魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第18話  永遠の別れ・・・その悲しみを超えて
ムーンライズ

 リーリアがシャーロッテ姫を連れてバーゼンブルグに現れたのは、マリアが残党を始末
した直後だった。
 魔界ゲートから現れたリーリアの耳に、銃声が響いた。
 「これはどうしましたの?殲滅は終わったと聞きましたが・・・」
 そんなリーリアの前に、残党を始末したマリアが現れる。
 「御待ちしておりましたリーリア様、青ひげ一味の残党がおりました故、始末した次第
です。」
 それを聞いて納得するリーリア。
 「そうでしたか。それより、民達の様子はどうですか?」
 「はい、姫様が殆どの民の再生を済ませておられますので、後は民の肉体に魂を戻すの
みであります。」
 マリアの報告に、リーリアは満足そうに頷く。
 「こちらも完了しましたわよ。シャーロッテ姫は見事青ひげ一味を殲滅し、民の魂を怨
念から解放させました。全ては順調に成し得えたのです。」
 最も危険な事態を終了させ、最後の段階に向うリーリア達。
 シャーロッテ姫は、破壊された街を見て悲しそうに呟く。
 「・・・みんな助かったのでしょうか・・・心配ですわ・・・」
 そんなシャーロッテ姫に、マリアが声をかける。
 「御心配には及びません、エーデル姫様が全ての人々を蘇らせておりますわ。」
 「エーデル姫・・・あの紅い瞳の方ですね・・・あの、あなたは?」
 その質問に、マリアは一礼して答える。
 「はい、私はエーデル姫様の侍女で、マリア・カタロニアと申します。以後、お見知り
お気の程を。」
 「ええ、こちらこそよろしくですわ。」
 
 その頃、エーデル姫に再生を受ける民は、最後の1人となっていた。
 「ふう、これであと1人でしたわね。」
 一息ついたエーデル姫の元に、最後の者が運ばれて来る。
 その最後の1人を見て、エーデル姫の紅い瞳が驚きと悲しみに揺れる。
 「・・・この子は・・・似てますわ・・・」
 その最後の者は、幼い男の子だった。4、5歳ぐらいだろうか、胸を銃で撃たれている。
 エーデル姫の悲しい過去と通じる印象があるのだろう、エーデル姫は手を震わせて男の
子を見た。
 「こんな小さな子まで・・・なんて事を・・・必ず、必ず生き返らせてあげますからね。
」
 込み上げる激情を押さえ、エーデル姫は医療器具を手にした。
 横たわる男の子の胸から弾丸を摘出し、傷口を塞ぐ。
 エーデル姫の紅い瞳から、大粒の涙が溢れ出して、男の子の顔にポタポタと滴り落ちる。
 悲しみを堪え、エーデル姫は涙も拭わず治療を行った。
 最後に心臓マッサージを施すと、心臓の鼓動が蘇る。男の子は助かったのだ。
 「さあ、ボク。もうすぐママに会えますわよ。」
 眠る男の子にキスをすると、エーデル姫は医療魔道書を手にして民達に向き直る。
 最後の詰めである魂の生還を施すためだ。
 しかし、現れたリーリアとシャーロッテ姫の姿を見て、呪文を唱えるのを止めた。
 「リーリア様、全て終わったのですね。」
 その問いにリーリアは頷く。
 「ええ、青ひげ一味も殲滅し。民の魂も無事闇から生還致しました。これで後は魂を肉
体に戻すのみです。エーデル、早速ですが、魂の復活の術を・・・」
 リーリアがそこまで言いかけた時、エーデル姫は魂の復活をシャーロッテ姫に任せよう
と思い立った。
 「あの・・・リーリア様、民達の魂は、シャーロッテ姫自身の手で復活させてあげるの
が良いと思うのですが・・・どうでしょう?」
 少しばかり恐縮した顔のエーデル姫だったが、リーリアは快く賛成してくれた。
 「それは良い事です。民を一番愛したシャーロッテ姫に魂を復活してもらえば、民達も
喜びますわ。」
 そのリーリアとエーデル姫の話し合いを、驚きの表情で聞いているシャーロッテ姫。
 「あ、あの・・・私に街のみんなを蘇らせろと仰るのですか?そ、そんなの無理です。
だって・・・私にそんな力は・・・」
 そう言うのも無理はない。魂の復活など、一体どうやってやれと言うのか・・・
 そんなシャーロッテ姫の手を握ったエーデル姫が、優しく言葉をかける。
 「あなたには、魔王様から授かった魔力が残っていますわ。その全てを癒しの力に変え
て、魂を復活させれば良いのです。力の使い方は私が導いてあげます。それに・・・あな
たは民を愛していたのでしょう?きっとできます、その気持ちがあれば・・・」
 潤んだ紅き瞳でシャーロッテ姫を見つめるエーデル姫。
 その優しい言葉に、シャーロッテ姫も決心した。
 「判りました・・・民達のために、私は力を使いますわ。」
 闇の魔王から授かった魔力はまだ使える。これで民の魂を呼び遣せばいいのだ。
 シャーロッテ姫とエーデル姫は、民達の眠る広場の中央に立った。
 累々と横たわる民達・・・息を飲んでシャーロッテ姫は手を組んだ。
 そしてエーデル姫がシャーロッテ姫の肩に手を置く。
 「私が魔王様の魔力を誘引します。魔力が発動すれば、私が唱える呪文を続けて唱えて
くださいね。」
 「は、はい・・・」
 私にできるだろうか・・・そんな焦りがシャーロッテ姫の胸に過る。
 そんな不安を、ドワーフ達が和らげてくれた。駆け寄って来るドワーフ達が、2人の周
囲に集まる。
 「ボク達がついてるよ、姫様。」
 「みんな・・・ありがとう・・・」
 不安はなくなった。そして、エーデル姫によって魔王の魔力が誘引される。
 魔力を宿す黒い光が、白い光に変わってシャーロッテ姫から放出された。
 魔道書を読み上げるエーデル姫の後に続き、シャーロッテ姫は呪文を唱える。
 黄泉の国から魂を呼び戻す呪文だ。
 白い光が民達を照らし、浄化された魂は次々と肉体に戻って行った・・・
 
 全ての魂が戻り、民達は次々目覚め始めた。
 「う、ううん・・・どうしたんだ私達は・・・?」
 「き、傷がなおっておるぞ・・・わし等は・・・確かに青ひげどもに殺されたはずじゃ
のに・・・」
 「うでが、腕がなおってるっ。よかった・・・動くぞっ。」
 次々歓喜の声を上げて起き上がる民達。それを遠くから見つめるシャーロッテ姫・・・
 彼女には、すぐさま向いたい場所があった。それは、大好きなお爺様の元である。
 エーデル姫から治療を受けていたシュレイダー領主は、寝室で眠っている筈だ。
 喜びを胸に、シャーロッテ姫は駆けて行く、大好きなお爺様の元に・・・
 「お爺様っ!!」
 ドアを開け、寝室に飛び込んだシャーロッテ姫は、ベッドに横たわるシュレイダー領主
に駆け寄った。
 「お爺様・・・私です・・・シャーロッテですわっ、目を覚まして・・・」
 身体を揺すると、シュレイダー領主が静かに目を覚ました。その目に、愛する孫娘シャ
ーロッテ姫が映る。
 「お、おお・・・シャーロッテ・・・ぶ、無事だったのか・・・おお、良くぞ帰ってき
てくれた・・・私の可愛いシャーロッテ・・・」
 喜びの涙を流し、シュレイダー領主は孫娘を強く抱きしめた。
 そしてシャーロッテ姫は、泣きながら祖父に甘える。
 「うれしいですわ、よかったですわ・・・もう、お爺様に会えなくなると思いましたの・
・・」
 「不思議な気分だ・・・あれほど青ひげ達を憎んでいたのに、今ではそれが空しい。憎
しみが、全て消えてしまった・・・」
 魂を浄化されたシュレイダー領主に、もはや青ひげ達への憎しみなど一片もなくなって
いる。
 でも、そんな事はどうでもよかった。
 「まあいい、お前が無事であったらそれで・・・」
 そんな孫娘を抱いていたシュレイダー領主は、外から民達の声がするのに気がついた。
 民達は青ひげ一味に皆殺しにされたはずだ。それにシュレイダー領主自身も。
 そして、悪魔の青ひげにさらわれたシャーロッテ姫が、無傷で帰ってきたのもおかしい・
・・
 困惑するシュレイダー領主は、シャーロッテ姫の後ろに立つ、エーデル姫とリーリアの
姿を見た。
 人の姿をしてはいるが、違う・・・
 この2人は人間ではなく、人外の世界からやってきた人物であり、そして、彼女等が皆
とシャーロッテ姫を救ってくれたのだという事を察する。
 しかし、それは悲しき事実をもシュレイダー領主にもたらした・・・
 愛しい孫娘を抱きしめ、シュレイダー領主は悲しく呟いた。
 「シャーロッテ・・・お前は・・・魔族に身を委ねたのだね?そして・・・青ひげ一味
を、私達に代わって成敗したのだね?」
 その言葉に、シャーロッテ姫はハッとする。
 「お、お爺様・・・私は・・・私は・・・」
 言葉が出ない。全てを悟られてしまい、もうこれ以上何も言えない・・・
 泣き崩れそうになるシャーロッテ姫の頭を、シュレイダー領主は優しく撫でた。
 「そうか・・・お前には辛い思いをさせてしまった・・・許してくれ、私が至らなかっ
たばかりに・・・」
 大粒の涙を流し謝罪するシュレイダー領主。祖父の変わらぬ優しさが、シャーロッテ姫
に沁みる。
 「お爺様・・・」
 顔をあげたシャーロッテ姫は、不意に祖父が苦しそうな顔をするのに気がついた。
 「ど、どうなさったのお爺様っ!?」
 「う、ううっ。」
 シュレイダー領主は、腹部を押さえて苦しみだした。リーリアとエーデル姫も心配そう
に駆け寄る。
 その苦しみは、銃弾を受けた際のものではない。その傷なら、エーデル姫が治している
はずだ。
 それを見たリーリアが、深刻な顔で問うた。
 「シュレイダー領主・・・あなたは以前から、大病を患ってはおられませんでしたか?」
 その問いに、辛そうに答えるシュレイダー領主。
 「・・・見抜かれましたか。いかにも、私は肝臓を患っておりました・・・ベルリンの
名医に看てもらったのだが、もって半年・・・そう告げられていた・・・」
 驚きの告白に、シャーロッテ姫は愕然とする。
 肉体を蝕んでいた大病が、襲撃の影響で一気に悪化してしまったのだ。もはや手遅れの
状況に陥っている・・・
 「ど、どうして・・・そんな大事な事を黙ってらしたの!?お父様とお母様の元に行く
のは近いって仰ったのは・・・この為でしたのね・・・」
 「ああ、そうだ。黙っていて悪かった、お前の悲しむ顔を見るのが忍びなくてな・・・」
 すると、シャーロッテ姫は迷わず魔力による治療を祖父に施そうとした。
 「お爺様の病気は私が治しますわっ。エーデル姫、私にもう一度魔力を使えるようにし
てくださいっ!!」
 「わかりましたわっ。」
 エーデル姫もそれに応え、すぐさま医療魔術を使おうとしたが・・・シュレイダー領主
はそれを拒否した。
 「・・・もういいんだよシャーロッテ。どの道、私はもう助からん・・・それに、人に
は神が定めた寿命がある。私もその時が来たのだ、これは運命なのだよ。」
 運命・・・シャーロッテ姫には辛い事実であった。首を振り、悲しき運命を受け入れる
のを拒否するシャーロッテ姫。
 「いやいや・・・そんなのいやですわ・・・お爺様を死なせたくない・・・私が幸せな
結婚をするまで死なないって仰ったじゃない・・・そんなのいや、いや・・・」
 泣きじゃくるシャーロッテ姫の頬に手をあて、シュレイダー領主は優しく告げる。
 「私はもうすぐ神に召される。でも、私はお前の事をずっと愛しているぞ。たとえ悪魔
に成り果てようとも、醜い修羅になろうとも、私はお前を永遠に愛する・・・」
 「お爺様・・・」
 嗚咽をあげて祖父の顔を見ると、そこには変わらぬ優しい顔があった。いつもいつも優
しくしてくれた、愛しいお爺様の顔があった。
 病気の苦痛が和らいでいた。が、それはシュレイダー領主の命の焔が消えてゆく証でも
あった・・・
 「さあ、これでお別れだ・・・シャーロッテ、おやすみのキスをしておくれ。」
 夜、いつも祖父におやすみのキスをするのが習慣だった。いつものように、そっと祖父
にキスをするシャーロッテ姫・・・
 シュレイダー領主は、とても安らかな顔で微笑む。
 「ありがとうシャーロッテ・・・お前と過ごした時間が、私の最高の時間だった・・・
さようなら・・・愛しているよ・・・シャーロッテ・・・」
 握られた祖父の手から力が抜ける。そして、永遠の別れとなった。
 「お・・・お爺様・・・おじいさまーっ!!」
 わっと泣き叫び、シャーロッテ姫は祖父に縋った。
 その姿に、エーデル姫は目頭を押さえてリーリアに寄り添う。
 「リーリア様・・・悲しいですわ・・・」
 「ええ、でも私達はこの悲しみに耐えねばなりません。悲劇が繰り返されぬ様に・・・」
 数多の悲しみを見つめて来た魔戦姫の長・・・
 リーリアの瞳にも、深い悲しみがあった。


次のページへ
BACK
前のページへ