大和古伝、桜花姫ヨシノの物語
ムーンライズ
(14) 闘神の慈愛にて、桜花姫は復活する!!
出雲の国に戻ったスサノオは、全てを尽くしてヨシノ姫達の救済に奮闘した。
それが闘神にとって、苦難と試練の日々になったのは言うまでもない。
ヨシノ姫を含め、禍神達に陵辱された子女の数は甚大であり、専門の医療神ですらサジを投げる状況にスサノオは挑んだ。
破壊と戦いの力を、再生と癒しの力に変え、湖面の薄氷を渡るが如き慎重さと、獄炎の上を歩くが如き忍耐をもってスサノオはヨシノ姫達を治療した。
不眠不休の治療は長期に及び、心身の疲労が極限にまで達したにも関わらず、ひたすら治療を行うスサノオ。
彼は治療だけでなく、ヨシノ姫達の心の介護にも尽くした。
心に痛手を負った子女達が穏やかに過ごせるよう、田畑を耕して作物を実らせ、山に木々を植え、出雲を豊かな土地にした。
その姿は切ないほどに健気で、そして崇高であった・・・
ヨシノ姫達は、スサノオの手厚い介護により美しき復活の時を迎えようとしていたのだ・・・
やがて季節は巡り、寒い冬が終わりを告げ、大和に間もなく春が訪れようとしていた。
しかし、前年の惨事が影響してか、若葉萌える季節だというのに人々の心は晴々としていなかった。
そして山の木々も草花も、寒い冬から抜け出せぬまま黙していた。
いつもなら春の宴が始まり、桜花の姫君の舞と共に全てが華々しく芽吹くであろうに、今年は桜花姫の登場を断念せざるを得ない・・・
あの忌ま忌ましき惨劇が、全ての者から喜びを奪っていたのだ。
喜びが失われていたのは人間界だけではない、神々の国、高天ヶ原も同様であった・・・
例年通り、春の宴の準備が高天ヶ原で進められていたが、祭壇の準備をする神々に活気がない。
「あーあ、こんなに盛り上がらない春の宴なんて、つまんないよなあ・・・」
独り言を呟きながら祭壇の飾りつけをしているのは男の神だ。
本来なら飾りつけなどは巫女の仕事なのだが、スサノオに治療を受けてもらっているため不在である。そのため男神達が代りに飾りつけなどをしているのだ。
しかし男が祭壇の飾りつけをするのは華の無い事であり、雰囲気はさらに暗くなる。
それを見ていたオモイカネは、溜息をついてアマテラスに尋ねた。
「こんな調子では気が滅入ってしまいますなあ。あれから1年、ヨシノ姫達はどうしておりますかのう。」
ヨシノ姫達の事を聞かれたアマテラスも、表情に明るさが無い。
「・・・ええ、息災であると良いのですが。」
言葉少なげな女神に、オモイカネはさらに大きな溜息をついてしまう。
スサノオはヨシノ姫達の介護で忙しく、ほとんど連絡をよこさなかった。そのためヨシノ姫達の様子もわからず仕舞いだったのだ。
心配ではあったが、それでもアマテラスは弟を信頼していた。
スサノオなら、きっとヨシノ姫達を救ってくれるだろうと・・・
しばらくして、祭壇の準備を終えた男神達がアマテラスの元に駆け寄ってきた。
「アマテラスさま、いつでも春の宴を始められます。アマテラスさま?」
「・・・え・・・ああ、そうでしたね。始めましょうか。」
曖昧に応えたアマテラスが桜花の祭壇に向って歩く。
始めるとは言ったものの、春の宴は桜の開花を催す桜花姫がおらねば成り立たぬ。
誰か代わりの舞い手をたてねば・・・そう思案していたアマテラスの目に、祭壇に立つ舞女神アマノウズメの姿が映った。
「アマノウズメ・・・そなたが桜花の舞を踊ってくれるのですか。」
「はい、ヨシノちゃんの代わりを、私が務めてみせますわ。」
高天ヶ原一の舞女神なら桜花姫の代わりを務められるだろう。しかし、気丈に振るまうアマノウズメも、心の中に大きな不安を抱えていた。
ヨシノ姫は・・・大切な友達はどうしているだろうか・・・
会えなかった一年間、ヨシノ姫の事を思わなかった時はなかった。寂しがってないだろうか、泣いてないだろうか・・・
スサノオを信用していない訳ではないが、ヨシノ姫の元気な顔を見るまでは、心が晴れる事は無い。
不安を抱えたまま、舞女神は祭壇で舞を始めた。
神聖な雅楽の鳴り響く中、桜花の舞を踊るが、やはり心が晴れぬままでは上手に踊れぬ。
不安を抱えたアマノウズメの心のように、桜のつぼみも堅く閉じたままである。
「・・・ヨシノちゃん・・・早く帰ってきて・・・」
泣きそうになるアマノウズメを慰めたのは、心優しき太陽の女神だった。
「泣いてはいけませんわ。心に悲しみを抱えては、桜の花は咲き誇りませんよ。」
そしてアマテラスも祭壇に上り、桜花の舞を踊る。
2人の女神の舞は、神々に希望をもたらした。神々は願う、桜花姫が無事帰って来る事を・・・
その願いに応えた声が、全ての者の心に届いた!!
ーーー姉貴、待たせちまったな。ヨシノ姫達を帰すぜ・・・
ーーーアマテラスさま。今から皆さまの元に帰りますわ・・・
不意にアマテラスが舞を止め、喜びの声をあげる。遥か彼方の虚空より、スサノオとヨシノ姫の声が響いてきたのだ。
「・・・今の声は・・・スサノオッ。それにヨシノ姫っ!!」
声を聞いたのはアマテラスだけではなかった、アマノウズメも、そして神々も・・・全ての者が(親愛なる)声を聞いていた。
「アマテラスさまっ・・・ヨシノちゃんの声が聞こえましたわっ。今、ここに帰って来るって・・・」
「ええ、ヨシノ姫が帰って来るのですわ・・・私達の元に・・・」
そして太陽の女神は両手を広げ、桜花姫の召還を行った。
「ヨシノ姫・・・麗しき春の宴に・・・今こそ来れっ。」
その声と共に、祭壇に溢れるは桜色の光。現れたるは・・・美しき桜花の姫君!!
ーーーシャン・・・シャン・・・シャン・・・
桜花姫ヨシノは戻ってきた。純真なる乙女となって復活したのだった。
そして復活したのはヨシノ姫だけではなかった、祭壇から虹色の光が迸り、その中から大勢の侍女や巫女達が現れた。
皆、スサノオの献身的な介護を受け、汚れなき処女の身体と心を得て戻ってきたのだ。
巻き起こる大歓声。神々は一丸となって姫君と女の子達の帰還を喜んだのだ。
目に喜びの涙をいっぱい浮かべ、女神達に駆け寄るヨシノ姫。
「アマテラスさまっ・・・ウズメさんっ・・・会いたかったですわ・・・」
「おお、ヨシノ姫・・・わらわも会いたかったですわ・・・」
「ヨシノちゃん・・・元に戻ったのね・・・よかった・・・うわーんっ、会いたかったよーっ。」
溢れる涙を拭おうともせず、女神達と舞姫は抱きあって喜んだ・・・
歓声が挙がる中、祭壇から迸る幾筋もの光が束ねられ、見事な虹となって高天ヶ原の上空を飾った。
雲を突き抜けてそびえる巨大な美しい虹は、人も神も関係なく喜びと感動をもたらした。
生ある全ての者に、幸せをもたらしたのだ・・・
上空を見上げていたオモイカネは、虹によるド派手な演出がスサノオによるものだと察し、呆れた顔をする。
「天空を巨大な虹で飾るとは、天の大神様方もびっくり仰天しておられるじゃろうて。まったくもってスサノオさまらしい。」
そして弟の心使いに微笑んだアマテラスは、ヨシノ姫に頬寄せて呟く。
「スサノオったら・・・乱暴者のくせに、こんなに人々を喜ばせれるなんて・・・そなたの優しさには叶いませんわね・・・」
ヨシノ姫もスサノオの優しさに眼を潤ませて喜ぶ。
「私達は、スサノオさまの御心で救われました。スサノオさまは最高の御方ですわ・・・」
その想いは神々も、そして全ての者達も同じであった。
闘神への恐れは今、大いなる尊敬と親愛に変わる。
誰もが皆、鮮やかな虹にスサノオの屈託ない笑顔を見ていたのであった・・・
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