魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第19話  新たなる魔戦姫。その名はスノウホワイト
ムーンライズ

 大好きな祖父を失い、悲嘆に暮れるシャーロッテ姫の前にハルメイルとドワーフ達が現
れたのは、それから暫くしてからだった。
 部屋からエーデル姫に支えられて出てきたシャーロッテ姫に、ドワーフ達が駆け寄る。
 「姫様・・・御館さま、死んじゃったの?」
 嗚咽をあげるシャーロッテ姫が、涙ながらに頷いた。
 「そうなの・・・お爺様は・・・神様に召されたの・・・天国に逝かれましたわ・・・」
 親のいないドワーフ達を、我が子のように慈しんでくれた御館さま・・・優しかった御
館さま・・・
 「そんなあ・・・御館さまが・・・わあーんっ、ひめさまーっ。」
 抱き合い、悲しみに沈むシャーロッテ姫達・・・
 だが、悲しんでいられる時間は無くなっていた。蘇生した民達に見つかってはならない
のだ。
 そして、シャーロッテ姫もまた、慣れ親しんで来た故郷を離れねばならない。愛した民
達とも、別れを告げねばならない。
 それが(魔)に身を委ねた者の宿命・・・
 リーリアがシャーロッテ姫に歩み寄って声をかける。
 「バーゼンブルグを離れる前に聞いておきましょう。シャーロッテ姫・・・あなたは魔
戦姫となる事を望んでおりましたわね?」
 その問いに、シャーロッテ姫は神妙に答える。
 「ええ・・・望みました。皆を救うため、あなた達と同じ力を有したいと願いました。」
 その強き願いで、闇の魔王に魔力を授けられたのである。
 全てを捨てる事と引き換えに・・・
 「そうでしたね・・・ではもう一度問いましょう、あなたは魔戦姫としての人生を歩む
決意がありますか?魔戦姫となる事は、生半可な事ではありません。想像を絶する戦いの
日々があなたを待っているのです。それでも良いと言うなら・・・我が身を力無き民のた
めに使うと誓うなら・・・私の手を取りなさい。それが契約の証となりますわ。」
 手を差し出すリーリア。それを見つめるシャーロッテ姫。
 (魔)に身を委ねたシャーロッテ姫は、バーゼンブルグに止まる事は許されない。
 無論、魔界にて平穏無事に過ごす権利もある。それでもリーリアは、あえてシャーロッ
テ姫に魔戦姫となる事を問うた。
 「さあ、決断はあなた次第ですわ。」
 そして、シャーロッテ姫の答えは決っていた。
 リーリアの手を握り、シャーロッテ姫は答えた。
 「お願いします・・・私を、魔戦姫の末席に加えて下さいませ。」
 リーリアもまた、シャーロッテ姫の決意を受け入れた。
 この時点で、シャーロッテ姫は魔戦姫として正式に迎えられた事となる。
 「わかりましたわ、あなたを新たなる魔戦姫として契約を致しましょう。そして、あな
たの契約者たる方は・・・魔界童子ハルメイル様でありますわ。」
 手をハルメイルに向けるリーリア。
 彼女は全て悟っていた。シャーロッテ姫が魔戦姫としての契約に応じる決意があった事。
そしてハルメイルがシャーロッテ姫の契約者となる事も・・・
 ハルメイルは軽く咳払いして歩み寄る。
 「オイラの考えてる事は・・・全部お見通しなんだね、さすがはリリちゃんだよ。その
代わりと言ったらなんだけど、契約の儀は今ここで済ませたいんだ、いいだろ?」
 悪戯っ子のような顔で頼み込むハルメイルに、リーリアはクスクス笑った。
 「今ここでですか?それは予想しておりませんでしたわ・・・私は別に構いませんが、
八部衆の方が魔戦姫と契約を交わされる場合には、他の方々の賛同を得ねばなりませんが、
勝手に契約を交わしてよろしいのですか?」
 リーリアの質問に、平然と答えるハルメイル。 
 「どーせ反対するのはガロンのハゲ鬼とヴァルゼアのヒス女だけだろ、放っとけばいい
じゃん。」
 余りにも素っ気無く言うので、リーリアも呆れた顔をするのであった。
 「まあ、魔王様にお咎めを受けても知りませんわよ。」
 クスクス笑っているリーリア。
 契約の儀・・・それは魔戦姫としての正式な契約を結ぶ儀式なのだ。ハルメイルはもう
1つリーリアに頼んだ。
 「あのね・・・魔界へは先に行っててくれないかな?契約が済んだ後、シャーロッテ姫
に故郷への最後のお別れをさせてあげたいんだ。街の人に見付からないようオイラがごま
かすからさ。」
 契約を頼む時とは違った、優しくも辛そうなハルメイルの表情をリーリアは静かに見る。
 「わかりましたわ、では後の事はよろしく。」
 一礼したリーリアが魔界ゲートへと消えた。
 後には、ハルメイルとシャーロッテ姫、そしてドワーフ達だけが残された。
 しゃがんでドワーフ達を抱いていたシャーロッテ姫は、歩み寄るハルメイルに目を向け
る。
 「私の契約者になっていただけるのですね。よろしくお願いします・・・ハルメイル様。
」
 丁重に礼をするシャーロッテ姫に、ハルメイルは少し恥かしそうに顔を赤くして咳払い
する。
 「そんなに畏まらなくてもいいよ、契約は難しい事じゃないしさ。それと、オイラの事
をね・・・」
 ハルメイルの声が急に小さくなり、シャーロッテ姫は不思議そうに尋ねる。
 「あの・・・?どうかなさいましたか。」
 「うん、だからね・・・オイラの事、2人だけの時は・・・・ハル坊って・・・呼んで
欲しいんだ。」
 真面目な顔で妙な事を言い出したハルメイルに、シャーロッテ姫とドワーフ達はポカン
とした顔をになる。
 黙ったままのシャーロッテ姫達を見て、ハルメイルは慌てた。
 「あ、いや、嫌なら別にいいよっ?仲の良い連中がオイラの事そう言ってるから・・・
だ、だからシャーロッテ姫と仲良く・・・つまり、その、契約者になるんだから、そう呼
んでほしいなって・・・」
 すると、シャーロッテ姫が少しだけ笑った。絶望と悲しみに沈んでいた彼女に、やっと
笑顔が戻ったのだ。
 そして、シャーロッテ姫が口にした言葉・・・それはハルメイルが最も望んでいたもの
だった。
 「私は、あなたの母様にも姉様になると誓いましたから・・・是非とも呼ばせて頂きま
すわ・・・ハル坊・・・」
 シャーロッテ姫は、愛しい我が子を抱くように、ハルメイルを抱きしめた。
 そして、ハルメイルの目に涙が溢れる。
 「ありがとう、シャーロッテ・・・」
 2人の心は1つとなり、そして契約の儀が交わされる。
 「シャーロッテ、君はオイラとの契約を望むかい?」
 「はい・・・喜んで・・・」
 呟くシャーロッテ姫を見たハルメイルは、優しい笑顔を浮べ・・・そして童子の姿から、
見目麗しき美青年へと変貌を遂げた。
 利発的で涼やかなるその美顔。シャーロッテ姫は驚きを隠せぬまま、呆然とハルメイル
を見つめる。
 「そ、その姿は・・・」
 「驚かせてゴメンね、これがオイラの本当の姿さ。母様と姉様が死んじゃって、それか
らずっと子供の姿だったけど、君がオイラの封印を解いてくれたんだ・・・この姿、魔王
様にも見せた事はないのさ。」
 シャーロッテ姫の額に、ハルメイルはそっと手を置く。
 「今ここに、魔界八部衆が1人、魔界童子ハルメイルの名において、汝、シャーロッテ
姫と契約を交わす。これより汝は、永久に我と魂を共にするなり。」
 「はい・・・」
 シャーロッテ姫の了承と共に、契約は交わされる。ハルメイルの手から黒い光が放たれ、
シャーロッテ姫を包み込む。これによってシャーロッテ姫は、正式に魔族として迎えられ
た。
 契約は交わされ、2人は無言で抱き合い、そして唇を重ねあう。
 ドワーフ達も、泣きながら2人に寄り添った。
 言葉は要らない。心は1つとなり、全てが結ばれた・・・
 
 全ての民が復活したバーゼンブルグ。
 その街に、いつものような朝が訪れた。今までの惨事がまるで嘘の様に、朝日が街を照
らしている。
 目覚めた民は、一体何が起きたのかすら判らぬ様子で呆然としていた。
 その様子を、街の上空から見つめているシャーロッテ姫とハルメイル。
 ハルメイルに抱き抱えられたシャーロッテ姫は、ドワーフ達と共に、慣れ親しんだ街と
愛する民へ最後の別れを告げている。
 「・・・さようなら、私の愛したバーゼンブルグ・・・私を愛してくれたみんな・・・
さようなら・・・」
 「さよなら、さよなら・・・」
 涙を流し、街を見つめるシャーロッテ姫達・・・
 その悲しき涙の雫が、静かに街へと落ちていった・・・
 
 民達は、何故自分達が助かったのか判らず、困惑しながら広場に集った。
 「どうして、私達は生きているのだ?確かに・・・青ひげ一味に殺された筈なのに・・・
?」
 「傷も治ってる・・・あれは夢だったの?」
 口々に呟くが、これが夢で無い事は明確だった。壊れた家や破壊された城壁などはその
ままだ。壮絶な略奪の爪痕がはっきりと残っている。
 そして・・・大切な人が失われている事にも気がついた。
 城の召使いが、血相を変えて広場に走ってきた。
 「た、大変だみんなっ!!お、お、御館様が・・・御館さまが・・・」
 泣きながらシュレイダー領主の崩御を告げる召使いに、街の人々は騒然となった。
 深い悲しみが民を覆う。そして・・・空を見上げた1人の民が、驚きの声を上げる。
 「おい・・・みんなあれを見ろ・・・姫様だ・・・」
 指差す方向に・・・シュレイダー領主と、ドワーフ達。そしてシャーロッテ姫の幻が浮
かんでいたのだ。
 静かに、そして優しく微笑み、シャーロッテ姫は民に語りかける。
 (・・・みなさん・・・私達はあなた達にお別れをせねばなりません・・・今まで私達
を愛してくれてありがとう・・・そして、さようなら・・・みんな、ありがとう・・・)
 朝日に消え行くシャーロッテ姫。
 街の人々は、涙を流して叫んだ。
 「姫さまっ、行かないで・・・戻って来てーっ!!」
 泣き崩れる人々。そして、年老いた大工の親方が、悲しく泣き叫んだ。
 「おお、神よっ。どうして姫様を・・・御館様とドワーフ達を天に召されたのです・・・
どうして・・・このオイボレの命を奪ってくだされなんだ・・・どうしてです・・・おお
おーっ。」
 街は悲しみに包まれた。
 もはや青ひげに対する憎しみなど一切ない。ただ・・・愛する白雪姫との別れを悲しん
だ・・・
 
 それを見届けたハルメイルが、悲しそうに口を開く。
 「もういいだろうシャーロッテ・・・これでお別れだ・・・」
 「ええ、これでお別れですわ・・・」
 魔界に向おうとする一同を、リーリアが迎えに現れた。
 「全て済みましたのね。」
 頷くハルメイル。
 「ああ、全部終わったよリリちゃん。」
 そして、シャーロッテ姫はリーリアに告げた。
 「リーリア様。私は今より、魔戦姫としての人生を送ります。シャーロッテ姫の名を捨
て、これよりはスノウホワイトを名乗ります。」
 その決意を、静かに受け入れるリーリア。
 「判りましたわ、あなたを新たなる魔戦姫として迎えます。ようこそ、スノウホワイト。
」
 こうして、新たなる魔戦姫(スノウホワイト)は魔界に迎えられた・・・
 魔界ゲートを抜ける直前、ハルメイルはそっと語りかける。
 「これからスノウホワイトとしての人生が君を待っているけど・・・オイラと2人きり
の時は、シャーロッテに戻っていいんだよ。」
 その言葉に、恥かしそうに頷くスノウホワイト。
 「ええ、ありがとうハル坊・・・」
 
 悲しみを背負った(白哀の魔戦姫)スノウホワイト・・・彼女の新たなる人生は、今こ
こに始まったのだった・・・



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