お姫様舞踏会2
お姫様舞踏会2
〜新世界から来た東洋の姫君〜(13話)
作:kinsisyou
いよいよ、今回のメインイベントである舞踏会が迫ろうとしていた。窓をふと見遣ると、茜色の夕闇から漆黒の夜に変わろうとしている。それは、漆黒で出来た緞帳の幕が上がろうとしているようにも見えた。少なくともリシャールの主観からすれば。
舞踏会に合せ礼装に袖を通し、腰にサーベルを佩いたリシャールは、窓の外に映る漆黒の帳を見遣った。
「ああ……今宵の舞踏会にて、私の運命が決まる。いや、私の運命などどうでも良い。私の一挙手一投足で、その後の我がミッドランドと日本皇国との関係までもが左右されるのだ」
下級貴族ではあるが、青果と酒造で財を築いたミッドランド有数の大富豪一族でもあるフルア家の次男としてこの世に生を受け、何の因果か今、自分は旧世界と新世界のその後までをも左右しかねない歴史的瞬間に立ち会っているのだと思うと、緊張の極みに達すると同時にある種の高揚感から来る恍惚とした感覚に包まれるのを感じた。それはもしかしたら神の御加護かもしれない。そして迷いは去り、肚は決まった。.
同時刻、姫君たちも支度に追われ、同道してきた女官に手伝ってもらいながら正装に袖を通していく。ドレス程ではないが、軍の正装も着崩れしないようにするには誰かの介助が必要であった。
「やっぱ私たちはドレスよりこっちの方が肌に合うわね」
などと陸軍の正装に身を包んだ綾奈姫は姿見に自分を映しながら思う。綾奈姫の一言に、誰もが同意するかのように頷いた。因みに、ドレスはある程度全身に重量が程よく分散するのに対して、軍の正装はドレスより軽いけど、数々の勲章と相俟って上半身に重量が集中するので結構重く感じる。また、腰に佩く元帥刀は儀仗用のアルミ製の模造刀ではなく業物である上、装飾には金を使っており、当然重たい。並の姫君と異なり軍人なので鍛えているといっても、女の身には結構な負担であった。
このため、長時間直立不動でいることが多い観兵式などの儀礼は当然苦痛である。兵士程ではないにせよ、軍の最高司令官として威厳を保つのも楽じゃない。
仕度を終えた一行が部屋を出ると、そこにはリシャールが直立不動で待っていた。そして、姫君の姿を確認すると恭しく一礼。それに対して姫君も軍人式に敬礼で返礼する。そう、軍人でもある皆さんにとって、舞踏会は銃弾が飛んで来ないだけで所謂優美な戦場に他ならない。何故なら自分たちも国を代表している身であるし、ましてや新世界からの唯一の代表でもある。つまり、自分たちの一挙手一投足は新世界のその後にも影響がない筈がないのだ。
「お待たせしました。姫君様、メインホールへ向かいましょう」
広大な庭園で栽培されたとりどりの花によるフラワーアレンジメントで美しく飾り付けられたメイン会場となる大ホールには、この日のために新調した衣装と勲章で着飾った紳士淑女が集まり始めていた。会場では、踊ることが中心なので金の縁取りを施した赤のシルクのテーブルクロスが敷かれ、ナプキンがセッティングされたテーブルは隅に追いやられているが、料理はこの日のためにミッドランドで最高レベルのコックが腕に選りを掛けたものばかりである。無論、並ぶお酒もフルア家が全て用意していたのだが、最高レベルのものばかりでなく、中には安価なお酒も混じっているが、これは飲みやすさなど舞踏会のタイムスケジュールなどを考慮して選んでいた。その辺は、長い間王室御用達ということでこうしたイベントに於ける豊富な実績によって築かれた信用の賜物でもある。つまり、お酒のセレクトに関して王室は全てフルア家に一任していることを意味していた。
安価なのは生産量が多く、所謂早飲みと呼ぶ短い熟成期間であることが主な理由であり、別段味が落ちる訳ではないことに注意しなければならない。誤解なきよう言うと、お酒も種類によって熟成期間にはピークがあり、これを過ぎると反って味が落ちてしまう。早飲みなのは、その分ピークが早く来ることをも意味している。
一般に高価なお酒が高価な理由として、まず素材の段階で選び抜かれているため生産量が少なかったり、生産に手間が掛かったり、また熟成期間が長かったりすると、その間の品質管理の手間賃、更にお酒は樽で熟成されている間に蒸発し、30年熟成させると8割が蒸発するとも言われているため、出荷できる量が当然少なくなるのでこれも価格に上乗せされる要因である。
つまり、安価だからといって侮ってはならず、そしてフルア家は例え安価でもこうしたイベントに供せる程自分の造るお酒に自信と矜持を持っていたことが窺える。それに、一般に安価なお酒は軽く飲みやすいものが多く、高価な重いお酒ばかりでは長いイベントである舞踏会を来賓が楽しめないことも長年の経験から分かっていた。
会場の後ろでは勿論撮影機材が既にスタンバイしており、花代自ら最終チェック。因みに花代も一番下の男爵家とはいえ華族なので、この日は宮内省の礼装である金の刺繍が入った黒の詰襟フロックコートに袖を通していた。やはりカメラは珍しいせいか、レンズを覗き込む方が後を絶たない。また、一昨日の上映会で、このカメラによって自分たちの様子も撮影されることを知って、一層気合いの入っている方も少なくなかった。何故ならこの舞踏会の後、編集を経て映画化され3ヶ月後に公開予定であり、しかも旧世界と日本で同時公開をも予定していたのである。
「さて、カメラは全て万全ですわ。後1時間ほどで始まりますわね。一応自分の仕事もこれで終わりですし、後はスタッフの皆さんに任せることとしましょう」
花代はカメラのセッティングが完了した所で一応仕事は終わりなので、やっと肩の荷が下りたとホッとしていた。因みに映画化された際にはカットされたが、花代が仕事が終わって一足早く食事を頂きホッとしている様子もカメラに映っている。
そして、ホスト役のリシャールにエスコートされ、姫君たちが入場してくると否応なしに注目の視線を浴びる。皆さん軍や大臣の正装であったせいもあり、そのファッションにも注目が集まるのは無論、やはり唯一の新世界からの来賓であることが最たる要因であった。正装といっても装飾は幾分簡略化されており、すっきりした印象を与える。まあ、上映会での日本の忙しい様子を見るとさもありなんとそのことを理解している方もも今となっては少なくない。
その凛々しさ漂う出で立ちからは、旧世界でも人気のある物語のジャンルである剣の乙女を彷彿とさせる。
周囲から視線が突き刺さるのを感じて、リシャールは既に緊張もピークに達していたが、その割に何故か落ち着いている自分がいることを感じ取っていた。
(もう、後戻りはできない。どうにでもなればいいさ)
内心は最早開き直ってさえいる。
暫くは各々談笑してそれなりに騒がしかった大ホールであるが、やがて主催者であるギネビア姫はお目見えになると、ホール内は静寂に包まれた。そして、注目がギネビア姫一点に注がれたのを確認して御挨拶。
「皆様、この度は我がミッドランド主催の舞踏会に遠路遥々御越し下さいまして、まことにありがとうございます。この挨拶を以て、舞踏会の始まりとさせていただきます。皆様、存分に御愉しみ下さいませ」
簡潔な挨拶で壇上を降りるギネビア姫。同時に背後の楽団が演奏を始めると、舞踏会の始まりとなる。最初は軽やかな音楽の中、今回が舞踏会デビューとなる貴族の子女が一世一代の晴れ姿を披露していく。そのため顔触れにはあどけなさが残る。舞踏会は外交でもあると同時に集団御見合としての顔も持っており、この夜にまた新たな夫婦が何組が誕生することだろう。
御見合の場合、基本的に恋愛期間はなく、結婚と同時に男女の関係がスタートする訳だが、その過程で強い絆で結ばれ深い愛を育んだ夫婦も少なくない。
この日のために厳しいレッスンを積んできているとはいえ、やはりデビュー故のぎこちなさが目立つが、そこがまた初々しくもあり、嘗ての自分たちもこうだったと大らかな目で見守り懐かしんでいる御仁も多かった。実は初めてデビューする子女で構成されるこのダンス・プログラムをデビュタント・ボールとも呼ぶ。因みにデビュタント・ボールは基本的に一生に一度だけしか出られないのは旧世界も同じ。その中でもミッドランド主催の舞踏会に於けるデビュタント・ボールが旧世界で最も格式が高いとされているようだ。尚、デビュタント・ボールは主催側の負担も大きいため基本的に大国同士での持ち回り制で(何しろ世界中から参列するので)、去年はグランディアが担当している。そんなフォーメーション・ダンスを踊るデビュタントの様子を遠巻きに見つめる来賓たち。
やがて、デビュタント・ボールが終演を迎え荘厳なメロディーが奏でられると、いよいよ遠巻きに見ていた来賓が踊りの輪に加わり、舞踏会は本番に入る。
事実上新世界代表と言える日本皇国からの姫君の席の周囲は新世界から来たということに遠慮しているのか、それとも一昨日の上映会で神秘の国の正体を目の当たりにし、潜在的恐怖を抱いているのか、皆さん遠巻きにしていて孤立しているようにも見えるのだが、踊りの輪に加わると、案の定……
「ねえねえ、綾奈姫、私と一曲踊って下さいな」
「私も、こんなステキなお姉様と踊りたい」
気が付けば令嬢に囲まれている綾奈姫。シニヨンを結っているとショートに見えることから凛々しい顔立ちもあって陸軍内にも女性限定のファンクラブがある程だが、旧世界でも同性を魅了するようで。
「あのう、私は女なんですけどお……」
困り果てた顔の綾奈姫に対して、愛璃姫は、
「まあ、綾奈ってばこちらでも同性にモテモテですわね。旧世界と新世界の架け橋になるつもりで頑張ってきなさいな」
「ね、姉さん、そんな他人事のように言わないで、何とかして……」
傍観の念が先立つのか、滝涙状態の綾奈姫。その様子に有璃紗姫と飛鳥姫、侍女の若菜も笑いを堪えている。しかし、微笑ましいと思って遠巻きにしていた愛璃姫にも、
「お姉様、私と一曲御願いしますわ」
「私は凛々しいお姉様よりも、美しいお姉様派なの」
案の定というか、令嬢に囲まれている愛璃姫。予想外の事態に愛璃姫も戸惑いを隠せない。
「み、皆様、お、踊る相手を間違えてますわ」
二人には、男性陣からの嫉妬の視線が突き刺さる。果たして、これで旧世界と新世界の架け橋になれるのだろうか。などと思いつつそんな様子に一行は笑いを堪えてるが、幸いにもこれを切っ掛けに良い具合に緊張が解れて場も和んできた。その様子を見て、リシャールは今宵に一曲を踊る人を心に決めた。
有璃紗姫と踊る……13-1話へ
飛鳥姫と踊る……13-2話へ
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