『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説 ふぶき〜初陣編〜2 「空振り」
恋思川 幹

 寺は既にもぬけの殻であった。
 本堂の中にはいたるところに血の跡も見受けられ、境内の庭には幾つもの新しい土饅頭
が作られていた。
 ただ一人、本堂に旅装の若い武芸者がいるのみである。
「一体誰がこんなことを……。私は目的の一つを失ってしまった」
 武芸者が歯の根を鳴らす。
「ふぶきさま、ただ今戻りました」
 音もなく市女笠をかぶった旅装の女が現れる。
「どうであった? 紅葉」
 若い武芸者……ふぶきが、旅装の女……紅葉に尋ねる。
「はっ。この寺はあの合戦の後、平居から“ふぶきさまの首を取り戻した”功により、寺
領を安堵され、北大路の配下になったそうでございます」
 紅葉の報告を聞いて、ふぶきは顔を曇らせた。
「……やはり兄上が絡んでいたということか。……疎まれているのは知っていた。だが、
ここまでされるとは思わなんだな」
「乱世の世なれば、肉親の情とて確かなものとは……」
「いや、そうではない。あの愚鈍な兄上が私を殺すという決断に踏み切れたことが不思議
なのだ。そのように果断に行動できる方ではあるまい」
 紅葉が慰めようとするのを遮って、ふぶきは答えた。ふぶきは自分の肉親を愚鈍だと断
定してみせた。
「だとすれば、誰ぞ、あやつり人でも?」
「心当たりはいくらでもある。されど、どれにも確証は持てぬ」
 ふぶきはしばし目を閉じて考え込んだが、答えは出せなかった。
「……して、北大路に従属した寺がなぜにこの有り様なのだ?」
「はっ。三日前に何者かの襲撃を受けて幾人かの稚児を残して皆殺しにされたとのことで
ございます。ただ今、若葉がその生き残りの稚児を訪ねております」
「そうか……」
 そう言って、ふぶきは本堂から境内へ降りる。
 幾つもの土饅頭が並ぶのを気にも留めずに踏みつけて歩いていくと、一つの土饅頭の前
で足を止めた。
「はぁっ!!」
 気合とともに、ふぶきの抜き打ちの一太刀が衝撃波を起こして土饅頭を、そして地面を
抉り取った。
 その下に埋まっていたのは、あの時の僧兵の頭であった。
 その死に顔は苦悶に歪んでいた。
「“安らかな”死に顔だな」
 ふぶきは僧兵の頭の苦悶の死に顔を一瞥して、言い放った。
「今の私ならば、文字通りに生きながらにして地獄の苦しみを与えてやれたであろうもの
を……。貴様がどのような死に様であったかは知らぬが、人間に殺されたことを幸運に思
うがよい。おかげで……」
 ふぶきが僧兵の頭の死体に刀を突き立てる。
「私に残されたのは、貴様の死体を辱めることだけではないか!!」
 そう言って、刀を引き抜いては突き立て、突き立てては引き抜いた。
 何度も……何度も……。



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