大和古伝、桜花姫ヨシノの物語

ムーンライズ


(11) スサノオ、決意を胸に高天ヶ原へ向う

 鳥船の甲板に立ち、平穏を取り戻した闇の世界を見つめるスサノオの元に、天馬が空を駆けて戻ってきた。
 「ブヒヒ〜ン、やりましたねスサノオさま。アホどもは全員一掃ッスよ。」
 「ああ、これで闇の世界も少しはきれいになるってもンだ。」
 大津波で汚れが全て浄化された闇の世界は、本来の静けさが戻っていた。
 哀愁漂う闇の世界を見て、どこか寂しげな表情を浮かべているスサノオの姿。それは自身の強大な力に憂いを感じているかのようでもあった。
 闘神としての戦闘力、海の神としての破壊力・・・
 無敵の力を兼ね備えたスサノオノミコトは、限りなく強く、そして孤独であった・・・
 最強ゆえに忌み嫌われ、その寂しさゆえに荒れすさんでいた彼の心は、虚空の広がる闇の世界にも似ていた。
 その悲しみを振り払い、猛き双眸に活力を漲らせるスサノオ。
 そして上空に輝く高天ヶ原の光を見つめながら、天馬に語りかけた。
 「俺はこれから高天ヶ原に行って来る。トドロキ、お前は侍女と巫女達を連れて一足先に戻ってろ。」
 主人の思わぬ言葉に、天馬のトドロキは驚いて尋ねた。
 「た、高天ヶ原に行くんスかっ!?だ、だめッスよお。スサノオさまは高天ヶ原に出入り禁止になってるでしょ。」
 「ンなこた関係ねえ、姉貴に大事な話があるンだよ。」
 「大事な話?アマテラスさまにッスか?」
 その問いには応えず、スサノオは横たわるヨシノ姫に歩み寄って囁いた。
 「ヨシノ姫、こんな時に悪いが・・・高天ヶ原まで付き合ってくれねえか。なぁに、大した用事じゃねえ。」
 大した用事ではないと笑っているスサノオであるが、彼の心に重大な決意が秘められているのを感じ取ったヨシノ姫は、闘神の雄々しき瞳を見つめる。
 スサノオの決意が何なのか判らないが、アマテラスとスサノオの会合に自分も立ち会うべきであると理解し、了承した。
 「・・・アマテラスさまと大切なお話をなされるのですね・・・私でよろしければ・・・ご一緒しますわ・・・」
 無理な願いを受け入れてくれたヨシノ姫に、スサノオは喜んで頷く。
 そしてヨシノ姫の身体を汚れを払う聖布で包むと、優しく抱き上げ、再び上空に目を向けた。
 上空から一筋の光が差し込み、スサノオの前を照らした。
 高天ヶ原まで続くその光は、神だけが歩む事を許される天空への道だ。
 スサノオは、過去における(ある罪)により、高天ヶ原に入る事を禁じられていた。だが闘神は、決意を胸に高天ヶ原へと向う。
 ヨシノ姫を抱えて歩むスサノオの背中を見つめ、心配そうに呟く天馬トドロキであった。
 「大丈夫かなあ、また揉め事起こさなきゃいいッスけど。」
 すると、トドロキの心配を察したかのように、スサノオは振り向いて笑った。
 「戻ったらクシナダに伝えてくれ、夕飯時には帰るってな。頼んだぞ。」
 その笑顔はいつもの陽気なスサノオであった。トドロキは嬉しそうに応えた。
 「了解ッス♪奥方さまに伝えとくッスよ〜、ヒヒ〜ン。」
 鳥船に乗ったトドロキは、侍女達と共に彼の地に向う。
 飛び去る鳥船を見送ったスサノオは、雄々しくも高天ヶ原へと歩み行くのであった・・・

 その頃、高天ヶ原では禍神討伐のために多くの兵士が集結していた。
 オニマガツ達が逃げてから時間がかなり過ぎている。春の宴の最中に急襲されたため、戦いの準備が遅れてしまったのだ。
 禍神との戦いに備え、厳めしい面構えの武将が、頭の血圧を破裂寸前まで上昇させて檄を飛ばしている。
 「総員せいれえぇ〜つ!!武器の用意は良いかっ?戦闘準備は万全かーっ!?」
 「オッス!!全て完璧でありますっ!!」
 気合いを入れて返答する兵達。
 彼らの根性の入れようは尋常でない。連れ去られたヨシノ姫達を早く救うため、兵士全員が一致団結しているのだ。
 闘志満々の武将は、さらに士気を高めるべく気勢をあげる。
 「まだまだ気合いが足りんぞお前ら〜っ、敵は極悪非道の禍神どもだっ。屁っぴり腰では奴らを倒せんぞっ!!気合いだ気合いっ!!気合い入れろおお〜っ!!」
 「ウオィ〜ッス!!・・・にょおっ?」
 その時・・・不意に兵士達の士気が消え、顔からみるみるうちに血の気が引いた。
 真っ青になっている兵士達は、武将の後ろを指差してガタガタ震えている。
 「お、お、お、親方・・・う、う、後ろ、後ろ・・・」
 あまりの兵士の怯えように、武将は怪訝な顔をする。
 「ぬぁにをビビッとるんだお前ら〜っ!!ゲンコツで喝を入れてやろうかっ、あぁんっ!?」
 「・・・あ、いや、だから後ろ・・・」
 すると、武将の真後ろから雄々しき声が響いてきた。
 「やれやれ、どいつもこいつも弱っちぃ奴ばかりじゃねーか。こんな腰抜け兵じゃ禍神どもとまともに戦えねーな。」
 「腰抜けとはなんじゃ〜いっ、おのれは何処のだ・・・れ・・・どわぁあ〜っ!!す、す、スサノオさま〜っ!?」
 びっくり仰天して腰を抜かす武将。
 真後ろにいたのはなんと・・・高天ヶ原を震撼させた恐怖の闘神であった。
 スサノオはフンと鼻を鳴らし、尻餅をついて震えている兵士達に言い放つ。
 「禍神どもは俺が全滅させたぜ。もうお前らに用はねえから、さっさとケツ上げて帰りな。」
 「ほえ?禍神どもを全滅させたですと?」
 ポカンとしている兵士達の前を、悠々と歩む闘神。彼の向う先は、出入りを禁じられた高天ヶ原の神宮だ。
 だが、進む闘神を止められる者はいない。
 兵士達も武将も、腰を抜かしたままスサノオを見送るのみだった。
 「親方〜、スサノオさまをお止めしなくていいんですか?アマテラスさまに叱られますよ。」
 「どアホッ!!アマテラスさまとスサノオさまのどっちが怖いと思ってんだ〜っ!!」
 「は〜い、優しいアマテラスさまに叱られる方がマシで〜す。(^^ゞ」
 即答する兵士達。温厚なアマテラスに叱られるのと、乱暴なスサノオに制裁を受ける事の選択となれば当然だろう。
 とは言え、禍神の全滅との話は唐突だった。
 「わかればよろしいっ・・・てゆーか、スサノオさまって、マヂで禍神を滅ぼしちゃったわけ?」
 「た、たぶん・・・ぢゃなくて、間違いなく滅ぼしちゃったと思うでありま〜す。」
 信じ難い事実を、兵士達は速やかに納得していた。
 スサノオの強さを考えれば、当然と言える事だったからだ・・・

 神宮も周辺の建物も、禍神どもによって尽く破壊されていた。
 だが、瓦礫の撤去などは全く行われておらず、神々は最高神アマテラスの指揮の元、連れ去られたヨシノ姫達の救出に労を尽くしていた。
 救出に向う武神達はもちろん、助けたヨシノ姫達を治療する医療神も総動員しているのだ。
 その騒動の真っ只中、神宮に現れたのは・・・
 「おい、姉貴は神宮にいるのか?」
 乱暴な声に振り返った者達は全員、驚愕の声を上げてしまう。
 「で、でたああ〜っ!!す、す、スサノオさまだああ〜っ!!」
 クモの子を散らすように逃げる高天ヶ原の者達を見て、スサノオは呆れた顔をした。
 「はン、なぁにが出ただよ。人のことバケモンみてぇに言いやがって。」
 文句を言いながら歩く最強の闘神を、皆は遠巻きにするしかなかった。
 スサノオに抱かれているヨシノ姫は、聖布の隙間から高天ヶ原の様子を窺う。
 そして悲惨なほど破壊された建物を見て、悲しそうに呟いた。
 「・・・ああ、なんと言う事でしょう・・・こんなに壊されてしまって・・・スサノオさま、高天ヶ原の方々は・・・アマテラスさまは御無事なのでしょうか?」
 ヨシノ姫は禍神達に責められていた時にも、ずっと高天ヶ原の事を心配していた。
 自分の事より人の身を案ずる心優しき桜花の姫君・・・そのヨシノ姫を気遣い、スサノオは穏やかに応える。
 「心配ねえよ、ケガ人は最小限で済みそうだ。高天ヶ原の連中は、この程度で参るほどヤワじゃねーさ。」
 「・・・よかった・・・ずっと心配してましたの・・・」
 「ま、俺が前に暴れた時と比べりゃ、屁みたいなもンだよ。」
 笑いながら言うスサノオの顔に、悲しい表情が浮かんでいるのに気付いたヨシノ姫は、闘神が罪の呵責に苛まれているのを察した。
 スサノオが高天ヶ原で大暴れした経緯を、大和で知らぬ者はない。
 だが・・・大暴れした事よりも重い罪を、スサノオが背負っているのを知る者は少ない・・・
 闘神が背負う悲しき罪とは・・・ヨシノ姫は事実を知りたいと思った、いや・・・知らねばならないと思った。
 その事実を知る時は、間もなくであった・・・



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