこそ、力にばかり気を取ら
れずにいるわけですし」
 どうやら、自分の話をしているらしい。
 やっとそれだけは認識できた。
(私は殺されたのだから、きっとここはあの世なのだろう。ならば、この声は私を地獄に
連れて行くのか、あるいは極楽へ連れて行くのかを、地獄の獄吏があれこれ相談している
のかもしれぬな)
「つまり、どうあってもこの娘を魔戦姫とするのには反対だと言うのだな? なぜ、この
娘が男同然の暮らしぶりであったのか? なぜ、戦場や術数権謀の中に身を投じなければ
ならなかったのか? その原因まで考える事無く」
「この少女の事情はわかっておりますよ。それでもですね……」
 鋭く切り込むような問い掛けに、答える側が言葉に困る。
「息子のガロンに反対されるのならばともかく、よもやおぬしらに反対されるとはな。リ
ーリア殿はいかがお考えか?」
「私は……彼女を私たちの仲間として受け入れたいと思います。もちろん、皆さんの懸念
も重々承知しております。けれども、私達は彼女を二度も救うことができませんでした。
彼女を魔戦姫の仲間として受け入れることで、せめてもの償いをしたいのです」
「それはリーリアさんのせいではありません。人間界の広大無辺です。悲しいことですが、
すべての悲劇を防ぐことが出来るわけではないのです。だから、どうか自分を責めないで
下さい」
「それはわかっております。わかっておりますけれども、こうして目の前にいる彼女を見
捨てることなど出来ません」
 そして、沈黙が訪れた。
 ………。
 ……。
 …。
「リーリアがそう言うのであれば、仕方あるまいて。これ以上、反対もできんの」
 ようやくポツリとつぶやく声が聞こえた。
「そうですね。その代わり、彼女のケアには十分な注意を払ってくださいね」
「ガドラさん。魔戦姫と契約すると言うことは、遊びではありません。ましてや、彼女の
場合、事情が特殊です。まさか、遊び半分の軽い気持ちで契約をなさるおつもりであると
は思いませんが、そのこと十分に承知してください」
「むろん、承知しておる」
 一同の結論がでた。
「皆さん、ありがとうございます。ふぶき姫は私たちの仲間として温かく迎え入れさせて
いただきます」
 リーリアが立ち会っている八分衆達に礼を述べる。
「さて、皆の同意が得られたところで、契約を始めさせてもらおうか」
 ふぶきの額に、指がそえられる。
『目を覚ませ、ふぶき姫よ。われはさきの魔界鬼王にして、名はガドラなり。我との契約
を望むのは汝か?』




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