お姫様舞踏会2
お姫様舞踏会2

 〜新世界から来た東洋の姫君〜(11話)
作:kinsisyou
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プレイベントである晩餐会の翌日、不可抗力だったとはいえリシャールは鼻血大噴出で倒れるという不祥事に自己嫌悪で頭が一杯で、姫様方にどう顔向けすればいいのかと悩んでいた。何しろ最悪の場合外交問題だ。しかし、当人のそんな心配をよそに、ドアをノックして尋ねる者が。

「どうぞ」

 その一言で、そっとドアを開けて現れたのは、昨日の最大の被害者であった有璃紗姫であった。

「こ、これは、有璃紗姫。昨日のことは大丈夫なのですか?」

「御気になさらずに。貴方のせいではありませんもの。それより、落ち込まれてることと思いますが、それで引きこもっておられると余計に落ち込むばかりでは更なる失敗を招いて瑕を拡げるだけですわ。折角こんなに良い天気なのですから、御庭を散策しましょう」

 有璃紗姫が精一杯気遣っていることが簡素な遣り取りからも伝わってくるようであった。寧ろ気を遣うべきは自分の方なのに、反って申し訳ない。しかし、相手の好意を無碍にすることこそ失礼極まりないので、ここは一緒に散策することにした。



「これは……我が世界でもこんな香りは未体験ですわ。それに、小さくとも精一杯咲いてる花の実に可愛らしくも逞しいこと」

 それは、庭に咲く名もなき花であったが、有璃紗姫はそんな小さな無名の花さえも愛でている。そんな有璃紗姫に、リシャールはあることを思い出していた。

(そういえば、日本人は何気ないものにさえ情を向けると聞いたし、とても繊細な感性の民族とも聞いている。やはり噂は本当だったのだな)

 御庭と言ってもそこは大国ミッドランドの宮殿なので非常に広く、また手入れが行き届いていて非常に洗練されていた。散策しているだけでも飽きることはないし、なかなかの気晴らしにもなる。途中出会う衛兵や庭を手入れしている侍従侍女などにも会釈を欠かさない点も他国の姫君とは違った。姫君から会釈なされるので向こうが反って萎縮してしまうくらいであった。それも相手はミッドランドより遥かに歴史も国力も上の、言わば超大国の姫君がそうなされるのだから猶更だろう。

 これはもしかして大国故の余裕からだろうか。いや、違う。日本皇国の皇族は皆そうなのだろう。現に大国の人間に見られがちな傲慢さがカケラも見られない。

 一頻り庭を散策して戻ると、わざわざメイドが花の香りのするお茶と軽食を用意して二人を案内する。因みに軽食は昼が近いのに配慮してクレープのような薄い生地にチーズと蜂蜜を挟んだものであった。

「これは、花のお茶ですか。我が世界にも似たようなのはありますが、これは体験したことのない不思議な香りで、新世界に輸出すればきっと人気が出ますわ」

 まずその香りを存分に堪能して一口含む有璃紗姫。

「何だか癒される味。これは供給が許すなら輸出すべきですわね」

「そ、それは有り難い。このことに関しては後でギネビア様に報告させていただきます」

 すっかり和んでいる二人。気が付けば昨日のことはすっかり忘れることができた。尤も、そこに気落ちしてポイントも下がっているであろうリシャールへの気遣いも含まれていた。外国の姫君が御喜びになるものがあることを報告すればリシャールの株が上がるのは確実だから。無論、お茶に関しては掛け値なしでこれは素晴らしいと思っていた。



 その頃、昨日晩餐会が開かれた小ホールでは機械類のセッティングに追われており、花代を中心に映写機がセッティングされている中、グランドパレスの侍従侍女やメイドは花代の指示に従って席を並べたり、遮光のために窓にカーテンを追加する作業に追われていた。一体何をするのかと言えば、昼食後に新世界を紹介する映画の上映会が控えていたのだ。これはギネビア姫からのリクエストで、他にも新世界に興味を持つ者は少なくなく、イベントの一つとして誰もが楽しみにしていた。新世界から輸入されている書物などから一部が知られているだけでその実態は殆ど噂に過ぎず、また新世界に行ったことのある旧世界の住民もごく少数であり、驚きに満ちた様子で話すことを事実として認識するのは難しいようで、向こうでほら吹きになったと思う者も少なくなかったという。まあ、信じられないとしても無理はあるまい。

 そんな未知の世界である新世界を知るまたとない機会がこの上映会であった。

「さて、フィルムも準備できてますし、映写機の方も問題ありませんね。あとは上映開始を待つのみですわ」

 花代も上映会の成功を確信しているかのようであった。ついでなので、作業に携わった皆さんに集まってもらって集合写真も撮ってたり。既に魂を抜かれるとか思っておらず、写真にも抵抗のない皆さん。それでも、まるで人が閉じ込められているように見えるので魔法か何かだと思う人は未だにいた。



 昨日がやや重めだったので軽めの午餐会の後、いよいよ上映会の運びとなる。会場である小ホールはカーテンで遮光されやや暗く、こちらが用意した電灯の明かりを頼りに儀礼による序列に従ってメイドに案内されながら用意された席に座る。尤も、ロウソクでもないのに明るいこの電灯に注目している貴人も少なくなかった。新世界ではこんな明かりが使われているのかと。しかもロウソクより明るいし。

 で、上映会を前に愛璃姫から説明が。

「皆さん、これからお見せするのは我が国である日本皇国を中心とした新世界の映像になりますが、あくまで絵が動いてるようなものだと思ってくださいませ。決してこちらに飛び込んでくるようなことはありませんので。慌ててお茶などをこぼされてもいけませんので念のため」

 来場者に身構えてほしくないのでそう言ったのだろう。愛璃姫は敢えて事前にそう説明しておくことで、リラックスして見て欲しいと配慮したのだろうけど、未知の世界に対して身構え驚くのは無理もないんだけどなあ。リシャールはそう思っていた。尤も、愛璃姫がそう説明した理由が、後に明らかとなる。



 ブザーとともに電灯も全て消えて、ホールの舞台正面に展張されている白い幕に、何かが映し出された。既にこの時点で驚きの声が。何しろ映像自体が旧世界では未体験なのだから仕方ない。一応パンフを配って事前に上映する内容について知らせてあるのだけど、それでもざわめきは抑えられなかったようで。

 第一弾は日本皇国の歴史なのだが、現代を中心としつつ時折過去を織り交ぜながら紹介しているのだけど、皆さんの関心は現代の新世界の光景にあるようだった。まあこれは予想していたことだが、反響は想像以上のようで。まあ無理もないだろう。旧世界と新世界では風景が違い過ぎるし、ましてや旧世界には新世界のような大都市が存在しない。

 特に大都市の摩天楼こと高層ビル群は来場者を圧倒していた。旧世界で摩天楼に匹敵するのは神殿や教会、尖塔などの宗教建築に限られていたからだ。尤も、外国にはまだまだ高いビルが既に林立しており、日本皇国では電波塔を除き最大高さは精々70mくらいしかなかったのだが、それでも圧倒されるのであった。来場者には新世界にはそれがまるで当たり前のような光景であることの方が驚きだったと言える。

 旧世界に日本皇国を介して新世界の写真を取り扱ったNIPPONなどの本で僅かながら情報として知られていたとはいえ、単なる細密画としか思わずこれが新世界の風景とは信じていなかった方も少なくなかったのだが、今上映しているのはフェイクでも何でもないのは旧世界の人々にも分かるようで、鳥肌が立っている方も。

 その一方、首都京都が映った時、皇国の宮殿とも言える京都御所に関しては、摩天楼とは裏腹に質素な佇まいに驚かされる。とても超大国を治める元首らしからぬと。グランドパレスもどちらかというとそんなに派手に飾り立てている方ではないが、それでも宮殿としての威容は保っている。

 この間、映像の下には字幕が出るので、旧世界の方も内容を把握することが出来るようになっていた。

 時折過去の歴史と関連する絵などを挟みつつ、都市の他に農村や漁村も映し出され、似たような風景かと思いきや、そこでは機械化された農作業や漁の様子に圧倒されていたり。まだ、農協や漁協、中央卸売市場といった旧世界にはない独自の制度も興味を惹いているようであった。

 庶民層の生活に焦点が当たると、そこには様々な仕事で忙しなく働く様子は旧世界と変わらないけど、ダムや発電所、大規模工場は人々を圧倒するようで、造船所では明らかにこちらの船より何倍も大きな、それも鉄で船を造っている様子は圧巻だったと後に上映会を見た貴族の一人は語っている。

 船を造って行く様子は本質的に旧世界とそう変わらないけど、工場には見たこともない設備が一杯だし、何よりこちらにはまだ鉄で船を造る技術なんて無い。

 また、様々な交通機関で移動している様子に、新世界では何処にでも手軽に行けるのだなと感じた方もいたようだ。実際、旧世界では王侯貴族や一部の者を除き、一生で10キロより先に移動することはまずなかったという。

 余談だが、旅については昔の方がずっとカネの掛かる行為だった。徒歩や馬が主な時代では時間が掛かるため遠くに行くには何度も宿泊が必須だったから仕方がない。

 やがて、日本皇国と新世界について大まかな紹介が終わると、来場者は声も出ないようで、感動していたのか圧倒されていたのか更に畏怖していたのかそれらが綯交ぜになったような表情をしていた。その様子を見たギネビア姫は、このまま続けて鑑賞するのはさすがに疲れるとして30分ほど休憩時間を入れることを提案してきた。

 で、一旦別室で皆さん寛ぐことにし、そして静寂がやがてざわつきに変わるのに時間は掛からなかった。しかし、教養レベルの高い貴族だけあり話している様子は至って冷静で、中には我が子を新世界に留学させたいなどと言っている方も。

 この間お茶とちょっとしたスイーツで心を落ち着かせている方も少なくなかった。

「この様子だと、概ね好評といった所かしら」

「まあ、呆気にとられるのは予想通りでしたが、皆さん意外と冷静そうな所をみると問題なさそうですし。それどころか我が子を留学させたいとか言ってる方もいましたよ」

 傍らで皆さんの様子を遠目に見ていた綾奈姫と飛鳥姫も取り敢えず好評のようなので安堵しているといったところか。

 

 30分後、再び集まったところで次は日本皇国の交通であった。実は、これこそ旧世界の皆さんに見ていただきたいという程に力が入っていた。何故なら日本皇国の自慢の一つが充実した交通網だったからである。

 そこに映し出されていた光景は、やはり旧世界の方々の想像を遥かに超えていた。

 庶民的な足であるタクシーやバスといった自動車、高速道路、大量の貨物を迅速に運ぶトラック、更に旧世界には存在しない鉄道。日本皇国は特に鉄道には力を入れており、それだけに通勤通学の利用率は非常に高く、無論貨物も運んでいた。そして、日本皇国鉄道の二大集大成と言えるのが世界一の豪華列車あじあ号と開業したばかりの新幹線であった。

 鉄道が如何に皇国で利用されているかを説明した映像の後、後半はほぼあじあ号と新幹線の紹介であった。

 あじあ号は世界最長の230qにもなる巨大橋を通じて海を渡り大陸を走破し、その間移り変わる景色を眺めながら最上の食事などが提供される、旧世界風に言えば走る宮殿であり、一等寝台のみの客室もベッドのみならずバスルームまで完備され豪華極まりなく、快適に寛いでいる間に僅か30時間程で4000キロ近く離れた場所に到着するなど信じ難いものがあった。その間乗客は楽しそうである。案の定、その説明にざわつきが。何しろ4000qというと、こちらの尺度で優に4ヶ月を要する距離なのである。

 また、全身銀色に輝く流線型のシルエットや、内装に木調を用いない金属調を多用した未来的なデザインとシンプルながら斬新な装飾様式も話題となっていた。貴族たちは銀を使った列車とは恐れ入ったと感じているらしかったが、実はアルミ合金の車体に鏡面仕上げを施している効果によるものである。尤も、カトラリーには銀製品が豊富に使われていたが。

 

 既にあじあ号で圧倒されている中、新幹線が登場すると、沈黙から一転してさわめきが起こる。何しろ500系にも似た、低く地を這うようなシャープなフォルムの車輛が猛スピードで走り抜けているのだ。無理もないだろう。

 日本皇国に於いて開業したばかりの新幹線を走るその車輛の名はX0系と言い、最高速度335q/hで東京-西鹿児島間1300q余りを最速のひかり号で僅か5時間半で結ぶ、まさに世界最速の列車であった。また、従来の鉄道車両の概念を打ち破るシルエットは、新世界でも関係者を圧倒した。ここまで来ると、旧世界の人々の感覚では最早何が何だか分からない。魔法という感覚すら超越していたのではないだろうか。

 限られた大都市駅にのみ停車する最速のひかり号の他、主要都市駅に停車するこだま号、各駅に停車するかがやき号があり、かがやき号には18両の他12両編成もあった。

 だが、普通なら1ヶ月余は掛かる距離をたった5時間半で結ぶという想像を絶する乗り物であることは認知されたようで。旧世界の感覚では恐らく瞬間移動にも等しいだろう。尤も、皇国の住民にとっても開業から暫くは信じ難い感覚ではあったが、それが日常の光景となるのにそれ程時間は掛からなかった。また、行楽シーズンや盆正月は新幹線の利用が当たり前になっていく。

 航空機を思わせる銀色の車体に青とライムグリーンのラインを配したシンプルながらもスピード感溢れる外装であり、外から見ると全長566m、18両編成の列車が過ぎ去るのはあっという間のことで、まさにその名の通り光の如し。

 先頭車両は空気の壁を突き破るのみならずトンネル微気圧波現象を少しでも減じるため非常に細長く、標準的な長さ31mに対して先頭車両はこのために35mあり、内半分近くをこの細長く#なノーズが占めていた。このため西鹿児島寄り1号車は特別1等車、別名パーラーカーとされて少数しか乗れないことを逆手に取って最上級の客室にしていた。4人掛けの区分室と呼ぶ個室と左右1人掛け8列の開放室で構成されており、僅か20名だけが乗ることができる。因みにパーラーカーはひかり号のみにしか設定されていない。

 また、2号車と3号車は2人掛けと1人掛けで構成された一等車、4〜6号車が左右2人掛けの二等車となっており、残りが3人掛けと2人掛けの三等車なのだが、最後部の18号車はシートピッチが詰められている代わりに通常の三等車より10%安く設定されていた。超高速で走行する関係上、安全上の観点から全席指定。

 また、奇数号車には授乳コーナーが、9号車と10号車には障害者利用も考慮した多目的室があり、11号車には駅弁やスナックなどが買える車販コーナーが完備されている。これは、僅か5時間半では食堂車を運営するには回転率が悪過ぎるため、食堂車を設けない代わりの配慮であった。また、1号車、2号車、5号車、11号車には電話室も設けられている。

 全体では1600名余が乗れた。

 内装も未来感覚の列車らしく全体にシンプルで、一等車は近未来感をコンセプトに白系で構成され、青や黒、銀が効果的なアクセントになっており、二等車は清涼感を重視して青系で構成され、三等車は庶民層の利用を考慮して日本家屋をコンセプトにカラシ色を中心にしており、これは畳をイメージしているという。共通しているのはシンプルモダンという概念を採り入れていることだろうか。序に、内装材に関しても、一等が西陣織、二等が奈良上布、三等が近江麻を用いているなど、世界初の高速鉄道とあってか気合いが入っていた。

 車内の様子も無論映像で流れているのだが、乗客の快適そうな様子に、これは是非とも新世界に行って乗ってみたいという勇気ある方も。

 新幹線は都市部のみならず農村部の長閑な光景をも走っており、傍目には旧世界と然程変わらない光景の中を新世界でも最先端を行く列車が銀色の車体を陽光で輝かせながら超高速で走り抜ける光景に違和感がないのは日本皇国だからだろうか。

 因みにこの時代、世界的にはまだ蒸気機関車が主流の中、日本皇国は早くから電化路線を歩んでおり、あじあ号は当時の豪華列車としては珍しく電気機関車牽引だし、電車も多く新幹線も勿論電車形式であり、日本皇国の鉄道は既にこの時点で世界の最先端を歩んでいたと言える。

 あと、何故あじあ号と新幹線を紹介したのか。実は、旧世界から産出される資源なしには実現し得なかったからであり、旧世界への感謝の意も込められていた。

 それにしても、摩天楼にこんな物まで作り上げているという事実だけでも彼我の差は明らかであったと言えるかもしれない。そりゃミッドランドだって友好関係を結びたがる筈だと。

 上映終了後、ホールが電灯で照らさると誰彼いうともなく拍手が沸き起こり、再び30分の休憩に入ることに。尤も、当初の説明が功を奏してか、新幹線などがドアップで走っている光景に、こちらに飛び込んでくるのではと驚く可能性を懸念していたものの、皆さん至って冷静に観ていたようで。

 案の定、別室では休憩中先程よりも更に騒がしくなり、光のような速さで走り抜ける銀の矢で話題は持ちきりであった。その様子を見て、

「まさか乗ってみたいと仰る方がいるとは予想外でしたわ。リシャールさんも御乗りになられますか?」

 そう言って笑みを浮かべながら話をリシャールに振る有璃紗姫。

「わ、私としましては、姫様方の申し出、有り難くお受けするまででございます」

 実は、あまりの速さにリシャールは内心恐怖していた。何しろ馬車や早馬が精々なのだから仕方がない。因みに馬車と比べると30倍以上、早馬と比べてもざっと10倍もの差がある。




 30分の休息後、最後は日本皇国の皇室行事や伝統文化などを交えながら陛下の即位の禮のドキュメンタリーであった。

 始まりは、先帝の崩御による大喪の禮であり、重苦しい雰囲気が漂う。先帝を見送る参列者には新世界の主だった王族や政府高官は無論、旧世界からも交流のあった王族や貴族の姿もあった。中にはそのことを思い出され涙したり鼻を啜る音も。

 実は、遺言により自身の葬儀より新皇帝の即位の禮を優先して欲しいとあり、なるべく海外からの参列は控えるようにと予め世界中に知らせてあったのだが、それでも大勢の参列者が集った。僅か10年の治世だったとはいえ、先帝の人柄が偲ばれる。実際、先々帝の治世が60年と長かったこともあり、皇太子時代には世界を度々外遊していたことから知己や友人も非常に多かった。

 元より、当人は自身の病弱から治世は短いことを自覚しており、当初から10年で譲位することも決まっていたのだが、その間に戦争などもあり心労が祟った結果、その10年で譲位なされる筈が、崩御という形で自らの治世に幕を閉じられてしまった。

 それから1ヶ月後、日本皇国の新たな皇帝となる将臣陛下の即位の禮が始まった。

 その様子は、伝統に則った奥ゆかしくも荘厳なもので、一連の儀式は旧世界で行われる神事などにも通じるものがあった。あれ程の超大国で古式ゆかしい儀式が継承されていることが、驚きに映ったようだ。来場者はその様子に釘づけになっている。

 翌日、雲一つない快晴の中、パレードが行われた。その際、馬車と騎馬ではなく、自動車を用い、二輪車が先導し周囲を側車が固めている。実は、王族は新世界でも重要なイベントには馬車を用いるのが伝統なのだが、敢えて自動車を用いたのは、日本皇国が新たな時代に入ったことを印象付けるのが狙いであった。伝統を継承しつつ、こういった面では新たな様式を用いる。折衷様式を得意とする日本皇国ならではと言えるかもしれない。更に、上空には赤と白の飛行機雲を引いて航空機もパレードに参加している。

 余談だが、将臣陛下の祖母である先々帝は和装ではなく何と洋装でパレードを行っているのだが、これも日本皇国が新たな時代に入ったことを国民に印象付けるためであった。鎖国をしていた訳ではないため、それ以前から近代化が進み、洋装も入ってはいたが、西洋との親交が本格的に始まって300年以上になろうかというのに、そこまで本格的に普及していなかったし、国民も近代産業に従事していても和装でもそこまで不自由を感じていなかったのが正直な所であった。しかし、近代社会に於ける洋装の優位性が次第に明らかになりつつあり、軍では既に洋装になっていたことから、この段階になって日本皇国は社会の刷新が必要だと感じたのであろう。その結果、これまで皇室では洋装はあまり普及していなかったのだが、先々帝自ら積極的に着用なさることで変革を図ろうとしたのであった。決して西洋かぶれなどではなかった。無論、強制ではなく、思惑通り洋装がこれまでになく浸透したものの、和装も一定の割合で残ったし、和装と洋装の折衷ファッションも見られた。

 日本皇国にはよく見られることだが、新皇帝即位の際、国際情勢が新たな段階に入った、或いはこれから国内に変革が必要だと判断すると、即位の禮で何かしらの変化があるのだ。それは、恐らく日本皇国に於いてまだ発展途上の自動車産業の成長を意図しているのだと推測される。

 しかし、馬車から自動車に替わっても、新たな皇が即位なされた際の儀式の厳かさや煌びやかさは変わらない。日本皇国が最後にこの映像を持ってきたのは、新世界も旧世界も科学か魔法かの違いだけでそんなに極端な差がある訳ではないことを伝えたかったのである。

 無論、それを暗黙の内に理解されていた方は少なくなかったろうが、それでも新世界の見たこともない建物や乗り物、デザインなどに興味を抱くなというのは無理な話だろう。自動車を護衛するように騎馬の代わりを務めている二輪車や側車も注目の的だった。

 その一方で、そんな新世界でも最先端を歩む日本皇国に於いて旧世界と変わらぬ光景や伝統文化などが未だに残っていたりする辺りが、彼らをして日本皇国を神秘の国と言わしめる要因と言えるかもしれない。

 冷静な方の中には、新世界で発足発展した制度を見て、これを我が世界で応用できないかと考えるのもいた。確かにスピードの点では敵わないにしても、これまで以上の生産性向上に繋がるのは間違いないからだ。

 上映が全て終わった時、小ホールにはこれまでにない程の拍手が鳴り響いた。上映は成功だったようだ。何より、既に新世界を見てみたいと思う人が多かったことも幸いしたと言えよう。

 だが、一方であまりの国力の差に怯えている方もいた。リシャールもその一人である。

(あれが日本皇国の真の姿だったとは。あれ程までの文化レベルと国力を誇るなら、軍事力はきっと想像を絶しているだろう。こ、こんな国と、万一にも戦争になったら、ミッドランドどころか旧世界は日本皇国たった一国によって簡単に滅ぼされてしまう……)

 そんなリシャールを見て、心配そうに覗き込む姫君たち。

「あのう、リシャール様。どうかなされましたか?顔色が優れないようですが」

 その声に、我に返るリシャール。

「い、いえ、大丈夫ですよ。初めての映画鑑賞で気後れしてしまって」

 リシャールにとって、日本皇国の姫君の接待が、如何に重大事であるかを思い知らされた一日となってしまった。




 果たして、こんな状態でリシャールはメインイベントである明日の舞踏会を乗り切ることができるのだろうか。当人らは意識していないのだが、リシャールは終始姫君たちに振り回されっ放しなのであった。こちらが気を遣わねばならないのに、姫君に気を遣わされ、それも周囲には分からないように配慮までしてくれて、しかもそのことをギネビア姫などには見抜かれているかもしれないのだ……



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