大和古伝、桜花姫ヨシノの物語
ムーンライズ
(13) 知られざる闘神の悲しき過去・・・
外では相変わらず、闘神を恐れる神々が脅え震えている。そんな神々を尻目にスサノオが神宮を後にしようとした、その時である。
「スサノオッ!!」
叫び声と共に、スサノオの顔面に松葉杖が叩きつけられた。
声のする方を見ると、1人の女神が凄い剣幕で闘神を睨んでいるではないか。
「・・・ヨシノちゃんの世話をするですって?暴れん坊の大怪獣のあんたが・・・できるもんならやってみなさいよっ、このデクノボウッ!!」
恐ろしい闘神を呼び捨てにし、悪態をついているのは・・・美しき舞の女神アマノウズメであった。
アマノウズメの暴挙に、周辺の神々は恐怖で凍り付く。
「あ、あわわ・・・う、ウズメちゃんっ、な、なんてことを〜。」
闘神が大激怒する・・・と思われたが、なんとスサノオは、白い歯を見せてニッと笑ったのだった。
「なぁンだ、どこのジャジャ馬娘かと思えば、ウズメじゃねーか。ふくれっ面してどーしたンだ?」
「うるさいわねっ!!ヨシノちゃんを返さないと、この私が・・・」
急に声をつまらせて倒れるアマノウズメ。禍神達に痛めつけられた彼女の手足には、包帯が幾重にも巻かれており、痛々しい姿に心配したスサノオが手で支えた。
「しっかりしろウズメ、お前も禍神どもにやられてたのか。」
するとアマノウズメは、支えてもらった手をふり払い、スサノオをキッと睨む。
「あんたに優しくされたって嬉しかないわよっ、ヨシノちゃんは・・・私がお世話しようと思ってたのに・・・なんであんたが・・・」
その美しい眼から、大粒の涙が零れているのだ。
友達を助けられなかった悔しさと悲しさに泣いているアマノウズメに気付き、ヨシノ姫は弱々しく声をかける。
「・・・ウズメさん・・・だいじょうぶですか?・・・こんなにいっぱいケガして・・・私を守ろうとしたばっかりに・・・」
ケガはヨシノ姫を助けようとして負ったものだ。
「私の事心配してくれてるのね・・・ありがとう・・・ごめんね・・・ヨシノちゃんを助けてあげられなかった・・・」
「・・・いいんです、ウズメさんが無事だったら、それで・・・」
2人は堅く手を握り、友情を確かめあった・・・
そして再びスサノオを睨んだアマノウズメは、ヨシノ姫を委ねる決意を口にした。
「アマテラスさまのご命令だもん、悔しいけど・・・ヨシノちゃんはあんたに任せるわよ。絶対に助けてよねっ、もし助けられなかったら・・・地獄の果てまであんたを追っかけて、思いっきり蹴っ飛ばしてやるわよスサノオッ!!」
アマノウズメは悔しかったのだ。スサノオにヨシノ姫を助けると言う大役を奪われた事が・・・
叫ぶ女神の想いを受け入れ、スサノオは優しく微笑んだ。
「ああ良いとも、お前にケツを蹴られるなら本望だぜ。必ずお前の友達を助けてみせるさっ。」
その笑顔は・・・心優しいアマテラスの笑顔と一緒であった。性格は全く違えど、姉弟神の心は一緒であった。
ヨシノ姫と共に、雄々しく去って行くスサノオの後ろ姿を見て、神々は呆然としている。
「・・・あれは本当にスサノオさまだろーか?あんな優しいスサノオさまを見るのは初めてだ。」
そう言うのも無理はない。かつて本能のまま暴れ狂っていた闘神が、優しい太陽神の如き笑顔を浮かべていたからだ。
闘神の変貌に戸惑っているのは、知恵の神のオモイカネも同様であった。
老臣は弟神を見送るアマテラスに声をかける。
「ふう〜、寿命が縮みましたわい。それにしても、スサノオさまは随分と変わられましたな。高天ヶ原を追放されてから、一体何があったのでしょう。」
するとアマテラスは問いに応えず、スサノオから譲られた剣をオモイカネに見せた。
「オモイカネ。これがどのような代物か、そなたにならわかるでしょう。」
「むむっ!?こ、こ、これはっ・・・まさか天の大神が造りたもうた伝説の聖剣・・・天叢雲(アマノムラクモ)!!」
虹色に輝く聖剣を前にし、眼を見開いて驚くオモイカネ。それは間違いなく、伝説に語られし聖剣であった。
知恵の神ですら架空の代物と信じ、存在を否定していた聖剣が今ここにあるのだ。オモイカネは眉間にしわを寄せて呟く。
「どうしてスサノオさまが(アマノムラクモ)を・・・とゆーか、スサノオさまが持てば鬼に金棒でしょーに。」
最強の闘神と神の聖剣・・・それは鬼に金棒どころではない。最強無敵の組み合わせとなろう。
だが、スサノオは聖剣をためらいもなく手放したのだ。
全ては姉を護るためであった。無敵の聖剣があれば、如何なる敵も太陽の女神に立ち向かえなくなるだろう。
弟の気遣いに、少しだけ微笑むアマテラスであった。
「聖剣が惜しくはないのかとスサノオに尋ねれば、たぶんこう言うでしょうね。俺にそんなナマクラは必要ない、俺には無敵のゲンコツがあるってね。」
「ま、まあ・・・あの御方なら言いかねませんな。(汗)」
「それに、スサノオは私以外に守るべき人を得たのでしょう。だから聖剣をわらわに渡したのですね。」
アマテラスは、弟の心境の変化を感じ取っていたのだ。
弟が、姉よりも愛する者を得たとの事を・・・
大和に名を馳せる知恵の神にも、その心境の変化は見抜けなかった。
「ま、守るべき人ですとっ!?そ、そ、それわ一体誰でしょうか。」
「さあ、わらわにはわかりません。スサノオが八つ首の大蛇を退治したとか言っていましたから、その際に最愛の者と巡り合ったのではないかと思います。すこし・・・寂しいですが、でも良き事ですわ。スサノオ・・・ヨシノ姫を頼みましたわよ。」
彼方に去り行く弟の姿を、嬉しくも寂しき気持ちで見送るアマテラスであった。
アマテラスの手に渡った聖剣、天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)は、後の英雄、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)によって草薙剣(クサナギノツルギ)と改名され、大和の三種の神器として奉られる事となった。
ただ、スサノオとアマテラスの姉弟神の間にて取り交わされた経緯の詳細は、如何なる古代文献にも明記はされていないのであった・・・
高天ヶ原を出た後、ヨシノ姫は寡黙に歩き続けるスサノオの顔を見続けていた。
先程からの成り行きの中で、スサノオが悲しき罪を背負っている事を悟ったヨシノ姫は、その罪が如何なる事か知りたいと思っていた。
全ての神々をも恐れさせた無敵の闘神が、自分達を救うために馳せ参じてくれたのも、罪を償いたいと願う気持ちからであろう。
スサノオに詳しく聞きたいと思っているヨシノ姫であったが、スサノオに嫌な事を思い出させたくないと遠慮してしまい、聞けずじまいになっていた。
「・・・あの・・・スサノオさま・・・えっと・・・」
不意に声を出してしまったヨシノ姫は、慌てて口を閉じてしまう。
すると、ヨシノ姫が何か言い出すのを待っていたかのように、スサノオは笑った。
「どーした、俺に聞きたい事があるンだろ。顔に書いてあるぞ。」
「えっ?あの・・・わかってらしたのですか・・・」
「さっきから、なンか言いたそうに俺の顔見てたからな。遠慮はいらねえぜ、何でも言いな。」
温和な眼差しは、ヨシノ姫に安堵をもたらした。そして知りたいと思っていた事を尋ねた。
「は、はい・・・じつは・・・先ほどスサノオさまがアマテラスさまとお話しされた時、自分はやらなければならない、それでなければ侍女の娘に詫びる事はできないと仰られてましたが、その侍女の方はもしかして・・・アマテラスさまにお仕えしていた侍女ではありませんか?」
その問いを聞いたスサノオは、不意に足を止める。(ついに・・・真実を言わねばならぬ時が来た・・・)そんな覚悟が闘神の胸に去来したのだ。
「ああ、そのとおりだ。」
その悲しそうな顔を見たヨシノ姫は、スサノオが(悲しき罪)を背負っている事実を確信した。
「も、もし・・・その・・・差し支えなければ、教えて頂けませんでしょうか・・・侍女の方とスサノオさまの間に何があったのかを・・・」
「フッ・・・お前さん、ほんとに勘の良いお姫様だぜ。いいさ、話してやるよ。いずれ話そうと思ってた事だからな。」
僅かの沈黙の後、スサノオは封印された己の過去を話し始めた。
それはアマテラスとの確執にまで及んだ、余りにも悲しい過去であった・・・
「ヨシノ姫も知ってるだろうが、俺はその昔、手のつけられねぇ暴れン坊だった。高天ヶ原で、大和の国中のあちこちで、そりゃあ派手に暴れまくってたもンさ。神々だろーが魔物どもだろーが、手当たり次第ケンカ売ってよ・・・ま、そのせいで、俺は皆からバケモン呼ばわりされて、忌み嫌われる羽目になっちまったがな。」
スサノオに怯えていた者達を考えれば、荒れ狂う闘神の恐ろしさがわかろうというものだ。
強さゆえに忌み嫌われる、孤独の苦しみに苛まれ続ける・・・これこそ最強者が背負わねばならぬ宿命と言えよう。
スサノオは、孤高の悲しさと寂しさから荒れすさみ、そして暴れ続けていたのだ。
そしてさらに話は核心に近づく。
「バカやりまくってた俺を、姉貴はいつも庇ってくれた。姉貴は最高に優しい女神様だからな・・・でもヘソ曲がりの俺は、ますます図に乗って暴れまくって、とうとうやっちゃいけねえ事をやっちまったのさ・・・」
闘神は、深い悲しみをもって罪を告白する・・・それは彼の拭い難き罪であった・・・
「いつも笑顔で庇ってくれる姉貴の事を疎ましいと思っちまって、姉貴の泣きっ面を拝んでやろうと、屋敷の屋根をブチ壊して馬を投げ込んでやったンだ・・・そしたら・・・」
「ええっ・・・それでは・・・まさかっ!?」
「そのまさかさ。屋敷の中で、侍女の娘が機織りをしてたンだよ・・・馬の下敷きになっちまって・・・呆気なく・・・その子は、姉貴の一番お気に入りの侍女だった・・・」
罪の告白を聞いたヨシノ姫は、強い衝撃を受けた。
スサノオが高天ヶ原で暴れた事は誰もが知る所だが、そのような詳細があったとはヨシノ姫は知らなかった。
表向きはスサノオの乱暴に恐れをなしたアマテラスが、天の岩戸に隠れたとされているが、史実は違っていたのだ。
乱暴に恐怖して隠れたのではなく、お気に入りの侍女を失った悲しみから岩戸に引き籠もったのであった。
そして太陽神が引きこもってしまった事により、大和の国全土を巻き込む混乱が生じてしまったのは歴史的にも有名だ。
ヨシノ姫は悲しみを胸に感じて呟いた。
「・・・そのような事が・・・知りませんでしたわ・・・アマテラスさまは大変お嘆きになられたのでは・・・」
「嘆くなんてもンじゃねえよ、この世の終わりかと思うぐらい、姉貴は泣きまくってさ・・・まさか侍女が屋敷にいたとは思わなかった、なンて言い訳も言えなかったよ。俺は最低だって思い知った時は、もう後の祭りだったってわけさ・・・」
アマテラスとスサノオの間にある深い確執・・・そして悲しみ・・・
罪を背負う悲しき闘神の顔を見つめ、ヨシノ姫は涙を流した。
「スサノオさま・・・あなたは優しい方です、どうか・・・これ以上ご自分を責めないで・・・」
桜花姫の頬を伝う汚れなき涙を、スサノオは指でそっと拭い、穏やかに微笑んだ。
「ありがとよ、その気持ちだけで十分だ。俺は必ず、お前と女の子達全員を救って見せる、必ずだ。」
辱められた姫君と女の子達を全員、元の汚れなき姿に戻し、悪夢の地獄から救い出すと言うスサノオの決意に、ヨシノ姫は喜んだ。
スサノオなら・・・この心優しき闘神なら、必ずや自分達を救ってくれるであろうと・・・
そして雲の切れ目より、天馬のトドロキが白い翼をはためかせて空を駆けてくるのが見えた。
トドロキはスサノオ達の姿を見つけると、嬉しそうに嘶く。
「ヒヒ〜ン♪スサノオさま〜、お迎えに来たッスよ〜♪」
それを見たスサノオは、無邪気な声で言った。
「さあヨシノ姫、これから出雲の国に行くぜ。そこで女の子達がクシナダと一緒に待ってる。」
「クシナダ?その方は一体・・・」
「俺の恋女房さ♪」
満面の笑みを浮かべるスサノオの言葉に、思わず、えっと驚いてしまったヨシノ姫であった。
「あ、あの〜。スサノオさまに奥方さまがおられたのですか?(汗)」
天下無敵の闘神の妻とは如何なる女性か・・・?
そしてスサノオの優しい一面から考えて、闘神は女房の尻に敷かれているのでは・・・と思ってしまったのだ。(^^;)
「・・・もしかしてスサノオさまは〜。あ、ありえますわ・・・」
「ひょっとしてさぁ、俺が女房の尻に敷かれてるって思ったンじゃねえの?」
「あ、あのお・・・わかりました?」
「わからいでか、思いっきり尻に敷かれまくってるよ。(笑)」
笑いあう2人を見て、不思議に思うトドロキであった。
「どーしたんスか?なーんか楽しそうッスね。」
スサノオとヨシノ姫を背に乗せたトドロキは、雄々しく天を駆け、彼の地に向う。
そこはスサノオが居を構える聖なる地、出雲の国であった・・・
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