お姫様舞踏会2(第六-3話)
お姫様舞踏会2

 〜新世界から来た東洋の姫君〜
作:kinsisyou
品定めをするかのように車内を覗き込む山賊ども。しかし、飛鳥姫は冷静であった。普通山賊に遭遇したら姫君なら動揺するところだが、それどころか飛鳥姫は山賊に対して蔑みすら隠さない。
「オバカですわね。これは馬車とは違いますわよ。車はれっきとした凶器であることを見せ付けてあげましょう」
 そして、飛鳥姫は思い切りアクセルを踏み込んだ。その瞬間、山賊のリーダーと思しき恰幅のいい男は空高く吹き飛んだ。
 思わぬ逆襲に動揺する山賊。更に今度はシフトをリバースに入れて後退し後ろにいる山賊を跳ね飛ばす。
「うぎゃあああ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 山賊にとって計算外だったのは、馬車と同じ感覚で飛鳥姫たちに襲い掛かったことであった。形勢不利を悟って逃げ出す残党。と、助手席のファミーユ姫を気遣う。
「大丈夫でしたか?ファミーユ姫」
「は……はい……山賊も怖かったけど、体当たりするとこんなにも衝撃が来るとは思わなかったですわ」
 そう、車で人を跳ね飛ばすとものすごい衝撃が伝わるのだ。後方の護衛も山賊どもを撃退したようである。
「な、な……何という力……馬車でこんな芸当は無理ですよおお」
 人が空高く跳ね飛ばされる展開に唖然としてしまうリシャール。
「それより馬車のほうが気になりますわね。ファミーユ姫はここで待っていてくださいませ」
 と言って車を降りて馬車のほうに向かう飛鳥姫。後方の護衛も降りてきて飛鳥姫を護るように配置につく。
「飛鳥さま、くれぐれも気をつけてくださいませ」
 その様子を見てリシャールも男が廃るとばかりに車から降りる。
 
 馬車に近付くと……そこには飛鳥姫ですら驚愕する光景が。
「きゃあっ!!」
 馬車の御者は喉を矢で射抜かれて死んでいた。更に内部を確認する飛鳥姫と護衛の女官、そしてリシャール。
「飛鳥姫、内部の女性二人は無事です!!」
 内部を覗き込んだリシャールは乗っている二人が無事であることを確認して知らせる。そして、エスコートするためドアを開ける。しかし……
「こ、こ……来ないでください……」
 リシャールを見て怯えるのは緑色のドレスが鮮やかな姫君と思しき女性と御付きの侍女だろう。余程の恐怖だったらしく縮こまって身体を丸くしてただ震えるばかりだ。そんな二人にリシャールは優しく声をかける。
「大丈夫ですよ、我々は味方です」
 味方という言葉に、少しばかり安心したかのようにこちらを向く二人。それにしても一体何があったというのか。でもって、飛鳥姫は緑色のドレスと短い黒髪からふと何かを思い出したかのように声を上げた。
「もしかして……貴方はユリア姫ではありませんか?」
 飛鳥姫がユリア姫と言った緑色のドレスの姫君は首を縦に振るのが精一杯の様子であった。これでは事情を聞くのも難しそうだ。そして飛鳥姫は推理した。
「これは……多分先ほど山賊がユリア姫一行を乗せた馬車がここを通過するのを待ち伏せしてまず御者を弓矢で狙い撃ちにし、御者は喉を射抜かれて即死、制御を失った馬車はそのまま道路脇に逸脱して停車した。そして山賊一行が襲おうとしたところへ私たちが現れた……ということになりますわね」
 少なくとも二人にはまだ汚された形跡はない。危ういところへ偶然にも自分たちが差し掛かったわけである。ここでリシャールが進言した。
「飛鳥姫、ここに留まっていては危険です、一刻も早く立ち去りましょう」
「そうですわね。ではお二人とも、こちらへ」
 と、未だ震えの止まらない二人を後方のセダンに案内する。普段は4/5人乗りだが、補助席を引き出すことでもう二人乗ることができる。そして、ここから立ち去ろうとした、そのときであった。

「グヘヘヘヘ……さっきはよくもやってくれたなああ、おい」
 何と、山賊どもが仲間を引き連れて引き返してきたのだ。
「てめえ、女のクセしてやってくれたなああ〜礼はたっぷりさせてもらうぜ」
 ひげを生やした男が飛鳥姫ににじり寄る。僅かに近付いてきただけでも強烈な臭いを放ち、不潔極まりないことは明白であった。普段入浴の習慣があり毎日のようにお風呂に入る日本皇国の姫君である飛鳥姫にとっては耐え難い臭いであった。更に、男は飛鳥姫を見てニタニタといやらしい笑いを浮かべる。
「てめえ、これまた随分と淫乱な格好じゃねえかあ。場末の娼婦にだってこんな格好したヤツはいねえぜえ〜」
 距離が縮まるごとに強烈になる悪臭に、飛鳥姫の顔が苦悶に歪む。
「あなた、お風呂には入ってるのですか?女性の前に出るときはせめてお風呂くらい入ってくださいませ」
 世間知らずな言動ではない。あまつさえ国防大臣を務め、海千山千の猛者を相手に国益をかけた戦いに身を投じているのである。彼らから冷静さを奪うために放った挑発であった。
「このアマ、言わせておけば。こうなったらてめえを犯してやるぜええ!!」
 案の定、飛鳥姫の言葉にブチ切れた男が襲い掛かる。しかし、当の飛鳥姫は平然としたものだ。飛鳥姫危ない!!しかし……
「ぎゃああああ〜〜〜〜〜っ!!目が、目がああ〜〜〜〜〜っ!!こ、こ、これはム○カ大佐の呪いだああああ〜〜〜〜〜っ!!」
 目を押さえてのた打ち回るひげの男。先ほどまでの威勢などかけらもない。飛鳥姫が手に持っていたものは……
「これは護身用のスプレーですわ。それも特に強力なバージョンですから目にくらったが最後、3時間かそこらは目が見えませんわよおおお〜〜〜っ!!」
 何と、護身用のスプレーを山賊の目にまともに食らわせたのである。まさに新世界が誇る近代兵器の面目躍如といったところか。
 のたうち回る男を見て、飛鳥姫が魔法か何かを使ったのではないかと思い込む山賊ども。しかし、ここで怯んでは、ましてや女性たちを前にして逃走しては山賊の名が廃る。そして、取り囲むように一斉に襲い掛かる山賊ども。総勢で10名前後はいるだろうか。さすがにこれはキツイ。
 護身用スプレーや拳銃で応戦する飛鳥姫と女官たち。更にリシャールも両親から手渡された旧世界の最新兵器であるフリントロック式の銃で一発撃って一人、やけくそで剣を振り回して何とかもう一人倒した。だが……
「きゃああああっ!!」
 その悲鳴に振り向くと、何とファミーユ姫が人質に!?
「てめえらああ〜よくも散々やってくれたなああ〜。この姫君を返してほしくば武器を捨てろ。さもなくばこの姫君がどうなってもいいのかああ〜?」
 山賊が使う手垢に塗れた常套句である。当然そんな陳腐な常套句に乗る飛鳥姫ではない。
「どうせ、武器を捨てたら今度は服を脱げとか言って、最初からファミーユ姫を返すつもりなどないのでしょう?」
 動じない飛鳥姫に、予想外の行動と映ったのか、寧ろ動揺する山賊。
「う、うるせえ、この姫君がどうなってもいいのかああ〜!!」
 そう言ってファミーユ姫のドレスの谷間に刃をちらつかせる。
「小さな女の後ろに隠れきれるわけでもあるまいに」
 と言って飛鳥姫は後ろの山賊に照準を合わせ引き金を絞るため人差し指に力を込める。と、そのとき……
 
 バタッ!!

 いきなり山賊は倒れ、その後ろにいたのは無精ひげが印象的な上背のある男と、中性的な顔立ちをした華奢な印象の少年であった。男のほうは山賊を倒すために使ったと思われるサーベルを手にしている。
 まさか、新手の山賊か!?しかし、それにしては気品が漂う。もしや、と飛鳥姫は思い出した。
「貴方たちはもしかして、ブライト=ソードマンとエル・クレール=ノアールではありませんか?!」
 名前をズバリ当てられて、無精ひげの男、ブライトはニヤリと笑った。
「ご明察。それよりその無防備な格好、もしかしてかねてより噂の新世界の姫君の一人かな?」
「大当たり。私は日本皇国より来ました、閑令徳院宮 飛鳥と申しますわ」
「なるほど、そのフルネームからして、貴方は飛鳥姫ですわね」
 エル・クレールは彼女が飛鳥姫だと見抜いた。旧世界の情報網でも飛鳥姫の名はそれなりに知られていた。無論、姫君の身でありながら国政に携わっていることも。
「にしても姫君がこんな暗い森をうろうろしてるなんて、山賊に襲ってくださいと言ってるようなもんだぜ。でもって、赤いドレスの姫君はファミーユ姫かな?」
 山賊の襲撃から解放され、胸を撫で下ろしている様子のファミーユ姫。彼女も一応二人が敵でないことはわかるようだ。
 しかし、何故こんな事態になったのか、リシャールが経緯を説明する。

「なるほどねえ。帰り道でそういう事件に偶然にも遭遇しちまったというわけだ。ある意味山賊のほうが不運だったかもな」
 そう言ってブライトは苦笑いする。
「それにしても、このままだとまた皆様が襲われるかもしれません。我々も護衛の任に就きましょう」
 エル・クレールは自ら護衛を買って出た。しかし、ブライトは乗り気でないようだ。
「をいをい、それだとまたグランドパレスまで行くことになるぞ。オレはごめんだぜ」
「貴方はグランドパレスと姫君の命を秤にかけるおつもりですか!?」
 エル・クレールにそう言われると弱い。結局渋々護衛に付き合うことにした。
「では、こちらにお乗りくださいませ」
 飛鳥姫が二人を案内する。セダンには何と合計で8人が強引に押し込まれることに。前の席も何とか3人乗れるのでクレールがそこに乗ることになった。
「何と、これが噂に聞く馬なし馬車かい」
 ブライトは初めて乗るクルマが何となく不快のようである。
 その場を立ち去る一行。後には壊滅状態になった山賊一行が残された。

 こうして、思わぬ事件に遭遇した一行はグランドパレスに向けて帰路に着いたのであった……。


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